Kagaku to Seibutsu 56(4): 246-247 (2018)
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実用珪藻の代謝工学による高付加価値油脂の生産ツノケイソウでのリシノール酸生産と細胞毒性の回避
Published: 2018-03-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
藻類を供給源としたバイオ燃料生産については,高脂質・高炭化水素蓄積性の藻類の探索や,油脂蓄積機構の基礎研究が国内外で進められている.しかし,現段階では培養や抽出コストの観点から,藻類で油脂を燃料源として生産するより,付加価値の高い有用物質を生産するほうが実現性が高い.筆者らは,鎮痛剤や抗炎症剤といった医薬品や携帯電話などに使われる機能性プラスチック,ならびに自動車エンジンの潤滑油の原料として利用されている水酸化脂肪酸のリシノール酸(Ricinoleic Acid; RA)に着目した.現在,リシノール酸はトウゴマの種子油から精製されているが,原料のトウゴマの種子は毒性をもつリシンを含む点,海外からの種子の供給量が低下しているなどの問題があり,他生物を用いた代替生産方法の確立が求められている.本稿では水産業で商業的に利用されるケイ藻ツノケイソウChaetoceros gracilisにおける代謝工学によるRAの生産(1)1) M. Kajikawa, T. Abe, K. Ifuku, K. Furutani, D. Yan, T. Okuda, A. Ando, S. Kishino, J. Ogawa & H. Fukuzawa: Sci. Rep., 6, 36809 (2016).について紹介する.なお,筆者らを含む研究グループで進めているツノケイソウを用いたバイオファクトリー化の試みについては本誌の解説(2)2) 菓子野康浩,伊福健太郎:化学と生物,55, 759(2017).を参照されたい.
ツノケイソウは,牡蠣やウニの養殖において飼料として利用されており,栄養欠乏培地への交換や有機炭素源に依存せずに中性脂質を蓄積する性質をもつ(3)3) T. Tokushima, N. Inoue-Kashino, Y. Nakazato, A. Masuda, K. Ifuku & Y. Kashino: Biotechnol. Biofuels, 9, 235 (2016).(図1A図1■リシノール酸を蓄積するツノケイソウCp4株の作出).近年,共同研究者によりツノケイソウで効率の高い形質転換技術が確立されたので(4)4) K. Ifuku, D. Yan, M. Miyahara, M. Inoue-Kashino, Y. Y. Yamamoto & Y. Kashino: Photosynth. Res., 123, 203 (2015).,筆者らは,麦角菌Claviceps purpurea由来の脂肪酸水酸化酵素をコードする遺伝子CpFAHをツノケイソウに導入し,RAの生産を試みた.取得した形質転換株の中で,最もRAを生産したCp4株を用いてRA蓄積量が最大となる温度を調べたところ,低温の15°Cで培養7日目に細胞当たり2.2 pg蓄積した(図1B図1■リシノール酸を蓄積するツノケイソウCp4株の作出).蓄積したRAは,細胞の全脂質を構成する脂肪酸の8.8%に相当した.CpFAH遺伝子の発現は15°Cで培養開始から3日目に一過的に上昇した(図1C図1■リシノール酸を蓄積するツノケイソウCp4株の作出).またCp4株のトリアシルグリセロール(TAG)の蓄積量は野生型よりも有意に増加し(図1D図1■リシノール酸を蓄積するツノケイソウCp4株の作出),細胞の生育はRAの蓄積によって影響を受けることはなかった.
(A)培養7日目のリシノール酸産生細胞をAdipoRed™で染色し,共焦点レーザー顕微鏡で観察した蛍光観察像および微分干渉像(DIC).中性脂質を含む油滴を黄色,葉緑体自家蛍光を赤色で示した.リシノール酸はエストライドTAGとして油滴内の中性脂質に含まれる.スケールバー: 5 µm. (B)リシノール酸蓄積の温度依存性.(C) CpFAH遺伝子の発現に対する温度の影響.内在性α-チューブリン遺伝子の発現量で補正した相対値.(D) Cp4株と野生型(WT)を15°Cで培養した際の,細胞当たりのトリアシルグリセロール(TAG)蓄積量の経時的変化.
RAは,内在性のオレイン酸(炭素鎖18)から生合成されるが,ツノケイソウには,オレイン酸よりも鎖長の短いパルミチン酸(炭素鎖16)が多く含まれていた.そこで,パルミチン酸からオレイン酸への変換効率を上げることで,RAの蓄積量が増加する可能性を想定し,糸状菌Mortierella alpina由来のパルミチン酸特異的な鎖長延長酵素遺伝子MALCE1(5)5) E. Sakuradani, M. Nojiri, H. Suzuki & S. Shimizu: Appl. Microbiol. Biotechnol., 84, 709 (2009).をCp4株に導入した.その結果,RAの含有量は約1.5倍に増加し,細胞当たり3.3 pg,全脂質の12%となった.一方パルミチン酸は60%に減少し,細胞内の脂肪酸代謝のフラックスの改変に成功した.
分裂酵母Schizosaccharomyces pombeにCpFAHを発現させた先行研究では,細胞内で生産されるRAは細胞増殖を顕著に阻害し,分子内の水酸基に細胞毒性があることが示唆されていた(6)6) R. Holic, H. Yazawa, H. Kumagai & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 95, 179 (2012)..これに対し,Cp4株は,15~25°Cまでの範囲で野生型と同等に生育したことから,ツノケイソウにはRAの毒性を回避する仕組みが存在すると考えた.実際にCp4株のRAを含む脂質を薄層クロマトグラフィーとLC-MSで分析すると,細胞内のRAの約70%が,RAの水酸基に脂肪酸がさらに1分子結合したエストライド構造をとる脂質(エストライドTAG,図2図2■リシノール酸とエストライド)として蓄積していた.エストライド構造をもつアシル鎖は,エストライドTAGのα位に結合していた.また,培地にRAメチルを添加して野生型ツノケイソウを生育させた場合にも,細胞内に取り込まれたRAが速やかにエストライドTAGに変換された.以上の結果から,ツノケイソウは水酸基をもつRAをエストライドTAGに変換する能力をもち,分子内の水酸基を他の脂肪酸でマスクすることで細胞毒性を回避していることが示唆された.
今回筆者らは,代謝工学により実用珪藻のツノケイソウでRAの蓄積が可能であることを示した.トウゴマに代わるRAの代替供給源として,これまで組換え酵母やナタネなどの油糧植物の組換え体が提案されている.しかし,組換え酵母ではRA自体の細胞毒性や有機炭素源の必要性があり,またナタネでは遺伝子組換え植物の野外栽培の制限などの理由から実用化には至っていない.微細藻類は,単位面積当たりの生産性が高く,大気中のCO2を炭素源として独立栄養条件で培養することにより,カーボンニュートラルに油脂を蓄積することから,RAの代替供給源となる可能性がある.今後,脂肪酸水酸化酵素の基質となるオレイン酸の供給を代謝工学により強化することで,RAの生産性の向上が期待される.また,RAからエストライドTAGへの変換反応が,今回初めてツノケイソウで推定された.そこで,この変換反応を担う酵素の同定ができれば,ツノケイソウでの生産性の強化に加えて,酵母などの微生物で細胞毒性を回避したRAを含むエストライドTAGの生産につながると期待される.
Acknowledgments
本研究は,京都大学生命科学研究科の伊福健太郎博士,兵庫県立大学の菓子野康浩博士,京都大学農学研究科の小川 順博士,安藤晃規博士ならびに岸野重信博士の協力と,科学技術振興機構(JST)の先端的低炭素化技術開発(ALCA)「珪藻のフィジオロミクスに基づく褐色のエネルギー革命」による支援により得られた成果である.