特集

天然物スクリーニングとケミカルバイオロジーへの展開

Masaya Imoto

井本 正哉

慶應義塾大学理工学部

Published: 2018-02-20

天然物創薬研究が衰退しつつある今日,このたびの遠藤先生のガードナー国際賞ご受賞は「天然物スクリーニングから創薬へ」を再認識させ,これが天然物創薬研究の再活性化につながることになることを期待する.天然物スクリーニングは創薬研究だけでなく,ケミカルバイオロジー研究を展開するうえでのバイオプローブの探索でも非常に有効な手段である.ここでは,話題提供として,われわれの「創薬に至らなかった天然物スクリーニングとケミカルバイオロジーへの展開」を紹介する.

はじめに

1982年,筆者は当時勤務していた会社から微生物化学研究所(微化研)に出向となった.担当したテーマは,すでに微化研に出向していた会社の上司が発見した新規なアンスラサイクリン類の単離精製および構造解析であり,ここで初めて「物取り研究」というものを知った.最初は言われるがまま物取りを行う,まさに「労働」そのものだったが,しだいに原理がわかってくるといろいろと工夫することで物取り研究の楽しさを知るところとなった.その時に上司に言われて印象深かったのが「自分でスクリーニング系を考案して,そのスクリーニング系で新規物質を発見するのが物取り研究の醍醐味だ」であった.この言葉を聞いた瞬間から「何か新しいスクリーニング系はないか?」と,そればかりを考えるようになった.

折しもその当時は,がん遺伝子が相次いで同定され,がん遺伝子およびその関連分子による細胞応答の制御異常によってがんが悪性化していくことが示され始めた時期であった.筆者はこのがん遺伝子に着目し,がん遺伝子が有するチロシンキナーゼを標的とする阻害剤の探索系を考案し,微生物培養液を用いてチロシンキナーゼ阻害剤の探索を行った.なかなかスクリーニングでヒットが見つからず苦しい日々を過ごしたが,かといってせっかく自分で構築したスクリーニング系を放棄する気はさらさらなく,その甲斐あってついに新規化合物アーブスタチンを発見することができた(1)1) H. Umezawa, M. Imoto, T. Sawa, K. Isshiki, N. Matsuda, T. Uchida, H. Iinuma, M. Hamada & T. Takeuchi: J. Antibiot. (Tokyo), 39, 170 (1986)..アーブスタチンは世界で最初に報告された天然物由来チロシンキナーゼ阻害物質であり,さまざまなチロシンキナーゼに有効なスペクトルの広い阻害剤であった.その後,アーブスタチンをモデルに世界中で特定のチロシンキナーゼに対する阻害剤が開発され,2000年代になってグリベックやイレッサなどのチロシンキナーゼ阻害剤が臨床応用され多くの患者を救済している.

筆者はこのアーブスタチンの発見を皮切りに,いくつかの創薬を意識したスクリーニング系を考案し,多様な作用を有する新規化合物を発見した.残念ながらこれらは創薬シードとしては製薬企業から見向きもされず,しかし,これらはいずれもユニークな活性を有していたことから,これらの化合物をバイオプローブとして,がん細胞の細胞応答機構を解析するケミカルバイオロジーへと研究をシフトさせた.以下,筆者らの行った実際の天然物ケミカルバイオロジー研究の一端を概説する.

がん転移抑制剤を志向した天然物スクリーニングからケミカルバイオロジーへの展開

1. がん細胞遊走阻害物質モベラスチンの発見

がん転移は現在,がん治療における最大の障壁である.がん転移は原発巣からがん細胞が離脱して血液循環系,リンパ循環系に侵入し,新たな組織に転移巣を形成する,という複雑な段階を経て成立する現象である.がん転移が生じた場合に予後が著しく悪くなる原因として,原発巣から離脱したがん細胞が抗がん剤耐性を獲得していることが挙げられる.したがって,がんの転移を阻害する薬剤はこれまでにない制がん剤となることが期待できる.では,どのようにしてがんの転移を阻害する薬剤を探索すれば良いか? そこで注目したのが,細胞遊走と呼ばれる細胞が能動的に移動する現象である.細胞遊走は,細胞の形態の変化によって起きる現象であり,形態学的には(1)細胞の極性化,(2)細胞膜の伸展と接着,(3)細胞体の収縮,(4)尾部の接着の解離と退縮という4つの段階の繰り返しによって生じている(2)2) D. A. Lauffenburger & A. F. Horwitz: Cell, 84, 359 (1996)..この細胞遊走は近接血管への侵入および管外遊出後の浸潤が生じる際に必須のステップである.そこで,遊走活性の高いヒト食道がんEC17細胞を用いて遊走阻害する物質を微生物二次代謝産物より探索した.その結果,カビの1株が生産する新規化合物モベラスチンA(Moverastin A)(図1図1■がん細胞遊走阻害物質の構造)を発見した(3)3) Y. Takemoto, H. Watanabe, K. Uchida, K. Matsumura, K. Nakae, E. Tashiro, K. Shindo, T. Kitahara & M. Imoto: Chem. Biol., 12, 1337 (2005)..その作用機序を解析したところ,ファルネシルピロリン酸(FPP)をH-Rasに付加(ファルネシル化)するファルネシル転移酵素(FTase)をモベラスチンA(図1図1■がん細胞遊走阻害物質の構造)がin vitroおよび細胞内で阻害することを見いだした.H-Rasはさまざまな細胞内情報伝達経路を活性化することが知られているが,モベラスチンAはH-Rasの下流シグナル伝達経路の一つであるPI3K/Akt経路の活性化を抑制することを見いだした.これらのことから,EC17細胞の高い細胞遊走活性はFTase/H-Ras/PI3K/Akt経路の活性化を介して引き起こされることが明らかとなった(3)3) Y. Takemoto, H. Watanabe, K. Uchida, K. Matsumura, K. Nakae, E. Tashiro, K. Shindo, T. Kitahara & M. Imoto: Chem. Biol., 12, 1337 (2005).

図1■がん細胞遊走阻害物質の構造

2. モベラスチンからUTKO1へ

ここで重大な問題が生じた.保存していたモベラスチンA生産菌がモベラスチンAを生産しなくなったのである.そうなるともうモベラスチンAが手に入らなくなり,それ以降の研究はストップすることになる.そこで,東京大学の渡邉秀典教授に有機合成によるモベラスチンAの全合成をお願いした.渡邉教授はモベラスチンAそのものだけでなく,20種類程度の誘導体も合成された.そのうちUTKO1(図1図1■がん細胞遊走阻害物質の構造)というモベラスチン誘導体がモベラスチンAよりも約10倍程度強く細胞遊走を阻害することがわかった.しかも興味深いことに,UTKO1にはFTaseの阻害活性が見いだせなかったのである(4)4) M. Sawada, S. Kubo, K. Matsumura, Y. Takemoto, H. Kobayashi, E. Tashiro, T. Kitahara, H. Watanabe & M. Imoto: Bioorg. Med. Chem. Lett., 21, 1385 (2011)..このことは,UTKO1はモベラスチンAと構造が類似しているにもかかわらず,モベラスチンAとは異なったメカニズムで細胞遊走を阻害していることを示唆している.そこで,UTKO1をプローブとし,ヒト上皮細胞がんA431細胞における作用機序を解明することで細胞遊走の制御メカニズムに迫った.

3. UTKO1の標的分子同定

UTKO化合物の構造活性相関の結果を基に合成されたUTKO1ビオチン標識体を用いてUTKO1結合タンパク質を探索した結果,結合タンパク質として14-3-3ζを同定した.14-3-3ζはアプタータンパク質である14-3-3ファミリーの一つで,実際にsiRNAを用いて14-3-3ζをノックダウンすると細胞遊走が阻害された.このことから細胞遊走に14-3-3ζが密接に関与することが示唆された.さらに,UTKO1処理した細胞では細胞遊走にかかわることが知られているRac1の活性化が阻害されており,この解析から,Rac1は14-3-3ζがTiam1と結合することで活性化され,UTKO1は14-3-3ζに結合することで14-3-3ζとTiam1の結合を阻害し,その結果,Rac1の活性化→遊走が阻害されることが明らかとなった(5)5) H. Kobayashi, Y. Ogura, M. Sawada, R. Nakayama, K. Takano, Y. Minato, Y. Takemoto, E. Tashiro, H. Watanabe & M. Imoto: J. Biol. Chem., 286, 39259 (2011).

4. ケミカルバイオロジーによるがん細胞遊走阻害機構解析

では,Tiam1の発現はどのように制御されているのか? この答えは富山県立大学の五十嵐康弘教授との共同研究から偶然にもたらされた.五十嵐教授らは放線菌から5-リポキシゲナーゼ(5-LOX)の阻害剤としてBU-4664 L(図1図1■がん細胞遊走阻害物質の構造)を単離されていた(6)6) Y. Igarashi, J. D. Lundgren, J. H. Shelhamer, M. A. Kaliner & M. V. White: Immunopharmacology, 25, 131 (1993)..筆者らは,五十嵐教授からBU-4664 Lをいただいて細胞遊走阻害活性を有することを見いだしていたので,一か八かBU-4664 LがTiam1の発現を阻害するかどうか検討した.その結果,BU-4664 LはTiam1の発現を阻害し,そのことで遊走を阻害することを見いだした.このことは,5-LOXがTiam1の発現を制御していることを意味する.細胞において5-LOXはロイコトリエンB4(Leukotriene B4)とロイコトリエンC4の生産を触媒するが,BU-4664 Lによる遊走阻害とTiam1の発現阻害はロイコトリエンC4(LTC4)の添加によって回復することから,LTC4が脂質メディエーターとしてTiam1の発現を制御していることがわかった.さらに,LTC4の受容体であるCysLT1の阻害剤MK-571およびモンテルカストも遊走阻害とTiam1の発現阻害を誘導し,さらにCysLT1のノックダウンによりTiam1の発現が転写レベルで阻害されたことから5-LOX/LTC4/CysLT1シグナリングがTiam1の発現を抑制し,その結果,Rac1の活性化が阻害され遊走阻害が誘導されることを明らかにした(7)7) S. Magi, Y. Takemoto, H. Kobayashi, M. Kasamatsu, T. Akita, A. Tanaka, K. Takano, E. Tashiro, Y. Igarashi & M. Imoto: Cancer Sci., 105, 290 (2014)..このように化合物を用いることでがん細胞の遊走メカニズムが図2図2■遊走阻害剤が明らかにした細胞遊走制御機構のように明らかになった.

図2■遊走阻害剤が明らかにした細胞遊走制御機構

5. がん細胞遊走機構の個別解析から網羅的解析へ

それでは図2図2■遊走阻害剤が明らかにした細胞遊走制御機構に示したがん細胞の遊走機構は,ほかのがん細胞でも共通するメカニズムなのか? それともあの細胞に特有の現象なのであろうか? がん細胞の遊走制御機構は,由来組織や変異遺伝子の違いによって,「すべてのがんに存在する普遍的な機構」と「特定のがんにのみ存在する多様性を担う機構」が存在すると考えられる.そこでがん細胞の遊走制御機構の普遍性および多様性を担う分子群を明らかにするため,標的タンパク質が異なる34種類の低分子化合物をそれぞれ10種類のがん細胞に作用させて,その遊走阻害活性を定量的に評価し,化合物の遊走阻害プロファイルに対して階層的クラスタリングを行った(図3図3■阻害剤による各種がん細胞の遊走阻害の遊走阻害パターン).クラスタリングの結果,JNK阻害剤はすべての細胞株の遊走を抑制したが,ROCK, GSK-3, p38の阻害剤などは,一部の細胞株の遊走のみを抑制することを示した.このことから細胞遊走に対する共通な機構にかかわる分子群(JNKなど)と細胞型特異的な分子群(ROCK, GSK-3, p38など)の一端を明らかにし,分類することに成功した(8)8) S. Magi, E. Tashiro & M. Imoto: Sci. Rep., 2, 823 (2012)..次に,ケミカルゲノミクス研究で明らかになった細胞遊走制御機構の普遍性および多様性を担う分子群のパスウェイ関係を解析し,MAPK経路やJNK経路などが共通な遊走制御パスウェイであること,CysLT1やGSK-3下流のパスウェイが各細胞において異なることを情報伝達分子の変動データを用いたケミカルシステムバイオロジーによって明らかにした(9)9) S. Magi, Y. Saeki, M. Kasamatsu, E. Tashiro & M. Imoto: PLOS One, 9, e96776 (2014).

オートファジー制御物質の天然物スクリーニングとケミカルバイオロジーへの展開

1. オートファジー阻害物質キサントフモールの再発見

一昨年,大隈博士のノーベル賞受賞で「オートファジー」は一躍脚光を浴びたが,オートファジーとは細胞内のタンパク質や細胞小器官を分解し,アミノ酸などの代謝物質として再利用する分解機構である.またオートファジーは細胞内の不良タンパク質や損傷した細胞小器官を掃除することで,細胞機能の恒常性を維持する重要な役割をも果たしている.オートファジーでは,まず細胞質に隔離膜と呼ばれる扁平な膜構造が現れる.その後,隔離膜が細胞質成分を包み込むように伸長および湾曲し,最後に末端同士が融合してオートファゴソームと呼ばれる二重膜構造が形成される(10)10) H. Nakatogawa, K. Suzuki, Y. Kamada & Y. Ohsumi: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 10, 458 (2009)..つづいて,オートファゴソームはリソソームと融合して,一重膜構造であるオートリソソームになり,リソソームに含まれていた加水分解酵素が隔離された細胞内小器官などを分解する(11)11) T. Yoshimori: Biochem. Biophys. Res. Commun., 313, 453 (2004)..上記の段階を経て生じたアミノ酸やそのほかの分解物は,細胞質に取り込まれてリサイクルされる.近年,オートファジーはがんや神経変性疾患の発症に深く関与していることが報告されており注目されている細胞応答の一つであるが,その制御メカニズムは不明な点が多い.そこで,オートファジー制御メカニズムをより深く理解するために微生物培養液からオートファジー制御化合物の探索を行った.その結果,ホップ由来成分として知られているキサントフモール(Xanthohumol)がオートファジーを阻害していることがわかった(図4図4■キサントフモールの構造).

図3■阻害剤による各種がん細胞の遊走阻害の遊走阻害パターン

図4■キサントフモールの構造

2. キサントフモールの標的分子同定

次に,キサントフモールがどのような機構でオートファジーを阻害するかを検討した.またキサントフモールの標的タンパク質の同定を試みた.理化学研究所の長田裕之博士らによって作製された光親和型キサントフモール・アフィニティービーズを用いて,A431細胞抽出液からキサントフモールの標的タンパク質を探索した.その結果,キサントフモールはvalosin-containing protein(VCP)に特異的に結合することが示された.VCPはATPases associated with diverse cellular activities(AAA-ATPase)の一つであり,そのN末端ドメインにさまざまなコファクターが結合することでオートファゴソームがオートリソソームへ成熟する過程に関与している.筆者らの解析から,キサントフモールはVCPのN末端ドメインを介してVCPに結合してその機能を抑制し,オートリソソームの形成を阻害することが示唆された(12)12) Y. Sasazawa, S. Kanagaki, E. Tashiro, T. Nogawa, M. Muroi, Y. Kondoh, H. Osada & M. Imoto: ACS Chem. Biol., 7, 892 (2012).図5図5■キサントフモールによるオートリソソーム形成阻害機構).

図5■キサントフモールによるオートリソソーム形成阻害機構

キサントフモールは1913年にホップ成分から発見された化合物であり,これまでに,小胞体ストレス誘導(13)13) S. Lust, B. Vanhoecke, M. VAN Gele, J. Boelens, H. VAN Melckebeke, M. Kaileh, W. Vanden Berghe, G. Haegeman, J. Philippé, M. Bracke et al.: Anticancer Res., 29, 3797 (2009).やNF-κB阻害(14)14) A. Albini, R. Dell’Eva, R. Vene, N. Ferrari, D. R. Buhler, D. M. Noonan & G. Fassina: FASEB J., 20, 527 (2006).など多彩な活性が報告されている.しかし,キサントフモールがどのような機構でそのような活性を発揮するかは不明であった.VCPは小胞体内のタンパク質分解(15)15) C. Wojcik, M. Rowicka, A. Kudlicki, D. Nowis, E. McConnell, M. Kujawa & G. N. DeMartino: Mol. Biol. Cell, 17, 4606 (2006).やIκBの分解(16)16) R. M. Dai, E. Chen, D. L. Longo, C. M. Gorbea & C. C. Li: J. Biol. Chem., 273, 3562 (1998).にかかわることが報告されていたことから,キサントフモールの小胞体ストレス誘導やNF-κB阻害作用はVCPを介して引き起こされていることが示唆された.このように既知化合物であってもその標的タンパク質を同定することで,これまで不明であった生理活性物質の作用発現機構が解明できるのである.

3. キサントフモールの制がん効果

一方,VCPは近年,がん細胞で過剰発現しているとの報告がされている.そこで次にキサントフモールによる抗がん活性を検討した.キサントフモールに対して高い感受性を示すがん細胞と感受性の低いがん細胞が存在することを見いだし,高い感受性を示したがん細胞ではキサントフモール処理によって抗アポトーシスタンパク質サバイビンの発現減少が誘導されることを見いだした.キサントフモールの動物実験での制がん効果は徳島大学の片桐豊雅教授に依頼して評価していただいた.大腸がん細胞HCT116細胞やSW480細胞を移植したヌードマウスにキサントフモールを投与したところ,それぞれのがん細胞の増殖を濃度依存的に抑制し,in vivoでも制がん効果を示した(17)17) Y. Shikata, T. Yoshimaru, M. Komatsu, H. Katoh, R. Sato, S. Kanagaki, Y. Okazaki, S. Toyokuni, E. Tashiro, S. Ishikawa et al.: Cancer Sci., 108, 785 (2017)..さらにキサントフモールが示す制がん効果で鍵となる因子を見いだす目的で,東京医科歯科大学の石川俊平教授との共同研究で,shRNAスクリーニングによってキサントフモールの感受性を増強させる遺伝子を探索した.27,500種類のshRNA感染ウイルスをHCT116細胞に感染させ,キサントフモールの存在下と非存在下で3日間培養した.その後,それぞれの細胞からshRNAを回収したところ,キサントフモール存在下で非存在下に比べて5倍以上回収量が少ないshRNAが138種類あった.このことは,これらshRNAに対応する138遺伝子をノックダウンするとキサントフモールの制がん効果が高まる可能性を示している.次にこの138遺伝子の役割をバイオインフォマティクスで解析したところ,アデニル酸シクラーゼ/プロテインキナーゼAシグナル伝達経路がキサントフモールの合成致死作用に関連することを示唆する結果が得られた.この知見をもとに細胞を用いたウエット実験を行ったところ,アデニル酸シクラーゼ/プロテインキナーゼAシグナル伝達経路がサバイビンの発現制御を介してキサントフモールの抗がん活性を抑制的に制御していることを見いだし,プロテインキナーゼAの阻害剤はキサントフモールによってVCPが阻害された細胞に合成致死活性を誘導することを見いだした(17)17) Y. Shikata, T. Yoshimaru, M. Komatsu, H. Katoh, R. Sato, S. Kanagaki, Y. Okazaki, S. Toyokuni, E. Tashiro, S. Ishikawa et al.: Cancer Sci., 108, 785 (2017).

アポトーシス耐性克服物質の天然物スクリーニングとケミカルバイオロジーへの展開

1. インセドニンの発見

多くのヒト腫瘍においてアポトーシス抑制タンパク質Bcl-2やそのホモログであるBcl-xLの過剰発現が見られる.Bcl-2/Bcl-xLの過剰発現は細胞の正常なターンオーバーを妨げ,がん化やがん悪性化に関与するだけでなく,既存の抗がん剤に対して抵抗性を示し,薬剤耐性化の一因になる.そこで,Bcl-2/Bcl-xL過剰発現ヒト腫瘍に対する治療薬シードを開発することを目的に,Bcl-2/Bcl-xLの機能を阻害する物質を探索した.Bcl-xLを過剰発現したヒト小細胞肺がんMs-1細胞(Ms-1/Bcl-xL)は種々の抗がん剤に耐性を示すことから,抗がん剤と同時に添加したときにのみ細胞死を誘導する物質を微生物代謝産物より探索した.その結果,Streptomyces sp. 694-90F3の培養液中に新規物質インセドニン(Incednine)を発見した(18)18) Y. Futamura, R. Sawa, Y. Umezawa, M. Igarashi, H. Nakamura, K. Hasegawa, M. Yamasaki, E. Tashiro, Y. Takahashi, Y. Akamatsu et al.: J. Am. Chem. Soc., 130, 1822 (2008)..インセドニンは非常に不安定な物質であり,その単離精製は困難を極めたが,遠心液々分配クロマトグラフィーとMSクロマトグラフィーを駆使することで単離に成功した.インセドニンの構造は各種NMRスペクトル解析,コンピュータモデリングにより平面および相対立体構造を決定し,改良型Mosher法,X線構造解析によりその立体絶対配置を決定した.すなわち,インセドニンは,そのアグリコンに天然物には珍しい骨格(エノールエーテル-アミド)を有する新規24員環マクロラクタム配糖体であった(図6図6■インセドニンの構造).

図6■インセドニンの構造

2. バイオインフォマティクスを用いたインセドニンの標的分子同定

Bcl-xLを過剰発現させたヒト小細胞肺がんMs-1細胞はアドリアマイシンなどの抗がん剤に耐性を示すがインセドニン処理することによりその耐性を克服した.またインセドニンはBaxの過剰発現によって誘導されるアポトーシスに対するBcl-xLの抑制機能をキャンセルした.しかし,インセドニンはBcl-xLとBaxとの結合を阻害することはなかった.このことからインセドニンは既存のBcl-2阻害剤とは異なるメカニズムで作用していることが示唆された.そこでわれわれはまず,インセドニンのアフィニティービーズを合成し,インセドニンビーズに結合したタンパク質をSDS-PAGEで分離し,CBBで染色されたバンドをゲルから切り出してそれぞれをLC-MS/MS解析を行うことでタンパク質を同定した.その結果,53種類のインセドニン結合タンパク質が同定された.そのうちeIF4A3, PDI, HSP70,およびPP2Aは細胞の生存と関係するという報告があったことから,この中にインセドニンのBcl-2/Bcl-xL機能抑制活性の機能的標的タンパク質がある可能性が考えられた.しかし,これらのタンパク質機能をsiRNAや阻害剤で阻害してもBcl-2/Bcl-xLによる細胞死抑制活性をキャンセルしなかったことから,これらはインセドニンの機能的標的タンパク質ではないことがわかった.そこで次に慶應義塾大学理工学部の榊原康文教授が開発されたCOPICATを用いてインセドニンの結合タンパク質を予測した.まずすでにアフィニティービーズ法で得られていた53種類のインセドニン結合タンパク質をSVM学習モデルで学習させた.24,245個のヒトのタンパク質の中で182個のタンパク質が新たにインセドニンと結合する可能性のあるタンパク質として予測された.この182個のタンパク質から,タンパク質の特徴ベクトル(199次元)に基づいて11個のクラスターが形成された.その11個のそれぞれのクラスターから文献を参照に検証実験可能と思われるタンパク質を一つもしくは2つずつ選び,3種類の負例候補を含めた合計16種類のタンパク質についてビオチン標識インセドニンとそれぞれのタンパク質の特異抗体を用いて実際の結合を検証した.その結果,結合が予測されたPIK3CG, ACA CAおよび負例候補であったPARP1の3種類のタンパク質が実際にインセドニンに結合することが明らかとなった.これら3種類のタンパク質はいずれも細胞死との関連が報告されているタンパク質である.この中でわれわれはACA CA(acetyl-CoA carboxylase-α)に注目した.ACA CAは長鎖脂肪酸合成過程でアセチルCoAからマロニルCoAを合成する律速酵素であり,エネルギー生産と脂質合成に重要な役割を演じている.がん細胞の増殖や生存は脂肪酸合成に依存しており,ACA CAは多くのがん細胞で高い発現が観察されていることから,ACA CAがBcl-xL過剰発現細胞の生存に深くかかわっていることは大いにありうる.実際に,ACA CAの阻害剤TOFA(5-tetradecyloxy-2-furoic acid)はインセドニン同様Bcl-xL過剰発現細胞での制がん剤耐性を克服した.これらのことからACA CAがインセドニンの機能的標的分子であると示唆された(19)19) H. Kobayashi, H. Harada, M. Nakamura, Y. Futamura, A. Ito, M. Yoshida, S. I. Iemura, K. Shin-Ya, T. Doi, T. Takahashi et al.: BMC Chem. Biol., 12, 2 (2012).図7図7■COPICATによるインセドニン標的化合物同定の流れ).

図7■COPICATによるインセドニン標的化合物同定の流れ

前立腺がん治療薬シード化合物の天然物ケミカルバイオロジー

1. アンタルライドの発見

前立腺がんは,男性ホルモン(アンドロゲン)がアンドロゲン受容体(AR)に結合し転写因子として働くことで悪性化する.そこで,アンドロゲンとARの結合を阻害するARアンタゴニストが治療薬の一つとして用いられている.しかし,現在臨床で用いられている第1世代のARアンタゴニストは,長期使用により耐性を示す変異体ARの出現が問題視されてきた.さらに近年,第1世代の耐性を克服した第2世代のARアンタゴニスト(エンザルタミド)が登場したが,すでに耐性を示す変異体ARが報告されている.この耐性が獲得される原因の一つとして,既存のARアンタゴニストの構造の類似性が指摘されている.このことから,既存のARアンタゴニストとは異なる構造を有する化合物は新しい前立腺がん治療薬シードになりうると考えられる.そこで,構造多様性に富んだ化合物を多数含有する放線菌代謝産物からその探索を行った.その結果,富山県立大学の五十嵐教授から分与された放線菌BB47株の培養液に目的の活性が見られた.しかし,活性物質は光に対して非常に不安定であったことから,活性物質の精製の過程はすべて遮光条件下で行い,遠心液々分配クロマトグラフィーや液体クロマトグラフィーなどの精製法を駆使し,活性物質の単離精製に成功した.NMRによる構造解析の結果,本活性物質は類縁物質の存在しない新規化合物であり,新規22員環マクロライドであるアンタルライドA-Fを発見し,その平面構造を明らかにした(20)20) S. Saito, T. Fujimaki, W. Panbangred, Y. Igarashi & M. Imoto: Angew. Chem., 55, 2728 (2016).図8図8■アンタルライドの構造).さらに,アンタルライドAに対しNMRスペクトル解析や各種化学変換反応を駆使することでその絶対立体構造を決定した(20)20) S. Saito, T. Fujimaki, W. Panbangred, Y. Igarashi & M. Imoto: Angew. Chem., 55, 2728 (2016).

図8■アンタルライドの構造

2. 第3世代ARアンタゴニストのシード化合物としてのアンタルライド

アンタルライド類は既存のARアンタゴニストであるフルタミドよりも強くAR-DHTの結合を阻害する活性を有していた.さらに,女性ホルモンであるエストロゲン受容体に対する結合能もなく,AR非依存的な前立腺がん細胞に対しての毒性も示さなかった.また,前立腺がん細胞にアンタルライドA~Fを作用させると,いずれのアンタルライドもアンドロゲンにより誘導される前立腺がんマーカー遺伝子PSA mRNAの発現および細胞増殖を抑制した.第1世代および第2世代のARアンタゴニストに対して耐性を示す変異体ARに対するアンタゴニスト活性を評価した結果,アンタルライド類は既存のARアンタゴニストに対する耐性を克服した.このことは,アンタルライド類は第3世代のARアンタゴニスト候補化合物としてのポテンシャルを秘めていることを意味している.

一方,筆者らは,その後,22員環のアンタルライドを生産する放線菌BB47株から,20員環マクロライド構造を有するアンタルライドファミリーのアンタルライドGおよびHを発見した(21)21) S. Saito, T. Fujimaki, W. Panbangred, R. Sawa, Y. Igarashi & M. Imoto: J. Antibiot. (Tokyo), 70, 595 (2017).図8図8■アンタルライドの構造).通常,放線菌が生産するマクロライド環の形成部位はポリケタイド合成酵素により厳密に制御されている. したがって,放線菌BB47株のポリケタイド合成酵素では基質認識の揺らぎが生じている可能性が示唆された.この知見は,放線菌が生産するマクロライド系化合物の生合成の観点からも非常に興味深いものである.

おわりに

微生物培養液などを用いた天然物スクリーニングからの創薬研究は,特に製薬企業などを中心に縮小傾向にある.それは,天然化合物のもつ「構造多様性」が大きな魅力であるにもかかわらず,合成化合物に比べて誘導体展開が困難であることや,近年は新規骨格を有する新規化合物の取得が困難であることが原因と考えられる.この問題を克服するために微生物のゲノム情報を利用して休眠遺伝子の覚醒技術の開発や生合成遺伝子の改変技術による新規化合物の取得を目指す研究が精力的に展開されている.これらの技術の進展に伴い,創薬を志向する天然物スクリーニングの再興が期待される.創薬という観点からだけでなく,天然物スクリーニングは,細胞応答機構解析のためのバオプローブ探索という観点からも非常に有効な手段であり,実際に有用なバイオプローブの多くは天然化合物である.細胞応答機構解析研究を展開するうえで用いるバイオプローブは,標的に対する特異性に優れているのであれば必ずしも新規物質である必要はない.細胞生物学の観点から見ると制御機構が不明な細胞応答は山ほどある.そう考えるとバイオプローブを用いた細胞応答機構解析研究(=ケミカルバイオロジー研究)を加速するためにも,天然物スクリーニングは縮小されるべきではない.

Reference

1) H. Umezawa, M. Imoto, T. Sawa, K. Isshiki, N. Matsuda, T. Uchida, H. Iinuma, M. Hamada & T. Takeuchi: J. Antibiot. (Tokyo), 39, 170 (1986).

2) D. A. Lauffenburger & A. F. Horwitz: Cell, 84, 359 (1996).

3) Y. Takemoto, H. Watanabe, K. Uchida, K. Matsumura, K. Nakae, E. Tashiro, K. Shindo, T. Kitahara & M. Imoto: Chem. Biol., 12, 1337 (2005).

4) M. Sawada, S. Kubo, K. Matsumura, Y. Takemoto, H. Kobayashi, E. Tashiro, T. Kitahara, H. Watanabe & M. Imoto: Bioorg. Med. Chem. Lett., 21, 1385 (2011).

5) H. Kobayashi, Y. Ogura, M. Sawada, R. Nakayama, K. Takano, Y. Minato, Y. Takemoto, E. Tashiro, H. Watanabe & M. Imoto: J. Biol. Chem., 286, 39259 (2011).

6) Y. Igarashi, J. D. Lundgren, J. H. Shelhamer, M. A. Kaliner & M. V. White: Immunopharmacology, 25, 131 (1993).

7) S. Magi, Y. Takemoto, H. Kobayashi, M. Kasamatsu, T. Akita, A. Tanaka, K. Takano, E. Tashiro, Y. Igarashi & M. Imoto: Cancer Sci., 105, 290 (2014).

8) S. Magi, E. Tashiro & M. Imoto: Sci. Rep., 2, 823 (2012).

9) S. Magi, Y. Saeki, M. Kasamatsu, E. Tashiro & M. Imoto: PLOS One, 9, e96776 (2014).

10) H. Nakatogawa, K. Suzuki, Y. Kamada & Y. Ohsumi: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 10, 458 (2009).

11) T. Yoshimori: Biochem. Biophys. Res. Commun., 313, 453 (2004).

12) Y. Sasazawa, S. Kanagaki, E. Tashiro, T. Nogawa, M. Muroi, Y. Kondoh, H. Osada & M. Imoto: ACS Chem. Biol., 7, 892 (2012).

13) S. Lust, B. Vanhoecke, M. VAN Gele, J. Boelens, H. VAN Melckebeke, M. Kaileh, W. Vanden Berghe, G. Haegeman, J. Philippé, M. Bracke et al.: Anticancer Res., 29, 3797 (2009).

14) A. Albini, R. Dell’Eva, R. Vene, N. Ferrari, D. R. Buhler, D. M. Noonan & G. Fassina: FASEB J., 20, 527 (2006).

15) C. Wojcik, M. Rowicka, A. Kudlicki, D. Nowis, E. McConnell, M. Kujawa & G. N. DeMartino: Mol. Biol. Cell, 17, 4606 (2006).

16) R. M. Dai, E. Chen, D. L. Longo, C. M. Gorbea & C. C. Li: J. Biol. Chem., 273, 3562 (1998).

17) Y. Shikata, T. Yoshimaru, M. Komatsu, H. Katoh, R. Sato, S. Kanagaki, Y. Okazaki, S. Toyokuni, E. Tashiro, S. Ishikawa et al.: Cancer Sci., 108, 785 (2017).

18) Y. Futamura, R. Sawa, Y. Umezawa, M. Igarashi, H. Nakamura, K. Hasegawa, M. Yamasaki, E. Tashiro, Y. Takahashi, Y. Akamatsu et al.: J. Am. Chem. Soc., 130, 1822 (2008).

19) H. Kobayashi, H. Harada, M. Nakamura, Y. Futamura, A. Ito, M. Yoshida, S. I. Iemura, K. Shin-Ya, T. Doi, T. Takahashi et al.: BMC Chem. Biol., 12, 2 (2012).

20) S. Saito, T. Fujimaki, W. Panbangred, Y. Igarashi & M. Imoto: Angew. Chem., 55, 2728 (2016).

21) S. Saito, T. Fujimaki, W. Panbangred, R. Sawa, Y. Igarashi & M. Imoto: J. Antibiot. (Tokyo), 70, 595 (2017).