特集

メバロン酸の発酵生産研究とその応用

小池 誠治

Seiji Koike

株式会社ADEKAライフサイエンス材料研究所

Published: 2018-02-20

このたびの遠藤 章先生のガードナー賞のご受賞,誠におめでとうございます.遠藤先生はコレステロール低下剤のみならず,東京農工大学にご在籍の間,「歯磨きガム」に利用された歯垢形成阻害剤や,細胞分離・分散を容易にするコラゲナーゼなど,産業利用された数々の研究業績を残されている.その中で,筆者が遠藤先生の門下生として始めたメバロン酸の発酵生産研究も企業化されており,歴史のあるメバロン酸の発見から量産化までの経緯,素材としてのメバロン酸の利用およびメバロン酸発酵技術の新しい応用例について紹介する.

はじめに

メバロノラクトンはメバロン酸が分子内エステル(ラクトン)化した物質(図1図1■メバロノラクトンおよびメバロン酸の構造)であり,水溶液中では容易に加水分解してメバロン酸となる.ここでは特に指定する場合を除いてメバロノラクトンを含めて,メバロン酸という表現で話を進める.メバロン酸は,分子内に不斉炭素をもつ光学活性物質であり,2種類の異性体が存在するが,生理的に利用可能で天然に存在する異性体はR(−)体である(1)1) M. Eberle & D. Arigini: Helv. Chim. Acta, 43, 1508 (1960).

図1■メバロノラクトンおよびメバロン酸の構造

メバロン酸は発見以来,イソプレノイド生合成の重要な中間体として基礎研究が精力的に行われ,多くの知見が得られている.メバロン酸由来の重要な生体物質であるコレステロール代謝の研究では,全く新しいタイプのコレステロール低下剤が1987年以降実用化され,1985年にはM. S. Brown and J. L. Goldsteinがノーベル生理学・医学賞を受賞する研究も生まれている.

遠藤先生とメバロン酸を生産する微生物の探索を開始した1986年当時,研究試薬としてメバロノラクトンは入手可能であったが,これは化学合成されたラセミ体のメバロノラクトンであり,S(+)体の体内動態は不明のままであった.物質としてのメバロン酸については,動植物細胞中や血液中,醗酵食品中など生物界に広く存在することが確認されており,生理的に有用な天然型のメバロン酸を入手するためには微生物または動植物から精製する必要があったが,存在濃度(たとえばヒトの血中濃度は2~10 ng/mL,比較的大量に含まれるワインやビール中でも0.4~1.0 µg/mLとされている(2)2) G. Popják, G. Boehm, T. S. Parker, J. Edmond, P. A. Edwards & A. Fogelman: J. Lipid Res., 20, 716 (1979).)が低いことから利用可能な量を入手することは事実上困難であった.

メバロン酸の発見と発酵生産研究

1. 発見の経緯

メバロン酸は,1956年,乳酸菌の一種である火落菌が繁殖して清酒が白濁,酒質が下がる現象“火落ち”の原因物質(火落酸)として,東京大学の田村學造先生により発見された(3)3) G. Tamura: J. Gen. Appl. Microbiol., 2, 431 (1956)..同年,米国メルク社のSkeggsらもウィスキーの蒸留廃液中に乳酸菌(Lactobacillus acidophilus)の酢酸に代わる生育因子としてメバロン酸を発見し(4)4) H. R. Skeggs, L. D. Wright, E. L. Cresson, G. D. E. MacRae, C. H. Hoffman, D. E. Wolf & K. Folkers: J. Bacteriol., 72, 519 (1956).,後年,火落酸とメバロン酸は同一物質であることが確認されている(5)5) G. Tamura & F. Folkers: J. Org. Chem., 23, 772 (1958)..米国メルク社の研究陣は,メバロン酸がコレステロール生合成の重要な中間体であることを示した(6)6) P. A. Tavormina, M. H. Gibbs & J. W. Huff: J. Am. Chem. Soc., 78, 4498 (1956).ほか,1964年に“コレステロール,脂肪酸の代謝と調節の機構に関する研究”でノーベル医学生理学賞を受賞したBlochとLynenは,その受賞講演で,代謝経路の解明はメバロン酸の発見をきっかけとして,前後の代謝系が順次明らかにされたとも言えるほど重要な鍵中間体であったと述べたということである(7)7) 山崎眞狩:近代日本の創造史,3, 12 (2007).

2. 発酵生産研究

メバロン酸を発見した田村先生は,黄麹菌(Aspergillus oryzae)の培養液からメバロン酸を精製して構造を決定したが,その後の研究で,A. oryzae以外の多くのカビや酵母類もメバロン酸を生産することを見いだし,その中でEndomycopsis fibuliger IAM4347が最も多く培養液中にメバロン酸を蓄積する(0.939 g/L)と報告した(8)8) G. Tamura, K. Ando, K. Kodama & K. Arima: Appl. Microbiol., 16, 965 (1968).

筆者らは遠藤先生のご指導の下,1986年からメバロン酸の発酵生産研究を開始した.カビや酵母(500株以上)のメバロン酸の生産性を調べた結果,培養液1 Lあたり0.1 g以上のメバロン酸を蓄積する酵母9株を見いだした(9)9) S. Koike, S. Murakawa & A. Endo: J. Ferment. Bioeng., 68, 58 (1989)..その中で最もメバロン酸の生産性が高かったSaccharomycopsis fibuligera IFO 0107を用い,培地に加える窒素源,炭素源の添加方法,界面活性剤による菌体外へのメバロン酸の分泌促進等の工夫を加えた培養方法により,培養液1 Lあたり8.3 gのメバロン酸が蓄積され,工業生産が可能な水準に達した(図2図2■S. fibuligera IFO0107のメバロン酸発酵生産の様子(文献9より一部改変)).メバロン酸は,その代謝系において,3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)からHMG-CoA還元酵素の働きで生成し,メバロン酸キナーゼにより5-ホスフォメバロン酸に変換される.IFO0107株について,これらの酵素活性を調べたところ,HMG-CoA還元酵素の活性が一般的な酵母よりも20倍以上高く,メバロン酸キナーゼの活性は4分の1以下となっていることがわかり(表1表1■各種酵母のメバロン酸の合成と代謝にかかわる酵素の活性比較9)9) S. Koike, S. Murakawa & A. Endo: J. Ferment. Bioeng., 68, 58 (1989).),メバロン酸の合成と代謝にかかわる酵素活性の差がメバロン酸の高生産性の要因と考えられた.

図2■S. fibuligera IFO0107のメバロン酸発酵生産の様子(文献9より一部改変)

●:メバロン酸濃度,〇:酵母菌体の乾燥重量,▲:培地からグルコースが消失した時点で,グルコースをフィードした.

表1■各種酵母のメバロン酸の合成と代謝にかかわる酵素の活性比較9)
酵母菌株酵素活性(nmol/min/mg-protein)R/K*
HMG-CoA還元酵素メバロン酸キナーゼ
S. fibuligera IFO01074.580.0765
S. cerevisiae W-141.760.325.5
S. lipolytica IFO15500.210.270.8
*値は,酵素活性の比率(HMG-CoA還元酵素/メバロン酸キナーゼ)

S. fibuligera IFO 0107によるメバロン酸の工業生産検討を進める一方,メバロン酸の高生産株の探索も継続し,山下らはIFO0107株よりも高い,培養液中のメバロン酸濃度を19 g/Lまで上げられる高生産性の酵母S. fibuligera(ADK 8107, ADK 8108)を見いだした(10)10) 特許公報第2792600号.後に,これら菌株の特徴を調べたところ,遠藤先生が開発されたコンパクチン(ML-236B)が高濃度に存在しても生育できる,メバロン酸の合成系が強い酵母と考えられた(表2表2■S. fibuligera IFO0107とADK 8107のML-236B耐性比較11)11) 山下治之:Fragrance J., 2, 62 (2000).).山下らは大型発酵槽による量産化にも成功して,1999年に旭電化工業㈱(現・㈱ADEKA)から製品『アデカメバロノラクトン』が販売されるに至った.

表2■S. fibuligera IFO0107とADK 8107のML-236B耐性比較11)
菌株ML-236B濃度(mg/mL)
00.0040.030.2
ADK8107100989586
IFO010710078292
IFO1745(コントロール)10065151
グルコース0.5%を含む炭素化合物同化培地(Bacto-yeast nitrogen base)5 mLに25℃,7日間静置培養し,660 nmの吸光度を測定した.結果はML-236B無添加の場合の相対値を示す.

メバロン酸および発酵技術の利用

メバロン酸は,その発見が乳酸菌の生育因子であり,微生物学的な性質はかなり異なるが腸内の有用細菌であるビフィズス菌に対しても増殖促進効果が認められている(11)11) 山下治之:Fragrance J., 2, 62 (2000)..ユビキノン,ドリコール,脂溶性ビタミンなど各種イソプレノイド化合物の生産や合成原料として,また天然型のメバロン酸の特性,光学純度を利用した農薬や医薬品,液晶材料などへの利用も期待されている(12)12) 特許公報第2876541号,ここでは,メバロン酸の産業の原料として使用されている利用例,メバロン酸生産酵母を利用した研究用試薬や有用物質生産研究を紹介したい.

1. 皮膚の老化防止効果のある化粧品

コレステロールは細胞膜の物質代謝にとって重要な物質であり,生命維持に必須な物質である.皮膚ではセラミド,脂肪酸,コレステロールにより形成されるラメラ構造が皮膚のバリア機能に重要な役割を担っている(13)13) 国際商業,32, 56 (1999)..特に,コレステロールは細胞間脂質がバリア機能を発揮する上で重要な役割をもっており,表皮でのコレステロール合成能が低下すると肌荒れからの回復力が低下すると考えられる.これが,皮膚においてコレステロールが重要な役割を果たしている理由であり,皮膚のコレステロール合成能を上げることが課題であった.

原武らは,老齢マウスを用いて,低下した皮膚のコレステロール合成能がメバロン酸を塗布することにより活性化されることを明らかとした(図3図3■老齢マウスの表皮におけるメバロン酸のコレステロール).さらに,皮膚からの水分蒸散量を調べて保湿力を比較したところ,メバロン酸を塗布することで水分蒸散が抑えられ,若齢マウスと同じレベルまで水分蒸散量が回復しており,明らかな肌のバリア機能の強化効果が認められた(14)14) A. Haratake, K. Ikenaga, N. Katoh, H. Uchiwa, S. Hirano & H. Yasuno: J. Invest. Dermatol., 114, 247 (2000)..コレステロールの塗布でも皮膚からの水分蒸散は抑えられるが,メバロン酸と同じ効果を出すには10倍量以上の塗布が必要であること,また皮膚のHMG-CoA還元酵素活性はメバロン酸の塗布のみで増加していることも明らかとなり,メバロン酸が皮膚のバリア機能を高める有効な保湿剤であることがわかった.これらの研究成果を元に,1999年,鐘紡㈱(現・花王㈱)からメバロン酸を配合した新しい化粧品が開発された.

図3■老齢マウスの表皮におけるメバロン酸のコレステロール

生合成能の向上効果(文献14より一部改変).p<0.10, *p<0.05

その後,前田らが,表皮角化細胞および三次元培養皮膚モデルを用いた試験において,メバロン酸が遊離脂肪酸の増加,Peroxisome proliferator-activated receptor(PPAR)の活性化など表皮の脂質代謝に影響を与え,層板顆粒(ラメラ顆粒)の形成を促進することにより表皮バリア機能を向上させる機構(図4図4■メバロン酸の角層バリア機能向上メカニズム(文献15より一部改変))を報告する(15)15) 前田憲寿:“美肌科学の最前線”,シーエムシー出版,2014, pp. 258–265など,メバロン酸について,肌を良好な状態に保つ機構の解明,製品開発が続いている.

図4■メバロン酸の角層バリア機能向上メカニズム(文献15より一部改変)

2. 標識メバロン酸の生産

メバロン酸発酵では,培地に炭素源としてグルコースを添加するが,炭素原子をすべてC-13安定同位体元素標識した[U-13C6]グルコースに置換して培養を行うことにより,100%近い標識率で標識メバロン酸を調製することができる.通常のC-13核磁気共鳴スペクトル(NMR)分析では,被験物質の炭素に1%程度含まれているC-13同位体を観測しているが,調製した標識メバロン酸を使用すると100倍近く測定感度が向上するとともにC–Cカップリングが観測され(図5図5■標識メバロン酸の13C-NMRスペクトル(東京農工大学川出洋教授より提供)),化学シフトと結合定数から容易に炭素の帰属が可能となる(16)16) 川出洋,山下治之:バイオサイエンスとインダストリー,65, 24 (2007).川出らは,調製した標識メバロン酸を原料として,標識率を下げることなく標識プレニル二リン酸が合成可能な独自の酵素カクテル技術を開発し,さらに多次元NMR解析を組み合わせた新しい生合成研究手法を提案している.この手法は,新規な生理活性ジテルペノイド化合物や代謝経路の発見にもつながっており(17)17) Y. Sugai, S. Miyazaki, S. Mukai, I. Yumoto, M. Natsume & H. Kawaide: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 128 (2011).,今後も,テルペノイド類に関する天然物化学研究の大きな発展への寄与が期待される.

図5■標識メバロン酸の13C-NMRスペクトル(東京農工大学川出洋教授より提供)

3. 有用テルペノイド生産

近年,テルペノイドを含む天然物の生合成経路が明らかになるにつれ,生合成遺伝子の情報をもとに有用天然物を生産する取り組みが行われるようになってきている(18)18) 恒松雄太,守屋史朗,渡辺賢二:化学と生物,50, 163 (2012)..竹花らはメバロン酸の生産性が高い酵母のHMG-CoA還元酵素の活性が高いことに着目し,酵素タンパクの特定の部位のアミノ酸配列が酵素活性に影響することを明らかとするとともに,同酵素を用いた有用テルペノイド化合物の効率的な生産の可能性を見いだしている(19)19) 再公表公報WO2015/156369.一例として,酵母S. fibuligeraからHMG-CoA還元酵素遺伝子を取り出した後,清酒酵母(Saccharomyces cerevisiae,協会701号)に組み込むことにより,元来,スクアレンをほとんど蓄積しない酵母のスクアレン生産量が飛躍的に増加したと報告している(図6図6■メバロン酸生産酵母の酵素遺伝子を利用した変異酵母取得によるスクアレンの増産19)).

図6■メバロン酸生産酵母の酵素遺伝子を利用した変異酵母取得によるスクアレンの増産19)

4. おわりに

メバロン酸の発見から60年,遠藤先生とメバロン酸生産菌の探索を開始してから30年が経過した.探索を始めた当時,メバロン酸の生合成を阻害するコレステロール低下剤の研究室で,逆にメバロン酸を大量に作ろうとする試みに「どうして?」と疑問の声を耳にしたことを覚えている.しかし,イソプレノイド合成の重要な生合成中間物質であるメバロン酸が量産化できたことにより,生体での機能評価が可能となり,生物や生体組織の健常性を維持する働きなど,新しい生理作用が発見され,産業上の利用にもつながっている.メバロン酸生産酵母および発酵技術は,新しい研究試薬との利用,有用テルペノイドの生産など,応用範囲がさらに拡がるものと期待される.遠藤先生と言えば「コレステロール低下剤の開発」が連想されるが,HMG-CoA還元酵素という一つの酵素のOnとOffを利用して有用な物質を生産する“魔術師”と言えるかもしれない.

本稿を終えるに際し,終始ご懇篤なご指導とご鞭撻を賜わった恩師,遠藤 章先生に謹んで深い感謝を捧げます.本研究は当社研究所および,山下治之博士(現・東京大学特任研究員)をはじめ多くの関係者の方々の協力により行ったものです.この場を借りて深く御礼申しあげます.

Reference

1) M. Eberle & D. Arigini: Helv. Chim. Acta, 43, 1508 (1960).

2) G. Popják, G. Boehm, T. S. Parker, J. Edmond, P. A. Edwards & A. Fogelman: J. Lipid Res., 20, 716 (1979).

3) G. Tamura: J. Gen. Appl. Microbiol., 2, 431 (1956).

4) H. R. Skeggs, L. D. Wright, E. L. Cresson, G. D. E. MacRae, C. H. Hoffman, D. E. Wolf & K. Folkers: J. Bacteriol., 72, 519 (1956).

5) G. Tamura & F. Folkers: J. Org. Chem., 23, 772 (1958).

6) P. A. Tavormina, M. H. Gibbs & J. W. Huff: J. Am. Chem. Soc., 78, 4498 (1956).

7) 山崎眞狩:近代日本の創造史,3, 12 (2007).

8) G. Tamura, K. Ando, K. Kodama & K. Arima: Appl. Microbiol., 16, 965 (1968).

9) S. Koike, S. Murakawa & A. Endo: J. Ferment. Bioeng., 68, 58 (1989).

10) 特許公報第2792600号

11) 山下治之:Fragrance J., 2, 62 (2000).

12) 特許公報第2876541号

13) 国際商業,32, 56 (1999).

14) A. Haratake, K. Ikenaga, N. Katoh, H. Uchiwa, S. Hirano & H. Yasuno: J. Invest. Dermatol., 114, 247 (2000).

15) 前田憲寿:“美肌科学の最前線”,シーエムシー出版,2014, pp. 258–265

16) 川出洋,山下治之:バイオサイエンスとインダストリー,65, 24 (2007)

17) Y. Sugai, S. Miyazaki, S. Mukai, I. Yumoto, M. Natsume & H. Kawaide: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 128 (2011).

18) 恒松雄太,守屋史朗,渡辺賢二:化学と生物,50, 163 (2012).

19) 再公表公報WO2015/156369