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分解酵素とインヒビターを介した植物と病原菌の攻防植物病原菌の矛と盾

Yuichiro Iida

飯田 祐一郎

農業・食品産業技術総合研究機構

Published: 2018-03-20

植物は微生物の侵略から身を守るために,侵入を受ける前からあらかじめ備えている基礎的な抵抗性と,侵入を感知した後に作動する抵抗性の2段階の防御システムをもっている.植物に病気を起こす微生物のうち約8割は糸状菌(カビ)が原因とされており,そのため植物は糸状菌の細胞壁を構成するキチンやタンパク質をターゲットとする分解酵素,キチナーゼやプロテアーゼを常時分泌している.これら分解酵素によって糸状菌から一部漏れ出した細胞壁分子を,植物が認識することで微生物の侵入を事前に察知し,基礎的な抵抗性が誘導される(図1図1■病原菌(上)と植物(下)の分解酵素を介した攻防①).いずれの植物も有するこの最初の防御システムに対して,回避する術を獲得した僅かな微生物種のみが,植物体内に侵入することができる微生物,すなわち病原菌となる.では,病原菌は植物感染への最初の関門である分解酵素からの攻撃をどのようにすり抜けているのだろうか.

図1■病原菌(上)と植物(下)の分解酵素を介した攻防

①植物が分泌するキチナーゼによって病原菌の細胞壁であるキチン分子が一部分解され,植物の基礎的な抵抗性が誘導される.②病原菌のAvr4は細胞壁キチンに結合し,キチナーゼから身を守る.③Avr4をもたない病原菌は,植物キチナーゼを分解するプロテアーゼを分泌する.④Cf-4遺伝子をもつ抵抗性品種の場合,Avr4を認識することで強力な抵抗性を誘導する.⑤病原菌の一部にはAvr4を変異させ,受容体による認識を回避する系統(レース)が出現した.

トマトの重要病害である葉かび病菌は植物に侵入する際に,キチン結合タンパク質であるAvr4を分泌する.Avr4は菌自身の露出した細胞壁のキチン骨格に結合し,植物のキチナーゼによる分解を妨げる物理的な盾となる(1)1) H. P. van Esse, M. D. Bolton, I. Stergiopoulos, P. J. G. M. de Wit & B. P. Thomma: Mol. Plant Microbe Interact., 20, 1092 (2007).図1図1■病原菌(上)と植物(下)の分解酵素を介した攻防②).系統学的に近縁なトマトすすかび病菌などにもAvr4タンパク質が保存されており,同様に植物のキチナーゼから細胞壁を保護するという役割を担っている(2)2) A. C. Kohler, L. H. Chen, N. Hurlburt, A. Salvucci, B. Schwessinger, A. J. Fisher & I. Stergiopoulos: Plant Cell, 28, 1945 (2016)..われわれはAvr4をもたない病原菌の植物キチナーゼに対する回避戦略の解明を目指し,トマト萎凋病菌(Fusarium oxysporum)から植物キチナーゼを特異的に分解する2種類のタンパク質分解酵素,セリンプロテアーゼSep1とメタロプロテアーゼMep1を見いだした(3)3) M. Karimi Jashni, I. H. M. Dols, Y. Iida, S. Boeren, H. G. Beenen, R. Mehrabi, J. Collemare & P. J. G. M. de Wit: Mol. Plant Microbe Interact., 28, 996 (2015)..両酵素は植物キチナーゼの基質結合領域chitin-binding domainを切断することで,酵素作用を失活させていた.両酵素の遺伝子破壊株はトマトへの病原性を著しく低下したが,それぞれ単独では分解活性が低いことから協調的に植物が分泌するキチナーゼを分解すると考えられた(図1図1■病原菌(上)と植物(下)の分解酵素を介した攻防③).トウモロコシ赤かび病菌(F. verticillioides)でもメタロプロテアーゼが単独でキチナーゼを分解し,またインゲン根腐病菌(F. solani)の感染植物においてもchitin-binding domainが切断された植物キチナーゼが検出されることから,Fusarium属菌は植物が分泌するキチナーゼをプロテアーゼによって消化するという共通した戦略をとっているようである.さらに灰色かび病菌,半身萎凋病菌などほかの病原菌でも同様に植物キチナーゼを分解する活性が認められた(3)3) M. Karimi Jashni, I. H. M. Dols, Y. Iida, S. Boeren, H. G. Beenen, R. Mehrabi, J. Collemare & P. J. G. M. de Wit: Mol. Plant Microbe Interact., 28, 996 (2015)..興味深いことに,植物のキチナーゼを駆逐する能力をもつ病原菌は,細胞壁キチンを保護するAvr4タンパク質をゲノム上にコードしておらず,逆にAvr4を分泌する葉かび病菌などはキチナーゼを分解するプロテアーゼ活性をもたなかった.植物の攻撃から身を守るために,キチナーゼを分解する矛をもたない病原菌は,Avr4という盾をもつことで第一の抵抗性を乗り越えたと考えられる.

植物が分泌するプロテアーゼに対しても病原菌は防衛策を備えている.基礎的な抵抗性の一つである植物のシステインプロテアーゼに対して,トマト葉かび病菌はAvr2,トウモロコシ黒穂病菌はPit2,疫病菌はEPIC1やEPIC2Bといったシステインプロテアーゼインヒビターを分泌し,植物内での進展をサポートしている.EPIC1とEPIC2Bはトマトのセリンプロテアーゼによって分解を受けてしまうのだが,疫病菌はその対抗措置としてセリンプロテアーゼインヒビターを産出することでEPIC1とEPIC2Bを保護するなど(4)4) M. Tian, B. Benedetti & S. Kamoun: Plant Physiol., 138, 1785 (2005).,病原菌と植物の間で対抗適応が繰り返されてきた.また植物プロテアーゼに対して単純にインヒビターを分泌する病原菌ばかりではない.黒穂病菌は感染時にトウモロコシのシステインプロテアーゼインヒビターであるシスタチンCC9の転写を植物に誘導させ,植物自身のプロテアーゼ活性を相殺するという驚きの感染戦略をとっている(5)5) K. van der Linde, C. Hemetsberger, C. Kastner, F. Kaschani, R. A. L. van der Hoorn, J. Kumlehn & G. Doehlemann: Plant Cell, 24, 1285 (2012).

以上のように,キチナーゼやプロテアーゼによる最初の抵抗性を克服した病原菌を,次に待ち構えるのは微生物の侵入を感知した後に作動する,より強力な抵抗性である.病原菌が植物の基礎的な抵抗性を抑制するために分泌する分解酵素やインヒビターは,植物にとっては病原菌の侵入を感知する格好のターゲットであり,抵抗性を誘導する因子としても機能してしまう.そのため,いずれの植物にも保存される第1段階の抵抗性とは異なり,第2段階の抵抗性は体内への侵入を許した“病原菌”だけに対する強力な迎撃システムであり,一般に品種レベルで備わる単一の抵抗性遺伝子によって支配される.たとえば,抵抗性遺伝子Cf-4をもつトマト品種は,葉かび病菌が分泌するAvr4を認識し,強力な抵抗性を発動する(図1図1■病原菌(上)と植物(下)の分解酵素を介した攻防④).この抵抗性システムによって発見されると,いかに病原菌といえども発病できないが,病原菌も黙ってはいない.葉かび病菌の中には,AVR4のキチン結合能を保持したままCf-4に認識されなくなる突然変異を引き起こし,抵抗性品種にも感染できる系統が出現した(図1図1■病原菌(上)と植物(下)の分解酵素を介した攻防⑤).品種ごとに感染性が異なるこれら系統はレースと呼ばれ,葉かび病菌では国内で12種類のレースの発生が報告されている(6)6) Y. Iida, P. van’t Hof, H. G. Beenen, C. Mesarich, M. Kubota, I. Stergiopoulos, R. Mehrabi, A. Notsu, K. Fujiwara, A. Bahkali et al.: PLOS One, 10, e0123271 (2015)..レースの多様化・複雑化によって,市販されているすべての抵抗性品種が打破され,トマト栽培上の大きな問題となっている.

植物の抵抗性と,病原菌の病原性の双方で重要な働きをする分解酵素とインヒビターではあるが,酵素作用の失活という単純な攻防だけに機能しているわけではなく,また病原菌の感染パターンによって役割も多様である.病原菌の感染に適応した植物の防御システムをさらに病原菌が打破するなど,分解酵素とインヒビターを介して植物–病原菌間の共進化が繰り返されてきたが,われわれはその一端を理解しているに過ぎない.近年,化学合成殺菌剤に対して耐性を示す病原菌の出現が問題となり,化学農薬に過度に依存した防除体系からの転換が求められている.病原菌の発病メカニズムの解明によって,栽培現場での適切な品種選定や,抵抗性品種の育成,病害防除の新たな方法論につながることを期待したい.

Reference

1) H. P. van Esse, M. D. Bolton, I. Stergiopoulos, P. J. G. M. de Wit & B. P. Thomma: Mol. Plant Microbe Interact., 20, 1092 (2007).

2) A. C. Kohler, L. H. Chen, N. Hurlburt, A. Salvucci, B. Schwessinger, A. J. Fisher & I. Stergiopoulos: Plant Cell, 28, 1945 (2016).

3) M. Karimi Jashni, I. H. M. Dols, Y. Iida, S. Boeren, H. G. Beenen, R. Mehrabi, J. Collemare & P. J. G. M. de Wit: Mol. Plant Microbe Interact., 28, 996 (2015).

4) M. Tian, B. Benedetti & S. Kamoun: Plant Physiol., 138, 1785 (2005).

5) K. van der Linde, C. Hemetsberger, C. Kastner, F. Kaschani, R. A. L. van der Hoorn, J. Kumlehn & G. Doehlemann: Plant Cell, 24, 1285 (2012).

6) Y. Iida, P. van’t Hof, H. G. Beenen, C. Mesarich, M. Kubota, I. Stergiopoulos, R. Mehrabi, A. Notsu, K. Fujiwara, A. Bahkali et al.: PLOS One, 10, e0123271 (2015).