特集お祝いコーナー

遠藤 章 先生 2017年ガードナー国際賞受賞記念特集に際して 探索によって育まれる農藝化学道“コロニー(colony)”が生み出す“カルチャー(culture)”

Michihiko Kobayashi

小林 達彦

日本農芸化学会和文誌編集委員長

Published: 2018-02-20

日本農芸化学会名誉会員の遠藤先生,ガードナー国際賞と日本農芸化学会特別賞ご受賞,おめでとうございます.

ガードナー国際賞(Gairdner International Award)は,カナダのGairdner Foundationによって1959年に創設され,これまでの受賞者87名がノーベル賞を受賞されている著名な賞です.

遠藤先生はこれまで,ラスカー賞,日本国際賞,マスリー賞など多くの賞を受賞されています.本特集記事においても,メルク社との競争が記載されていますが,いずれの賞も,スタチン薬を初めて商品化した同社との共同受賞ではなく,遠藤先生の単独受賞であることは,この分野のパイオニアとしての遠藤先生のスクリーニングを基盤とした先駆的成果が評価されている表れだと思います.筆者自身,スクリーニングや生理活性物質に関する研究を行っており,また,4年ほど前に出したバイオテクノロジー関係の監修(翻訳)本に遠藤先生から序文とコラム欄をいただいたこともあり,このたびの遠藤先生のご受賞は,本当にうれしく思います.

1957年に東北大学農学部農芸化学科を卒業された遠藤先生の特集はこれまで学会誌で組まれたことはなく,この度のガードナー国際賞受賞を記念し,先生のご研究のスタチン関係(発見の経緯,作用機序,臨床開発,インパクト)と発酵生産のみならず,コレステロール関係,生理活性物質探索,天然物創薬・ケミカルバイオロジーなどに関する最前線の研究内容を紹介したいと思い,企画しました.2年ほど前の大村智先生のノーベル生理学・医学賞受賞記念特集号(54巻1月号[2016年])に続いて,特に若い読者が,農芸化学やその境界領域を知ることができる機会になることを願っております.

遠藤先生は研究開始当時,国内外でよく研究されていた抗生物質や放線菌は対象とはせずに,コレステロール代謝にフォーカスを絞り,6,000株の糸状菌やキノコから2年もの間,HMG-CoA還元酵素阻害活性物質をスクリーニングし続けてコンパクチンを発見されました.しかも,さまざまな困難を乗り越えられた経緯(幾度もの復活劇)を聞くと,これは本当に神がかりだと思わざるをえません.スタチンは技術発明でもあり,2012年の日本人初の全米発明家殿堂入りはもっともだと思います(ちなみに同年,Steve Jobs氏も殿堂入り).

この特集号が出る今月の15日には,名古屋で開催される日本農芸化学会2018年度大会で遠藤先生に農芸化学会特別賞が授与されます.ゴールドスタイン先生・ブラウン先生のお祝いメッセージにも記載されていますが,今から46年前(1972年)のまさにこの日に金鉱が掘り当てられました.コンパクチンの発見は1973年ですが,この辺りの事情を遠藤先生に伺いました.1971年春にスクリーニングを開始し,1972年3月15日にHMG-CoA還元酵素阻害活性を数株の糸状菌に再実験により確認し,その中の一つの株(Pen-51株)から1973年7月にコンパクチンの結晶が単離され,同年10月にX線解析法で構造が決定されました.一方,メルク社が世界で最初に販売したスタチン薬であるロバスタチンは,ほぼ同時期に遠藤先生も発見されていました.メルク社がAspergillus糸状菌の培養液に活性があると認めたのは1978年11月で,培養液からの活性成分の単離は1979年2月,特許出願は同年6月であったのに対し,遠藤先生によるモナコリンK(ロバスタチンと同一物質)の単離と特許出願は1979年2月でした.日本をはじめ多くの先願主義を採用している国ではモナコリンKの権利化ができたものの,米国と一部の国ではロバスタチンの特許が成立することになりました.2008年に遠藤先生がラスカー賞を受賞された際に,ゴールドスタイン先生が述べられた授賞理由(1)1) http://www.laskerfoundation.org/awards/show/statins-for-lowering-ldl-and-decreasing-heart-attacks/の中で,コンパクチンの特許出願日ではなく,わざわざ米国流の「培養液に発見の種があるとわかったときが発明日である」1972年3月15日に言及されたのは,圧倒的に早い時期にスタチンを発見された開拓者としての遠藤先生を称えられるお気持ちがあったからだと思われます.

遠藤先生はアレクサンダー・フレミング博士を尊崇しておられます.誰しも憧れるであろうフレミング博士はご存じのように,リゾチームとペニシリンの発見者で,その発見の経緯は教科書にも載っています.上述の監修本にも掲載しているフレミング博士自身のペニシリン発見時のシャーレの“コロニー”の様子を観察して,

「Anti-bacterial action of a mould」

「Mould colony, Degenerate Staphylococci colonies, Healthy Staphylococci colonies」

「On a plate planted with staphylococci a colony of a mould appeared. After about two weeks it was seen that the colonies of staphylococci near the mould colony were degenerate.」

と自筆で記録した実験ノートを見ると胸が熱くなります.

遠藤先生は,青カビの“コロニー”からコンパクチンを発見されましたが,三共(株)では,果汁と果実酒の清澄化に用いる酵素ペクチナーゼをConiothyrium糸状菌から取り出し商品化にも成功されています.また,その後の東京農工大学では研究費や設備が恵まれないなか,歯垢形成阻害物質をAspergillus糸状菌から発見し,ウ蝕を予防する歯磨きガムを開発,さらに,酵母によるメバロン酸大量生産工業プロセスを開発されています.いずれもスクリーニングによるターゲットの選抜と着眼点の素晴らしさには圧倒されます.

遠藤先生も大村先生も探索研究に関する原著論文はNatureやScienceのような学術誌には発表されてませんが,探し当てられた微生物や化合物,酵素は実用化されたもの以外に,基礎研究において欠かせないツールになったものも多いです.スタチン薬が嚆矢となり,コレステロール代謝に関わる酵素群が薬剤の分子標的とみなされ,種々の阻害剤が発見されるとともに,同代謝調節機構の解明に大きく貢献しています.

遠藤先生は,スクリーニングに対する意識が文化として根付いている農芸化学を学ばれたからこそ,6,000もの株を地道に調べられ,化学の手法を用いてコンパクチンを発見されたのだと思います.そうでなければ,スタチン開発(や上記のような研究の発展)はなかったか,あるいは大幅に遅れていたかと思われます.

ゴールドスタイン先生・ブラウン先生がお祝いメッセージで,糸状菌のスクリーニングがわが国で行われていない現状を指摘されていますが,近年,糸状菌に限らず,さまざまな探索研究が産官学,国内外を問わず少なくなっています.いったん探索研究から撤退すると,有形無形の資産の継承は難しくなります.特に企業では,これまで発表してきた論文や特許などには意識して書いてない技術,データが数多くあります.スクリーニング研究者が部署の移動や定年退職を迎えた場合,これらのノウハウが継承されないばかりでなく,保管の期限や場所の制限で実験ノートや貴重な試料も廃棄されているのが現状です.また,たいへん面白い現象や不思議な現象をたくさん,間違いなく目の当たりにしているはずですが(せっかく見つけているのに),1950年代以降,半世紀以上もの間に手にしたこれらの知識,菌株,化合物,ノウハウが人類史上から消えていってしまっているのはとても残念です.

今日,“AI (人工知能)”の言葉を聞かない日はありませんが,AIによってサイエンスや生産の現場が変わる日は遠くないでしょう.例えば,メタボリックエンジニアリングでは転写や翻訳あるいは他のステップで,どの遺伝子を破壊・導入してゲノム改変したり,あるいは特定の培養条件を設定すれば目的の物質を効率良く生産できるとか,化合物の全合成はどの有機化学的手法を駆使すれば可能かなど,AIは教えてくれるでしょう.

研究していた当時は,例えば,副作用や安定性,低活性の問題等で商品化されなかった化合物のデータも,AIによって新たな(ドラッグ)デザインに活用されたら,実用化される可能性もあります.ポジティブなデータだけでなくネガティブな実験結果を含め,これまでに得られたあらゆる知識を何らかの形で残し共用しうることが望ましいですが,そのような仕組みがないのが現状です.

いずれにしても,ビッグデータに基づくAIの到来でわれわれもサイエンスに対する意識を変える必要があります.

特に,この記事を読んでいる学生さんは,30~40歳代にさしかかる頃はAIの恩恵を受ける一方で,AIにはできないことを考えて行う必要があるでしょう.AIに言われるままに研究を行っても,どこが面白いのでしょうか? そのようなことになったら,いずれノーベル賞やガードナー国際賞などの賞自体なくなるかもしれません.

AIにはできないことは何か,考える必要があります.

一つは,スクリーニング研究が挙げられるのではないでしょうか?

ただ今でも時折,経験するのですが,スクリーニングに関しては他分野の方から,「目的とするものが取れなかったら,どうするのですか?」と言われることがあります.やってみないとわからない,先が見えないから面白くチャレンジのしがいがあり,また,スクリーニングの手法もいくつか考えて実験を行うので結構,“もの”が取れる場合も多いですが,さらに突き詰められると返答に窮することがあります.

しかしながら,スクリーニングは“0”を“1”にすることが可能なアプローチだと思います.筆者らのスクリーニング研究では例えば,どの金属が酵素活性を向上させるか探索していた過程で,培地へのコバルト添加によって目的酵素とは別の酵素が活性発現することを発見したこと(最終的に,後者の酵素ニトリルヒドラターゼ活性が顕著な放線菌によるアクリルアミドとニコチンアミド工業生産に結実)(2)2) H. Yamada & M. Kobayashi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 60, 1391 (1996).や,酵素(タンパク質)やリボザイム(RNA)に次ぐ第3の生体触媒(有機触媒)(3)3) T. Nishiyama, Y. Hashimoto, H. Kusakabe, T. Kumano & M. Kobayashi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 17152 (2014).や,ヘモグロビンの触媒機能(4)4) T. Nagakubo, Y. Hashimoto, T. Kumano & M. Kobayashi: Sci. Rep., 8, 1282 (2018).を発見したときはたいへん驚きました.目的とはしてなかったものが取れてきたり,予想どおりに進まなかったりしたとき,また,フレミング博士のシャーレ観察時のペニシリンやリゾチームの発見に見られるように,思いがけない現象に遭遇したときに,好奇心をもち柔軟に考えることで研究のブレークスルーが起こりえます.

AIにできないことのもう一つは,PCRのような画期的な方法論の開発かもしれません.これには,AIが不得意な「直感・ひらめき」が要求されるでしょう.

こういったセンスは,実際にいろいろと見たり聞いたり,実験したりして肌で感じて研ぎ澄まされるのではないでしょうか? そういう意味では,微生物・動物・植物・食品・栄養・生物有機化学など(酵素/タンパク質・遺伝子,低分子化合物といった生体分子を含め),基礎から応用までの分野をカバーする農藝化学は幅広く学べる学問で,そういうセンスが磨かれる機会は多いと思います.実際,異分野の人とface to faceで交流することで思わぬ発想が浮かぶことがあります.今後はますます,創造的な考えができる人材の育成が大事で,画一的でない斬新な考え方に基づく切り口と,既知のデータを基に答えを出すのに長けたAIを両輪にすることで,より良い社会が構築できるのではないかと思われます.

われわれの分野では,微生物の“培養”を意味する“カルチャー(culture)”はラテン語の“colere(耕す)”に由来する言葉で,“コロニー(colony)”と同じ語源をもつと考えられています.そして,心が“耕され”豊潤になることで生まれる“文化”の意味も“culture”にはあります.

“農藝化学”という名前の由来は学会のホームページに記載されており,“agricultural chemistry”に対する素晴らしい言葉ですが,おそらくその翻訳よりも以前に,“agriculture”に対しては,元禄の“農業全書”の書名にもある“農業”という訳が付けられたのだと思います.“agriculture”の語源が“agri(土地)”と“culture(耕す)”に由来し,また,“農”という漢字が元来,“耕す”という意味をもつことを鑑みると,洋の東西を問わず同じような考え方をした人間の英知に驚かされます.

また,“農藝化学”の“藝”の字は“わざ(技能)”以外に,“種える(植える)”という意味があります.“農藝化学”はまさに未開の地を切り拓くフロンティアの学問だと思います.スクリーニングでいかに種(シーズ)を探すか,あるいは,研究の過程でいかにユニークな現象を見過ごさずに見つけ,それらを研究者が化学の視点から「(“農”が意味する)耕し」育て花を咲かせることで,農藝化学がさらに発展することを願っております.

本号はweb上ではカラー刷りで,フリーアクセスできますので,非会員の方々にもお知らせいただけましたら幸いです.また,この記事を読まれたOB, OGの皆様,お手元には実験ノートや試料は残っていないと思いますが,「昔,こんなユニークな結果が得られた,不思議な現象があったんだ」ということを是非,若い世代の研究者に伝えていただけましたら幸いです.

最後に,誠にお忙しいなか,遠藤先生,思いがけずお祝いのメッセージをいただいたゴールドスタイン先生・ブラウン先生,佐藤会長,植田前会長,吉田副会長,蓮見先生をはじめ,執筆してくださった著者の皆様に厚く御礼申し上げます.

Reference

1) http://www.laskerfoundation.org/awards/show/statins-for-lowering-ldl-and-decreasing-heart-attacks/

2) H. Yamada & M. Kobayashi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 60, 1391 (1996).

3) T. Nishiyama, Y. Hashimoto, H. Kusakabe, T. Kumano & M. Kobayashi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 17152 (2014).

4) T. Nagakubo, Y. Hashimoto, T. Kumano & M. Kobayashi: Sci. Rep., 8, 1282 (2018).