Kagaku to Seibutsu 56(4): 255-261 (2018)
解説
摂食行動を制御する脳内神経システム脳研究による食品機能性の理解
The Central Mechanism of Feeding Regulation: Food Science Goes to the Brain
Published: 2018-03-20
食と健康の関係が注目される現在,食品は味や匂いなどの「感覚」・「栄養」・「生体調節」の3つの機能を兼ね備えることが知られるようになった.また,神経科学研究の進展により,摂食行動は嗜好性と恒常性(体の状態を一定に保つ性質)により制御されることがわかってきた.食品機能のうち,「感覚」は前者にかかわるのに対し,「栄養」や「生体調節」は後者にかかわる.これら2つの仕組みは食事の際に同時に働くが,食品研究と神経研究の分野間には隔たりがあり,食品機能性と摂食制御の関係の把握は困難である.本稿では,食の嗜好性と恒常性のセンシング機構を説明するとともに,今後,食品研究を行ううえでも重要になると思われるトピックについて述べる.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
現在の世界では,いわゆる食の南北問題(食糧不足や飢餓に苦しむ人々がいる一方,肥満や飽食に悩む人々もいる)が顕在化している.このようななか,国や地域によって抱える事情は大きく異なるものの,食と健康の関係は世界的に重要視されるテーマである.日本の場合,機能性食品や機能性表示食品が健康維持のために普及し,食品機能性のなかでも特に生体調節機能が注目されるようになった.実際,カテキンに代表されるポリフェノールなどの非栄養成分の健康機能を調べた研究は多くなされているが,すでに多くの解説があるため本稿では割愛し,主に感覚成分(特に味覚)や栄養成分について食品科学研究の現状を説明する(図1図1■食と健康の関係).
味と栄養の大きな違いの一つは生体がどのようにしてこれらを感知するかである.味と栄養のうち,食物を摂取する際,最初に感知されるのは味である.したがって,味覚の元来の役割は食物の価値の判断基準である.糖やアミノ酸など好ましい味は基本的にその食物が高栄養価であり多く摂取するほうが生体にとって有利であることを表す.一方,腐敗物や毒物はしばしば酸味や苦味を呈し,有害であるため忌避される.
いずれの場合も,味覚受容は味物質が口腔内上皮層に分布する味蕾中の味細胞に受容されることで生じる.味蕾は味細胞が玉ねぎ状に集まって形成された特徴的な形状をもつ器官であり,ヒトの場合,甘味,旨味,苦味,酸味,塩味からなる5基本味を感知する.味蕾における味覚受容機構については分子レベルでの解析が進み,各味質の受容細胞は基本的に異なる(1)1) D. A. Yarmolinsky, C. S. Zuker & N. J. Ryba: Cell, 139, 234 (2009)..
味蕾で受容された味の情報は味神経節と呼ばれる部位に密集している神経細胞(味神経)を介して後脳の延髄孤束核へと伝達される(図2図2■味覚伝達経路の概略).
味覚情報は延髄孤束核からヒトでは直接,マウスやラットなどの齧歯類では橋結合腕傍核を介して,視床後内側腹側核へと伝達される(図2図2■味覚伝達経路の概略).その後,味情報は視床から大脳皮質味覚野に到達し,味の認知・識別がなされる(2)2) A. Carleton, R. Accolla & S. A. Simon: Trends Neurosci., 33, 326 (2010).(図2図2■味覚伝達経路の概略).また,大脳皮質味覚野から眼窩前頭皮質へ味の情報が伝達され,味の評価・価値判断がなされる(2)2) A. Carleton, R. Accolla & S. A. Simon: Trends Neurosci., 33, 326 (2010).(図2図2■味覚伝達経路の概略).たとえば,ブドウ糖溶液など単純な味の溶液をサルに何回も繰り返し飲ませたときの眼窩前頭皮質の活動を計測すると,最初に比べ後半になると活動が低下する(3)3) E. T. Rolls, Z. J. Sienkiewicz & S. Yaxley: Eur. J. Neurosci., 1, 53 (1989)..これは,その溶液の価値の低下,すなわち味に飽きたということを示していると考えられる.
味が舌上の味細胞で受容されるのに対し,栄養の感知機構はより多様であると言える.それは,以下のように,消化に至るプロセスで栄養成分がさまざまな場所を経由するからかもしれない.
すなわち,味の感知中またはその直前に,食物は唾液および咀嚼によって部分的に消化される.その後,胃内では胃酸によってさらに消化が進む.栄養因子は腸管で吸収され,糖やアミノ酸などの栄養素は末梢の臓器や脳に血流を介して運搬される.腸管にはこのような栄養吸収を行う細胞のほかに,それに応じてホルモンを分泌する細胞も存在する.
満腹になり胃が膨張した際の情報や腸管を介した栄養吸収の情報は,胃や腸管に連絡している迷走神経と呼ばれる神経を介して,味覚情報と同様に延髄へと連絡している.ただし,味と栄養の情報は延髄内の異なる部位に伝達される.
また,胃や腸では神経伝達だけでなく,さまざまなホルモンを放出することで,摂食を制御し,消化器官の活動(腸の蠕動運動など)を調節する.
吸収された栄養素は血中を介して体内を循環する.このうちたとえば,ブドウ糖の場合,エネルギー源としても用いられるが,体内のエネルギーレベルを表す情報伝達因子としても機能する.
以上を整理すると,栄養情報伝達は大きく3つの方法からなると言える.
前項では味や栄養などの食品機能が脳に伝達される仕組みを順に概説した.この一連の流れの中で,表1表1■摂食における味覚・栄養の役割に示すように食品をセンシングする仕組みは外部感覚と内部感覚から構成されている.食物の味・匂い・テクスチャー・温度・硬さなど,食品そのものの化学的・物理的性質を感じる仕組みを外部感覚と呼ぶ.一方,食品を摂取または消化吸収後に生じる,体内の生理的な変化(例:空腹・満腹)を感知する仕組みを内部感覚と呼ぶ.前者は鼻・舌などの感覚器によって受容されるのに対し,後者は胃や腸などの消化器官または血液を起点に生じ,脳内で受容される.次に,これらの感覚について順番に見ていこう.
目的 | 感覚 | 受容機構 | |
---|---|---|---|
味覚 | 食物の質の評価嗜好性の充足 | 外部感覚 | 舌 |
栄養 | 生体恒常性の維持 | 内部感覚 | 消化器官・脳 |
過去15年ほどの間に,味覚受容体・嗅覚受容体・TRPチャネル(辛味や冷感成分に加え,温度に応答するイオンチャネル)などを培養細胞に発現させ,新規呈味化合物(本項では味・匂い・辛さなどの成分すべてを呈味成分と記す)のスクリーニングを行うアッセイ系が構築された.また,細胞の応答強度を指標に味や匂いを定量的に測定する方法が確立された.これらの成果は,従来,ヒト官能評価(訓練したヒトの感覚により味や匂いを評価する方法)に基づいていた物質スクリーニングの時間短縮に貢献したうえ,ヒト試験では定性的にしか評価できなかった味・匂い・辛さなどを数値化することを可能にした.
この成果の例として,ショ糖の使用量を低減させつつ,低減前と同じ甘さを維持できる甘味増強剤や,苦味低減物質が見いだされ,一部は実用化されている(4)4) G. Servant, C. Tachdjian, X. Li & D. S. Karanewsky: Trends Pharmacol. Sci., 32, 631 (2011)..
今後も,本アプローチにより新規呈味成分が見つかる可能性はあると思われるが,一方でスクリーニング対象がさらに広がるかどうかという点が発展性を考えるうえでの課題と言えよう.
また,立体構造解析の進展により感覚受容体の一部の構造が解明されはじめており(5)5) T. Pluskal & J. K. Weng: Chem. Soc. Rev., 47, 1592 (2018).,実際の3次元構造をもとに,そこに作用する化合物をシミュレーションするといったアプローチも呈味性物質の開発に取り入れられていくと考えられる.
これらとは別に,工学センサーに基づく味覚センサーも開発されている.生体膜を模倣したセンサー部分に対する味溶液の浸透圧・電位・pHなどを測定することで味を計測する方法であり,食品企業などでは導入がなされている.ただし,実際の生物の感覚受容とは別の仕組みでの測定システムであり,たとえば細胞評価系では区別できるアミノ酸の光学異性体(D-トリプトファンは甘いのに対し,L-トリプトファンは苦い)の識別ができないなど課題もある.
食品の感覚機能のセンシングについては感覚受容体研究により大きく進展した.一方,栄養機能や生体調節機能については摂食を制御する脳部位の役割が最近の研究から徐々に明らかになってきた.
栄養のセンシング機構を説明するうえで,まず,恒常性(体内の生理状態を一定に維持しようとするはたらき)を理解する必要がある.たとえば,涼しい場所にいようとも,暑い場所にいようとも,体温はほぼ一定に保たれる.また,何日・何年間にもわたって,ほぼ変化しない.この結果は,生体は体温を精密に調節する仕組みを有していることを示唆している.動物が恒常性を維持する仕組みはエネルギーについても同様である.生体内のエネルギーレベルが低下すると,これを一定に保つために新たに食物を摂取する一方,食物を十分に摂取すると摂食をやめる.したがって空腹や満腹の感覚は,エネルギー恒常性と密接に結びついている.また,この結びつきが狂ってしまうと食べ過ぎになり,肥満の原因になると考えられる.
視床下部は進化的にも保存されており,摂食・生殖・睡眠など本能行動をコントロールする部位である.また,体全体の代謝を調節する司令塔として働く.視床下部は脳内で,最も末梢に近い基底に存在する.末梢の臓器で作られ血中を循環するホルモンや血糖値の変化を脳内で最初にセンシングし,摂食の調節や体全体のエネルギー消費を制御し,エネルギー恒常性を一定に保つように指令を出す(6)6) M. O. Dietrich & T. L. Horvath: Nat. Rev. Drug Discov., 11, 675 (2012)..
視床下部の中でも,特に基底の脳血流関門の近傍に存在する弓状核とよばれる部位には摂食を誘導する神経と抑制する神経の2種類が存在していることがわかっている.この食欲のアクセルとブレーキとでも言うべき摂食の制御システムについては最近研究が大きく進展した.
アグーチ関連ペプチド産生神経(AgRP神経)は摂食亢進だけでなく肝臓や脂肪組織などの末梢の臓器に指令を出し,同化作用を高めエネルギーの体内への貯蔵を促進する.また,空腹時に胃から放出される摂食亢進ホルモンであるグレリンは,血中を通じて脳まで運搬されAgRP神経に作用する.
AgRP神経はAgRPだけでなくニューロペプチドY(NPY)とGABAという計3種の摂食亢進ペプチドを産生するユニークな性質をもつ.NPYは36アミノ酸残基からなる神経ペプチドで,脳室内に投与するとその後,数時間にわたって食欲の亢進が見られる(7)7) J. T. Clark, P. S. Kalra, W. R. Crowley & S. P. Kalra: Endocrinology, 115, 427 (1984)..一方,AgRPは132アミノ酸残基からなり,投与すると数日間~1週間にわたって食欲が高まる(8)8) M. M. Hagan, P. A. Rushing, L. M. Pritchard, M. W. Schwartz, A. M. Strack, L. H. Van Der Ploeg, S. C. Woods & R. J. Seeley: Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol., 279, R47 (2000)..したがって両者は摂食亢進効果をもつ点では共通であるが,化学構造およびその作用時間に大きな違いがある.
最近の研究から,マウスのAgRP神経を人工的に活性化させると,空腹でない場合でも,まるで空腹のときのように餌を食べるようになることが明らかになった(9, 10)9) Y. Aponte, D. Atasoy & S. M. Sternson: Nat. Neurosci., 14, 351 (2011).10) M. J. Krashes, S. Koda, C. Ye, S. C. Rogan, A. C. Adams, D. S. Cusher, E. Maratos-Flier, B. L. Roth & B. B. Lowell: J. Clin. Invest., 121, 1424 (2011)..一方,大人のマウスにおいてAgRP神経を遺伝学的に除去すると食欲が消失し,究極的には餓死に至る(11)11) S. Luquet, F. A. Perez, T. S. Hnasko & R. D. Palmiter: Science, 310, 683 (2005)..これらの実験結果から,AgRP神経は摂食行動を誘引する重要な役割を担うことが明らかになった.
また,AgRP神経内には摂食を誘引する仕組みが2種類存在することが,最新の化学遺伝学的手法により特定の細胞内シグナリング経路を活性化させることで明らかになった.すなわち,NPYやGABAの放出による短期(数時間)の食欲はAgRP神経内でカルシウムを起点としたシグナル伝達経路が活動することで生じるのに対し,AgRPの放出による長期(数日)の食欲は,同一神経内のサイクリックAMP(cAMP)を起点としたシグナル伝達経路によって制御される(12, 13)12) M. J. Krashes, B. P. Shah, S. Koda & B. B. Lowell: Cell Metab., 18, 588 (2013).13) K. Nakajima, Z. Cui, C. Li, J. Meister, Y. Cui, O. Fu, A. S. Smith, S. Jain, B. B. Lowell, M. J. Krashes et al.: Nat. Commun., 7, 10268 (2016).(図3図3■AgRP神経の有する2種類の摂食亢進効果).
視床下部弓状核には摂食抑制にかかわる神経も存在する.この役割はプロオピオメラノコルチン産生神経(POMC神経)というAgRP神経に隣接する神経ペプチド産生神経が担っていると思われていたが,ごく最近Vglut2発現神経という弓状核に存在する別の神経集団も摂食抑制に関与することがわかってきた(14)14) H. Fenselau, J. N. Campbell, A. M. Verstegen, J. C. Madara, J. Xu, B. P. Shah, J. M. Resch, Z. Yang, Y. Mandelblat-Cerf, Y. Livneh et al.: Nat. Neurosci., 20, 42 (2017).(図4図4■視床下部における摂食制御).Vglut2神経とPOMC神経の機能的な違いは,摂食抑制の作用時間にあり,Vglut2神経が急速に摂食を抑制するのに対し,POMC神経は長期(1日)的に摂食を抑制する.したがって,視床下部弓状核には食欲の亢進・抑制いずれについても短期的(急速な)効果を示す仕組みと長期的な効果を示す仕組みが存在することになる.このような多重の摂食制御システムの生理的な意味はいまだ明らかではないが,たとえば妊娠すると食欲が高まることが知られているが,この時期にはAgRPの発現量が高まることが知られている.したがって,長期的な摂食亢進または抑制効果は,妊娠など長期にわたって体調が変化する場合に顕著に機能する可能性が考えられる.一方,短期的な効果は普段の食事の開始→終了のタイムスケールに沿って働くのかもしれない.
また,これら視床下部の摂食関連神経はホルモンによる調節を受けることが明らかになっており,たとえば,脂肪組織から分泌され摂食抑制効果のあるホルモンであるレプチンは,AgRPおよびPOMC神経に作用し摂食およびエネルギー消費を制御する(6)6) M. O. Dietrich & T. L. Horvath: Nat. Rev. Drug Discov., 11, 675 (2012)..
視床下部弓状核にあるAgRP・POMC・Vglut2神経は脳のほかの部位とネットワークを構成し,摂食を調節する.複数の部位と連絡している.その中でも視床下部室傍核は視床下部弓状核の神経が強く投射している(図4図4■視床下部における摂食制御).また,弓状核と室傍核の神経は栄養状態に応じて活動レベルが変化することが知られている(15)15) G. J. Morton, T. H. Meek & M. W. Schwartz: Nat. Rev. Neurosci., 15, 367 (2014)..たとえば,空腹になるとAgRP神経の活動は高まるのに対し,室傍核の活動は低下する.
室傍核の神経の多くはメラノコルチン4受容体(MC4R)を発現している.AgRP神経の産生するAgRPはMC4Rの阻害剤として機能し,室傍核の神経活動を抑制するのに対し,POMC神経の産生するα-MSHはこれとは逆にMC4Rを活性化し,摂食抑制を引き起こす(15)15) G. J. Morton, T. H. Meek & M. W. Schwartz: Nat. Rev. Neurosci., 15, 367 (2014).(図4図4■視床下部における摂食制御).以上より,室傍核の神経の活動はMC4Rを標的として摂食亢進シグナル(AgRP神経)と摂食抑制シグナル(POMC神経)によって拮抗的に制御されていると考えられている.一方,AgRP神経とVglut2神経も拮抗する.すなわち,AgRP神経は抑制性の神経伝達物質GABAを放出し投射先の神経の活動を抑制するのに対し,Vglut2神経は興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸を放出する.したがって,室傍核の神経の活動はAgRP・POMC神経からなるMC4R系およびAgRP・Vglut2神経からなるGABA・グルタミン酸の抑制/興奮のバランスによっても制御される.
空腹や満腹など生理状態の変化は,行動や感覚にも大きく影響を与える.たとえば,空腹状態の動物は食物を探すため,通常よりも覚醒状態が高まり,積極的に動き回る.また,通常は忌避するような苦い食物を飢餓状態の動物に提示すると,このような餌でも摂取するようになる.これは,腐敗物や毒を含む餌を摂取し体調を崩すリスクと餓死のリスクを脳内で評価した結果,生じる行動変化と考えられる.一方,糖質を豊富に含む餌と脂質を含む餌の両方を提示すると,通常マウスは脂質の多い餌を好むが,絶食を行うと糖質に対する嗜好性が高まることが知られている(16)16) S. Okamoto, T. Sato, M. Tateyama, H. Kageyama, Y. Maejima, M. Nakata, S. Hirako, T. Matsuo, S. Kyaw, T. Shiuchi et al.: Cell Rep., 22, 706 (2018)..この変化は,飢餓など緊急に栄養が必要な際に,脂質よりも効率的に代謝できる糖を摂取することで速やかなエネルギー補給を行うためと考えられる.以上のように,その実体は不明な点も多いが脳内にはエネルギー状態に応じて,食物の味や代謝効率を評価して,摂食行動を調節する仕組みがあると考えられる.
以上述べてきたように,国内外の最近の多くの研究で脳が味覚や栄養の情報を別々の伝導路を介して受け取り,身体全体の活動を制御することが明らかになりつつある(4)4) G. Servant, C. Tachdjian, X. Li & D. S. Karanewsky: Trends Pharmacol. Sci., 32, 631 (2011).(図2図2■味覚伝達経路の概略).一方,なぜ満腹・空腹といった生理状態の変化により味の感じ方や食物の好みが変わるのかはいまだに不明なままである.
たとえば,空腹であるときには脳神経の活動だけでなくほかにもさまざまな変化が生じる.代表的な例として,空腹時に胃で産生されるホルモンであるグレリンは脳へも伝達され,血糖値調節などに関与することが知られている(6)6) M. O. Dietrich & T. L. Horvath: Nat. Rev. Drug Discov., 11, 675 (2012)..反対に,満腹時には,脂肪組織からレプチンが分泌され摂食を抑制する(6)6) M. O. Dietrich & T. L. Horvath: Nat. Rev. Drug Discov., 11, 675 (2012)..これらホルモンのターゲットは脳内のさまざまな部位に加え,末梢の多くの臓器に存在し複雑な応答パターンを示すことが知られている.
したがって,空腹時に脳内で味の感受性がどのように変化するかを知るには,味覚と栄養の情報の統合・評価に重要な神経ネットワークの活動と機能を正確に把握しなければならない.今後の重要な研究課題である.
肥満やメタボリックシンドロームの予防またはダイエットという視点では食欲を抑制する仕組みを解明し,食欲を抑える機能性成分を開発することが目標になるだろう.実際,欧米を中心に,たとえば摂食亢進神経であるAgRP神経の活動を低下させる方法や薬剤の開発が行われてきた.これは,肥満が社会問題化しているという背景とも関連していると思われる.
その一方,食欲不振も大きな課題である.たとえば,老化に伴う,食欲の低下は筋量の低下に結びつき,寝たきり状態を引き起こす要因となることが知られている.しかし,老化によって摂食を制御する仕組みがどのように変化するのかはよくわかっていない.ただし,マウス実験ではあるが,視床下部で選択的に炎症を高めるとコントロール群に比べて寿命が縮まるのに対し,逆に炎症を抑えると寿命が延びることが報告されており(17)17) G. Zhang, J. Li, S. Purkayastha, Y. Tang, H. Zhang, Y. Yin, B. Li, G. Liu & D. Cai: Nature, 497, 211 (2013).,視床下部の神経を健康に保つことが,脳だけでなく体全体の健康にも結びつく可能性が指摘されている.
また,ある種のがんでは深刻な食欲不振が生じることが知られている.このがん誘導性の拒食を引き起こす神経が最近マウスモデルで特定された(18)18) C. A. Campos, A. J. Bowen, S. Han, B. E. Wisse, R. D. Palmiter & M. W. Schwartz: Nat. Neurosci., 20, 934 (2017)..食欲不振に伴う体重減少・体力低下は治療を困難にする要因の一つであり,ヒトでの検証も望まれる.
このような研究例でもわかるように,摂食を亢進する神経機構の解明や食欲を高める機能性成分の開発は,ライフステージや健康状態によっては非常に有益である.特に,超高齢社会を迎えた日本では欧米とは異なる背景・視点からの研究がうまれる素地があると言えるのではないだろうか.
Reference
1) D. A. Yarmolinsky, C. S. Zuker & N. J. Ryba: Cell, 139, 234 (2009).
2) A. Carleton, R. Accolla & S. A. Simon: Trends Neurosci., 33, 326 (2010).
3) E. T. Rolls, Z. J. Sienkiewicz & S. Yaxley: Eur. J. Neurosci., 1, 53 (1989).
4) G. Servant, C. Tachdjian, X. Li & D. S. Karanewsky: Trends Pharmacol. Sci., 32, 631 (2011).
5) T. Pluskal & J. K. Weng: Chem. Soc. Rev., 47, 1592 (2018).
6) M. O. Dietrich & T. L. Horvath: Nat. Rev. Drug Discov., 11, 675 (2012).
7) J. T. Clark, P. S. Kalra, W. R. Crowley & S. P. Kalra: Endocrinology, 115, 427 (1984).
9) Y. Aponte, D. Atasoy & S. M. Sternson: Nat. Neurosci., 14, 351 (2011).
11) S. Luquet, F. A. Perez, T. S. Hnasko & R. D. Palmiter: Science, 310, 683 (2005).
12) M. J. Krashes, B. P. Shah, S. Koda & B. B. Lowell: Cell Metab., 18, 588 (2013).
15) G. J. Morton, T. H. Meek & M. W. Schwartz: Nat. Rev. Neurosci., 15, 367 (2014).