Kagaku to Seibutsu 56(3): 231-233 (2018)
思い出コラム
ガードナー賞受賞に寄せて
Published: 2018-02-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
遠藤先生の2017年ガードナー賞の受賞,心よりお祝い申し上げます.顕著な国際的な科学賞の受賞歴は既に絢爛を極めている感がありますが,このたびの受賞は「化学と生物」特別号の企画も伴い喜ばしい限りです.僭越ながら,遠藤研究室の門下生であった35年程前の記憶をたどりながら,今,綴っております.
三共より農工大に遠藤先生が異動されて約3年が経過した1982年に,小生は農芸化学科4年生になっておりました.学部卒研生として発酵学研究室に入門し,修士課程も含めて計3年間にわたり遠藤先生には御世話になりました.学部時代に一通りの遊びを覚えて座学劣等生に転落したために(遊興実学優等生?),修士課程の夏季入試では不合格をいただき,年度末の二次募集にて辛うじて拾っていただきました.当時は想像することもなかったのですが,この時期はスタチンの医薬品開発における最終段階に当たり,遠藤先生にはどのような情報や用務が集中し,どのような胸中にて研究室の指揮を執っておられたのかと興味が尽きません.いずれにせよ民間企業における偉業の実績があり,ほかの学内教官とは異なる雰囲気の遠藤先生が着座した研究室セミナーには張り詰めた空気が流れ,教室員一同は緊張の面持ちで参画していたことを思い出します.
研究室では土壌試料よりカビを単離し,その培養濾液から生理活性物質を探索する作業が日常的に行われていました.この工程における試験管内コレステロールまたは脂肪酸の生合成系を用いた阻害化合物の探索実験に小生は参入しておりました.国民全体的に勤勉であった当時は,ほぼ手作業の上記工程を所属学生は日々黙々とこなしたのですが,何故か研究室が牧歌的または情熱的な空気に支配されることもしばしばありました.カビ単離用の寒天培地作りではジャガイモを大量に煮出したものですが,ガーゼ濾過した残渣に野菜と塩コショー・マヨネーズを加えて,卒業生から届いた御中元のビールや日本酒を低温室よりもち出せば,研究室が瞬時にコンパ会場になりました.例年開催されていた研究室対抗のソフトボール大会などの折には,遂行中の実験を総て一端中断して,研究室員全員で試合に集中したものでした(写真1写真1■農工大農芸化学科1984年発酵学研究室メンバー).また,論文抄読セミナー終了後には,教官の面前で躊躇して質問できなかった学生とセミナー担当者の質疑応答が始まり,大学院生や企業研究生が参入して手掛けている研究課題での討論に進展し,さらにはアルコールも加わり研究室運営などに関する深夜に至る議論に発展することもたびたびありました.このような情景は当時普遍的に散見されたのですが,現在の大学環境からかなり消失しているものと実感しており,ノスタルジックな回想は尽きません.しかしながら,ここは学会誌ですので中断させていただき,記憶の中から学術にも通ずる2件のエピソードを以下に紹介いたします.
遠藤先生の別荘へ招待していただける夏季旅行では,比較的のんびりと車にて移動したものですが,学内では拝見できない遠藤先生の意外な一面に触れられる機会でもありました.気が向くままに数カ所に立ち寄り土壌採取したのですが,その折には地表からだけでなく,少し深部まで掘り起こしサンプリングせよと指示されました.至極当然なことながら,微細環境の変化により菌叢が変容することに配慮せよとの趣旨です.また,放線菌からは多数の抗生物質が見いだされていますが,カビを検索ソースとする事例は極めて少ないので,遠藤研究室では放線菌には手を出さずに,カビ培養液のみを検索するとの方針も伺いました.半ば遊戯として作業していた小生は,宝探しとも思える有用化合物の検索においても,継続的かつ緻密にオリジナルな実験系を整備・改善することで偶発的なチャンスを逃さないことが重要であるとともに,遠藤先生によるスタチン薬物第一号のコンパクチンの発見にもかなりの必然的要因があらかじめ張り巡らされていたことも気づかされました.
コンパクチン原末の入ったバイアル瓶と小さなビニール袋3つを手渡され,正確に分包するようにと遠藤先生より実験室内で指示されたこともありました.秤量して分包した試料を持参しますと,アメリカの○○大学の△△教授(残念ながら失念しています)からリクエストがあったので送付する試料であるとの説明を受けました.当時発表され始めていた欧米グループからの研究論文には,ブラウン・ゴールドシュタインによるコレステロール代謝研究(1985年ノーベル生理学・医学賞)への貢献に代表されるように,リクエストに応じて遠藤先生が分与したコンパクチンにより医学・生物学が発展した事実が記録されています.たとえば,コレステロール合成律速酵素HMG-CoAレダクターゼは,合成と分解により発現量がダイナミックに調節される小胞体膜貫通タンパク質であることが既に判明していますが,当時は精製法に依存して細胞質分画に酵素活性が回収されるため,そのタンパク化学的性質も不明瞭な状況でした.培養細胞を徐々に高濃度のコンパクチンに馴化させると,HMG-CoAレダクターゼを大過剰に発現するコンパクチン耐性株が樹立されます.この耐性株によりHMG-CoAレダクターゼの構造が究明されるとともに,その分解メカニズムの研究が発芽して,現在のSCAP/SREBPによる転写調節の研究に開花しています.まずは世界中からリクエストされるような独創的な有用化合物を発見することが前提ですが,理不尽とも思える大量リクエストにも大らかに対応された遠藤先生の度量の深さが印象的でしたし,その尽力により大発展した学術領域を驚愕しながら現在見つめている次第です.
白衣を脱ぎたくないとの想いで大学教官に転身したのだと当時伺ったこともあるですが,現在でも学会講演などを担当する遠藤先生の一貫した科学者としての姿勢には頭が下がります.2017年末にも生化学会・分子生物学会合周年会のプレナリーレクチャー「スタチンの発見と開発」の講演を担当され,近年の疫学解析により解明された広範囲なスタチンの健康増進効果に関する最新知見に至るまで丁寧に御発表いただきました.今後もご自愛いただきながら,学生や若手研究者に勇気を与え続けるご活躍を祈念しております.