特集

過剰なコレステロールは,なぜ健康にとってよくないのか?

Kazumitsu Ueda

植田 和光

京都大学大学院農学研究科

Published: 2018-02-20

現代社会では,「コレステロールは悪者だ」というイメージが定着している.しかし,コレステロールはヒトの生命維持にとって必須の化合物であり,われわれの体内では20段階を超える酵素反応によって合成されている.教科書などには,「コレステロールは,動物の生体膜の主要な構成成分の一つとして膜の物理化学的性質に関与するとともに,胆汁酸やステロイドホルモンの生合成材料としても重要である.」と説明されている.過剰なコレステロールは膜の物理化学的性質を変えてしまい,それが健康にとってよくないのだろうか? 本稿では,過剰なコレステロールがなぜ健康にとってよくないのかを考えてみたい.

細胞内コレステロール濃度の制御

コレステロールは全身の細胞内で合成されるが,おそらくそれでは足らないため,肝臓で合成されたコレステロールが全身の細胞に血中を介して運ばれる.しかし,コレステロールは疎水性が高くそのままでは血液に溶解できない.そのため,肝臓で合成されたコレステロールは細胞内でアポリポタンパク質B(アポB)との複合体が形成され,球形の低密度リポタンパク質(VLDL/LDL)として血中に分泌される.血流にのって運ばれたLDL*1LDLとHDL コレステロールは疎水性が高く,そのままでは血液に溶解できないため,アポA-IやアポBなどのアポリポタンパク質との複合体として体内を循環している(図1).低密度リポタンパク質(LDL)が肝細胞内でアポBと脂質の複合体として形成された後に細胞外へ分泌されるのに対し,アポA-Iは脂質を結合しないまま細胞外へ分泌され,ABCA1の働きによって細胞外で脂質との複合体となる.HDL形成は全身の細胞の過剰なコレステロールを除去する唯一の経路である.血中HDLレベルは,全身の細胞から肝臓へのコレステロールの循環が正常に行われている指標であり,動脈壁内にコレステロールが蓄積する動脈硬化症の発症リスクと逆相関する.そのためHDLは善玉コレステロールと一般に呼ばれる.は細胞膜上のLDL受容体を介して細胞内に取り込まれ,全身の細胞にコレステロールが供給される(図1図1■コレステロールはLDLとして肝臓から全身の細胞に供給され,HDLとして肝臓へ戻される).細胞内コレステロールの60~90%は細胞膜に存在し,細胞膜の脂質の40~50モル%(リン脂質3分子にコレステロール2分子から3分子)の割合で存在する(1)1) A. Das, M. S. Brown, D. D. Anderson, J. L. Goldstein & A. Radhakrishnan: eLife, 3, (2014)..一方,コレステロール合成が行われる小胞体膜中のコレステロール濃度は脂質成分の5モル%(リン脂質19分子にコレステロール1分子)に厳密に制御されている(2)2) A. Radhakrishnan, J. L. Goldstein, J. G. McDonald & M. S. Brown: Cell Metab., 8, 512 (2008).

図1■コレステロールはLDLとして肝臓から全身の細胞に供給され,HDLとして肝臓へ戻される

細胞内コレステロール濃度の制御は,主に以下の4つの経路で行われている.①まず小胞体膜上のコレステロール濃度感知機構(SCAP/INSIG)を介して転写因子SREBPの局在が制御され,コレステロール生合成にかかわる酵素の発現が調節される.②それと同時に,同じ機構でLDL受容体の発現が制御され,コレステロールの細胞外からの取り込みが調節される.③小胞体膜上で,コレステロールに脂肪酸が結合したコレステロール脂肪酸エステルに変換され,それとトリグリセリドをリン脂質が包んだリピッドドロプレットとして細胞質に蓄積される.④細胞内で過剰となったコレステロールは高密度リポタンパク質(HDL)として肝臓へ戻される(図1図1■コレステロールはLDLとして肝臓から全身の細胞に供給され,HDLとして肝臓へ戻される).ほとんどの組織ではコレステロールを代謝できないため,④のHDL形成は過剰なコレステロールを全身の細胞から除去する唯一の経路である.

以上の4つの経路によって細胞内コレステロール濃度は厳密に制御されている.しかし,上で述べた小胞体膜中の5モル%というコレステロール濃度と,細胞膜中のコレステロールの40~50モル%という高濃度とは,どのような関係にあるのだろうか? 本総説で考察したいのは,まさにこの細胞膜のコレステロール濃度である.まず,HDLとABCA1から説明を始めたい.

HDL形成機構にはATP依存トランスポーターABCA1が関与している

HDL形成による末梢組織の過剰なコレステロールの除去は,細胞内の過剰なコレステロールが濃度勾配に従って血中のHDLに受動的に移動する現象であると,長い間考えられてきた.しかし,1999年に3つの研究グループが,タンジール病*2タンジール病 タンジール島は,米国の首都ワシントンDCが面するチェサピーク湾に浮かぶ小島である.この島の歴史は長く,古くは1600年代の英国のピューリタンたちの入植にさかのぼることができる.その後,1800年代初頭の米英戦争時に,英国海軍の基地にもなった.この島の住人800人のうち600人の名字は英国由来のCrockett, Pruitt, Parksで,いまだにイングランド南西部地方の訛りを聞くことができる.1960年にタンジール島の少年が,オレンジ色になった扁桃腺の治療をベセスダにある国立衛生研究所で受けた.診察をした医師フレデリクソンは,少年の血液中にHDLがほとんど存在しないことを発見した.タンジール島に調査に向かったフレデリクソンは,その少年の親族に同様の症状をもつ人が複数いることから,この病気が遺伝性であるとし,島の名前にちなんでタンジール病と名付けた.おそらく400年近く続いた近縁者どうしの婚姻が,遺伝子変異を固定したと考えられる.それから約40年後の1999年に,3つの研究グループが,タンジール病の原因がABCタンパク質の一つ,ABCA1遺伝子の異常であることをつきとめた.それまで,細胞の中に溜まったコレステロールは濃度の薄い血液中へと濃度勾配に従って受動的に運ばれて,血中のアポリポタンパク質に結合しHDLになると考えられており,ATP依存トランスポーターがその過程に関係することは本当に驚きであった.という血中にHDLがほとんど存在しない遺伝病の原因が,ATP依存トランスポーターファミリー「ABCタンパク質」*3ABCタンパク質 細胞膜は脂質でできているため,アミノ酸や糖などの水溶性化合物は細胞膜を透過しない.そのため,それらを細胞内に取り込むためにはトランスポーターと呼ばれる膜タンパク質が必要である.一方,低分子の脂溶性化合物は細胞膜を自由に透過する.それ故,脂溶性化合物の膜を介した移動は濃度勾配に従って受動的に起こり,トランスポーターは必要ないと長い間考えられてきた.しかし筆者は,複数の抗がん剤に対して同時に耐性となった多剤耐性がん細胞に,脂溶性の抗がん剤をATPに依存して細胞外へ排出するトランスポーターが過剰発現していることを1987年に見いだした(21).つまり,生体内には脂溶性化合物を能動輸送するトランスポーターが存在することが明らかになったのである.
この抗がん剤排出トランスポーターは,多剤耐性(Multidrug Resistance)の頭文字をとってMDR1と名付けられた.MDR1は,さまざまな構造の脂溶性化合物を低い親和性で結合し,ATP加水分解に依存して細胞外へ排出する.多くの薬剤の小腸からの吸収性や薬物動態に大きな影響を与えるだけでなく,環境中のさまざまな脂溶性有害物から体を防御している.MDR1によく似た脂溶性化合物排出トランスポーターは,大腸菌から植物,ヒトまで,地球上のほとんどの生物で発現していることから,環境中の脂溶性有害物から細胞や個体を守り,有害な代謝産物を細胞外へ排出することが生物にとって重要であることがわかる(22).MDR1のATP結合ドメインと類似のドメインをもつトランスポーターファミリーは,ABC(ATP Binding Cassette)タンパク質と名付けられた.ヒトの染色体上には,48のABCタンパク質遺伝子がコードされており,ATP結合ドメインのアミノ酸配列の相同性によってAからGまで7つのサブファミリーに分類される.ABCA1はAサブファミリーに属する.MDR1はBサブファミリーに属しABCB1とも呼ばれる.ヒトの48のABCタンパク質のうち,20以上の遺伝子の異常がさまざまな疾患と関係している.
の一つ,ABCA1遺伝子の変異であることを報告した(3~5)3) M. Bodzioch, E. Orsó, J. Klucken, T. Langmann, A. Böttcher, W. Diederich, W. Drobnik, S. Barlage, C. Büchler, M. Porsch-Ozcürümez et al.: Nat. Genet., 22, 347 (1999).4) A. Brooks-Wilson, M. Marcil, S. M. Clee, L. H. Zhang, K. Roomp, M. van Dam, L. Yu, C. Brewer, J. A. Collins, H. O. Molhuizen et al.: Nat. Genet., 22, 336 (1999).5) S. Rust, M. Rosier, H. Funke, J. Real, Z. Amoura, J. C. Piette, J. F. Deleuze, H. B. Brewer, N. Duverger, P. Denèfle et al.: Nat. Genet., 22, 352 (1999)..それまではコレステロールは受動的に引き抜かれると考えられてきたため,HDL形成にATP依存トランスポーターが関与することは多くの研究者にとって驚きであった.コレステロール高蓄積時にコレステロールから生じるオキシステロールをリガンドとする転写因子LXRによってABCA1の発現が上昇し,過剰なコレステロールはアポリポタンパク質A-I(アポA-I)との複合体HDLとなり肝臓へと戻される.ABCA1の働きによって最初に形成される新生HDLは,数百分子の脂質に2~4分子のアポA-Iが巻付いたディスク状構造をしている.ABCA1がどのようなメカニズムでこのようなディスク状の粒子を形成するのか,そのメカニズムに関しては現在大きく議論が分かれている(6)6) K. Nagao, M. Tomioka & K. Ueda: FEBS J., 278, 3190 (2012).

HDL形成機構として一般的に受け入れられているメカニズムは次のようなものである(7)7) M. C. Phillips: Biol. Chem., 289, 24020 (2014).図2図2■HDL形成機構として信じられているメカニズム).①まずABCA1はATP加水分解依存的に,細胞膜の主要成分であるホスファチジルコリン(PC)を細胞膜内層から外層へと移動させる.それによって脂質二重層の外層の脂質含量が増加し,細胞膜が外側に凸に湾曲し曲率の高い湾曲部分が出現する.②分子内に10の両親媒性αへリックスをもつアポA-Iは,ABCA1によって形成された特殊な膜ドメインに自発的に結合し,両親媒性αへリックスの疎水面を内側にして脂質二重層に巻付いたディスク状のアポA-I/PC複合体を形成する.③このアポA-I/PC複合体がさらに細胞膜からコレステロールを引き抜き,アポA-I/PC/コレステロール複合体が形成される.膜脂質の流動性から考えて,外層のPC量が過剰になるだけで外側に凸に湾曲し曲率の高い湾曲部分が形成されることになるとは考えにくいと筆者は思うのだが,HDLは受動的に形成されると長年信じてきた多くの研究者からはこのモデルが支持されている.

図2■HDL形成機構として信じられているメカニズム

ABCA1による新規HDL形成モデル

ABCA1は,12回の膜貫通αへリックスと2つのATP結合ドメインというABCタンパク質の基本構造に,約900アミノ酸からなる大きな細胞外ドメインをもつ(図3図3■筆者らが提唱しているHDL形成機構).全長は2261アミノ酸であり,分子の約半分が細胞外ドメインである.アポA-IがABCA1の細胞外領域と直接結合することは,架橋剤を用いたクロスリンク実験により示されている.また,ABCA1の2つの細胞外領域は2本のジスルフィド結合によって架橋されており,これらのジスルフィド結合を形成できないABCA1は,アポA-Iと結合できない(8)8) M. Hozoji, Y. Kimura, N. Kioka & K. Ueda: J. Biol. Chem., 284, 11293 (2009)..さらに,ABCA1の2つのATP結合領域でのATP加水分解によって細胞外ドメインが大きく構造変化することも明らかになっている(9)9) K. Nagao, K. Takahashi, Y. Azuma, M. Takada, Y. Kimura, M. Matsuo, N. Kioka & K. Ueda: J. Lipid Res., 53, 126 (2012)..その構造変化によってアポA-I結合部位が細胞外領域に形成されると予想される(9)9) K. Nagao, K. Takahashi, Y. Azuma, M. Takada, Y. Kimura, M. Matsuo, N. Kioka & K. Ueda: J. Lipid Res., 53, 126 (2012)..また最近,全反射照明蛍光顕微鏡を用いて細胞膜上のABCA1分子の挙動を1分子レベルで観察した結果,ABCA1はHDL形成過程において,細胞膜上で一時的に二量体を形成し停止することが明らかになった(10)10) K. O. Nagata, C. Nakada, R. S. Kasai, A. Kusumi & K. Ueda: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5034 (2013)..機能をもたない変異型ABCA1分子は二量体化せず,単量体の状態のままで細胞膜上を拡散していた.さらに,二量体化したABCA1はアポA-Iと相互作用後,単量体に分離し細胞膜上を拡散した.

図3■筆者らが提唱しているHDL形成機構

文献10の図を一部改変.

以上のような知見から,筆者らは以下のようなモデルを考えている(図3図3■筆者らが提唱しているHDL形成機構).①ABCA1は通常の膜タンパク質と同様に自由拡散しながら,PCとコレステロールを細胞膜中から取り込み,ATP加水分解によるABCA1の構造変化によって外向きに移動させる.②PCとコレステロールは直接細胞外へ排出されるのではなく,ABCA1の細胞外ドメイン内部に一時的に貯蔵される.③ABCA1は細胞外ドメインにPCとコレステロールを溜め込んだ状態で二量体化し,細胞膜上で一時的に静止する.④二量体化したABCA1の細胞外ドメインとアポA-Iが相互作用する.⑤PCとコレステロールがABCA1の細胞外ドメインからアポA-Iへ移動し,アポA-I/PC/コレステロール複合体が形成される.⑥脂質をアポA-Iに渡したABCA1は単量体に戻り,①のように自由拡散しながらPCとコレステロールを輸送する.初期HDL粒子は2~4分子のアポA-Iと数百分子の脂質を含んでおり,そのような粒子の形成にABCA1の二量体化が重要な役割を果たしていると筆者らは考えている.

ABCA1の第二の生理的役割

最近になって,ABCA1がHDL形成だけでなく,細胞にとって基盤的な役割を果たしている可能性が示唆され始めた.たとえばFrechinらは,細胞の混み具合に応じた細胞の挙動の調節にABCA1が関与していることを報告した(11)11) M. Frechin, T. Stoeger, S. Daetwyler, C. Gehin, N. Battich, E. M. Damm, L. Stergiou, H. Riezman & L. Pelkmans: Nature, 523, 88 (2015)..上皮細胞,内皮細胞や繊維芽細胞など多くの細胞では,細胞接着班を介して細胞外マトリクスに接着し,周りの環境の固さや細胞の混み具合を感知し,増殖するかどうか,どの方向に移動するかなどが決定されている.その過程では,細胞接着斑におけるFAK(Focal Adhesion Kinase)の自己リン酸化による活性化がまず起こり,その後,PI(3)キナーゼやAKTなどのリン酸化を経てさまざまな遺伝子の転写が調節される.この研究では,混み具合によってFAK依存的に発現量が変化する遺伝子が調べられた.その結果,ABCA1, ABCA6, ABCA9, ABCG2の4つのABCタンパク質遺伝子の発現が,細胞が混んでない環境(つまり増殖や移動が活発に行われるとき)において強く抑制されていることが明らかになった.特に,ABCA1の発現はすべての遺伝子の中で2番目に強くFAK依存的に抑制されていた.さらに,細胞が混んでいるときにはABCA1遺伝子の発現調節部位に転写因子FOXO3とTAL1が結合し,転写を活性化していることが明らかになった.つまり,細胞の混み具合によって,転写因子を介してABCA1の発現量が変化し,細胞膜のコレステロール濃度あるいは分布が変わることによって,細胞の行動が微調整されていることが示唆された.

また,末梢組織で抗原を取り込みリンパ節や脾臓などに抗原を届ける役割を負う樹状細胞の成熟にABCA1の働きが必要であること(12)12) M. Westerterp, E. L. Gautier, A. Ganda, M. M. Molusky, W. Wang, P. Fotakis, N. Wang, G. J. Randolph, V. D. D’Agati, L. Yvan-Charvet et al.: Cell Metab., 25, 1294 (2017).,神経細胞の障害を受けた部分がアストロサイトによって貪食され修復されるためにはアストロサイトでABCA1が機能する必要があること(13)13) Y. M. Morizawa, Y. Hirayama, N. Ohno, S. Shibata, E. Shigetomi, Y. Sui, J. Nabekura, K. Sato, F. Okajima, H. Takebayashi et al.: Nat. Commun., 8, 28 (2017).などが最近報告された.これらの現象はHDL産生という従来考えられてきたABCA1の働きでは説明ができないため,ABCA1にはHDL産生以外の働きがあることが示唆され始めた.

細胞膜リン脂質の不均一な分布

哺乳類の細胞膜は大きく分けて数種類のリン脂質とコレステロールでできているが,それらは膜全体に均一に分布しているわけではなく,たとえば細胞膜の脂質二重層の内層と外層の脂質組成は大きく異なっている.リン脂質のうち,ホスファチジルイノシトール(PI),ホスファチジルセリン(PS),ホスファチジルエタノールアミン(PE)のほとんどは内層(細胞質側)に存在し,スフィンゴミエリン(SM)はほぼすべて外層(細胞外側)に存在する(図4図4■細胞膜リン脂質の不均一な分布とそれにかかわるトランスポーター).また,ホスファチジルコリン(PC)は両側に存在するが,おそらく外層により多いと考えられる.これらのリン脂質の不均一な分布は,主に2つのメカニズムによって決まる.まず一つ目としては,リン脂質の合成場所が分布に大きな影響を与える.たとえば,SMの前駆体であるセラミドは小胞体で合成された後,セラミド結合タンパク質CERTによってトランスゴルジに移される.その後,トランスゴルジ内腔に存在するSM合成酵素により,ホスファチジルコリンの頭部のホスホコリンがセラミドへと転移されSMが合成される.合成されたSMはベシクル輸送によって細胞膜へ運ばれるが,トランスゴルジで合成されたSMはすべてベシクル内腔側の脂質層に存在するため,SMはすべて細胞膜外層に現れることになる.大きな極性頭部をもつSMは,以下に述べる2つ目のメカニズムであるトランスポーターが存在しなければ,脂質二重層の内側に現れることはほとんどない.

図4■細胞膜リン脂質の不均一な分布とそれにかかわるトランスポーター

リン脂質を動かすトランスポーター

リン脂質の分布を決める2つ目のメカニズムはトランスポーターである(図4図4■細胞膜リン脂質の不均一な分布とそれにかかわるトランスポーター).PS, PE, PIはフリッパーゼによって常に外層から内層へ動かされ,上記のように細胞膜内層に存在する.また,時期あるいは部位特異的にスクランブラーゼによって外層と内層間でランダムに動かされ細胞表面に出現する.たとえば,PSはアポトーシス時特異的に細胞膜外層に現れ,マクロファージによる貪食の目印“イートミーシグナル”となる.この現象は25年程前から知られていたが,そのメカニズムは不明なままであった.2013年になって,アポトーシス時にPSを細胞表面に出現させるスクランブラーゼXkr8が日本の研究者によって同定された(14)14) J. Suzuki, D. P. Denning, E. Imanishi, H. R. Horvitz & S. Nagata: Science, 341, 403 (2013)..さらに,Xkr8はアポトーシス時特異的にカスパーゼによってC末端が切断され活性化されることも明らかになった.また,PSのフリッパーゼとして機能するATP11AとATP11Cが,アポトーシス時にカスパーゼによって切断されて不活性化されることが2014年に明らかにされた(15)15) K. Segawa, S. Kurata, Y. Yanagihashi, T. R. Brummelkamp, F. Matsuda & S. Nagata: Science, 344, 1164 (2014)..アポトーシスの早い段階で,カスパーゼによるスクランブラーゼの活性化とフリッパーゼの不活性化が起こり,これらの協調的な作用によってPSが細胞膜外層へ出現するのである.このように,リン脂質を両方向にランダムに動かすスクランブラーゼと,外層から内層へ動かすフリッパーゼに関する知見は近年急速に蓄積している(16)16) C. Montigny, J. Lyons, P. Champeil, P. Nissen & G. Lenoir: Biochim. Biophys. Acta, 1861, 767 (2016)..細胞膜にはスクランブラーゼとフリッパーゼだけでなく,リン脂質を脂質二重層内層から外層へ動かすフロッパーゼも存在する(図4図4■細胞膜リン脂質の不均一な分布とそれにかかわるトランスポーター).

コレステロールの脂質二重層中の分布

以上のように,細胞膜中のリン脂質の分布に関しては多くの知見が蓄積してきた.一方で,コレステロールの細胞膜内分布に関しては,いまだコンセンサスが得られていない.スフィンゴミエリンとともにコレステロールが濃縮された特殊な膜ドメイン(脂質ラフト)が提唱されているが(17)17) K. Simons & D. Toomre: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 1, 31 (2000).,そのサイズや生細胞膜上でどれぐらい安定に存在するかなどは意見が分かれている.また,コレステロールの脂質二重層の内層と外層への分布に関しても,内層に多いという報告(18)18) M. Mondal, B. Mesmin, S. Mukherjee & F. R. Maxfield: Mol. Biol. Cell, 20, 581 (2009).はあるが,いまだに明確ではない.このようにコンセンサスが得られない原因の一つは,コレステロールの動きの速さである.コレステロールの極性部分はヒドロキシ基が一つと小さいため,1分間に数回以上フリップ・フロップすると言われている.一方,大きな極性基をもつリン脂質のフリップ・フロップは極めて遅く,自然には1日に1回以下しか起こらない.また検出の困難さが挙げられる.コレステロールに蛍光標識などを導入すると,その時点でその分子はコレステロールとは別物となり,本来のコレステロールの動きとは異なってしまう.コレステロールの動きの速さを考えると,トランスポーターなどによって積極的に動かされることがなければ,コレステロールは内層と外層で均一に存在すると予想される.

コレステロールの細胞膜外層への不均一分布とそのメカニズム

2017年になって,細胞膜中のコレステロールが主に脂質二重層の外層に存在することが報告された(19)19) S. L. Liu, R. Sheng, J. H. Jung, L. Wang, E. Stec, M. J. O’Connor, S. Song, R. K. Bikkavilli, R. A. Winn, D. Lee et al.: Nat. Chem. Biol., 13, 268 (2017)..Liuらは,コレステロールに対するプローブを改良することによって,細胞膜中のコレステロール濃度を1~40 mol%までリアルタイムに,しかも内層と外層のコレステロール濃度を同時に定量することに成功した.その結果,さまざまな細胞の細胞膜内層のコレステロール濃度は脂質の約3 mol%,外層のコレステロール濃度は約40 mol%であり,細胞膜外層には内層の10以上のコレステロールが存在することが明らかとなった.さらに,コレステロールの外層への移動にABCA1とABCG1が関与していることも明らかになった.次に,SM分解酵素によって外膜のSM量を減少させると,内層コレステロールが上昇することがわかり,ABCA1とABCG1の活性と外層のSMがコレステロールの外層への偏在にとって重要であることが明らかになった.これらの結果は,生細胞を用いて細胞膜内層と外層のコレステロール濃度を定量的に測定した初めての報告であり,しかもその不均衡の維持にABCタンパク質が関与するというこれまでの予想を覆すものであった.

増殖シグナルによる細胞膜コレステロールの分布変化

では,コレステロールが細胞膜外層に偏在する生理的意味は何だろうか?Liuらは,細胞が増殖シグナルWnt3aを受け取ると,Wnt3a濃度依存的,時間依存的に細胞膜内層のコレステロール濃度が2~3倍上昇することを明らかし,それに伴ってWnt3aの下流のシグナル分子でコレステロールに結合するDvl2が細胞膜にリクルートされることを示した.一方,外膜のコレステロール濃度は減少し,細胞膜のコレステロール全量は変化しなかった.つまり,Wnt3aシグナルによってコレステロールが外層から内層に移動したことを意味する.

次に,Wnt3aシグナルによるコレステロール移動のメカニズムを明らかにするため,Wnt3aシグナル後のABCA1とABCG1の質的変化を質量分析によって解析した.その結果,Wnt3aシグナル後にABCA1の2カ所のセリン残基がリン酸化されることが明らかになった.これら2つのセリン残基をアラニンに置換したABCA1を発現させた細胞では,Wnt3aを添加しても細胞膜内層のコレステロール濃度はほとんど変化しなかった.これらの結果は,Wnt3aシグナルによってABCA1がリン酸化されることで活性が変化することを示唆している.

細胞膜コレステロール濃度の制御

以上のように,細胞膜中のコレステロールは細胞膜の物理化学的性質のためだけでなく,脂質二重層間で動くことによって,増殖シグナルなどを細胞内へ伝える際に働く調節因子として機能していることが明らかになりつつある.コレステロールは化学的に安定であり,調節因子として適している.細胞が増殖や移動する際には細胞膜が十分に供給される必要があり,細胞膜中にコレステロールが十分に存在することが増殖可能な状態であることのよい目印となる.外界から刺激を受けたときに,細胞の状態に応じて細胞内に流すシグナルの強さを調節するには,細胞膜中のコレステロール濃度自身が調節に関与するのが最も合理的であると思われる.

最初に書いた40~50 mol%という細胞膜中のコレステロール濃度は,コレステロール研究でノーベル賞を受賞したGoldstein博士とBrown博士の論文(1)1) A. Das, M. S. Brown, D. D. Anderson, J. L. Goldstein & A. Radhakrishnan: eLife, 3, (2014).から引用した.しかし,Liuらの結果(19)19) S. L. Liu, R. Sheng, J. H. Jung, L. Wang, E. Stec, M. J. O’Connor, S. Song, R. K. Bikkavilli, R. A. Winn, D. Lee et al.: Nat. Chem. Biol., 13, 268 (2017).は,細胞膜内層のコレステロール濃度は脂質の約3 mol%,外層のコレステロール濃度は約40 mol%であり,平均すると細胞膜中のコレステロール濃度は21.5 mol%となる.教科書(20)20) Lodish et al.: “Molecular Cell Biology” Fifth ed., W. H. Freeman and Company, 2004.にも赤血球の細胞膜中のコレステロール濃度が26 mol%であるという記述がある.また,小胞体膜の一部は細胞膜と接していることがわかっており,細胞膜内層のコレステロール濃度が小胞体膜のコレステロール濃度5 mol%に近いことは理解しやすい.細胞膜中のコレステロール濃度が20~25 mol%であれば,ABCA1とABCG1がコレステロールを細胞膜外層へと移動し続けることによって,内層と外層のコレステロール濃度に10倍の差とつけることによって,内層の濃度を小胞体のレベルまで下げることが可能である.一方,細胞膜中のコレステロール濃度が40 mol%を超えると,内層と外層のコレステロール濃度に10倍の差をつけることは不可能となる.つまり,細胞膜内層に高濃度のコレステロールが常に存在するとコレステロールの濃度変化を介した制御が破たんし,細胞の異常な増殖や移動が起こり,炎症やがん化につながると考えられる.ABCA1は細胞膜中の過剰なコレステロールをアポA-Iへと渡し,細胞外へ排出することによって,細胞膜中のコレステロール濃度を一定に保つという重要な役割を負っていると考えられる.

おわりに

コレステロールがリン脂質の間に入ると,広範囲に親和性を発揮し細胞膜を安定化させるとともに,水やイオンの透過を抑制する.このようなコレステロールの物理化学的な性質は細胞の生存にとって必須であり,細胞膜中のコレステロール濃度が10 mol%以下になると,細胞は生存できない.コレステロールがわれわれの生存にとって必須の化合物であることは明白である.しかし,過剰なコレステロールがなぜ健康にとってよくないのかに関しては,明快な説明はされてこなかったように思う.これまでは,過剰蓄積し結晶化したコレステロールがリソソームを破壊して細胞を死においやり,死細胞を過剰に貪食し泡沫化したマクロファージが血管壁に蓄積して炎症をおこし,動脈硬化を引き起こすといった病態からの説明が中心であった.本稿では,細胞膜中のコレステロール濃度は,細胞の状態の目印として増殖や移動の調節にかかわっており,そのために細胞膜中のコレステロール濃度は常に20~25 mol%に維持されるとともに,ABCA1によって細胞膜内層と外層間に10倍の濃度差が維持されていること,過剰なコレステロールはその調節機構の破綻を引き起こすという筆者の考えを紹介した.この考え方が正しいかどうか,今後の研究によって明らかになることを期待している.

Reference

1) A. Das, M. S. Brown, D. D. Anderson, J. L. Goldstein & A. Radhakrishnan: eLife, 3, (2014).

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*1LDLとHDL コレステロールは疎水性が高く,そのままでは血液に溶解できないため,アポA-IやアポBなどのアポリポタンパク質との複合体として体内を循環している(図1).低密度リポタンパク質(LDL)が肝細胞内でアポBと脂質の複合体として形成された後に細胞外へ分泌されるのに対し,アポA-Iは脂質を結合しないまま細胞外へ分泌され,ABCA1の働きによって細胞外で脂質との複合体となる.HDL形成は全身の細胞の過剰なコレステロールを除去する唯一の経路である.血中HDLレベルは,全身の細胞から肝臓へのコレステロールの循環が正常に行われている指標であり,動脈壁内にコレステロールが蓄積する動脈硬化症の発症リスクと逆相関する.そのためHDLは善玉コレステロールと一般に呼ばれる.

*2タンジール病 タンジール島は,米国の首都ワシントンDCが面するチェサピーク湾に浮かぶ小島である.この島の歴史は長く,古くは1600年代の英国のピューリタンたちの入植にさかのぼることができる.その後,1800年代初頭の米英戦争時に,英国海軍の基地にもなった.この島の住人800人のうち600人の名字は英国由来のCrockett, Pruitt, Parksで,いまだにイングランド南西部地方の訛りを聞くことができる.1960年にタンジール島の少年が,オレンジ色になった扁桃腺の治療をベセスダにある国立衛生研究所で受けた.診察をした医師フレデリクソンは,少年の血液中にHDLがほとんど存在しないことを発見した.タンジール島に調査に向かったフレデリクソンは,その少年の親族に同様の症状をもつ人が複数いることから,この病気が遺伝性であるとし,島の名前にちなんでタンジール病と名付けた.おそらく400年近く続いた近縁者どうしの婚姻が,遺伝子変異を固定したと考えられる.それから約40年後の1999年に,3つの研究グループが,タンジール病の原因がABCタンパク質の一つ,ABCA1遺伝子の異常であることをつきとめた.それまで,細胞の中に溜まったコレステロールは濃度の薄い血液中へと濃度勾配に従って受動的に運ばれて,血中のアポリポタンパク質に結合しHDLになると考えられており,ATP依存トランスポーターがその過程に関係することは本当に驚きであった.

*3ABCタンパク質 細胞膜は脂質でできているため,アミノ酸や糖などの水溶性化合物は細胞膜を透過しない.そのため,それらを細胞内に取り込むためにはトランスポーターと呼ばれる膜タンパク質が必要である.一方,低分子の脂溶性化合物は細胞膜を自由に透過する.それ故,脂溶性化合物の膜を介した移動は濃度勾配に従って受動的に起こり,トランスポーターは必要ないと長い間考えられてきた.しかし筆者は,複数の抗がん剤に対して同時に耐性となった多剤耐性がん細胞に,脂溶性の抗がん剤をATPに依存して細胞外へ排出するトランスポーターが過剰発現していることを1987年に見いだした(21).つまり,生体内には脂溶性化合物を能動輸送するトランスポーターが存在することが明らかになったのである.
この抗がん剤排出トランスポーターは,多剤耐性(Multidrug Resistance)の頭文字をとってMDR1と名付けられた.MDR1は,さまざまな構造の脂溶性化合物を低い親和性で結合し,ATP加水分解に依存して細胞外へ排出する.多くの薬剤の小腸からの吸収性や薬物動態に大きな影響を与えるだけでなく,環境中のさまざまな脂溶性有害物から体を防御している.MDR1によく似た脂溶性化合物排出トランスポーターは,大腸菌から植物,ヒトまで,地球上のほとんどの生物で発現していることから,環境中の脂溶性有害物から細胞や個体を守り,有害な代謝産物を細胞外へ排出することが生物にとって重要であることがわかる(22).MDR1のATP結合ドメインと類似のドメインをもつトランスポーターファミリーは,ABC(ATP Binding Cassette)タンパク質と名付けられた.ヒトの染色体上には,48のABCタンパク質遺伝子がコードされており,ATP結合ドメインのアミノ酸配列の相同性によってAからGまで7つのサブファミリーに分類される.ABCA1はAサブファミリーに属する.MDR1はBサブファミリーに属しABCB1とも呼ばれる.ヒトの48のABCタンパク質のうち,20以上の遺伝子の異常がさまざまな疾患と関係している.