農芸化学@High School

糖類を定性的かつ簡単に判別できるか

水田 千尋

兵庫県立宝塚北高等学校化学部

新谷 美波

兵庫県立宝塚北高等学校化学部

Published: 2018-01-20

本研究は,日本農芸化学会2017年度大会(開催地:京都女子大)での「ジュニア農芸化学会」において発表され,銀賞を授与された.身近な食品成分でさまざまな種類がある糖について,クロマトグラフィーなどに頼らず簡便に識別するものである.すなわち,11種類の身近な糖を選び,水溶性・加熱時の変化・浸透圧・発酵の基質性の手段を用いて,これらの識別に成功した.大学や企業の研究現場では,高度に発達したクロマトグラフィーや分光分析の技術に頼りがちであるが,これは,身近な物質である糖を物性や反応性から識別するという,化学の本質に立ち返った素晴らしい方法として,学会から高く評価された.

本研究の目的・方法および考察

【目的】

身近な物質である糖類についてはさまざまな種類があるが,その判別法については教科書などにはほとんど記載がない.分析化学の現場ではHPLCやTLCなどのクロマトグラフィー法によって判別されていることがわかったが,高価な実験機器や,毒性の高い試薬を用いるため(1)1) 山崎光廣,宮崎 博,佐藤宗衛:薄層クロマトグラフィーによる糖質の分離挙動と食品試料への応用分析化学,37(11) (1988).,気軽に行えない.そこで,一般的な理科室にあるものや容易に入手できるものを用いてできるだけ定性的かつ簡単,安全な糖類の判別方法を考えることにした.なお,本研究では身近で比較的入手のしやすい以下の11種類の糖類を対象とし,以後は( )内の略号で表記する.

  • 多糖:デンプン(Amy),セルロース(Cel),アガロース(Aga)
  • 二糖:スクロース(Suc),トレハロース(Tre),マルトース(Mal),ラクトース(Lac)
  • 単糖:グルコース(Glc),フルクトース(Fru),ガラクトース(Gal),マンノース(Man)

まず教科書や文献(2, 3)2) 香川大学農学部応用生物科学科生物物理化学研究室HP「単糖物性データ」,(http://www.ag.kagawa-u.ac.jp/fukuda/sub5/, 2016.9.19閲覧)3) Solubility Database: (https://srdata.nist.gov/solubility/, 2017.4.1閲覧)を調べた結果,表1表1■各糖の水溶性と反応性のような差があることがわかった.そこで実際に行い,再現することができた.

表1■各糖の水溶性と反応性
AmyCelAgaSucTreMalLacGlcFruGalMan
常温の水への溶解性×××
熱水への溶解性×
ヨウ素液との反応性××××××××××
フェーリング液との反応性×××××
ベネジクト液との反応性×××××
○:溶解した/反応した ×:溶解しなかった/反応しなかった

このように多糖は簡便に判別できたため,以降は二糖と単糖の判別方法について検討することとした.

(1) 二糖と単糖は水に溶けやすいがその溶解度はFru>Man>Suc>Mal>Tre>Glc>Gal>Lacであり,特にSuc, Fru, Manがほかの5種に比べ非常に大きい(2, 3)2) 香川大学農学部応用生物科学科生物物理化学研究室HP「単糖物性データ」,(http://www.ag.kagawa-u.ac.jp/fukuda/sub5/, 2016.9.19閲覧)3) Solubility Database: (https://srdata.nist.gov/solubility/, 2017.4.1閲覧).しかし温度への依存性も高いため,溶解度の差をそのまま利用することは難しく,多量の糖が必要となる.一方,糖はエタノールに溶けにくいことから,エタノールを加えると糖が水和に必要な水分子を奪われ,溶解度が下がるのではないかと考えた.

そこで85%(v/v)エタノール4.0 mLに糖0.10 gが溶解するかを30°Cで観察した.その結果,Fru, Manのみが完全に溶解した.よって水への溶解度が特に高いFruとManのみが85%エタノール水溶液に完全に溶解することを利用し,Fru, Manとそれ以外とに分けられる.

(2) 糖を加熱するとカラメル化が起こることが知られている.糖により融点が異なる(4)4) 今堀和友,小川民夫:“生化学辞典(第4版)”,東京化学同人,2007.ことから糖によってカラメル化の様子に違いがあると考えた.各糖をアルミカップに1.0 gずつ採り,ホットプレートで常温から200°Cまで加熱した.加熱温度は放射温度計を用いて測定したが,変化が生じる温度は実験ごとに大きな差がみられた.しかし図1図1■各糖のカラメル化(WEB版ではカラー写真)のようにカラメル化の様子には違いがあった.TreとLacはほとんど融解せず,Treは色の変化がほとんど起こらなかった.残りの糖は飴状になり変色した.Mal, Glc, Gal, Manは無~黄褐色になった.SucとFruは茶褐~黒色まで変色した.これらは,160~180°Cのとき,最も判別しやすかった.

図1■各糖のカラメル化(WEB版ではカラー写真)

よって,160~180°Cまで加熱したときの進行の速さや色から比較することで判別できる.融解しにくく色の変化がほとんどないものはTreであり,ほとんど融解せず,融解した部分が褐色に変化するものがLacである.それ以外の糖は比較的すぐに融解し飴状になる.その色が無~黄褐色になるものが,色が薄いほうから順にMal, Glc, Gal, Manであり,茶褐~黒色になるものがFru, Sucであるため,それら色の違いから糖の種類をおおよそ判別することができる.

(3) ここまででMal, Glc, Gal以外の糖は判別できる.そこでまず二糖と単糖を判別しようと考えた.二糖と単糖の分子量が異なることからファントホッフの法則より二糖と単糖では同じパーセント濃度でも浸透圧が異なる.そこで浸透圧の差を早く簡便に測定する方法について調べたところ,生物の実験で利用されるユキノシタの葉に注目した.文献によるとユキノシタの葉の裏側の細胞の浸透圧は8~12%(w/v)Suc水溶液と等しい(5)5) 数研出版編集部:“フォトサイエンス生物図録”,数研出版,2012..これらの条件を元に単糖では原形質分離を起こし,二糖では起こさない濃度を計算すると,その濃度は6.9~8.0%(w/v)であると予測された.そこでユキノシタの葉の裏側の表皮細胞を各糖の7.0%(w/v)水溶液に浸した後,顕微鏡で原形質分離率を調べた.すると二糖の水溶液ではほぼ原形質分離が起こらず単糖の水溶液ではほぼ原形質分離が起こった.よって7.0%の糖水溶液を用いてユキノシタの葉の裏側の表皮細胞を観察すれば原形質分離が起こるかどうかで,二糖と単糖とを分けられる.

(4) 残ったGlcとGalの判別方法について考えるためにその構造に着目した.2つの構造上の違いは4位の炭素に結合する–Hと–OHの位置関係だけであり(6)6) 阿武喜美子,瀬野信子:“糖化学の基礎”,講談社,1984.,その性質は特によく似ているため酵素反応を利用しようと考えた.文献によると単糖の種類によって解糖経路は異なるため(5, 7)5) 数研出版編集部:“フォトサイエンス生物図録”,数研出版,2012.7) Donald Voer, Judith G. Voet著,田宮信雄 他 訳:“ヴォート生化学(上)第2版”,東京化学同人,1996.,酵母は嫌気条件下では糖の種類によって酵母の発酵速度が大きく違うのではないかと考え実験を行った.日清製のパン酵母を用いて各糖で2.5%酵母/2.5%糖混合液20 mLを調製し,最大60分間発酵の様子を観察した.するとSuc, Glc, Fru, Manは二酸化炭素が発生し,それ以外の糖では発生しなかった.よって日清製パン酵母に加えたとき発酵が起こるのはSuc, Glc, Fru, Manの4種類である.

まとめ

以上の結果を踏まえ11種類の糖類は,一般的な家庭や高校の理科室にあるものを用いて図2図2■定性的かつ簡単な糖類の判別手順の手順で判別できると考え,実際に行い判別できた.

図2■定性的かつ簡単な糖類の判別手順

本研究の意義と展望

糖類の多くは,純粋な結晶として市販されているが,天然生物由来の試料など混合物から単離精製するのは,容易ではない.そこで多くの研究の現場では,単離精製する代わりに,クロマトグラフィーや分光分析を用いて,混合物の組成を明らかにして「満足」するのが常態である.すなわち,糖に対する化学物質としての視点が薄れていたことを,本研究は思い出させてくれた.また,身近ながら多くの種類がある糖について,金属イオンの系統分析のような,簡便な識別法がなかったことにも,改めて驚かされた.本研究では,4通りの手段を実施しているが,再現実験と代替・追加実験を繰り返すことで,より簡便で適用範囲の広い,糖識別のスタンダードとして発展するものと期待する.

(文責「化学と生物」編集委員)

Reference

1) 山崎光廣,宮崎 博,佐藤宗衛:薄層クロマトグラフィーによる糖質の分離挙動と食品試料への応用分析化学,37(11) (1988).

2) 香川大学農学部応用生物科学科生物物理化学研究室HP「単糖物性データ」,(http://www.ag.kagawa-u.ac.jp/fukuda/sub5/, 2016.9.19閲覧)

3) Solubility Database: (https://srdata.nist.gov/solubility/, 2017.4.1閲覧)

4) 今堀和友,小川民夫:“生化学辞典(第4版)”,東京化学同人,2007.

5) 数研出版編集部:“フォトサイエンス生物図録”,数研出版,2012.

6) 阿武喜美子,瀬野信子:“糖化学の基礎”,講談社,1984.

7) Donald Voer, Judith G. Voet著,田宮信雄 他 訳:“ヴォート生化学(上)第2版”,東京化学同人,1996.