特集

Discovery Scienceに魅せられて天然物創薬ケミカルバイオロジーの最前線

Hideaki Kakeya

掛谷 秀昭

京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学専攻,システムケモセラピー(制御分子学)分野

Published: 2018-02-20

大村 智先生(北里大学特別栄誉教授)らのノーベル生理学・医学賞受賞(2015年),長田裕之先生(理化学研究所環境資源科学研究センター副センター長)のThe Inhoffen Award受賞(2015年)に続いて,遠藤 章先生(東京農工大学特別栄誉教授)のガードナー国際賞受賞(2017年)によって,天然有機化合物(天然物)のスクリーニング研究の重要性・有用性が再認識されつつある.しかし,2016年の世界の大型医薬品売上トップ10のうち低分子医薬品は3製品のみであり,残り7製品はバイオ医薬品が占めている.このような現状の中,“切れ味の鋭い生物活性物質(新薬)は新しいサイエンスを切り拓く”の理念に基づいて,アカデミア天然物創薬を目指している当研究室の最近の天然物創薬ケミカルバイオロジー研究について紹介する.

はじめに

疾患ゲノム解読や病原菌ゲノム解読などが次々に行われつつある現在,膨大なゲノム情報から多くの創薬標的が明らかになりつつある.アカデミアにおいてもこのような生命科学におけるビッグデータを創薬研究に活用するという“アカデミア創薬”の潮流が世界的に押し寄せている.化学と生命科学(生物学)の学際融合研究領域であるケミカルバイオロジー研究は,アカデミア創薬研究においても創薬シーズの探索・開発,創薬標的の探索・同定,化合物プロファイリングなどの観点から非常に重要な地位を占めている.

一方,世界の大型医薬品売上トップ10(2016年)のうち低分子医薬品は,ハーボニー,レブリミド/レブラミド,ジャヌビア/ジャヌメットの3製品のみであり,残り7製品はヒュミラ,リツキサン,アバスチンなど抗体医薬品をはじめとしたバイオ医薬品が占めている(表1表1■世界の大型医薬品売上ランキング(2016年)).近年,in vitroスクリーニング技術のさまざまな進歩にもかかわらず新しい低分子医薬品の開発は停滞しており,低分子化合物が誘導する表現型を指標とした細胞レベルでの表現型スクリーニング(phenotypic screening)の重要性が再認識されつつある.実際,1999~2008年に米国FDAに認可された新規医薬品(232品目)のうち,画期的新薬(First-in-Class)の37%は表現型スクリーニングにより見いだされている(1)1) D. C. Swinney & J. Anthony: Nat. Rev. Drug Discov., 10, 507 (2011).

表1■世界の大型医薬品売上ランキング(2016年)
製品名薬効等会社売上(百万ドル)
1ヒュミラ関節リウマチ/乾癬他アッヴィ/エーザイ16,513
2エンブレル関節リウマチ/乾癬他アムジェン/ファイザー/武田9,245
3ハーボニー慢性C型肝炎ギリアド・サイエンシズ9,081
4レミケード関節リウマチ/クローン病他J&J/メルク/田辺三菱8,848
5リツキサン非ホジキンリンパ腫ロシュ8,719
6レブリミド/レブラミド多発性骨髄腫セルジーン6,974
7アバスチン転移性結腸がんロシュ6,879
8ハーセプチン乳がんロシュ6,878
9ジャヌビア/ジャヌメット2型糖尿病/DPP4阻害メルク/小野薬品/アルミラル6,431
10ランタス糖尿病/インスリンアナログサノフィ6,317
(KEN Pharma Brain社資料参照)

このような背景の中,当研究室では,多因子疾患(がん,感染症,心疾患,神経変性疾患,免疫疾患など)を標的としたアカデミア発のオリジナル創薬に向けて,3つの研究グループ体制(天然物化学研究グループ,ケミカルバイオロジー研究グループ,メディシナルケミストリー研究グループ)で教育・研究を展開している(2~4)2) http://www.pharm.kyoto-u.ac.jp/sc-molsci/3) H. Kakeya: Nat. Prod. Rep., 33, 648 (2016).4) 掛谷秀昭:生体の科学,66, 119 (2015)..すなわち,“切れ味の鋭い生物活性物質(新薬)は新しいサイエンスを切り拓く”の理念のもと,主に下記の4つの研究課題を中心に先導的ケミカルバイオロジー研究を世界へ発信している.

上記研究課題1)においては,天然資源由来の限られたスクリーニングサンプルに対して表現型スクリーニングを展開しており,本稿では,特に,新規シデロフォアchlorocatechelin類および新規がん細胞増殖阻害物質saccharothriolide類を中心に紹介する.

表現型スクリーニングにより発見された生物活性物質と細胞内標的同定の重要性

図1図1■表現型スクリーニングにより発見された生物活性物質に抗炎症活性,抗がん活性,抗真菌活性,抗菌活性などを有する生物活性物質の標的,標的同定方法,化学構造を示した.表現型スクリーニングで見いだされた生物活性物質を用いた生命現象解明研究(ケミカルバイオロジー研究)により,ユニークな化合物と標的間の相互作用が見いだされていることがわかる.たとえば,thalidomide(8)8) T. Ito, H. Ando, T. Suzuki, T. Ogura, K. Hotta, Y. Imamura, Y. Yamaguchi & H. Handa: Science, 327, 1345 (2010).およびE7820(9)9) T. Uehara, Y. Minoshima, K. Sagane, N. H. Sugi, K. O. Mitsuhashi, N. Yamamoto, H. Kamiyama, K. Takahashi, Y. Kotake, M. Uesugi et al.: Nat. Chem. Biol., 13, 675 (2017).の細胞内標的タンパク質がそれぞれcereblon, CAPERαと同定され,特定のタンパク質分解という事象が新しい分子標的になりうる可能性が示されつつある.一方,当研究室では,海洋放線菌Streptomyces sp. が生産する抗真菌活性を有する8-deoxyheronamide Cを見いだし,酵母のケミカルゲノミクスおよび表面プラズモン共鳴(SPR)を駆使して,細胞内標的が飽和アルキル側鎖を有するリン脂質であることを明らかにしている(11)11) R. Sugiyama, S. Nishimura, N. Matsumori, Y. Tsunematsu, A. Hattori & H. Kakeya: J. Am. Chem. Soc., 136, 5209 (2014)..また,表現型スクリーニングで見いだされた生物活性物質の標的タンパク質を迅速に同定するシステムとして,5-sulfonyl tetrazole基の反応特性を利用した5-SOxTプローブ法(13)13) S. Otsuki, S. Nishimura, H. Takabatake, K. Nakajima, Y. Takasu, T. Yagura, Y. Sakai, A. Hattori & H. Kakeya: Med. Chem. Lett., 23, 1608 (2013).およびthiourea基の反応特性を利用したTAL(thiourea-modified amphiphilic lipid)プローブ法(14)14) A. Moriyama, N. Katagiri, S. Nishimura, N. Takahashi & H. Kakeya: Sci. Rep., 5, 17427 (2015).などの開発に成功している.

図1■表現型スクリーニングにより発見された生物活性物質

放線菌Streptomyces sp. ML93-86F2株が生産する新規シデロフォアchlorocatechelin類

多くの酸化還元酵素の活性中心として働く鉄はあらゆる生物に必須な元素である.ヒトのような自ら動くことのできる生物は摂食により必要な鉄を獲得可能であるが,植物や微生物のように動きが制限されている生物は外界から何らかの手段で鉄を獲得しなければならない.しかし,通常酸素分圧下において大部分の鉄は酸化されて水溶性に乏しい水酸化第二鉄のようなFe(III)の形で存在しているため,鉄を得るのが困難な状況に陥る場合がある.そのような環境では,微生物や植物はシデロフォアと呼ばれる低分子化合物を分泌する(15)15) S. C. Andrews, A. K. Robinson & F. Rodriguez-Quinones: FEMS Microbiol. Rev., 27, 215 (2003).図2図2■シデロフォアの化学構造).このシデロフォアはFe(III)と非常に親和性が高く水溶性の錯体を形成することができ,形成したFe(III)–シデロフォア錯体を能動的に取り込み,錯体中のFe(III)を還元して取り出すことで微生物や植物は必要な鉄を獲得する.

図2■シデロフォアの化学構造

Fe(III)–シデロフォア錯体の取り込みにはそのシデロフォアに対応した受容体を必要とする.多くの微生物は,シデロフォアの生合成遺伝子とそれに対応したシデロフォア受容体遺伝子を有するが,受容体遺伝子のみを有する場合がある.このような微生物は自らシデロフォアを生産することなく,ほかの微生物が生産し分泌したシデロフォアを利用して鉄を取り込む.この現象は“siderophore piracy”と呼ばれる(16)16) S. Schubert, D. Fischer & J. Heesemann: J. Bacteriol., 181, 6387 (1999)..また,これを応用した微生物間の相互作用も知られている(17)17) M. F. Traxler, M. R. Seyedsayamdost, J. Clardy & R. Kolter: Mol. Microbiol., 86, 628 (2012)..いわゆる希少放線の一種であるAmycolatopsis属放線菌AA4株は,amychelinというシデロフォアを産生し,Streptomyces coelicolorの分化を抑制する(18)18) M. R. Seyedsayamdost, M. F. Traxler, S. L. Zheng, R. Kolter & J. Clardy: J. Am. Chem. Soc., 133, 11434 (2011).

病原菌と宿主生物との戦いにおいてもシデロフォアの多様性は大きな意味をもつ.Salmonella属の細菌や病原性の大腸菌Escherichia coliはenterobactinというシデロフォアを分泌して鉄を獲得する(19)19) K. N. Raymond, E. A. Dertz & S. S. Kim: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 3584 (2003)..それに対して宿主生物は,enterobactinやそのほかのシデロフォアを捕捉するタンパク質siderocalinを分泌して外部から侵入する微生物に対抗する(20)20) A. K. Sia, B. E. Allred & K. N. Raymond: Curr. Opin. Chem. Biol., 17, 150 (2013)..ところが,Salmonella属の細菌や病原性E. coliは,enterobactinを糖鎖で修飾しsiderocalinに捕捉されない構造にしたsalmochelin S4を分泌し,宿主の防衛機構をすり抜けて鉄を獲得している(21, 22)21) B. Bister, D. Bischoff, G. J. Nicholson, M. Valdebenito, K. Schneider, G. Winkelmann, K. Hantke & R. D. Süssmuth: Biometals, 17, 471 (2004).22) M. A. Fischbach, H. Lin, D. R. Liu & C. T. Walsh: Nat. Chem. Biol., 2, 132 (2006).

シデロフォアは生産者である微生物や植物だけでなく,ヒトにとっても重要な化合物である.たとえばStreptomyces pilosusなどさまざまな微生物の産生するシデロフォアであるdesferrioxamine B(DFO)は,生化学/分子生物学の分野で鉄のキレート剤として広く用いられているだけでなく,慢性鉄過剰症の治療薬として用いられている(23)23) C. Wong & D. R. Richardson: Int. J. Biochem. Cell Biol., 35, 1144 (2003)..一方,前述のenterobactinはDFOよりも鉄との親和性が高く,虚血再灌流障害の腎臓の治療が試みられている(24)24) J. Yan, D. Goetz, J. Y. Li, W. Wang, K. Mori, D. Setlik, T. Du, H. Erdjument-Bromage, P. Tempst, R. Strong et al.: J. Mol. Cell, 10, 1045 (2002)..また,炭疽菌Bacillus anthracisや日和見感染菌Bacillus cereusの産生するシデロフォアpetrobactinはその産生が病原性に影響を与えることが知られているため,病原性マーカーとして用いることができる25)

シデロフォアは単体で役に立つだけではなく,別の化合物と組み合わせることでも有効活用できる.たとえば,シデロフォアと抗生物質のハイブリッド化合物cefiderocol(S-649266)は,現在,カルバペネム耐性菌感染症や呼吸器感染症である院内肺炎・人工呼吸器関連肺炎・医療ケア関連肺炎に対して第3相臨床試験中である(26)26) N. Kohira, J. West, A. Ito, T. Ito-Horiyama, R. Nakamura, T. Sato, S. Rittenhouse, M. Tsuji & Y. Yamano: Antimicrob. Agents Chemother., 60, 729 (2015).

このようにシデロフォアは生産者と他生物とのかかわりを考えるうえで興味深い知見を与えてくれる化合物であり,かつケミカルバイオロジー的にも重要な化合物である.そこでわれわれは,抗菌活性およびChrome Azurol Sアッセイを指標に,微生物抽出液ライブラリーから新規シデロフォアの探索研究を行った結果,放線菌Streptomyces属ML93-86F2株が生産する,天然物としては非常に希なアシルグアニジン構造を有するchlorocatechelins A&Bを見いだした(27)27) S. Kishimoto, S. Nishimura, A. Hattori, M. Tsujimoto, M. Hatano, M. Igarashi & H. Kakeya: Org. Lett., 16, 6108 (2014).図3図3■Chlorocatechelins A & Bの化学構造).

図3■Chlorocatechelins A & Bの化学構造

Chlorocatechelin Aは,分子内に一つのarginine,一つのN-δ-hydroxy-N-δ-formyl ornithine(hfOrn),および2つの4-chloro-2,3-dihydroxybenzoic acids(CDB)を有する.構成アミノ酸の立体配置は改良Marfey法によりいずれもD体と決定し,各種スペクトル(NMR, MS, UVなど)の詳細な解析により全構造を決定した.一方,chlorocatechelin Bは,CDB, ornitine,およびhfOrnを各一つ有し,構成アミノ酸はいずれもD体であった.Chrolocatechelin類はこれまでに天然物での報告例のないCDBを有していた.シデロフォアは鉄の欠乏した環境で鉄を獲得するために産生される化合物であるため,鉄の豊富な環境では産生されない.そこで,鉄(FeCl3あるいはFeSO4)を加えた条件でStreptomyces属ML93-86F2株を培養した結果,chlorocatechelin類は生産されず,本化合物生産菌にとってもシデロフォアとして機能していることが強く示唆された.なお,われわれはchlorocatechelin Aの安定供給のために全合成を達成している(28)28) S. Kishimoto, S. Nishimura, M. Hatano, M. Igarashi & H. Kakeya: J. Org. Chem., 80, 6076 (2015).

Chlorocatechelin Aは二座配位子を3つ(2つのCDBと一つのhfOrn)有しているが,chlorocatechelin BはCDBが一つ少なくなっており2つの二座配位子しか有していない.Fe(III)は六配位の錯体が安定であるため,chlorocatechelin BはFe(III)との錯体形成に複数分子を要することが推測された.実際に緩衝液中でFeCl3を用いた滴定実験により,chlorocatechelin Aは1 : 1, chlorocatechelin Bは3 : 1の比率でFe(III)と錯体を形成することを明らかにした.また,サイクリックボルタンメトリーを用いたFe(III)–シデロフォア錯体の還元電位の測定結果より,chlorocatechelin AのFe(III)との親和性は,chlorocatechelin BやDFOよりも大きいことを明らかにした(27)27) S. Kishimoto, S. Nishimura, A. Hattori, M. Tsujimoto, M. Hatano, M. Igarashi & H. Kakeya: Org. Lett., 16, 6108 (2014).

次に,DFO感受性の細菌群に対する抗菌活性を検討した結果,vancomycinは高い濃度でも魚類感染菌であるPasteurella piscicidaや牛肺炎原因菌であるMannheimia haemolyticaに対して増殖阻害活性を示さなかった.一方,chlorocatechelins A & Bは両菌に対して増殖阻害活性を示し,特にchlorocatechelin Aはchlorocatechelin Bよりも強力な活性を有していた(28)28) S. Kishimoto, S. Nishimura, M. Hatano, M. Igarashi & H. Kakeya: J. Org. Chem., 80, 6076 (2015)..また,同じアッセイ条件でDFO非感受性菌であるStaphylococcus aureusに対する抗菌活性を試験すると,vancomycinが非常に低い濃度で阻害活性を示したのに対して,chlorocatechelins A&Bは高い濃度域においてのみ阻害活性を示した.Fe(III)親和性の高いchlorocatechelin Aがchlorocatechelin Bよりも高い活性を示したことと,chlorocatechelin Aとchlorocatechelin BがDFO感受性の菌株に対してのみ増殖阻害活性を示したことから,この活性はDFOと同様に微生物が利用可能な鉄を制限することによる効果であることが強く示唆された.

ところで,Marahielらは放線菌Actinosynnema mirumが生産するシデロフォアmirubactinを報告していたが,われわれはmirubactinの各種スペクトルの帰属およびシデロフォアとしての構造に疑問を感じた.そこで,mirubactinの真の構造はdechloro-chlorocatechelin Aであると推測し,chlorocatechelin Aの全合成経路に倣って,dechloro-chlorocatechelin Aの全合成を達した.得られたdechloro-chlorocatechelin Aの1H-NMRスペクトルおよび13C-NMRスペクトルは文献値と良い一致を示した結果,mirubactinの真の構造はdechloro-chlorocatechelin Aであると結論づけた(29)29) S. Kishimoto, S. Nishimura & H. Kakeya: Chem. Lett., 44, 1303 (2015).図4図4■全合成によるmirubactinの構造訂正).さらにmirubactinは,1 : 1の比率でFe(III)と錯体を形成した.また,mirubactinのFe(III)との親和性は,chlorocatechelin Aよりも低いことを明らかにし,chlorocateshelin A内のCl基の重要性が示唆された.

図4■全合成によるmirubactinの構造訂正

希少放線菌Saccharothrix sp. A1506株が生産する新規がん細胞増殖阻害物質saccharothriolide類

生物活性物質のケミカルスペース拡充戦略において,希少放線菌の利用は極めて有効である.われわれは,ヒトがん細胞を用いた表現型スクリーニングとin-house LC-MSデータベースを併用することで,希少放線菌Saccharothrix sp. A1506株が生産する新規がん細胞増殖阻害物質saccharothriolides A~Fを見いだした(図5図5■Saccharothriolides A~Hの化学構造とがん細胞増殖抑制活性(30, 31)30) S. Lu, S. Nishimura, G. Hirai, M. Ito, T. Kawahara, M. Izumikawa, M. Sodeoka, K. Shin-ya, T. Tsuchida & H. Kakeya: Chem. Commun. (Camb.), 51, 8074 (2015).31) S. Lu, S. Nishimura, M. Ito, T. Tsuchida & H. Kakeya: J. Nat. Prod., 79, 1891 (2016).

図5■Saccharothriolides A~Hの化学構造とがん細胞増殖抑制活性

Saccharothrix属放線菌は,rebeccamycin, sacchathridine A, tianchimycin Aをはじめとして化学構造的にも生物活性的にも多様性に富んだ化合物群を産生しているが,saccharothriolides A~Eは分子内のすべてのsp3炭素が不斉炭素である10員環ラクトンを基本骨格としているのが特徴的である.Saccharothliolide Fは,saccharothriolides AおよびDのC-2位における脱メチル体であった.これらsaccharothriolide類の化学構造は,各種スペクトル(NMR, MS, UVなど)の詳細な解析やECDスペクトルのTD-DFT法などにより決定した.さらに,saccharothriolides BとE, AとDはそれぞれジアステレオマーの関係にあるなど,同一生産菌におけるこれら類縁化合物の生産の意義および生合成経路に興味がもたれた.われわれは現在,saccharothriolides A~Cの生合成経路を図6図6■Saccharothriolides A-Cの推定生合成機構に示したとおり推定しており,ごく最近,中間体pre-saccharothriolide Xの単離・同定に成功した(32)32) S. Lu, S. Nishimura, M. Ito, T. Kato & H. Kakeya: submitted.

図6■Saccharothriolides A-Cの推定生合成機構

中間体pre-saccharothriolide Xの存在を証明できたことで,より効率的に,さまざまな求核試薬と反応させ簡便にsaccharothriolide類の類縁化合物を合成可能なprecursor-directed in situ synthesis(PDSS)法の開発に成功した.PDSS法の利点は,反応性に富んだ不安定中間体の単離精製や生合成酵素の同定・精製が不要であることや任意の求核試薬を利用可能であることなどである.これまでにSaccharothrix sp. A1506の培養抽出物に対して,求核試薬としてo-anisidineを用いたPDSS法により,saccharothriolides G & Hの合成を報告している(33)33) S. Lu, S. Nishimura, M. Ito, T. Kato & H. Kakeya: J. Antibiot, 70, 718 (2017).図7図7■PDSS法によるsaccharothriolides G&Hの合成).

図7■PDSS法によるsaccharothriolides G&Hの合成

Saccharothriolides A~Hのヒト線維肉腫HT1080細胞における細胞増殖抑制活性は,図5図5■Saccharothriolides A~Hの化学構造とがん細胞増殖抑制活性に示したとおり,saccharothriolide Bが最も強くIC50値は13.9 μMであり,C-2位における置換基および立体化学,C-7位およびC-2″位における置換基など非常に興味深い構造活性相関を示した.現在,saccharothriolide類のより詳細な構造活性相関研究および薬理活性評価を行っており,本化合物群が示す非常に興味深い作用機序が判明しつつある.

化学コミュニケーションのフロンティア

平成29年度,文部科学省・新学術領域研究(領域提案型)「化学コミュニケーションのフロンティア(H29~33年度)」(領域代表・掛谷秀昭(京大院薬))が発足した.本領域では,多種多様な化学コミュニケーションの統合的理解にきわめて有効な「革新的高次機能解析プラットフォームの構築」を行い,「天然物リガンドの真の生物学的意義の解明」および「ケミカルツール分子・創薬シーズ開発」を推進している.その結果,本領域は,医療・農業・食糧分野などに貢献し,最終的には自然環境における多様な生物種における化学コミュニケーションの解明と制御を主眼とした「分子社会学」という新しい学問領域の確立を目指すものであり,天然物創薬ケミカルバイオロジー研究分野において,世界における日本のプレゼンス向上にも大きく寄与するものである.本領域の詳細は,領域ホームページを参照されたい(34)34) 新学術領域研究「化学コミュニケーションのフロンティア」・領域ホームページURL: http://www.pharm.kyoto-u.ac.jp/fr_chemcomm

図8■化学コミュニケーションのフロンティア

おわりに

本稿では,Discovery Scienceに魅せられた筆者らの最近の天然物創薬ケミカルバイオロジー研究について,新規シデロフォアchlorocatechelin類および新規がん細胞増殖阻害物質saccharothriolide類を例として紹介した.さらに,生物活性物質のケミカルスペース拡充戦略において,生合成中間体などを効率よく活用するPDSS法の開発・応用について紹介した.また,日本発の天然物創薬ケミカルバイオロジー研究をより一層推進可能な新学術領域研究(研究領域提案型)「化学コミュニケーションのフロンティア」の発足について紹介した.世界遺産(古都京都の文化財)に囲まれた筆者らの天然物創薬ケミカルバイオロジー研究が,人類の健康・福祉に貢献する日を期して,一層精進する所存である.

Acknowledgments

Chlorocatechelin類およびsaccharothriolide類に関して,岸本真治博士,五十嵐雅之博士,Shan Lu博士,西村慎一博士をはじめとして,多くの共同研究者の皆様に深謝します.

Reference

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28) S. Kishimoto, S. Nishimura, M. Hatano, M. Igarashi & H. Kakeya: J. Org. Chem., 80, 6076 (2015).

29) S. Kishimoto, S. Nishimura & H. Kakeya: Chem. Lett., 44, 1303 (2015).

30) S. Lu, S. Nishimura, G. Hirai, M. Ito, T. Kawahara, M. Izumikawa, M. Sodeoka, K. Shin-ya, T. Tsuchida & H. Kakeya: Chem. Commun. (Camb.), 51, 8074 (2015).

31) S. Lu, S. Nishimura, M. Ito, T. Tsuchida & H. Kakeya: J. Nat. Prod., 79, 1891 (2016).

32) S. Lu, S. Nishimura, M. Ito, T. Kato & H. Kakeya: submitted.

33) S. Lu, S. Nishimura, M. Ito, T. Kato & H. Kakeya: J. Antibiot, 70, 718 (2017).

34) 新学術領域研究「化学コミュニケーションのフロンティア」・領域ホームページURL: http://www.pharm.kyoto-u.ac.jp/fr_chemcomm