Kagaku to Seibutsu 56(3): 217-221 (2018)
特集
抗腫瘍剤FK228の発見経験とつくばでのイノベーション
Published: 2018-02-20
無駄な実験をしない合理的な創薬手法が主流となった現在でも,セレンディピティで薬の種を見つけることは可能であると思っている.しかし,そのためには,いかに与えられたチャンスを逃さず,誰よりも早く拾い上げる感性をもって創薬に臨むかが重要である.筆者のセレンディピティ創薬の成功例として,2017年に日本でも承認されたヒストン脱アセチル化の阻害活性をもった抗腫瘍剤FK228(イストダックス:一般名ロミデプシン)の発見経緯と当時のスクリーニングの姿勢を回顧し紹介したい.また,私見となるが,これからの創薬イノベーションの展望と,つくば地区におけるイノベーションを起こす最近の取り組みについてもあわせて紹介する.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
世界的な医学賞で後にノーベル賞を受賞する研究者も多いガードナー国際賞の受賞者に東京農工大学特別栄誉教授の遠藤章先生が選ばれ,心からお祝いを申し上げたい.遠藤先生には,筆者が藤沢薬品の醗酵研究所に在籍していたときに,つくばの研究所にお越しいただき,コンパクチン(スタチン)の発見のエピソードを伺ったことがある.その時,大型ブロックバスターとなったスタチンを生み出すのに,先生の多大なるご尽力とご苦労があったことを知った.筆者が研究者だったときに行った研究の種類と質は,遠藤先生の足元にも及ばないが,ちょうどこの原稿を書き始めた直前に,筆者が発見した抗腫瘍剤が日本においても承認されたので,よい機会と思い,執筆させていただいた.
アレクサンダー・フレミングが,コンタミネーションしたアオカビから,世界初の抗生物質となるペニシリンを発見したことは有名であるが,そのようなセレンディピティで見つけることのできる薬の種は,すでに見つけ尽くされ,現在は確率の読めないセレンディピティに頼るのではなく,先行例があり,小さくてもある程度成功が見込める無駄のない合理的な創薬を計画して実施する方法が主流になりつつあるというのが一般的なのかもしれない.しかし,筆者はそうは思っていない.ゲノム創薬の時代になろうとも,その時々の最先端の技術を使ったとしても,一番先に全く新しいモノを見つけるためには“勘”が必要である.“勘”による新しい薬の発見は,金鉱探しにもたとえられるが,それは決して当てずっぽうではなく(おそらく金鉱探しも同様にそうではない),自らの努力と経験に基づき,いかに与えられたチャンスを逃さず,誰よりも早く,真っ先に拾い上げる感性をもつかであると思っている.残念ながら,医薬品として開発に成功したものは限られるが,筆者の研究人生では,そのようなセレンディピティで実際に多くの新奇(ユニークな)構造をもった新規化合物と出会うことができた.その代表例として,本稿では抗腫瘍剤FK228の発見(1)1) H. Ueda, H. Nakajima, Y. Hori, T. Fujita, M. Nishimura, T. Goto & M. Okuhara: J. Antibiot. (Tokyo), 47, 301 (1994).の例を紹介したい.
FK228(図1図1■FK228の構造:新規抗腫瘍剤イストダックス: FK228の構造)は,イストダックス(一般名:ロミデプシン)の発見当時の藤沢薬品工業での開発番号(Fujisawa Kaihatsu)である.イストダックスは,ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の阻害活性をもった再発または難治性の末梢性T細胞リンパ腫に対する抗腫瘍剤であり(名前の由来:Histone Deacetylase-inhibitor),HDACの阻害によりクロマチンの不安定化を誘導し,腫瘍細胞の細胞周期を停止,およびアポトーシスを誘導することで,抗腫瘍活性を示すと考えられている.
本化合物は発見した藤沢薬品では米国でフェーズ2aまで実施したが,抗がん領域は当時の藤沢薬品の重点領域ではなかったことから最終的にGloucester社に導出した.Gloucester社は米国においてイストダックスの開発を続け,FDAから,非ホジキンリンパ腫の治療薬として,オーファンドラッグおよびファーストトラックの対象医薬品として指定を受けた.また,欧州医薬品審査庁(EMA)も,CTCLおよびPTCLの治療薬としてイストダックスをオーファンドラッグ指定している.その後,Gloucester社はCelgene社に買収され,イストダックスは2017年7月から日本国内でも承認された(セルジーン株式会社).発見した藤沢薬品自身でこの抗腫瘍剤を上市できなかったことは誠に残念であるが,米国,韓国,オーストラリア,カナダ,イスラエルなどの諸外国および日本においても筆者がこの手で見つけた薬が販売され,がん領域の治療に貢献できることはたいへん喜ばしいと思っている.また,医薬品を体内での動態を改善するためにプロドラッグ化(代謝されてから作用を及ぼすタイプの薬に化学合成誘導体化)することはよく知られているが,イストダックスは活性をもたないリジットな三角錐様構造により細胞内に容易に侵入し,細胞内でglutathioneなどで,その構造中のS–S結合が還元開環することによって初めて強力なHDACの阻害活性を示すという(2)2) R. Furumai, A. Matsuyama, N. Kobashi, K. H. Lee, M. Nishiyama, H. Nakajima, A. Tanaka, Y. Komatsu, N. Nishino, M. Yoshida et al.: Cancer Res., 62, 4916 (2002).,予期しない“すでにプロドラッグ化された天然物”として単離されたという点においても非常にユニークである.このように,FK228はまさにセレンディピィティの賜物と言えるものである.
どの様にしてFK228の発見につながるアッセイ系構築の発想に至ったのか,そのきっかけとなった話から始めたい.藤沢薬品工業に入社した筆者は,当時の上司である奥原正國氏(現 会社顧問)のありがたい配慮により,ご友人の自治医科大学の故斎藤政樹先生を紹介していただき,1984年末から1986年初頭まで,会社の研究所を飛び出して,栃木県の同大学造血発生研究所へ留学することができた.その留学期間に,その当時としては最先端の技術であったNIH/3T3細胞を用いた血液がん細胞からのがん遺伝子探索の研究法を学ぶことができた.また,自治医科大学には多くの白血病の患者が集まっており,企業の研究室にこもっていては絶対聞くことのできない患者の病理診断研究報告を臨床の現場でいろいろと聞くことができた.それまでがん細胞は,研究室における株化白血病細胞の取り扱い経験から,比較的短い細胞周期を有しているという感覚をもっていたのだが,実際の人の体の中で発生した血液のがん細胞は,想像していたのとは全く異なり,正常細胞よりも細胞周期は長く,早く増殖していないことに驚かされた.また,たった一つのがん遺伝子の発現で,がん細胞は一気に悪性化して,患者さんの症状が悪くなることを示すようなデータにも出会った.
留学を終えて藤沢薬品の研究所に戻ってから,留学時に得た研究および臨床の知見をもとに,配属されたがんグループで,その当時主流であった増殖をターゲットにするのではなく(がん細胞は早く増殖していない),がん遺伝子をターゲットとした(一つのがん遺伝子で形質が大きく変化する)スクリーニングテーマを提案した.
アッセイ方法としては,当時,慶応大学泌尿器科学におられた橘政昭先生からいただいた膀胱がん細胞から得られた遺伝子(Ha-rasを含む)をNIH3T3細胞に発現させて,細胞を形質転換させた.その形質転換を元に戻すものが,がん遺伝子の作用を止める新しい抗腫瘍剤になりうると仮定してランダムスクリーニングを検討した.がん株化細胞の形態変化を指標としたスクリーニングはすでに社内でいくつか実施されていたことから,やり尽くされたテーマの一つとして研究所内ではあまり期待されていなかったと思っている.また,がん遺伝子による形質転換細胞を用いたアッセイ系は,当時の社内では初めてであったことから,多くの許可申請書類と説明を必要とした記憶がある.
重要なポイントは,どの形質に着目したスクリーニング系とするかであった.形質としては,血清非依存増殖能や足場非依存増殖能,接触阻害喪失など,いろいろな指標が使えたが,細胞を用いた“形態変化”(正常細胞:フラット,形質転換細胞:スピンドル)が,多くの成分を含む微生物由来の抽出サンプルを用いた天然物のスクリーニングに最も適していると考えた.