Kagaku to Seibutsu 56(3): 190-196 (2018)
特集
血栓溶解を促進する化合物新たな脳梗塞治療薬の開発を目指して
Published: 2018-02-20
ガードナー国際賞(2017年),ラスカー臨床医学研究賞(2008年),日本国際賞(2006年)など数々の国際賞を受賞した遠藤 章博士のスタチンの発見は,虚血性心疾患(動脈硬化とそれに起因する血栓による動脈閉塞が原因)の予防と治療の新たな扉を開いた.筆者らは,血栓溶解を促進する生理活性物質の探索の過程で多くの化合物を同定し,糸状菌Stachybotrys microsporaが生産するtriprenyl phenol化合物群SMTPの医薬開発を進めている.SMTPは血栓溶解促進作用と抗炎症作用を併せ持ち,脳梗塞(血栓による脳虚血に伴う病態)の改善に著効を示す.本稿では,SMTPの発見から医薬開発までの道のりを,遠藤博士とのエピソードを交えて紹介する.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
スタチンはコレステロール合成系の律速酵素3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme A reductaseを阻害し,血中コレステロールを低下させ,動脈硬化とそれに起因する血栓による動脈閉塞が原因となる心筋梗塞などの虚血性疾患を治療する薬剤の総称である.最初のスタチンは遠藤 章博士らにより三共株式会社(現,第一三共株式会社)において発見された.遠藤博士はニューヨーク留学中にアメリカでの心臓病(虚血性心疾患)の深刻さを知り,その治療薬を開発したいとの思いから,微生物培養液を対象として,コレステロール合成阻害剤の探索を行い,1973年にアオカビの1株からコンパクチンを発見した.遠藤博士は1979年に東京農工大学に移り,第2のスタチンとなるモナコリンK(ロバスタチン)を紅麹カビから発見する.
抗生物質の発見以来,微生物の二次代謝は多様な化合物の宝箱と認識され,膨大な数の化合物がそこから単離されてきた.これらの化合物は進化の過程で何らかの役割をもって誕生し,その多様性を増してきたものと推測される.地球上の生命のルーツは一つで,大まかにいえば基本的な代謝はバクテリアからヒトに至るまで共有されている.それゆえ,生物によって作られる化合物はほかの多くの生物にとって本質的に受容される性質のものであり(たとえば栄養素として利用されるなど),また,特定の生物にとっては選択的な生理活性物質(毒素など)として機能する.後者の活性は「薬理活性物質」と言い換えることができ,ペニシリン(特定の生物にとっての毒素)の発見によって,これを「くすり」として利用する途が開かれた.広い視点で見ればスタチンやほかの微生物由来の医薬もこのような生理活性物質といえる.また古来より,ある種の植物は伝承的な「くすり」として利用されてきた.その有効成分の多くは植物の二次代謝により作られる.それゆえ微生物や植物の二次代謝物は,くすりの種ともいえる.
1980年から1997年まで東京農工大学で学生,助手,助教授として遠藤博士とともに研究を進める中,私はスタチンの黎明期から大成功までの道のりをつぶさに眺める機会に恵まれた(ただし,探索研究の深淵な科学的価値や「くすり」つくりの難しさと面白さを理解するのは,その10年も後になってからのことだった).スタチンの利用により動脈硬化の治療法が確立されたが,血栓に起因する虚血性疾患の治療のすべてがこれで解決したわけではない.特に,虚血性疾患を発症した後では,原因となる血栓を取り除くことが最重要課題となる.1993年頃にこのようなことを遠藤博士と議論しながら新たな研究を細々とスタートさせた.血栓溶解を促進する化合物を微生物から探索する仕事である.それまで,専らコレステロール代謝に作用する化合物の研究を行ってきたため一大方針転換であり,今にして思えば泥沼の中でもがき苦しんだような探索の繰り返しであった.その中で,幸運にもいくつかの興味深い活性物質に巡り合うことができた(1, 2)1) 蓮見惠司,菊地唯史:日本血栓止血学会誌,12, 314 (2001).2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010)..
血液の機能は全身に酸素と栄養素を運搬することであり,その損失は重大な身体機能不全につながる.それゆえ,血液には凝固系と呼ばれる止血システムが存在する.また,凝固系が過度に進行すると血栓による循環障害が発生するため,線溶系と呼ばれる血栓を溶解するシステムも同時に存在する.これら血液凝固線溶系は,構造の類似する多数のプロテアーゼとその制御分子からなるカスケード反応で構成されている(図1図1■血液凝固線溶系).このシステムが凝固に傾くと血栓傾向となり,線溶に傾くと出血傾向となるため,両者のバランスが保たれるよう凝固線溶系は厳密に制御されている.
図1■血液凝固線溶系
血液凝固系と線溶系は局所的に起こるプロテアーゼカスケードから構成されている.凝固と線溶の活性バランスは,生理的には厳密に制御されている.そのバランスが凝固優位に傾くと血栓傾向,線溶優位に傾くと出血傾向となる.平易にするため,この図では多くの制御因子を省略している.VIIa, 活性化第VII因子;X, 第X因子;Xa, 活性化第X因子;t-PA, 組織型プラスミノゲンアクチベーター.
組織傷害(特に外傷)は予期せぬときにも起こりうる.また,止血は傷害部位だけに,血栓溶解は血栓があるときだけ働く必要がある(そうしないと,あちこちで血栓ができたり,出血したりと不都合が生ずる).それゆえ,生物は凝固線溶系の制御機構に即時的かつ部位特異的に対応するための特殊な仕掛けを進化の過程で用意してきた.その仕掛けはタンパク質の「かたち」(立体構造)の中に秘められている.ほぼすべてのタンパク質凝固線溶因子は不活性な前駆体として循環している.組織傷害により発動する凝固系では,傷害部位で血小板が凝集・活性化し凝固の足場を作る(活性化によって細胞膜外側にホスファチジルセリンが移行し,それが凝固因子複合体形成の足場となる).細胞表面での凝固因子の集積(局在化)と活性化の基本はプロテアーゼ前駆体と非酵素タンパク質凝固因子,細胞膜,カルシウムイオンの相互作用であり,これらの機能はタンパク質の「かたち」によって決められている.また,プロテアーゼ前駆体自体も特定のペプチド結合の切断によって「かたち」を変えることが活性化につながる.同様に,血栓の溶解にかかわる線溶系の活性もタンパク質の「かたち」の変化で制御される(項目4および5を参照).探索の後でわかったことだが,われわれが同定した線溶系を促進する活性物質のすべてがプロテアーゼ前駆体(zymogen)の「かたち」を変えることによってその作用を発現する.それゆえ,われわれはこのような化合物をzymogen modulatorと呼んでいる(2)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010)..これらの化合物は,気の遠くなるような時間をかけて生命の営みが作り出した仕組みを利用している,とも考えられる.
項目2で述べた背景のもとに,われわれは線溶系に作用する生理活性物質を微生物から発見するための探索を開始した.その際に用いた系は,(1)細胞へのプラスミノゲン(血栓溶解酵素プラスミンの前駆体)の結合,(2)血栓の主成分フィブリンへのプラスミノゲンの結合,(3)フィブリン上に播種した細胞と血漿を介したフィブリン分解,(4)プラスミノゲンアクチベーターによるプラスミノゲン活性化,(5)ウロキナーゼ型プラスミノゲンアクチベーター前駆体(プロウロキナーゼ)とプラスミノゲンによる,酵素前駆体の相互活性化,などである.これらの系で延べ1万検体以上の微生物培養液の活性を調べ,多くの活性化合物を単離した.
これらの活性物質の作用標的は,(1)プラスミノゲン,(2)プロウロキナーゼ,(3)血漿ヒアルロン酸結合プロテアーゼ前駆体(pro-PHBP),(4)プロトロンビン(凝固系プロテアーゼトロンビンの前駆体)に大別され,これらのすべてにおいて立体構造変化の誘導が活性物質の作用機序となる.図2図2■線溶系に作用する活性物質とその標的分子に活性物質とその標的分子(zymogen)の構造を示す.SMTP(Stachybotrys microspora triprenyl phenol),complestatinとその誘導体chloropeptin I, thioplabin, stachybotrydial, surfactinとその同族体iturinはプラスミノゲンの立体構造変化を誘導し,その結果,プラスミノゲンのフィブリンや細胞への結合および活性型酵素プラスミンへの変換を促進する.Glucosyldiacylglycerolはプロウロキナーゼの立体構造変化を誘導し,その結果,プロウロキナーゼとプラスミノゲンの相互活性化を促進する.Plactinはプロトロンビンの立体構造変化を誘導し,その結果,プロトロンビンのトロンビンへの活性化の制御を通してプロウロキナーゼの活性化を導き,最終的に線溶系を促進する.また,plactinはpro-PHBP前駆体の立体構造変化も誘導し,その自己触媒的な活性化の促進を通してプロウロキナーゼの活性化を導く(これらの詳細とオリジナル文献は文献2を参照).
図2■線溶系に作用する活性物質とその標的分子
ThioplabinのRは–CH3(thioplabin A),–CH2CH3(thioplabin B),あるいは–CH(CH3)2(thioplabin C)を示す.SMTPのRはN結合側鎖を示す(詳しくは本文参照).GlucosyldiacylglycerolのR1およびR2は,それぞれoleoyl基,palmitoyl基を示す.それぞれの標的分子の構造は模式的に表されている.機能ドメインを円で示す(PAN, PAN domain; K, kringle domain; P, protease domain; Gla, γ-carboxyglutamic acid domain; E, EGF domain).活性型分子(下段)のA鎖とB鎖をつなぐジスルフィド結合は緑で示す.
これらの化合物の中でSMTPは多様な薬理活性を示し,特に脳梗塞(血栓や塞栓による部分的な脳虚血が引き起こす病態)モデルにおいて著効を示す.以下,SMTPの生化学的作用機序と薬理活性を紹介する.
SMTPは真菌S. microsporaにより生産される一群の新規トリプレニルフェノールの総称で,クロマンラクタム構造,イソプレン側鎖とN結合側鎖から構成される(2)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010)..現在までに,N結合側鎖の構造の異なる50種以上の同族体と,イソプレン側鎖の構造の異なる8種の同族体を同定している(2~7)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010).3) K. Hasegawa, H. Koide, W. Hu, N. Nishimura, R. Narasaki, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 63, 589 (2010).4) H. Koide, R. Narasaki, K. Hasegawa, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 91 (2012).5) W. Hu, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: Thromb. J., 10, 2 (2012).6) H. Koide, K. Hasegawa, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 361 (2012).7) S. Otake, N. Ogawa, Y. Kitano, K. Hasumi & E. Suzuki: Nat. Prod. Commun., 11, 223 (2016).(図3A図3■SMTP同族体の構造活性相関).N結合側鎖の多様性は前駆体pre-SMTPとアミン化合物との非酵素的反応により生ずる(8)8) Y. Nishimura, E. Suzuki, K. Hasegawa, N. Nishimura, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 483 (2012).(図3B図3■SMTP同族体の構造活性相関).これを利用して,培養液へのアミン添加により自在にN結合側鎖の構造を変えることができる(2~6)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010).3) K. Hasegawa, H. Koide, W. Hu, N. Nishimura, R. Narasaki, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 63, 589 (2010).4) H. Koide, R. Narasaki, K. Hasegawa, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 91 (2012).5) W. Hu, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: Thromb. J., 10, 2 (2012).6) H. Koide, K. Hasegawa, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 361 (2012)..
プラスミノゲンは,循環中に2 μM程度の比較的高濃度で存在する1本鎖糖タンパク質で,N末端から順にPANドメイン,5つのクリングルドメイン(K1, K2, K3, K4およびK5),プロテアーゼドメインから構成される(図2図2■線溶系に作用する活性物質とその標的分子,図4図4■生理的プラスミノゲン活性化とSMTPによるその促進).PANドメインのLys50とK5に存在するリジン結合部位との間,ならびにPANドメインのArg60とK4のリジン結合部位との間の分子内結合によってプラスミノゲンのクローズド型立体構造が維持される.クローズド型のプラスミノゲンは実質的にプラスミノゲンアクチベーターの基質とはならず,K5を介したフィブリンや細胞表面受容体への結合によって,オープン型の立体構造となったプラスミノゲンが選択的にプラスミンへと変換される(プラスミノゲンアクチベーターによってArg561-Val562間の選択的開裂を受ける)(図4図4■生理的プラスミノゲン活性化とSMTPによるその促進上段)(2)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010)..SMTPはプラスミノゲンの立体構造変化を誘導し,その結果,プラスミノゲンのフィブリンや細胞への結合を促進し,活性型酵素プラスミンへの変換を増加させる(図4図4■生理的プラスミノゲン活性化とSMTPによるその促進下段)(2, 5, 10)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010).5) W. Hu, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: Thromb. J., 10, 2 (2012).10) K. Koyanagi, R. Narasaki, S. Yamamichi, E. Suzuki & K. Hasumi: Blood Coagul. Fibrinolysis, 25, 316 (2014)..N結合側鎖はこの活性に大きく影響する(図3C図3■SMTP同族体の構造活性相関).これまでに単離したSMTP同族体の構造活性相関研究から,高活性な同族体はN結合側鎖に芳香環とそれに結合するカルボキシ基などの負に荷電する置換基をもつことが示された(3, 4, 6)3) K. Hasegawa, H. Koide, W. Hu, N. Nishimura, R. Narasaki, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 63, 589 (2010).4) H. Koide, R. Narasaki, K. Hasegawa, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 91 (2012).6) H. Koide, K. Hasegawa, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 361 (2012)..SMTP-7, SMTP-22, SMTP-43などが強い活性を示す同族体であるが,極度に親水性あるいは疎水性の強いN結合側鎖をもつ同族体,N結合側鎖が水素のみのSMTP-0,例外的に,SMTP-43の構造に類似するSMTP-44Dは血栓溶解においてほとんど不活性である(2~4, 6)2) K. Hasumi, S. Yamamichi & T. Harada: FEBS J., 277, 3675 (2010).3) K. Hasegawa, H. Koide, W. Hu, N. Nishimura, R. Narasaki, Y. Kitano & K. Hasumi: J. Antibiot., 63, 589 (2010).4) H. Koide, R. Narasaki, K. Hasegawa, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 91 (2012).6) H. Koide, K. Hasegawa, R. Narasaki, N. Nishimura & K. Hasumi: J. Antibiot., 65, 361 (2012).(図3C図3■SMTP同族体の構造活性相関).