Kagaku to Seibutsu 56(3): 233-235 (2018)
思い出コラム
遠藤先生とA. フレミング博士
Published: 2018-02-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
遠藤先生のガードナー賞ご受賞,誠におめでとうございます.
先生が東京農工大学教授でいらした1990年代半ばに,脂質代謝改善薬開発の共同研究をさせていただいたことが先生とお近づきになるきっかけでした.2007年5月,先生には,大阪府高槻市にあるJTの研究所で,スタチンの発見と治療への応用についてご講演いただきました.その際お泊りいただいたのは京都市内でした.先生は,学会等で京都へは何度も訪れたがゆっくり京都見物をすることがなかったとおっしゃったので,講演会の翌日の土曜日に京都をご案内しました.丁度五月の御所一般公開の期間でしたので紫宸殿や清涼殿の周囲をゆっくりご覧いただくことができました.サイエンスを離れてとてもリラックスしたご様子でした.御所のあとは市内北部の鞍馬寺にお連れしました.ご存じのように鞍馬は少年時代の源義経が天狗を相手に剣術の稽古をしたと言われる険阻な地です.さらに,木の根道と呼ばれるアップダウンの激しい尾根筋を,水の豊かな貴船神社まで歩いていただきました.秋田の里山が先生の幼いころの遊び場と伺っていましたのでその足取りの軽さに納得したところです.常にサイエンスと真摯に向き合ってこられた先生にはひと時それを忘れて古都の初夏を満喫いただけたのではないかと思っております.
先生の研究者としての夢を抱くきっかけとなったのはペニシリン発見のフレミング博士の伝記と伺っています.いまでも当時のその本を大事にされています.数年前のある時,自称「風景画家」でもある私が厚かましくも先生にお尋ねしました.「先生に私のスケッチをもらっていただきたいのですが,どこの風景をお描きしましょう?」先生は少しお考えになって「フレミング博士の肖像画を描いてもらえないか」ちょっとたたらを踏みました.フレミング博士は1955年にお亡くなりになっていますので,インターネットで博士の写真を探し,白衣以外の着衣の色など想像しながら水彩画に仕上げました.多分気に入ってくださったのでしょう.先生の東京農工大学内のオフィスの壁にかけてくださっています.もう一つ,遠藤先生とフレミング博士に関するエピソードを.先生がスタチンのご研究を完成され,東京農工大学にお移りになられた後のことです.フレミング博士への尊崇のお気持ちに突き動かされて,先生はイギリスのフレミング博士の生家をお訪ねになっています.ロンドンから北北西に500 kmほど.スコットランドのグラスゴーに近いロッホフィールドという村の農場に生家は現存しています.しかし見渡す限りの畑の中で人影も見えません.先生は生家の回りをしばらく巡って,そのあたりに咲き乱れていた黄色い花を数輪摘み取りました.フレミング博士の幼少時代の地を訪れた記念としてそれを本の間に挟んで日本に持ち帰りました.このスコットランドの旅は先生からお聴きした話です.その花は額に入れられてさりげなくオフィスの壁に飾られています.図鑑などで調べるとどうやらキンポウゲ科のキンポウゲのようです.今では花の色はすっかり失われてしまっていますが,博士が幼少時代に踏みつけたキンポウゲの100代ほどの子孫かもしれません.
小さい頃研究者を志すきっかけとなったフレミング博士への思いが今も薄れていらっしゃらない.
初心をお忘れにならず,まさに研究一筋に生きてこられた遠藤先生らしいエピソードとして紹介させていただきました.