特集

抗腫瘍剤FK228の発見経験とつくばでのイノベーション

Hirotsugu Ueda

上田 博嗣

筑波大学産学連携部(兼)つくばグローバル・イノベーション推進機構

Published: 2018-02-20

無駄な実験をしない合理的な創薬手法が主流となった現在でも,セレンディピティで薬の種を見つけることは可能であると思っている.しかし,そのためには,いかに与えられたチャンスを逃さず,誰よりも早く拾い上げる感性をもって創薬に臨むかが重要である.筆者のセレンディピティ創薬の成功例として,2017年に日本でも承認されたヒストン脱アセチル化の阻害活性をもった抗腫瘍剤FK228(イストダックス:一般名ロミデプシン)の発見経緯と当時のスクリーニングの姿勢を回顧し紹介したい.また,私見となるが,これからの創薬イノベーションの展望と,つくば地区におけるイノベーションを起こす最近の取り組みについてもあわせて紹介する.

遠藤章先生のガードナー国際賞の受賞にあたって

世界的な医学賞で後にノーベル賞を受賞する研究者も多いガードナー国際賞の受賞者に東京農工大学特別栄誉教授の遠藤章先生が選ばれ,心からお祝いを申し上げたい.遠藤先生には,筆者が藤沢薬品の醗酵研究所に在籍していたときに,つくばの研究所にお越しいただき,コンパクチン(スタチン)の発見のエピソードを伺ったことがある.その時,大型ブロックバスターとなったスタチンを生み出すのに,先生の多大なるご尽力とご苦労があったことを知った.筆者が研究者だったときに行った研究の種類と質は,遠藤先生の足元にも及ばないが,ちょうどこの原稿を書き始めた直前に,筆者が発見した抗腫瘍剤が日本においても承認されたので,よい機会と思い,執筆させていただいた.

セレンディピティ

アレクサンダー・フレミングが,コンタミネーションしたアオカビから,世界初の抗生物質となるペニシリンを発見したことは有名であるが,そのようなセレンディピティで見つけることのできる薬の種は,すでに見つけ尽くされ,現在は確率の読めないセレンディピティに頼るのではなく,先行例があり,小さくてもある程度成功が見込める無駄のない合理的な創薬を計画して実施する方法が主流になりつつあるというのが一般的なのかもしれない.しかし,筆者はそうは思っていない.ゲノム創薬の時代になろうとも,その時々の最先端の技術を使ったとしても,一番先に全く新しいモノを見つけるためには“勘”が必要である.“勘”による新しい薬の発見は,金鉱探しにもたとえられるが,それは決して当てずっぽうではなく(おそらく金鉱探しも同様にそうではない),自らの努力と経験に基づき,いかに与えられたチャンスを逃さず,誰よりも早く,真っ先に拾い上げる感性をもつかであると思っている.残念ながら,医薬品として開発に成功したものは限られるが,筆者の研究人生では,そのようなセレンディピティで実際に多くの新奇(ユニークな)構造をもった新規化合物と出会うことができた.その代表例として,本稿では抗腫瘍剤FK228の発見(1)1) H. Ueda, H. Nakajima, Y. Hori, T. Fujita, M. Nishimura, T. Goto & M. Okuhara: J. Antibiot. (Tokyo), 47, 301 (1994).の例を紹介したい.

FK228(図1図1■FK228の構造:新規抗腫瘍剤イストダックス: FK228の構造)は,イストダックス(一般名:ロミデプシン)の発見当時の藤沢薬品工業での開発番号(Fujisawa Kaihatsu)である.イストダックスは,ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の阻害活性をもった再発または難治性の末梢性T細胞リンパ腫に対する抗腫瘍剤であり(名前の由来:Histone Deacetylase-inhibitor),HDACの阻害によりクロマチンの不安定化を誘導し,腫瘍細胞の細胞周期を停止,およびアポトーシスを誘導することで,抗腫瘍活性を示すと考えられている.

図1■FK228の構造:新規抗腫瘍剤イストダックス

本化合物は発見した藤沢薬品では米国でフェーズ2aまで実施したが,抗がん領域は当時の藤沢薬品の重点領域ではなかったことから最終的にGloucester社に導出した.Gloucester社は米国においてイストダックスの開発を続け,FDAから,非ホジキンリンパ腫の治療薬として,オーファンドラッグおよびファーストトラックの対象医薬品として指定を受けた.また,欧州医薬品審査庁(EMA)も,CTCLおよびPTCLの治療薬としてイストダックスをオーファンドラッグ指定している.その後,Gloucester社はCelgene社に買収され,イストダックスは2017年7月から日本国内でも承認された(セルジーン株式会社).発見した藤沢薬品自身でこの抗腫瘍剤を上市できなかったことは誠に残念であるが,米国,韓国,オーストラリア,カナダ,イスラエルなどの諸外国および日本においても筆者がこの手で見つけた薬が販売され,がん領域の治療に貢献できることはたいへん喜ばしいと思っている.また,医薬品を体内での動態を改善するためにプロドラッグ化(代謝されてから作用を及ぼすタイプの薬に化学合成誘導体化)することはよく知られているが,イストダックスは活性をもたないリジットな三角錐様構造により細胞内に容易に侵入し,細胞内でglutathioneなどで,その構造中のS–S結合が還元開環することによって初めて強力なHDACの阻害活性を示すという(2)2) R. Furumai, A. Matsuyama, N. Kobashi, K. H. Lee, M. Nishiyama, H. Nakajima, A. Tanaka, Y. Komatsu, N. Nishino, M. Yoshida et al.: Cancer Res., 62, 4916 (2002).,予期しない“すでにプロドラッグ化された天然物”として単離されたという点においても非常にユニークである.このように,FK228はまさにセレンディピィティの賜物と言えるものである.

図2■クロマチン構造とFK228の作用ポイント

図3■FK228によるHDAC阻害の機序(文献2より)

自治医科大学造血発生研究所

どの様にしてFK228の発見につながるアッセイ系構築の発想に至ったのか,そのきっかけとなった話から始めたい.藤沢薬品工業に入社した筆者は,当時の上司である奥原正國氏(現 会社顧問)のありがたい配慮により,ご友人の自治医科大学の故斎藤政樹先生を紹介していただき,1984年末から1986年初頭まで,会社の研究所を飛び出して,栃木県の同大学造血発生研究所へ留学することができた.その留学期間に,その当時としては最先端の技術であったNIH/3T3細胞を用いた血液がん細胞からのがん遺伝子探索の研究法を学ぶことができた.また,自治医科大学には多くの白血病の患者が集まっており,企業の研究室にこもっていては絶対聞くことのできない患者の病理診断研究報告を臨床の現場でいろいろと聞くことができた.それまでがん細胞は,研究室における株化白血病細胞の取り扱い経験から,比較的短い細胞周期を有しているという感覚をもっていたのだが,実際の人の体の中で発生した血液のがん細胞は,想像していたのとは全く異なり,正常細胞よりも細胞周期は長く,早く増殖していないことに驚かされた.また,たった一つのがん遺伝子の発現で,がん細胞は一気に悪性化して,患者さんの症状が悪くなることを示すようなデータにも出会った.

FK228とのセレンディピティな出会い

留学を終えて藤沢薬品の研究所に戻ってから,留学時に得た研究および臨床の知見をもとに,配属されたがんグループで,その当時主流であった増殖をターゲットにするのではなく(がん細胞は早く増殖していない),がん遺伝子をターゲットとした(一つのがん遺伝子で形質が大きく変化する)スクリーニングテーマを提案した.

写真1■当時の藤沢薬品筑波研究所のがんグループのメンバー

筆者は右端:藤沢薬品の広報紙より

アッセイ方法としては,当時,慶応大学泌尿器科学におられた橘政昭先生からいただいた膀胱がん細胞から得られた遺伝子(Ha-rasを含む)をNIH3T3細胞に発現させて,細胞を形質転換させた.その形質転換を元に戻すものが,がん遺伝子の作用を止める新しい抗腫瘍剤になりうると仮定してランダムスクリーニングを検討した.がん株化細胞の形態変化を指標としたスクリーニングはすでに社内でいくつか実施されていたことから,やり尽くされたテーマの一つとして研究所内ではあまり期待されていなかったと思っている.また,がん遺伝子による形質転換細胞を用いたアッセイ系は,当時の社内では初めてであったことから,多くの許可申請書類と説明を必要とした記憶がある.

重要なポイントは,どの形質に着目したスクリーニング系とするかであった.形質としては,血清非依存増殖能や足場非依存増殖能,接触阻害喪失など,いろいろな指標が使えたが,細胞を用いた“形態変化”(正常細胞:フラット,形質転換細胞:スピンドル)が,多くの成分を含む微生物由来の抽出サンプルを用いた天然物のスクリーニングに最も適していると考えた.

図4■スクリーニングの指標の選択

また,天然物のスクリーニングの対象として一般的だった放線菌や真菌類のサンプルではなく,当時あまり使われてなかったバクテリアのサンプルをあえて優先して使用したことも,いち早い目的化合物の発見につながったと思っている.

ポジティブコントロールのないスクリーニングのため,悶々と毎日顕微鏡と向き合う日々を過ごした結果,ついに形質転換により生じた形質形態変化を元に戻す理想の活性を示すサンプルを見いだすことができた.その生産菌が山形県の土壌から分離したWB968(Chromobacterium violaceum)である.

写真2■FK228生産菌WB968の電子顕微鏡写真

生産菌の安全性についての情報がなかったため,たまたま滅菌のため行った熱処理(オートクレーブ)したWB968の培養液の熱水抽出液から,溶媒抽出やカラムクロマトグラフィーなどにより,効率よく活性物質FK228を精製・単離・結晶化することができた.当時のFK228のマウスがんモデルの評価において(3)3) H. Ueda, T. Manda, S. Matsumoto, S. Mukumoto, F. Nishigaki, I. Kawamura & K. Shimomura: J. Antibiot. (Tokyo), 47, 315 (1994).,既存の抗がん剤への耐性株に対する効果や,腫瘍が大きくなってからの後投与時の抗腫瘍効果など,これまでの抗がん剤とは全く異なる感触を手にしており,“私自身の手で全く新しい抗腫瘍剤を発見したに違いない!”というワクワク感を覚えたことはいまだに忘れられない.

写真3■FK228の単離結晶

セレンディピティを呼び込むアッセイ系

筆者は,当時,天然物のスクリーニングを起案する際には,他者のやらないこと(実際には,かつて誰かがやったかもしれないが,新しい切り口と感性で取り組むこと)をモットーとしていた.一つは,よりin vivoに近い系で行うことである.筆者の得意な動物処置技術に,マウスからの心臓採血がある.最高スピードで1分あたり約2匹のマウスからほぼ全血の1.0 mLの採血ができる.この技術を用いて,午前中に薬剤投与したマウス200匹から,午後には全匹のマウスから採血するというスクリーニングを行ったこともあった.もちろんマウスだけでなく,ゼブラフィッシュやカイコを用いたスクリーニング系も推進した.FK228を見いだしたアッセイ系は,in vitroの実験系ではあるが,酵素アッセイやバインディングアッセイとは異なり,生きた細胞を用いる全細胞系(Whole Cell Assay)で,よりin vivoで起きていると想定したがん化を反映させた系である.もう一つは,in vitroの系にこだわることである.幸い動物細胞培養技術に関しては多くの経験を有していたので,ほかの研究者が思いつかないような系もいくつか行った.一例を示すと,1サンプルに対して,一つのアッセイ系ではなく,複数のアッセイ系における応答性をフィンガープリントとして,そのパターンで特徴のあるサンプルを選び出す方法である.この方法で,新しい免疫抑制効果があり,極めて珍しい構造をもつFR252921を見いだすことができた(4)4) K. Fujine, M. Tanaka, K. Ohsumi, M. Hashimoto, S. Takase, H. Ueda, M. Hino & T. Fujii: J. Antibiot. (Tokyo), 56, 55 (2003).

天然物の医薬品として高い蓋然性(Druggability)

長い自然淘汰の歴史を経た現在でも存在している微生物の二次代謝生産物は,決して意味のないものではなく,医薬品としての大いなるヒントをわれわれに提供してくれる存在であるといってもよいのではないかと思う.それは微生物の二次代謝産物などの天然物が,40億年にわたる悠久の生物進化の競争の中で,最もスマートに最適化されてきたからである.天然物のスクリーニングは,サンプル調製やアッセイ系の工夫が必要で,そのコストパフォーマンスの悪さから,近年多くの企業が撤退あるいは縮小を余儀なくされている.もちろん,筆者が在籍したアステラス製薬(山之内製薬と藤沢薬品工業が合併し発足)でも,研究体制再編の一環として,自社での醗酵創薬研究(天然物からの医薬探索)からは撤退している.しかし,その天然物から得られる化合物は,優秀なメディシナルケミストが束でかかっても,その想像をはるかに超える構造(骨格)と生理活性機能を提示してくれるありがたい存在である.人が何でもできると驕ることなく,天然物からの情報を上手く利用できる人材が今後も育ってくれることを心から望んでいる.

これからの創薬イノベーションの展望

10年以上の年月と,数百億円もの開発費をかけて,創薬に成功し,美味しい果実(高い収益)を受け取る構図から,製薬業はハイリスクハイリターンの産業と言われており,儲かる薬の種を探して,バイオベンチャー企業やアカデミアをも巻き込んだオープンイノベーションも盛んである.一方で,市場規模が拡大したものや効能追加が承認された医薬品については,薬価の年4回の見直しも検討されており,決して薬はハイリターンと言えなくなってきている.さらに医薬品は原価率が抑えられた低分子化合物から,特殊な遺伝子組換え技術や動物細胞培養技術が必要な,抗体医薬や細胞薬などのバイオ製品の割合が増えつつある.従来の化学合成反応による製造よりも,はるかに高い製造コストが必要である.医療保険財政が厳しくなる中で,特に医薬品に対しては,抗体薬の様な高額医薬品の登場が議論の引き金になって,費用対効果の概念が導入されようとされている(日本版NICE).すなわち,将来非常に効果の高い薬でもあまりにも高価なものは敬遠されていく可能性もあり,新薬創出加算の考え方とは逆行するものである.実際には,国民医療費に占める薬剤費は20%程度に過ぎなく,医療費の増大の原因は,高齢化や医療技術の高度化が主な原因であると思われる.しかし残念なことに,高い収益を上げている製薬会社は古くから多くの映画などの物語の中で“悪者”扱いされており,医薬品が医療費削減のターゲットにされるのは必至である.高価格医薬品の代表であるバイオ医薬品の製造コストは技術革新によって多少は下がっていくと思われるが,もはや理想の薬を自由に思い浮かべて,最もよいモダリティで研究開発するのではなく,費用(薬価に,入院費用や検査)と効果(生活の質を考慮した生存年=QALY:質調整生存年など)を分析し,さらに社会的影響などを加味した総合的評価の上で,将来のニーズを描き,それを改善する複数のアプローチの中で,創薬テーマを選択する時代になったと言えよう.

それでも,若いうちに,幅広い学識(学際)と大胆な発想を元に,経済性評価の枠を超えて大きなチャレンジをすることも重要である.全く新しいカテゴリーの市場創造型のイノベーションを起こすとき,そのプロジェクトの初期に行った経済性評価は大概外れるものである.特にテーマ選定において,比較的制約がないアカデミアから出てくるシーズは,意外なアンメットニーズを満たすことがわかり,適切なサポートの下,死の谷やダーウィンの海を超えて,医療経済の中で認知され事業化までたどり着けるかもしれない.そのような研究は,企業内の研究所や株式上場,M&AなどのExitを目指す従来のバイオベンチャーでは難しいのではないかと思う.筆者は現在,つくば国際戦略総合特区の推進活動の一つとして,つくば地域のライフサイエンス領域の研究機関等約40団体をつなぐ“つくばライフサイエンス推進協議会(TLSK)”(6)6) つくばライフサイエンス推進協議会:http://tsukuba-gi.jp/lifescience/の事務局を担当している. 本特区では,将来を見据えて,糖鎖特異的に結合するタンパク質であるレクチンを新しい薬物キャリアとする薬物融合体や,外科手術で取った患者自身のがん組織から作製するオーダーメイドのがんワクチンなど,費用対効果の優れた薬剤の開発も推進している.

筆者が在住するつくば市は,国の研究機関の約半分が集積し,2万人以上の研究者と8千人以上の学位取得者が集まっている国内でもかなり珍しい研究都市である.この地域の眠れる新しい,若い資源を動かすことがつくばの地方創生につながると常日頃考えている.そこで,かつて製薬会社の研究者であったとき,異なる製薬会社間で天然物創薬部門の連携を育んだCRDD-SNAP創設の経験(5)5) 新井好史,上田博嗣,田端祐二:バイオサイエンスとインダストリー,69, 492 (2011).に基づき,研究者の説明能力を磨くとともにフリースタイルの連携を模索する“ピッチ会”や,産学官の40歳未満の若い研究者間の横軸を通す仕組みである“若手交流会”を定期的に企画・開催している.これらのイベントを通して,それぞれ研究者の学問の領域や人のつながりを広げることにより,つくばにあるシーズやニーズを結び付けたり,資金を呼び込んだりして,新たなイノベーション事業を共創のもと生み出せるつくば独自のエコシステムの形成を目指している.これらの“しかけ”により,将来つくば発のユニークなイノベーションが次々と生みだされてくるのを今から楽しみにしている.

Reference

1) H. Ueda, H. Nakajima, Y. Hori, T. Fujita, M. Nishimura, T. Goto & M. Okuhara: J. Antibiot. (Tokyo), 47, 301 (1994).

2) R. Furumai, A. Matsuyama, N. Kobashi, K. H. Lee, M. Nishiyama, H. Nakajima, A. Tanaka, Y. Komatsu, N. Nishino, M. Yoshida et al.: Cancer Res., 62, 4916 (2002).

3) H. Ueda, T. Manda, S. Matsumoto, S. Mukumoto, F. Nishigaki, I. Kawamura & K. Shimomura: J. Antibiot. (Tokyo), 47, 315 (1994).

4) K. Fujine, M. Tanaka, K. Ohsumi, M. Hashimoto, S. Takase, H. Ueda, M. Hino & T. Fujii: J. Antibiot. (Tokyo), 56, 55 (2003).

5) 新井好史,上田博嗣,田端祐二:バイオサイエンスとインダストリー,69, 492 (2011).

6) つくばライフサイエンス推進協議会:http://tsukuba-gi.jp/lifescience/