Kagaku to Seibutsu 56(3): 197-202 (2018)
特集
レプトマイシン物語抗真菌抗生物質の探索から始まった新規がん分子標的治療への道
Published: 2018-02-20
微生物からのスクリーニングは,時として予想外の大きな発見をもたらす.真菌の形態異常を惹起する抗真菌抗生物質として東京大学の醗酵学研究室で発見されたレプトマイシンは,生命の根幹にかかわるタンパク質核外輸送因子の発見と画期的抗がん剤開発研究を可能にしたユニークな天然物である.レプトマイシンの標的として同定された機能不明のCRM1は,真核生物共通のタンパク質核外輸送因子であることが明らかになった.その後,CRM1は骨髄腫をはじめ多くのがんで重要な役割を果たすことが明らかになり,現在,最も大きな注目を集めるがんの分子標的の一つとなっている.本稿では,微生物スクリーニングから始まって,生物学上の重要な制御因子の発見と新たな創薬標的の発見をもたらしたレプトマイシンの物語を振り返ってみたい.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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20世紀に人々を幸せにしたものの一つとして抗生物質が挙げられている.微生物が生産する膨大な種類の二次代謝産物は,抗生物質をはじめとする生理活性物質の宝庫である.中でも2015年のノーベル生理学医学賞を受賞された大村智先生のエバーメクチン,2017年ガードナー国際賞を受賞された遠藤章先生のコンパクチン(ML-236B)は多くの人々を救った奇跡の生理活性物質と言える.微生物が作る化合物の多様性は,当然ながらその標的分子の多様性につながっているため,天然物の作用機序研究は,新たな生物学的発見をもたらす基礎研究としても重要である.しかし,これらの膨大な天然生理活性物質の作用標的が分子レベルで解明された例はごくわずかであり,多くの研究資源が未開拓のままであると言っても過言ではない.化合物の標的が疾患の原因となる重要な因子であった場合,その化合物自身が医薬品とならなくとも,その因子は創薬標的となり,新たな創薬研究へとつながっていく.レプトマイシンの標的分子の解明研究は,まさにその典型例となった.
深在性真菌症は免疫力の低下した患者に起こる日和見感染であり,近年,キャンディン系やアゾール系の優れた抗真菌剤が開発されるまでは難治の感染症であった.郡司,別府らは形態変化を指標に細胞壁合成を標的とする抗真菌抗生物質のスクリーニングに取り組んだ結果,ケカビや分裂酵母など一部の真菌にのみ特異的な増殖阻害と形態変化を誘導する物質としてレプトマイシン(LM)AおよびB(図1図1■レプトマイシンの化学構造)を単離した(1)1) S. Gunji, K. Arima & T. Beppu: Agric. Biol. Chem., 47, 2061 (1983)..構造は末端にδ-ラクトン環を有する不飽和脂肪酸であり,特に分裂酵母に20 ng/mLという低濃度で増殖停止とともに形態伸長を引き起こすという特徴を示した(2, 3)2) T. Hamamoto, S. Gunji, H. Tsuji & T. Beppu: J. Antibiot., 36, 639 (1983).3) T. Hamamoto, H. Seto & T. Beppu: J. Antibiot., 36, 646 (1983)..また,動物細胞にもnMオーダーの低濃度で細胞周期のG1期停止を誘導するとともに抗腫瘍活性を示す(4, 5)4) K. Komiyama, K. Okada, S. Tomisaka, I. Umezawa, T. Hamamoto & T. Beppu: J. Antibiot., 38, 427 (1985).5) M. Yoshida, M. Nishikawa, K. Nishi, K. Abe, S. Horinouchi & T. Beppu: Exp. Cell Res., 187, 150 (1990)..構造活性相関から,末端の不飽和のδ-ラクトン環は活性に必要であるが,一方の末端にあるカルボン酸は不要であることが示唆された.実際,カルボン酸に種々の化学修飾をしても活性は維持されるが,飽和のラクトンに変換すると活性が完全に失われる.LMの発見の後,カズサマイシン,アンギノマイシン,レプトールスタチンなどいくつかの構造類縁体がいずれも強い抗腫瘍活性物質として報告されている(6~9)6) I. Umezawa, K. Komiyama, H. Oka, K. Okada, S. Tomisaka, T. Miyano & S. Takano: J. Antibiot., 37, 706 (1984).7) K. Komiyama, K. Okada, Y. Hirokawa, K. Masuda, S. Tomisaka & I. Umezawa: J. Antibiot., 38, 224 (1985).8) K. Komiyama, K. Okada, H. Oka, K. Tomisaka, T. Miyano, S. Funayama & I. Umezawa: J. Antibiot., 38, 220 (1985).9) K. Komiyama, K. Okada, K. Tomisaka, I. Umizawa, T. Hamamoto & T. Beppu: J. Antibiot., 38, 427 (1985)..
LMの作用機構については主成分であるLMBを用い,遺伝学的解析が可能な分裂酵母を利用して行われた.われわれはLMB耐性の分裂酵母変異株を取得し,変異株のゲノムライブラリーから野生株分裂酵母にLMB耐性を与える耐性遺伝子をクローン化した(10)10) K. Nishi, M. Yoshida, D. Fujiwara, M. Nishikawa, S. Horinouchi & T. Beppu: J. Biol. Chem., 269, 6320 (1994)..得られた耐性遺伝子は,以前に柳田らにより同定された染色体高次構造維持に関連する必須遺伝子crm1の変異遺伝子であり,野生株に導入するとLMB選択的な耐性を示した.その温度感受性変異株の核形態異常やタンパク質発現などの表現型は,すべてLMBを分裂酵母野生株に作用させときの表現型と同一だったことから,LMBの標的分子はCRM1そのものであると結論した(10)10) K. Nishi, M. Yoshida, D. Fujiwara, M. Nishikawa, S. Horinouchi & T. Beppu: J. Biol. Chem., 269, 6320 (1994)..しかし,その時点ではCRM1タンパク質には,機能を推定できるような既知ドメインが認められず,その真の機能は不明であった.CRM1は種を超えてよく保存されていたことから,CRM1こそが真菌からヒトまで共通のLMの標的分子と考えられた.そこで,われわれは,ヒトCRM1の単離を行ったところ,得られたヒトCRM1ホモログは全長にわたって50%以上の相同性を示し,分裂酵母のcrm1変異株を相補することができた(11)11) N. Kudo, S. Khochbin, K. Nishi, K. Kitano, M. Yanagida, M. Yoshida & S. Horinouchi: J. Biol. Chem., 272, 29742 (1997)..ヒトCRM1は核膜に局在し,核および核膜機能に関連すると考えられた.
同じ頃,WolffらはエイズウィルスRevタンパク質の核外移行阻害剤としてのLMBを再発見した(12)12) B. Wolff, J. J. Sanglier & Y. Wang: Chem. Biol., 4, 139 (1997)..この新たな生物活性の発見をきっかけとして,CRM1の分子機能は急展開で明らかになった.タンパク質の核移行には,核移行シグナル(NLS)が必要である.NLSを介した核移行のメカニズムは古くからよく研究されていたが,核外移行については,1995年に初めて核外移行シグナル(NES)の存在が報告されていたものの,その受容体も含めて輸送の分子機構は不明であった.NESはロイシンに富んだ10アミノ酸程度の短い配列であり,GFPなど蛍光タンパク質に付加すると,局在が細胞質に大きく傾く.HIVのRevは初めて発見されたNES含有タンパク質の一つであり,Revは宿主の核外移行装置を利用してウイルス複製に必要となるウイルスRNAの核外輸送を行っていると考えられた.LMBがRevの核外移行機構を阻害するというWolffらの発見は,CRM1が真核生物に共通のタンパク質核外移行に重要な機能を果たしていることを示唆する.そこで,NESを付加したマーカータンパク質を発現した細胞にLMBを添加すると,速やかに核局在が回復した.結局,われわれを含めいくつかのグループによってCRM1の機能欠損により核外移行が阻害されること,CRM1はRanGTP依存的にNESと直接結合することが示され,CRM1はNESの受容体そのものであることが明らかになった(13~16)13) M. Fornerod, M. Ohno, M. Yoshida & I. W. Mattaj: Cell, 90, 1051 (1997).14) M. Fukuda, S. Asano, T. Nakamura, M. Adachi, M. Yoshida, M. Yanagida & E. Nishida: Nature, 390, 308 (1997).15) B. Ossareh-Nazari, F. Bachelerie & C. W. Dargemont: Science, 278, 141 (1997).16) K. Stade, C. S. Ford, C. Guthrie & K. Weis: Cell, 90, 1041 (1997).(図2図2■核−細胞質間のタンパク質輸送).CRM1はNLSの受容体であるimportinとの対比からexportin 1(XPO1)とも呼ばれるようになった.
LMBによるCRM1阻害機構の詳細は,分裂酵母の分子遺伝学とビオチン化したLMBを化学プローブとして用いる化学遺伝学的実験の組合せによって解明された.まず,LMB超感受性を示す分裂酵母の低温感受性crm1変異株の抑圧変異を単離したところ,LMB感受性を完全に失った変異株を見いだした.その変異を解析したところ,crm1遺伝子のCys-529(ヒトCRM1ではCys-528)がSerへ置換された変異であることがわかった(17)17) N. Kudo, N. Matsumori, H. Taoka, D. Fujiwara, E. P. Schreiner, B. Wolff, M. Yoshida & S. Horinouchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 9112 (1999)..この変異体は野生型CRM1と異なり,LMBとの結合性を完全に失っていた.さらに興味深いことに,このLMB結合に関与するシステイン残基は分裂酵母だけでなくヒト,マウス,アフリカツメガエルなどLMBに感受性のある生物のCRM1では保存されており,LMBが全く作用しない出芽酵母やコウジカビではスレオニンであった.このことはたった1つのアミノ酸によってLMB感受性が決まっていることを示す(図3図3■レプトマイシンとの結合部位).実際,Rosbash(2017年にノーベル賞受賞)らは出芽酵母のスレオニン残基をシステイン残基に置換することにより,LMB感受性の出芽酵母の作製に成功している(18)18) M. Neville & M. Rosbash: EMBO J., 18, 3746 (1999)..次にビオチン化したLMBを用いてLMBとCRM1がどのように結合するのかを調べたところ,LMBはα, β不飽和ラクトン部分のマイケル付加反応によりCRM1の保存されたシステイン残基と共有結合することが明らかになった(図4A図4■CRM1阻害剤の結合様式).さらに,ビオチン化LMBを細胞の外から加え,細胞内でLMBと結合したタンパク質をストレプトアビジンにて単離すると,CRM1がLMBと細胞内で共有結合している唯一のタンパク質であることがわかった.マイケル付加反応は,一般的に特異性の低い反応であるが,LMBとCRM1の1カ所のシステイン残基との結合は極めて選択的である.その特異的結合においてLMBの長い疎水的な脂肪族部分が重要であることがわかっている.
核膜で仕切られた核と細胞質の間での物質輸送が,シグナル伝達や細胞周期の制御に重要であることはよく知られている.核膜では核膜孔を介して物質輸送が行われ,分子量4万以下の比較的小さなタンパク質は,エネルギー非依存的に拡散して核膜孔を通過することができる.一方,それ以上の高分子の輸送,または低分子タンパク質であっても自然拡散に抵抗して細胞内局在するためには核膜孔通過のための受容体とエネルギーが必要である.塩基性アミノ酸に富んだNLSの受容体としてimportin αとβがよく知られている.NLSはimportin αと結合するが,importin αのみでは核膜孔を通過する能力はなく,importin αがimportin βと複合体を形成することで初めて核内へ移動することができる.importin βは核膜孔タンパク質群と相互作用し,自分自身で核膜孔を通過する能力があるが,GTP結合型のRanと結合すると構造変化を起こし,複合体が解離すると考えられている.RanはRasと似たGTPaseであり,核内にはそのGTP/GDP交換因子であるRCC1が,一方,細胞質にはGAPであるRanBP1が局在するため,核内はGTP結合型,細胞質ではGDP結合型になっている.したがって,核内に移行したNLSとimportin α・β複合体にRanGTPが結合すると,3者複合体は解離し,積荷(cargo)としてのNLS含有タンパク質は核に残され,解離したimportin αおよびβは細胞質へリサイクルされると考えられている.自ら核膜孔を通過できるimportin βと異なり,importin αはCASと呼ばれる核外輸送因子の働きによって細胞質へ戻っていく.
NESの受容体であるCRM1は単独で核膜孔複合体と結合して実際に核膜孔を通過する能力をもつとともにNESと結合する能力も有する.そのN末端領域にはCASなどほかのexportinを含めimportin βファミリーに相同性のある領域(CRIME)があり,Ranとの結合に関与する.CRM1とNESとの結合は2者だけでは非常に弱く,RanGTPの結合に依存して安定な結合になる.ちょうどimportinの場合とは逆にNESとRanGTPとの3者複合体は,核膜を通過した後,細胞質のRanGAPの活性によりRanがGDP型になることによってcargoであるNES含有タンパク質が解離すると考えられる(図2図2■核−細胞質間のタンパク質輸送).LMBが結合するシステイン残基が存在するCRM1の中央領域は,ヒトと酵母で高度に保存されており,極めて重要な機能を担う領域であることが推定された.しかし,CRM1の構造と機能の関係は長い間未解明となっていた.
2004年にCRM1の1/3に相当するC末端側の部分構造が解明され,CRM1がHEATリピートと呼ばれるヘリックス構造がつながったものであることが明らかになった(19)19) C. Petosa, G. Schoehn, P. Askjaer, U. Bauer, M. Moulin, U. Steuerwald, M. Soler-López, F. Baudin, I. W. Mattaj & C. W. Müller: Mol. Cell, 16, 761 (2004)..そしてCRM1がNES受容体であることが示されてから10年以上経過した2009年,ついにCRM1の全体の結晶構造解析が報告された(20)20) T. Monecke, T. Güttler, P. Neumann, A. Dickmanns, D. Görlich & R. Ficner: Science, 324, 1087 (2009)..CRM1の立体構造は21個のHEATリピートからなる環状(トロイド)構造であり,N末端とC末端の間で開環したリングのように見える.NESを有するSnurportin1(SPN1)とRanGTPとの3者複合体の結晶構造から,CRM1はN末端領域のCRIMEドメインでRanGTPと結合すると,RanGTPを抱え込むように閉環構造となるため,NES結合部位が開き,NESと安定に結合できるようになる(図5図5■CRM1のX線結晶構造解析).一方,細胞質でRanGTPがCRM1から解離すると,CRM1リング構造が変化することによりNES結合部位は閉じた構造となり,積荷はNES結合部位から解離して追い出される.このNES結合部位は,まさにLMBが結合するシステイン残基を含んだ疎水的な溝であった.2013年にはLMBとの共結晶も解明され,LMBはNES結合部位にぴったりとはまり,システイン残基と共有結合することが証明された(21)21) Q. Sun, Y. P. Carrasco, Y. Hu, X. Guo, H. Mirzaei, J. Macmillan & Y. M. Chook: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 1303 (2013).(図5図5■CRM1のX線結晶構造解析).この際,ラクトン環はCRM1の作用により開環していることも明らかになった.その結果,周辺の塩基性残基との相互作用が高まることでLMBとの結合は安定化し,不可逆的にCRM1に結合すると考えられる(図4A図4■CRM1阻害剤の結合様式).すなわち,LMBの結合部位はまさにNESの結合部位そのものであり,LMBが強固に結合することにより,CRM1はNESが結合できない不活性型になると結論された.