海外だより

境界領域におけるグローバル研究体験談異種多様な人材と環境が可能にする新たな研究展開

小島 泰輔

Taisuke Kojima

The Wallace H Coulter Department of Biomedical Engineering, Georgia Institute of Technology and Emory School of Medicine

高山 秀一

Shuichi Takayama

The Parker H Petit Institute for Bioengineering and Bioscience, Georgia Institute of Technology

Published: 2018-01-20

本稿では,われわれの研究と研究環境の変遷についてPIの高山(ST)とポスドクの小島(TK)の問答形式で紹介させていただきます.これまでのSTの経歴詳細に関しては,生命科学研究レターNo. 50 (2016)に掲載されているので,興味のある方はご参照ください.

研究経歴

TK 先生とは2011年ミシガン大博士課程に進学した時からお世話になっています.まず先生の研究経歴について紹介していただけますか?

ST 僕は学士・修士課程を東大農学部農芸化学科,森謙治先生の指導の下で過ごした.研究は酵母の不斉還元反応を利用する有機合成から始めた.研究室の合成目的化合物の多くは昆虫フェロモンで,化学物質を介した生体間のコミュニケーションの大切さと面白さも学んだ.生物関連の材料とテーマに親しんでいくうちに生体の研究に興味をもったので,博士課程ではChi-Huey Wong先生の下で学ぼうと思い,スクリプス研究所に申し込んだ.スクリプス研究所につくと,いろいろな分野の先生と話すように勧められた.ペプチドの自己組織化とナノマテリアルの研究をしていたM. Reza Ghadiri先生にしばらくは興味をひかれたが,結局Wong研で細胞接着を制御するための糖鎖合成の研究を行うことにした.Ghadiri先生と有機合成から離れた分野に興味をもち始めたことがGeorge M. Whitesides先生の下でのポスドク研究をするきっかけになった.

TK Wong先生やWhitesides先生の下ではどのような研究をしていたのですか?

ST Wong研では酵素を利用した糖鎖関連化合物の合成に取り組んだ.合成した分子がどのように細胞と生体に影響を与えるのかを考えるようになって,その評価は試験モデルによることがわかった.糖鎖を介した細胞間の接着は多価(multivalent)で効いてくるので,細胞接着モデルのための自己組織化単分子膜の研究をしてみようと思った.自己組織化とナノマテリアルの分野で有名なWhitesides研にポスドクを申し込んだ.赴任してしばらくは申請したテーマに取り組んだが,隣の学生やポスドクがやっているマイクロ流体技術(microfluidics)という新しいテーマにひかれた.当時はまだ細胞とmicrofluidicsを組み合わせた研究が少なかったのでかなり簡単な実験で論文を出せたが,細胞培養設備が研究室になかったので,細胞関連の実験はDonald Ingber先生の研究室にお世話になった.

TK 今の研究テーマにはどう移られたのですか?

ST ポスドク当時に物理学者から医学者まで幅広い研究者と共同研究できたことで,生体を多角的視点で見る研究に興味がでた.ミシガン大で教員となった後は,細胞と流路を組み合わせたマイクロモデルという漠然とした方針で研究に取り組んだ.はじめはmicrofluidics中心で,新しい流路技術開拓に力を注いだ.最近ではどのようにしたら有用な生物学的情報を得られるか,細胞病理現象の物理化学的メカニズムは何かといったことに重点を置いている(図1図1■Outline of Research in the Takayama Lab).コンピューターシュミレーションや数学的モデルを少しずつ取り入れており,よりハイスループットなmicrofluidics系の確立をして人工知能(AI)なども取り入れて,ヒトや細胞の個体差に関しても知見を得たいと思っている.疾患が重要な割に研究手段が比較的少ない線維症や自己免疫系,細胞間相互作用などに興味があり,特に注力している.

図1■Outline of Research in the Takayama Lab

Mircrofluidics and cell culture is combined to make microscale tissue and organ mimetic systems for study of disease mechanisms and screening of potential therapeutics.

TK PIとして各研究テーマを決めるのにどのようなことをしていますか?

ST PIの仕事は,どのような問題が面白いテーマか考え,見つけ出すかにかかっている.そのためには研究室でアイデアを出して検討し,ほかの研究室とも相談する.テーマが決まったら,解決のためには役に立ちそうなあらゆる技術を探す.幸い学生たちは非常に優秀なので,必ず解決法は見つかってくる.

TK 先生の研究室はバイオ系に限らず幅広いテーマにわたっていると思いますが,このような経験や工夫が活きているのですね.研究テーマ遂行には多様な分野の知見や技術の融合が不可欠だと思いますが,それを適えてきた秘訣は何でしょうか?

ST 僕はヒトと研究環境の多様性が貢献していると考えている.同じ分野だけでヒトが集まるとみんな同じような研究目的をもち,一つのテーマを深く考えられる利点がある.他方で違う研究背景をもつヒトが集まると,今まで考えたこともないような面白そうな問題や研究テーマが湧き出てくる.実際これまで多様な背景をもつ学生や研究者とともに研究室を運営してきた.君もかなり変わった部類だと思うけど,ここに来る前はどんなことをしていたの?

TK 東工大で生体分子間相互作用解析や測定装置開発をしていました.DNAや酵素といった生体高分子を扱うなかで,高分子に興味が出てきたのは修士課程のときです.高分子で有名なスイスのETHのDieter Schlüter先生とPeter Walde先生の研究室に短期留学する機会を得て,薬剤輸送を目指したポリマーと酵素の修飾と評価を研究しました.ラボの構成はほぼドイツ人でしたが,研究を通して彼らの議論の仕方を学べ,高分子の研究も少し触れることができました.

ST そのまま日本やスイスで博士課程に進学しようと思わなかったの?

TK 短期留学を通して海外大学院の博士課程に進もうと決めました.Schlüter先生から博士課程に来てみないかと言われましたが,他分野を一から始めることになるので,コースワークがしっかりしているアメリカの博士課程を目指しました.当時の指導教官も高分子出身だったので,いろいろ助けてくれました.最終的に吉田育英会の派遣留学奨学生に採用していただいて,高分子と工学の分野が強いミシガン大に進学しました.

ST なるほど.でもどうして僕の研究室に決めたの?

TK 先生の研究室はとても自由で,興味が合えば気軽に学生同士や教員と共同研究ができる斬新な研究環境だったからです.高分子という新しい分野を外国で一から学ぶのはたいへんでしたが,先生のおかげでナノ粒子から細胞にわたる生体環境模倣の研究につなげることができたと思います.同時に,自由を堪能できたのは,東工大の研究室で研究の基本がすでにしっかり学べていたからだと思います.当時の研究室の方々にはとても感謝しています.

ST 僕のラボの研究推進は学生に大きく頼っているから,自由に研究したい学生には合っていると思う.境界領域の研究をするときは自分の知らないことを研究に取り入れる必要があるけど,教授は研究テーマの妥当性は考えられても,その問題については学生自身が専門家にならないといけない.実際に工学,生物学,医療工学など種々の分野出身の学生・研究者が研究室運営に貢献し,転出後も各地で活躍している.ラボの卒業生のうち20人以上は大学教員として世界中で活躍している.

研究環境の変遷

TK 先生はこれまで数カ所で研究室を運営されていますが,それぞれについて紹介してください.

ST ミシガン大学内では3カ所で研究室を構えた.君が来てからすぐの2011年が3回目の引っ越しのときだった.当時ファイザーの研究部門が閉鎖され,がら空きになった研究施設をミシガン大が買い取り,バイオセンターとして利用されることになった.そこで僕たちが移ることになった.

TK 当時学生でしたが,数年後に同じ引っ越しの仕事が身に降りかかるとは露とも知らず,部屋割りなどを決めるポスドクを人ごとのように見て引越し作業をしていました.解雇されたファイザー元従業員の多くは施設職員として雇用されていて,大学というビジネスがもたらす地域雇用創生の実例を垣間見ることができたのは貴重な経験でした.

ST 研究面ではキャンパスに散らばっていた各分野の教員が1カ所に集約されることで,共同研究が非常にやりやすくなった.実際,君が隣のラボの学生と始めた自己免疫系再構築に関するプロジェクトはうまくいった例だと思う.

TK 好きにさせていただいたおかげです.先生のラボは研究提案から作り上げる共同研究が多いと思いますけど,最初からこんな感じだったのでしょうか? 日本ではサンプルを渡すだけのようなケースが多かった記憶があります.

ST そうだね,最初からこんな風ではなかった.僕が東大の学生だったころは研究室内で先生と先輩との相談にとどまっていたし,博士課程のときもあまり積極的な研究室外との接触は少なかった.きっかけはポスドクでのときだった.Ingber研にお邪魔させていただいた頃,幸いにも当時名古屋大医学部,現在岡山大学医学部教授の成瀬恵治先生と出会い,手取り足取り細胞培養と顕微鏡の使い方を教わった.生理学や細胞工学の専門家と一緒に研究する重要性と面白さを味わえた.成瀬先生とはミシガン大学に移ってからも共同研究を続けさせていただいた.今では国内外問わずに積極的にいろいろと共同研究をしている.そのいくつかは君のおかげだ.

TK 先生のおかげで共同研究の始め方を学べました.国際共同研究といえば,先生は韓国のウルサン科学技術大(UNIST)にも研究室を構えていましたよね(図2図2■Takayama Lab members and their families at the University of Michigan).