特集

血栓溶解を促進する化合物新たな脳梗塞治療薬の開発を目指して

蓮見 惠司

Keiji Hasumi

東京農工大学大学院農学研究院応用生命化学部門

Published: 2018-02-20

ガードナー国際賞(2017年),ラスカー臨床医学研究賞(2008年),日本国際賞(2006年)など数々の国際賞を受賞した遠藤 章博士のスタチンの発見は,虚血性心疾患(動脈硬化とそれに起因する血栓による動脈閉塞が原因)の予防と治療の新たな扉を開いた.筆者らは,血栓溶解を促進する生理活性物質の探索の過程で多くの化合物を同定し,糸状菌Stachybotrys microsporaが生産するtriprenyl phenol化合物群SMTPの医薬開発を進めている.SMTPは血栓溶解促進作用と抗炎症作用を併せ持ち,脳梗塞(血栓による脳虚血に伴う病態)の改善に著効を示す.本稿では,SMTPの発見から医薬開発までの道のりを,遠藤博士とのエピソードを交えて紹介する.

はじめに

スタチンはコレステロール合成系の律速酵素3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme A reductaseを阻害し,血中コレステロールを低下させ,動脈硬化とそれに起因する血栓による動脈閉塞が原因となる心筋梗塞などの虚血性疾患を治療する薬剤の総称である.最初のスタチンは遠藤 章博士らにより三共株式会社(現,第一三共株式会社)において発見された.遠藤博士はニューヨーク留学中にアメリカでの心臓病(虚血性心疾患)の深刻さを知り,その治療薬を開発したいとの思いから,微生物培養液を対象として,コレステロール合成阻害剤の探索を行い,1973年にアオカビの1株からコンパクチンを発見した.遠藤博士は1979年に東京農工大学に移り,第2のスタチンとなるモナコリンK(ロバスタチン)を紅麹カビから発見する.

抗生物質の発見以来,微生物の二次代謝は多様な化合物の宝箱と認識され,膨大な数の化合物がそこから単離されてきた.これらの化合物は進化の過程で何らかの役割をもって誕生し,その多様性を増してきたものと推測される.地球上の生命のルーツは一つで,大まかにいえば基本的な代謝はバクテリアからヒトに至るまで共有されている.それゆえ,生物によって作られる化合物はほかの多くの生物にとって本質的に受容される性質のものであり(たとえば栄養素として利用されるなど),また,特定の生物にとっては選択的な生理活性物質(毒素など)として機能する.後者の活性は「薬理活性物質」と言い換えることができ,ペニシリン(特定の生物にとっての毒素)の発見によって,これを「くすり」として利用する途が開かれた.広い視点で見ればスタチンやほかの微生物由来の医薬もこのような生理活性物質といえる.また古来より,ある種の植物は伝承的な「くすり」として利用されてきた.その有効成分の多くは植物の二次代謝により作られる.それゆえ微生物や植物の二次代謝物は,くすりの種ともいえる.

スタチンの後で

1980年から1997年まで東京農工大学で学生,助手,助教授として遠藤博士とともに研究を進める中,私はスタチンの黎明期から大成功までの道のりをつぶさに眺める機会に恵まれた(ただし,探索研究の深淵な科学的価値や「くすり」つくりの難しさと面白さを理解するのは,その10年も後になってからのことだった).スタチンの利用により動脈硬化の治療法が確立されたが,血栓に起因する虚血性疾患の治療のすべてがこれで解決したわけではない.特に,虚血性疾患を発症した後では,原因となる血栓を取り除くことが最重要課題となる.1993年頃にこのようなことを遠藤博士と議論しながら新たな研究を細々とスタートさせた.血栓溶解を促進する化合物を微生物から探索する仕事である.それまで,専らコレステロール代謝に作用する化合物の研究を行ってきたため一大方針転換であり,今にして思えば泥沼の中でもがき苦しんだような探索の繰り返しであった.その中で,幸運にもいくつかの興味深い活性物質に巡り合うことができた(1, 2)1) 蓮見惠司,菊地唯史:日本血栓止血学会誌,12, 314 (2001).2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010).

血液凝固線溶系

血液の機能は全身に酸素と栄養素を運搬することであり,その損失は重大な身体機能不全につながる.それゆえ,血液には凝固系と呼ばれる止血システムが存在する.また,凝固系が過度に進行すると血栓による循環障害が発生するため,線溶系と呼ばれる血栓を溶解するシステムも同時に存在する.これら血液凝固線溶系は,構造の類似する多数のプロテアーゼとその制御分子からなるカスケード反応で構成されている(図1図1■血液凝固線溶系).このシステムが凝固に傾くと血栓傾向となり,線溶に傾くと出血傾向となるため,両者のバランスが保たれるよう凝固線溶系は厳密に制御されている.

図1■血液凝固線溶系

血液凝固系と線溶系は局所的に起こるプロテアーゼカスケードから構成されている.凝固と線溶の活性バランスは,生理的には厳密に制御されている.そのバランスが凝固優位に傾くと血栓傾向,線溶優位に傾くと出血傾向となる.平易にするため,この図では多くの制御因子を省略している.VIIa, 活性化第VII因子;X, 第X因子;Xa, 活性化第X因子;t-PA, 組織型プラスミノゲンアクチベーター.

組織傷害(特に外傷)は予期せぬときにも起こりうる.また,止血は傷害部位だけに,血栓溶解は血栓があるときだけ働く必要がある(そうしないと,あちこちで血栓ができたり,出血したりと不都合が生ずる).それゆえ,生物は凝固線溶系の制御機構に即時的かつ部位特異的に対応するための特殊な仕掛けを進化の過程で用意してきた.その仕掛けはタンパク質の「かたち」(立体構造)の中に秘められている.ほぼすべてのタンパク質凝固線溶因子は不活性な前駆体として循環している.組織傷害により発動する凝固系では,傷害部位で血小板が凝集・活性化し凝固の足場を作る(活性化によって細胞膜外側にホスファチジルセリンが移行し,それが凝固因子複合体形成の足場となる).細胞表面での凝固因子の集積(局在化)と活性化の基本はプロテアーゼ前駆体と非酵素タンパク質凝固因子,細胞膜,カルシウムイオンの相互作用であり,これらの機能はタンパク質の「かたち」によって決められている.また,プロテアーゼ前駆体自体も特定のペプチド結合の切断によって「かたち」を変えることが活性化につながる.同様に,血栓の溶解にかかわる線溶系の活性もタンパク質の「かたち」の変化で制御される(項目4および5を参照).探索の後でわかったことだが,われわれが同定した線溶系を促進する活性物質のすべてがプロテアーゼ前駆体(zymogen)の「かたち」を変えることによってその作用を発現する.それゆえ,われわれはこのような化合物をzymogen modulatorと呼んでいる(2)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010)..これらの化合物は,気の遠くなるような時間をかけて生命の営みが作り出した仕組みを利用している,とも考えられる.

線溶系に作用する化合物の探索

項目2で述べた背景のもとに,われわれは線溶系に作用する生理活性物質を微生物から発見するための探索を開始した.その際に用いた系は,(1)細胞へのプラスミノゲン(血栓溶解酵素プラスミンの前駆体)の結合,(2)血栓の主成分フィブリンへのプラスミノゲンの結合,(3)フィブリン上に播種した細胞と血漿を介したフィブリン分解,(4)プラスミノゲンアクチベーターによるプラスミノゲン活性化,(5)ウロキナーゼ型プラスミノゲンアクチベーター前駆体(プロウロキナーゼ)とプラスミノゲンによる,酵素前駆体の相互活性化,などである.これらの系で延べ1万検体以上の微生物培養液の活性を調べ,多くの活性化合物を単離した.

これらの活性物質の作用標的は,(1)プラスミノゲン,(2)プロウロキナーゼ,(3)血漿ヒアルロン酸結合プロテアーゼ前駆体(pro-PHBP),(4)プロトロンビン(凝固系プロテアーゼトロンビンの前駆体)に大別され,これらのすべてにおいて立体構造変化の誘導が活性物質の作用機序となる.図2図2■線溶系に作用する活性物質とその標的分子に活性物質とその標的分子(zymogen)の構造を示す.SMTP(Stachybotrys microspora triprenyl phenol),complestatinとその誘導体chloropeptin I, thioplabin, stachybotrydial, surfactinとその同族体iturinはプラスミノゲンの立体構造変化を誘導し,その結果,プラスミノゲンのフィブリンや細胞への結合および活性型酵素プラスミンへの変換を促進する.Glucosyldiacylglycerolはプロウロキナーゼの立体構造変化を誘導し,その結果,プロウロキナーゼとプラスミノゲンの相互活性化を促進する.Plactinはプロトロンビンの立体構造変化を誘導し,その結果,プロトロンビンのトロンビンへの活性化の制御を通してプロウロキナーゼの活性化を導き,最終的に線溶系を促進する.また,plactinはpro-PHBP前駆体の立体構造変化も誘導し,その自己触媒的な活性化の促進を通してプロウロキナーゼの活性化を導く(これらの詳細とオリジナル文献は文献2を参照).

図2■線溶系に作用する活性物質とその標的分子

ThioplabinのRは–CH3(thioplabin A),–CH2CH3(thioplabin B),あるいは–CH(CH32(thioplabin C)を示す.SMTPのRはN結合側鎖を示す(詳しくは本文参照).GlucosyldiacylglycerolのR1およびR2は,それぞれoleoyl基,palmitoyl基を示す.それぞれの標的分子の構造は模式的に表されている.機能ドメインを円で示す(PAN, PAN domain; K, kringle domain; P, protease domain; Gla, γ-carboxyglutamic acid domain; E, EGF domain).活性型分子(下段)のA鎖とB鎖をつなぐジスルフィド結合は緑で示す.

これらの化合物の中でSMTPは多様な薬理活性を示し,特に脳梗塞(血栓や塞栓による部分的な脳虚血が引き起こす病態)モデルにおいて著効を示す.以下,SMTPの生化学的作用機序と薬理活性を紹介する.

SMTPの構造と作用

SMTPは真菌S. microsporaにより生産される一群の新規トリプレニルフェノールの総称で,クロマンラクタム構造,イソプレン側鎖とN結合側鎖から構成される(2)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010)..現在までに,N結合側鎖の構造の異なる50種以上の同族体と,イソプレン側鎖の構造の異なる8種の同族体を同定している(2~7)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010).3) K. Hasegawa, H. Koide, W. Hu, N. Nishimura, R. Narasaki, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 63, 589 (2010).4) H. Koide, R. Narasaki, K. Hasegawa, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 91 (2012).5) W. Hu, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: Thromb. J., 10, 2 (2012).6) H. Koide, K. Hasegawa, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 361 (2012).7) S. Otake, N. Ogawa, Y. Kitano, K. Hasumi & E. Suzuki: Nat. Prod. Commun., 11, 223 (2016).図3A図3■SMTP同族体の構造活性相関).N結合側鎖の多様性は前駆体pre-SMTPとアミン化合物との非酵素的反応により生ずる(8)8) Y. Nishimura, E. Suzuki, K. Hasegawa, N. Nishimura, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 483 (2012).図3B図3■SMTP同族体の構造活性相関).これを利用して,培養液へのアミン添加により自在にN結合側鎖の構造を変えることができる(2~6)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010).3) K. Hasegawa, H. Koide, W. Hu, N. Nishimura, R. Narasaki, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 63, 589 (2010).4) H. Koide, R. Narasaki, K. Hasegawa, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 91 (2012).5) W. Hu, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: Thromb. J., 10, 2 (2012).6) H. Koide, K. Hasegawa, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 361 (2012).

プラスミノゲンは,循環中に2 μM程度の比較的高濃度で存在する1本鎖糖タンパク質で,N末端から順にPANドメイン,5つのクリングルドメイン(K1, K2, K3, K4およびK5),プロテアーゼドメインから構成される(図2図2■線溶系に作用する活性物質とその標的分子図4図4■生理的プラスミノゲン活性化とSMTPによるその促進).PANドメインのLys50とK5に存在するリジン結合部位との間,ならびにPANドメインのArg60とK4のリジン結合部位との間の分子内結合によってプラスミノゲンのクローズド型立体構造が維持される.クローズド型のプラスミノゲンは実質的にプラスミノゲンアクチベーターの基質とはならず,K5を介したフィブリンや細胞表面受容体への結合によって,オープン型の立体構造となったプラスミノゲンが選択的にプラスミンへと変換される(プラスミノゲンアクチベーターによってArg561-Val562間の選択的開裂を受ける)(図4図4■生理的プラスミノゲン活性化とSMTPによるその促進上段)(2)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010)..SMTPはプラスミノゲンの立体構造変化を誘導し,その結果,プラスミノゲンのフィブリンや細胞への結合を促進し,活性型酵素プラスミンへの変換を増加させる(図4図4■生理的プラスミノゲン活性化とSMTPによるその促進下段)(2, 5, 10)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010).5) W. Hu, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: Thromb. J., 10, 2 (2012).10) K. Koyanagi, R. Narasaki, S. Yamamichi, E. Suzuki & K. Hasumi: Blood Coagul. Fibrinolysis, 25, 316 (2014).N結合側鎖はこの活性に大きく影響する(図3C図3■SMTP同族体の構造活性相関).これまでに単離したSMTP同族体の構造活性相関研究から,高活性な同族体はN結合側鎖に芳香環とそれに結合するカルボキシ基などの負に荷電する置換基をもつことが示された(3, 4, 6)3) K. Hasegawa, H. Koide, W. Hu, N. Nishimura, R. Narasaki, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 63, 589 (2010).4) H. Koide, R. Narasaki, K. Hasegawa, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 91 (2012).6) H. Koide, K. Hasegawa, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 361 (2012)..SMTP-7, SMTP-22, SMTP-43などが強い活性を示す同族体であるが,極度に親水性あるいは疎水性の強いN結合側鎖をもつ同族体,N結合側鎖が水素のみのSMTP-0,例外的に,SMTP-43の構造に類似するSMTP-44Dは血栓溶解においてほとんど不活性である(2~4, 6)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010).3) K. Hasegawa, H. Koide, W. Hu, N. Nishimura, R. Narasaki, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 63, 589 (2010).4) H. Koide, R. Narasaki, K. Hasegawa, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 91 (2012).6) H. Koide, K. Hasegawa, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 361 (2012).図3C図3■SMTP同族体の構造活性相関).

図3■SMTP同族体の構造活性相関

(A) SMTP同族体の基本骨格をRとして,N結合側鎖の構造を示す.丸の中の番号はSMTP番号である.(B)SMTP同族体の生合成の最終段階は,pre-SMTPとアミン化合物との非酵素的反応であり,この反応によってSMTPの多様性が生み出される.(C)N結合側鎖の構造の異なるSMTP同族体の構造活性相関.プラスミノゲン活性化の指標はヒートマップとしてSMTP番号とともに示されている.sEHに関しては,横軸にCterm-EH阻害活性を,縦軸にNterm-phos阻害活性を示している.文献26から改変.

図4■生理的プラスミノゲン活性化とSMTPによるその促進

生理的プラスミノゲン活性化(上段)とSMTPによるその促進(下段)を模式的に示す.プラスミノゲン分子の一次構造については図2図2■線溶系に作用する活性物質とその標的分子を参照.ここでは,X線結晶構造解析の結果27, 28)27) R. H. Law, T. Caradoc-Davies, N. Cowieson, A. J. Horvath, A. J. Quek, J. A. Encarnacao, D. Steer, A. Cowan, Q. Zhang, B. G. Lu et al.: Cell Reports, 1, 185 (2012).28) Y. Xue, C. Bodin & K. Olsson: J. Thromb. Haemost., 10, 1385 (2012).に基づき立体構造を模式化している.K5とPを結ぶ線上の赤い小さい丸は,プラスミノゲンアクチベーターによって切断を受けるArg561—Val562結合を示す.

SMTPの薬効:血栓溶解と炎症抑制

SMTP-7はマウス,ラット,サルなどの実験動物でプラスミン生成を促進し,血栓の除去を促す(5, 9, 11)5) W. Hu, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: Thromb. J., 10, 2 (2012).9) T. Miyazaki, Y. Kimura, H. Ohata, T. Hashimoto, K. Shibata, K. Hasumi & K. Honda: Stroke, 42, 1097 (2011).11) 西村直子,鈴木絵里子,長谷川啓子,国清悠大,蓮見惠司:未発表データ.また,血栓や塞栓が原因となる脳梗塞モデルにおいても病態改善に有効である(項目8参照).ここまでは,SMTP-7の線溶促進作用で説明できる薬効であるが,SMTP-7には線溶促進作用での説明が微妙な薬効があることにも気づいた.線溶系は広範な細胞外プロテオリシスにかかわっており,その促進がどのような薬理学的意味をもつのかを調べることを目的として,組織線維化を伴う肝炎や腎炎のモデルでSMTP-7の作用を検討したところ,炎症そのものに対する有効性が示唆された(12, 13)12) 蓮見惠司,矢ヶ崎一三:PCT/JP/2006/31897213) 蓮見惠司,前田文彦,三森国敏:PCT/JP2006/302796.また,肥満モデルマウスでの検討でも炎症抑制と脂質代謝の改善を認めた(14)14) 蓮見惠司,石川瑞枝,近西俊洋,西村直子,長谷川啓子:PCT/JP2010/053545.さらに,脳梗塞モデルにおいても抗炎症作用を示唆する結果が続々と得られた(15~22)15) T. Hashimoto, K. Shibata, K. Nobe, K. Hasumi & K. Honda: J. Pharmacol. Sci., 114, 41 (2010).16) K. Shibata, T. Hashimoto, K. Nobe, K. Hasumi & K. Honda: N.-S. Arch. Pharmacol., 382, 245 (2010).17) K. Shibata, T. Hashimoto, K. Nobe, K. Hasumi & K. Honda: N.-S. Arch. Pharmacol., 384, 103 (2011).18) Y. Akamatsu, A. Saito, M. Fujimura, H. Shimizu, M. M. M. Mekawy, K. Hasumi & T. Tominaga: Neurosci. Lett., 503, 110 (2011).19) H. Sawada, N. Nishimura, E. Suzuki, J. Zhuang, K. Hasegawa, H. Takamatsu, K. Honda & K. Hasumi: J. Cereb. Blood Flow Metab., 34, 235 (2014).20) T. Hashimoto, K. Shibata, H. Ohata, K. Hasumi & K. Honda: J. Pharmacol. Sci., 125, 99 (2014).21) A. Ito, K. Niizuma, H. Shimizu, M. Fujimura, K. Hasumi & T. Tominaga: Brain Res., 1578, 38 (2014).22) K. Shibata, T. Hashimoto, K. Hasumi, K. Honda & K. Nobe: Eur. J. Pharmacol., 818, 221 (2017)..たとえば,(1)脳梗塞の標準治療薬t-PA(組織型プラスミノゲンアクチベーター)は,げっ歯類の脳梗塞モデルでは,梗塞誘導の3時間後以降での投与では効果を示さない(炎症性の再灌流障害を惹起するため)のに対して,SMTP-7は有効であること(15, 16)15) T. Hashimoto, K. Shibata, K. Nobe, K. Hasumi & K. Honda: J. Pharmacol. Sci., 114, 41 (2010).16) K. Shibata, T. Hashimoto, K. Nobe, K. Hasumi & K. Honda: N.-S. Arch. Pharmacol., 382, 245 (2010).,(2)t-PAは脳梗塞の出血転換を助長するのに対してSMTP-7はそれを抑えること(16, 21)16) K. Shibata, T. Hashimoto, K. Nobe, K. Hasumi & K. Honda: N.-S. Arch. Pharmacol., 382, 245 (2010).21) A. Ito, K. Niizuma, H. Shimizu, M. Fujimura, K. Hasumi & T. Tominaga: Brain Res., 1578, 38 (2014).,(3)SMTP-7は物理的血管閉塞による一過性の虚血再灌流による脳梗塞でも有効なことなどである(18, 19, 21)18) Y. Akamatsu, A. Saito, M. Fujimura, H. Shimizu, M. M. M. Mekawy, K. Hasumi & T. Tominaga: Neurosci. Lett., 503, 110 (2011).19) H. Sawada, N. Nishimura, E. Suzuki, J. Zhuang, K. Hasegawa, H. Takamatsu, K. Honda & K. Hasumi: J. Cereb. Blood Flow Metab., 34, 235 (2014).21) A. Ito, K. Niizuma, H. Shimizu, M. Fujimura, K. Hasumi & T. Tominaga: Brain Res., 1578, 38 (2014)..さらには,(4)血栓とは無関係な炎症病態である潰瘍性大腸炎,クローン病およびギランバレー症候群モデルにおいてもSMTP-7は有効であり,かつ,(5)線溶促進活性をもたないSMTP-44Dも同等の活性をもつことから,SMTPの抗炎症作用は決定的となった(23)23) N. Matsumoto, E. Suzuki, M. Ishikawa, T. Shirafuji & K. Hasumi: J. Biol. Chem., 289, 35826 (2014)..また同様に,作用の異なる同族体を用いた研究から,脳梗塞の病態改善にはSMTPの血栓溶解促進作用と抗炎症作用の双方が必要なことも示された(22)22) K. Shibata, T. Hashimoto, K. Hasumi, K. Honda & K. Nobe: Eur. J. Pharmacol., 818, 221 (2017).

SMTPの抗炎症作用の機序

上述の結果から,血栓溶解促進の機序となるプラスミノゲンとは別にSMTPの抗炎症標的分子が存在することが示唆された.プラスミノゲンには作用しないSMTP同族体を固定化した担体を用いたアフィニティー精製により,抗炎症作用の標的候補分子として可溶性エポキシドヒドロラーゼ(soluble epoxide hydrolase; sEH)を同定した(23)23) N. Matsumoto, E. Suzuki, M. Ishikawa, T. Shirafuji & K. Hasumi: J. Biol. Chem., 289, 35826 (2014)..sEHは分子量約64,000のポリペプチドのホモ2量体として細胞質あるいはペルオキシソームに存在する2機能性酵素で,N末端ドメインに脂質リン酸エステル加水分解活性(Nterm-Phos),C末端ドメインに脂質エポキシド加水分解活性(Cterm-EH)をもつ(24)24) J. D. Imig & B. D. Hammock: Nat. Rev. Drug Discov., 8, 794 (2009)..Cterm-EHはepoxyeicosatrienoic acid(EET)などの抗炎症性脂質メディエーターとして機能するエポキシ脂肪酸をジオール脂肪酸に加水分解する.したがって,sEHのC-term-EH阻害は抗炎症作用につながると考えられている(24)24) J. D. Imig & B. D. Hammock: Nat. Rev. Drug Discov., 8, 794 (2009)..一方,Nterm-Phosの基質と生理機能は十分に解明されていない.Cterm-EHとNterm-phosの間にはアロステリックな相互作用があり,Cterm-EHとNterm-phos相互の活性制御の存在が示唆されている(25)25) C. Morisseau & B. D. Hammock: Annu. Rev. Pharmacol. Toxicol., 45, 311 (2005).

SMTPはCterm-EHを基質EETに対して拮抗的に阻害する.また,Nterm-phosに対しては,基質に対して非拮抗的(アロステリック)な阻害を示す(23)23) N. Matsumoto, E. Suzuki, M. Ishikawa, T. Shirafuji & K. Hasumi: J. Biol. Chem., 289, 35826 (2014)..sEHのCterm-EHとNterm-phosに対するSMTPの阻害もN結合側鎖の構造によって変化するが,プラスミノゲンに対する作用とは異なる構造要求性を示し,プラスミノゲンへの作用がなく,sEHに対する強い阻害作用を示す同族体も存在する(26)26) N. Matsumoto, E. Suzuki, K. Tsujihara, Y. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 68, 685 (2015).図3C図3■SMTP同族体の構造活性相関).SMTPによるsEH阻害(Cterm-EHの反応産物の減少)は細胞レベル,動物レベルで確認されている.したがって,SMTPの抗炎症作用の少なくとも一部はsEH阻害によって説明できる(23)23) N. Matsumoto, E. Suzuki, M. Ishikawa, T. Shirafuji & K. Hasumi: J. Biol. Chem., 289, 35826 (2014).

SMTPの優れた脳梗塞病態改善作用:広い時間枠と出血性変化の抑制

図5図5■SMTPの脳梗塞改善作用に示すようにSMTPは多様な脳梗塞病態に対して改善作用を示す.すなわち,動物種としては,マウス,ラット,スナネズミ,カニクイザル,脳梗塞の病態としては,血栓性脳梗塞モデル(血栓が形成される部位およびその近傍で動脈閉塞が起こる),塞栓性脳梗塞モデル(脳から離れた部位でできた血栓が血流によって脳に運ばれ脳で動脈閉塞が起こる),物理的一過性脳虚血モデル(虚血再灌流モデル),物理的永久脳虚血モデルなど多岐にわたる動物種と病態でSMTPの有効性が確認されている.

図5■SMTPの脳梗塞改善作用

血栓溶解促進作用と抗炎症作用を併せ持つことがこれらの作用に貢献していると考えられる(項目6参照).実際,血栓溶解促進作用をもたないSMTP-44Dは炎症性サイトカイン発現と脳梗塞に伴う脳浮腫を抑えるが,虚血により形成される梗塞領域を縮小する効果は小さい(22)22) K. Shibata, T. Hashimoto, K. Hasumi, K. Honda & K. Nobe: Eur. J. Pharmacol., 818, 221 (2017)..また,SMTPの血栓溶解促進作用はプラスミノゲンの立体構造変化の誘導に起因するもので,生理的に供給されるプラスミノゲンアクチベーターに依存した活性化を促進する.それゆえ,SMTPの作用は血栓が形成されたときと場所に選択的に起こることになる(2)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010)..これを裏付けるように,動物実験ではSMTPによる出血性の副作用はほとんど見られなかった(19)19) H. Sawada, N. Nishimura, E. Suzuki, J. Zhuang, K. Hasegawa, H. Takamatsu, K. Honda & K. Hasumi: J. Cereb. Blood Flow Metab., 34, 235 (2014)..このような作用の特性によって,SMTPは脳梗塞惹起後の広い時間枠で効果をもち,さらには脳梗塞の出血性変化(梗塞領域での炎症反応により,部分的に脳血管関門が破綻するために起こる出血)を抑えるという理想的な薬効を示すと考えられる(図6図6■SMTPの作用のまとめ).

図6■SMTPの作用のまとめ

SMTPの医薬開発

上述の実験結果を背景に,SMTP同族体の一つTMS-007を用いて2011年11月から,科学技術振興機構の支援を受けて株式会社ティムス(われわれの研究成果実用化を目指して設立したバイオベンチャー)で本格的な医薬開発を開始した.このプロジェクトで,第1相臨床試験に進むために必要となる非臨床試験を完了し,2014年10月から2015年6月にかけて東京大学医学部附属病院で,健康成人を対象とした第1相臨床試験を実施した.この臨床試験の実施については,文部科学省「橋渡し研究加速ネットワークプログラム」の支援も受けた.安全性と忍容性を調べる本試験では重篤な有害事象は発生せず,従来の血栓溶解剤で見られた凝固線溶因子レベルの低下(出血リスクを意味する)も見られなかった.これらの結果をもとに,2015年9月から2017年12月まで,新エネルギー・産業技術総合開発機構の支援を受けて,急性期脳梗塞患者を対象とする前期第2相臨床試験の立案と準備を行い,2018年1月から患者の組入れを始める.

おわりに

SMTPの開発のいくつかの重要な局面で,遠藤博士の突破してきたことの本質的な意味を理解し,スタチンの発見と開発が如何に偉大な仕事だったかを再認識しながら第2相臨床試験までたどり着いた.この間,遠藤博士に進捗を知らせるたびに温かい励ましの言葉をいただいた.特に,第1相試験に入る前の会話は強く印象に残っている.「動物実験と臨床試験とは全く次元が違う,臨床試験を行うのは三途の川を渡るようなものだ」.これに対して,私が「三途の川を渡ったら冥土に行ってしまいますね」と返したところ,「いや違う,渡ったら新しい景色が広がる,誰も見ることのできなかった世界が」と言われた.SMTPのような骨格の化合物をヒトに投与するのはこれが初めてのことで,いわゆるfirst-in-human studyであり,作用機序の点においてもこれまでの医薬とは全く異なるものであった.それゆえ,渡った先に見えるものはこれまでにないもの,との期待はあったが,第1相臨床試験の最初の投与に立ち会ったときは被験者の無事を神に祈る思いであった.

この研究は東京農工大学発酵学研究室で芽吹き,生化学的解析,初期の薬理学的評価もそこで行われ,鈴木絵里子助教(発酵学研究室),北野克和准教授(生物有機化学研究室)と多くの学生が研究に参加した(文献参照).その後,昭和大学薬学部(本田一男教授[現,株式会社ティムス監査役],橋本光正講師,柴田佳太助教),東北大学大学院医学系研究科脳神経外科分野(冨永悌二教授,清水宏明准教授[現,秋田大学大学院医学系研究科教授],新妻邦泰講師),株式会社ティムス(西村直子博士,澤田裕伸博士,長谷川啓子氏)との共同研究によってSMTPが脳梗塞に著効を示すことが明らかになった.第1相臨床試験は東京大学医学部附属病院(山崎 力教授[臨床研究支援センター長],森豊隆志特任教授[臨床研究ガバナンス部長],P1ユニット試験実施グループ)において実施した.第2相臨床試験は東北大学病院(冨永教授,新妻講師),秋田大学医学部附属病院(清水教授,國分康平助教)など4施設で実施する.この研究開発は日本学術振興会科学研究費,科学技術振興機構,新エネルギー・産業技術総合開発機構,文部科学省からの研究費,多くの投資家からの株式会社ティムスへの投資によって支えられた.ここに,すべての関係者に心からの感謝の意を表します.

Reference

1) 蓮見惠司,菊地唯史:日本血栓止血学会誌,12, 314 (2001).

2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010).

3) K. Hasegawa, H. Koide, W. Hu, N. Nishimura, R. Narasaki, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 63, 589 (2010).

4) H. Koide, R. Narasaki, K. Hasegawa, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 91 (2012).

5) W. Hu, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: Thromb. J., 10, 2 (2012).

6) H. Koide, K. Hasegawa, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 361 (2012).

7) S. Otake, N. Ogawa, Y. Kitano, K. Hasumi & E. Suzuki: Nat. Prod. Commun., 11, 223 (2016).

8) Y. Nishimura, E. Suzuki, K. Hasegawa, N. Nishimura, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 483 (2012).

9) T. Miyazaki, Y. Kimura, H. Ohata, T. Hashimoto, K. Shibata, K. Hasumi & K. Honda: Stroke, 42, 1097 (2011).

10) K. Koyanagi, R. Narasaki, S. Yamamichi, E. Suzuki & K. Hasumi: Blood Coagul. Fibrinolysis, 25, 316 (2014).

11) 西村直子,鈴木絵里子,長谷川啓子,国清悠大,蓮見惠司:未発表データ

12) 蓮見惠司,矢ヶ崎一三:PCT/JP/2006/318972

13) 蓮見惠司,前田文彦,三森国敏:PCT/JP2006/302796

14) 蓮見惠司,石川瑞枝,近西俊洋,西村直子,長谷川啓子:PCT/JP2010/053545

15) T. Hashimoto, K. Shibata, K. Nobe, K. Hasumi & K. Honda: J. Pharmacol. Sci., 114, 41 (2010).

16) K. Shibata, T. Hashimoto, K. Nobe, K. Hasumi & K. Honda: N.-S. Arch. Pharmacol., 382, 245 (2010).

17) K. Shibata, T. Hashimoto, K. Nobe, K. Hasumi & K. Honda: N.-S. Arch. Pharmacol., 384, 103 (2011).

18) Y. Akamatsu, A. Saito, M. Fujimura, H. Shimizu, M. M. M. Mekawy, K. Hasumi & T. Tominaga: Neurosci. Lett., 503, 110 (2011).

19) H. Sawada, N. Nishimura, E. Suzuki, J. Zhuang, K. Hasegawa, H. Takamatsu, K. Honda & K. Hasumi: J. Cereb. Blood Flow Metab., 34, 235 (2014).

20) T. Hashimoto, K. Shibata, H. Ohata, K. Hasumi & K. Honda: J. Pharmacol. Sci., 125, 99 (2014).

21) A. Ito, K. Niizuma, H. Shimizu, M. Fujimura, K. Hasumi & T. Tominaga: Brain Res., 1578, 38 (2014).

22) K. Shibata, T. Hashimoto, K. Hasumi, K. Honda & K. Nobe: Eur. J. Pharmacol., 818, 221 (2017).

23) N. Matsumoto, E. Suzuki, M. Ishikawa, T. Shirafuji & K. Hasumi: J. Biol. Chem., 289, 35826 (2014).

24) J. D. Imig & B. D. Hammock: Nat. Rev. Drug Discov., 8, 794 (2009).

25) C. Morisseau & B. D. Hammock: Annu. Rev. Pharmacol. Toxicol., 45, 311 (2005).

26) N. Matsumoto, E. Suzuki, K. Tsujihara, Y. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 68, 685 (2015).

27) R. H. Law, T. Caradoc-Davies, N. Cowieson, A. J. Horvath, A. J. Quek, J. A. Encarnacao, D. Steer, A. Cowan, Q. Zhang, B. G. Lu et al.: Cell Reports, 1, 185 (2012).

28) Y. Xue, C. Bodin & K. Olsson: J. Thromb. Haemost., 10, 1385 (2012).