セミナー室

生きた花の香りの研究モデル植物ペチュニアから園芸花きまで

Naomi Oyama-Okubo

大久保 直美

農業・食品産業技術総合研究機構野菜花き研究部門

Published: 2018-03-20

はじめに

人は花束を手にすると,香りを嗅ごうと無意識のうちに鼻を寄せる.春のウメ,初夏のクチナシ,秋のキンモクセイなど,季節の訪れを知らせる花の香りを思い浮かべることができる人は多いだろう.花の香りは,色や形と並ぶ園芸植物の重要な形質であり,われわれの生活を豊かにし,楽しませてくれる.また古くから,花から抽出された香りは,精油として医薬や香料,食品保存料などに用いられており,産業的に重要である.

花の香りは人の生活のごく身近にありながら,花が香る仕組みやその成分の詳細についてはいまだ不明な点は多い.ここでは筆者らの,ペチュニア野生種を用いて行っている基礎的な研究と,さまざまな花の香気成分分析を中心とした園芸学的な研究について紹介する.

ペチュニアを用いた基礎研究

1. 花の香り研究のモデル植物ペチュニア

花の香りは芳香族化合物,テルペノイド,脂肪酸誘導体を含むさまざまな揮発性物質の混合物であり(1)1) J. T. Knudsen, L. Tollsten & L. G. Bergstorm: Phytochemistry, 33, 253 (1993).,解糖系やペントースリン酸経路の一次代謝産物より生合成される(2)2) N. Dudareva, A. Klempien, J. K. Muhlemann & I. Kaplan: New Phytol., 198, 16 (2013).図1図1■花の香気成分の生合成経路(概略)).二次代謝産物の生合成経路や,それにかかわる酵素,遺伝子は,シロイヌナズナやミヤコグサなどのモデル植物を用いた分子生物学的な研究により明らかにされてきたが,それらの花には香りがほとんどないことから,花の香り研究のモデル植物としては適当ではない.

図1■花の香気成分の生合成経路(概略)

文献2を改変

春から秋にかけて花壇を彩るペチュニアには数多くの色鮮やかな園芸種があり,花が大きいこと,増殖が簡単であること,ゲノムが明らかにされていること,再分化系が確立していることなどから,花の形や色素の研究のモデル植物として用いられてきた(3)3) T. Gerats & M. Vandenbussche: Trends Plant Sci., 10, 251 (2005).

花壇に植えられているペチュニア園芸種は香らないものが多いが,園芸種の親に当たる野生種の一つPetunia axillarisには強い芳香があり,夜に甘く強い匂いを発散させる.P. axillarisの血を濃く受け継ぐ白花の園芸種P. hybrida cv Mitchellは,P. axillarisと同等に夜間香る.これらのペチュニアの主要香気成分は,安息香酸メチル,イソオイゲノールなどの芳香族化合物であり(4~6)4) J. C. Verdonk, C. H. Ric de Vos, H. A. Verhoeven, M. A. Haring, A. J. van Tunen & R. C. Schuurink: Phytochemistry, 62, 997 (2003).5) J. Boatright, F. Negre, X. Chen, C. M. Kish, B. Wood, G. Peel, I. Orlova, D. Gang, D. Rhodes & N. Dudareva: Plant Physiol., 135, 1993 (2004).6) N. Oyama-Okubo, T. Ando, N. Watanabe, E. Marchesi, K. Uchida & M. Nakayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 69, 773 (2005).,芳香族化合物やテルペノイド,脂肪酸誘導体といった多種多様の香気成分をもつバラなどの香りに比べると,香気成分組成は単純である.

P. axillarisおよびP. hybrida cv Mitchellの香気成分発散は,夜間に最大値を取る明瞭な昼夜リズムを示す(4~6)4) J. C. Verdonk, C. H. Ric de Vos, H. A. Verhoeven, M. A. Haring, A. J. van Tunen & R. C. Schuurink: Phytochemistry, 62, 997 (2003).5) J. Boatright, F. Negre, X. Chen, C. M. Kish, B. Wood, G. Peel, I. Orlova, D. Gang, D. Rhodes & N. Dudareva: Plant Physiol., 135, 1993 (2004).6) N. Oyama-Okubo, T. Ando, N. Watanabe, E. Marchesi, K. Uchida & M. Nakayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 69, 773 (2005)..このリズムは花が咲いている1週間ほど保たれ,受粉が行われると香気成分発散は終了する.P. axillarisの自生地の南米では,夜11時頃ポリネーター(花粉媒介者)のスズメガがP. axillarisの白い花めがけて飛んでくるとのことである(7)7) T. Ando, M. Nomura, J. Tsukahara, H. Watanabe, H. Kokubun, T. Tsukamoto, G. Hashimoto, E. Marchesi & I. J. Kitching: Ann. Bot. (Lond.), 88, 403 (2001)..通常のモデル植物としての特質に加え,強い香りをもつこと,香気成分組成が単純であること,明瞭な発散リズムをもつことから,ペチュニアは花の香り研究のモデル植物として最適であると言える.P. hybrida cv Mitchellからは,香気成分生合成遺伝子だけでなく,R2R3-MYB転写因子ODORANT1(ODO1)が花の香りの生合成制御にかかわる転写因子として初めて同定された(8)8) J. C. Verdonk, M. A. Haring, A. J. van Tunen & R. C. Schuurink: Plant Cell, 17, 1612 (2005)..ODO1は,さまざまな芳香性植物の香気成分の生合成制御の研究に用いられている.

2. ペチュニア野生種の香気成分の多様性

P. axillarisは,アルゼンチン,ウルグアイ,ブラジルの広範囲にわたって自生しており,花器官などの形態的な特徴に基づいて,subsp. axillaris,subsp. parodii,subsp. subandinaの3亜種系統に分類されている(9)9) T. Ando: Acta Phytotaxon. Geobot., 47, 19 (1996)..亜種系統の香りは,遺伝的に非常に近接していながら,ほぼ無香のものから強香までバラエティに富んでいる(10)10) M. E. Hoballah, J. Stuurman, T. C. J. Turlings, P. M. Guerin, S. Connetable & C. Kuhlemeier: Planta, 222, 141 (2005).

これらのP. axillaris亜種系統の発散香気成分と,花冠抽出物中の内生香気成分を分析したところ,発散成分は安息香酸メチル,内生成分は安息香酸メチル,イソオイゲノール,安息香酸ベンジルを主要成分としており,質的・量的ともに系統間で高い多様性が認められた(11)11) M. Kondo, N. Oyama-Okubo, T. Ando, E. Marchesi & M. Nakayama: Ann. Bot. (Lond.), 98, 1253 (2006).が,香気成分の変異は亜種分類,すなわち形態とは相関がなかった(図2図2■アキシラリス亜種系統間における香気成分量の比較).

図2■アキシラリス亜種系統間における香気成分量の比較

1–5; subsp. axillaris,6–10; subsp. parodii,11–13; subsp. subandina,文献14を改変.

P. axillarisの亜種系統はほとんどが自家和合性であるが,一部の系統は自家不和合性を示す(12, 13)12) H. Kokubun, M. Nakano, T. Tsukamoto, H. Watanabe, G. Hashimoto, E. Marchesi, L. Bullrich, T. L. Basualdo, T. H. Kao & T. Ando: J. Plant Res., 119, 419 (2006).13) T. Tsukamoto, T. Ando, K. Takahashi, T. Omori, H. Watanabe, H. Kokubun, E. Marchesi & T. H. Kao: Plant Physiol., 131, 1903 (2003)..今回用いた系統では4, 5が自家不和合性であり,香気成分量が顕著に多い.繁殖のためにポリネーターが必要な自家不和性の系統で香気成分量が多く,自家繁殖できる系統では少なかったことから,種の保存に花の香りが寄与している可能性が考えられる.

3. 香らない化合物への代謝

P. axillarisの亜種系統の花冠抽出物の解析の際,芳香族化合物らしき未知成分が検出された.花冠中のこの化合物量は,暗期に増加し明期に減少する香気成分と同様の昼夜リズムをもって変動していたため,香気成分の生合成制御に何らかの影響を与えていると予想された.そこで多量の花冠抽出物からこの化合物を精製し,NMR分析によりその構造をジヒドロコニフェリルアセテート(DCA)と決定した(14)14) M. Kondo, N. Oyama-Okubo, T. Ando, E. Marchesi & M. Nakayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 458 (2007).

DCAの基本骨格をなすジヒドロコニフェリルアルコールは,コニフェリルアルコールの還元によって生合成される(15)15) R. A. Savidge & H. Förster: Phytochemistry, 57, 1095 (2001).ことから,DCAはジヒドロコニフェリルアルコールのアセチル化,あるいは有香のイソオイゲノールの前駆体であるコニフェリルアセテートの還元により生合成されると考えられた(図3図3■ジヒドロコニフェリルアセテート(DCA)の推定生合成経路).

図3■ジヒドロコニフェリルアセテート(DCA)の推定生合成経路

DCA自体には香りがなく,発散成分中にはほとんど検出されない.揮発性の低い香らない化合物であるDCAが明期に顕著な減少を示したことは,香気成分の昼夜リズムの制御に他の分子への代謝がかかわっていることを示唆するものと考えられる.

さらに,亜種系統中のイソオイゲノールおよびDCA量を分析したところ,互いにほぼ排他的に存在していた(14)14) M. Kondo, N. Oyama-Okubo, T. Ando, E. Marchesi & M. Nakayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 458 (2007)..共通の前駆体からの無香化合物あるいは有香化合物への分岐は,亜種系統間で香りに強弱が生じる一つの要因と考えられる.

4. 強香系統と弱香系統のメタボローム解析

P. axillarisの香気成分である芳香族化合物は,糖から解糖系・ペントースリン酸経路,シキミ酸経路,フェニルアラニンを経て生合成される.香気成分の昼夜リズムおよび香りの強弱を制御する生合成段階を明らかにするために,P. axillarisの強香系統と弱香系統について花冠の代謝産物のメタボロームプロファイリングを行った(16)16) N. Oyama-Okubo, T. Sakai, T. Ando, M. Nakayama & T. Soga: Phytochemistry, 90, 37 (2013).

強香系統については,ペントースリン酸経路に属する6-ホスホグリセリン酸(6PG),リブロース-5-リン酸,セドヘプツロース-7-リン酸に香気成分と類似した昼夜の変動が認められた.同様な変動は,解糖系に属するジヒドロキシアセトンリン酸とホスホエノールピルビン酸,および両経路の分岐点に位置するグルコース-6-リン酸(G6P)にも認められた(16)16) N. Oyama-Okubo, T. Sakai, T. Ando, M. Nakayama & T. Soga: Phytochemistry, 90, 37 (2013).図4図4■P. axillarisの香気成分生産のメタボローム解析(抜粋)).P. axillarisの花における香気成分の昼夜変動は,糖の代謝段階,すなわち解糖系とペントースリン酸経路という一次代謝の段階で発生していることが明らかになった.

図4■P. axillarisの香気成分生産のメタボローム解析(抜粋)

黄色:明期,水色:暗期,文献16を改変.

弱香系統においては,解糖系の化合物は強香性系統と同程度の濃度域で昼夜変動を示した一方で,ペントースリン酸経路の化合物の濃度は顕著に減少していた.またシキミ酸は強香系統と同程度の濃度で変動を示した一方で,フェニルアラニンより下流に属する化合物の濃度は顕著に減少していた(16)16) N. Oyama-Okubo, T. Sakai, T. Ando, M. Nakayama & T. Soga: Phytochemistry, 90, 37 (2013).図4図4■P. axillarisの香気成分生産のメタボローム解析(抜粋)).弱香系統では,G6Pから6PGへの代謝が抑制されることによりペントースリン酸経路由来の化合物の供給が減少することで,香気成分の濃度が減少していると考えられる.以上のことから,2つの系統の香りの強弱は,香気成分の生合成の初期の代謝段階で生じていることが示唆された.

5. ペチュニア園芸種の香り

P. axillarisと無香のP. integrifoliaP. inflateを含む)の交雑により育成されたP. hybrida(ペチュニア園芸種)(17, 18)17) A. L. A. Segatto, A. M. C. Ramos-Fregonezi, S. L. Bonattoand & L. B. Freitas: Am. J. Bot., 101, 119 (2014).18) J. R. Stehmann, A. P. Lorenz-Lemke, L. B. Freitas & J. Semir: “The Genus Petunia,” Springer, Berlin, 2009, pp. 1–28.は,P. hybrida cv Mitchellや紫色の一部の園芸種を除き,ほとんどは香りをもたない.P. axillarisと同様の香気成分組成であるP. hybrida cv Mitchellは夜香るのに対し,紫色の園芸種の主要香気成分はイソオイゲノールであり,昼に甘くスパイシーな香りを漂わせる(19)19) K. Nakamura, K. Matsubara, H. Watanabe, H. Kokubun, Y. Ueda, N. Oyama-Okubo, M. Nakayama & T. Ando: Sci. Hortic. (Amsterdam), 108, 61 (2006)..これらのペチュニア園芸種は,芳香性の付与を目的として育成されたのではなく,色や大きさを目的とした育種の過程で‘偶然’香りを有していたものである.ペチュニア園芸種の香りは,P. hybrida cv Mitchell系の安息香酸メチルを主体としたドライフルーツ様の甘い香りか,紫色園芸種系のイソオイゲノールを主体としたスパイシーな甘い香りに限られていた.

2017年秋に発表されたペチュニア新品種「F1ブルームーン」は,ペチュニアでは初めて,芳香性の付与を目的として開発された品種である.「F1ブルームーン」は,P. axillarisと無香のP. altiplanaより育成され,従来のペチュニアとは異なる甘いハチミツ,ヒヤシンス様の香りを有していた.主要香気成分は安息香酸メチル,フェニルアセトアルデヒド(Pheald,ヒヤシンス様の香り),2-フェニルエタノール(2-Phe,バラ様の香り)であり,イソオイゲノールの含有量は低かった(20)20) N. Oyama-Okubo, T. Haketa, H. Furuichi & S. Iioka: Hort. J., doi: 10.2503/hortj.OKD-090 (2017).アキシラリスや既存の園芸種にもPhealdや2-Pheは含まれているが,微量であり,それらの化合物の香りは官能的には感じられない.2-Pheは,フェニルアラニンよりPhealdを経て生合成される.「F1ブルームーン」は,Phealdの生合成活性能が高いものと考えられる.今後,2-Phe主体のバラのような香りをもつペチュニアの誕生も期待される.

さまざまな花を用いた園芸学的な研究

1. チューリップの香りの多様性

チューリップに香りがあることをご存じだろうか.香りの弱い品種が多いので,意識して香りを嗅いだことのある人は少ないかもしれない.チューリップの香りはカンキツ様の香り,ハチミツ様の香り,青臭い香りなど,バラエティに富んでいる.

農研機構では,チューリップの遺伝資源を多く保存している富山県の園芸研究所と共同研究を行い,100品種以上のチューリップの香気成分の分析を行った.チューリップの香気成分はペチュニアとは異なり,芳香族化合物やテルペノイド,脂肪酸誘導体,含窒素化合物など,多種多様な香気成分で構成されていた.香気成分の分析結果と花の香りの官能評価から,チューリップの香りをアニス(甘さとスパイシー感のある外国のお菓子のような香り),ウッディ(木質系の香り),グリーン(青臭い香り),シトラス(オレンジなど柑橘系の香り),スパイシー(薬のようなスパイス様の香り),ハーバル(ハーブのような香り),ハーバル・ハニー(ハチミツ様の甘さを含むハーブ様の香り),フルーティ(ベリーやリンゴなどフルーツの香り),ローズィ(バラ様香り)の9種類に分類した(21, 22)21) N. Oyama-Okubo & T. Tsuji: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 82, 344 (2013).22) 大久保直美:花き研究所報告,15,25 (2015)図5図5■チューリップ品種の香気成分の分類(抜粋)).スパイシーに分類されたチューリップの主要香気成分である3,5-ジメトキシトルエンは鎮静効果があるとされ,「黄小町」などに多く含まれていた.このような取り組みは,チューリップの芳香性育種の指標となるにのみならず,チューリップのような香りの印象の薄い花の香りのアピールへとつながると考えている.

図5■チューリップ品種の香気成分の分類(抜粋)

黄色:モノテルペン,緑:セスキテルペン,ピンク:芳香族化合物,水色:3,5-ジメトキシトルエン,オレンジ:脂肪族化合物,白:その他,文献21を改変.

2. 花の香りの発散制御—ユリの香り抑制剤

花には香りがないと寂しく感じる一方で,強い香りは嫌われる場合がある.白い大輪の花をもつユリ「カサブランカ」は,高級で華やかなイメージがあることから,ホテルの装飾や贈答用などに用いられている一方で,特有の甘く濃厚な強い芳香をもつために,強い香りを嫌う場,たとえば飲食店など食事を伴う場では敬遠されがちである.

「カサブランカ」の主要香気成分は,芳香族化合物のイソオイゲノール,ベンジルアルコール,テルペノイドのオシメン,リナロールであった.また,微量成分として芳香族化合物のp-クレオソールなどの消毒液のような匂いをもつ成分も含まれていた.「カサブランカ」の香りを強く感じる要因は,スパイシーな香りの成分や消毒薬のにおいの成分を含む芳香族化合物に一因があると考えられたことから,「カサブランカ」切り花に芳香族化合物の生合成を阻害するフェニルアラニンアンモニアリアーゼの阻害剤の一つであるアミノオキシ酢酸(AOA)を処理したところ,発散香気成分量は無処理の切り花と比較して大幅に減少した(23)23) N. Oyama-Okubo, M. Nakayama & K. Ichimura: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 80, 190 (2011)..特筆すべきは,目的としていた芳香族化合物だけでなくテルペノイドの量も減ったことで,香気成分量が全体的に減少し,官能的に香りが弱くなったことである.AOAの処理方法を検討した結果,開花前の切り花への処理が有効であること,同じ「カサブランカ」でも,栽培時期や産地,切り花の輸送や保存方法によって処理効果が変わることが明らかになった(24)24) 大久保直美:ユリの香りの特徴と香り抑制剤の処理方法 主要産地事例集,http://www.naro.affrc.go.jp/nivfs/research/case_studies_fragrance_of_the_lily.html (2014).ユリ香り抑制剤は,クリザール・ジャパンから「ユリSC」として,平成27年3月より生産者用として販売されている.

3. 花の香りの強さと嗜好

ヒトが感じる花の香りの強さは,香気成分の質や量だけでは決まらない.化合物香気成分の組み合わせや,香りを嗅ぐ環境によっても変化する.閾値の低い成分がわずかに加わるだけで,ヒトには強く感じられることもある.また,単品ではよい香りに感じられても,組み合わせにより不快に感じられることもある.

チューリップの「バレリーナ」という品種は,フルーティなたいへん良い香りが感じられ,官能評価では香りを強いと評価するヒトは多いが,香気成分量はほかの品種と比較して少ない(図5図5■チューリップ品種の香気成分の分類(抜粋)).「バレリーナ」の香りに含まれるβ-イオノンは,香りを強める効果のある成分であり,この成分が含まれる花は香りが強く感じられる傾向にある(25)25) 大久保直美:花き研究所報告,15,35 (2015).一方で,β-イオノンの香りを感じられないヒトがいることもわかっており,そのようなヒトが評価者に入ると,バレリーナの香りは弱いと評価されてしまう.

「黄小町」は鮮やかな黄色の富山県の代表的な品種であり,香気成分中に鎮静効果があるとされる3,5-ジメトキシトルエンを多く含んでいる.この成分は単品では湿った薬のようなごく弱い香りである.現代バラ(ティーローズ)の主要成分であり,2-フェニルエタノールなどの成分と組み合わさることで,紅茶のような良い香りとなる.ところが組み合わさる成分によっては,好まれない香りとなってしまう.「黄小町」には緑の香りのシス-3-ヘキサノールが含まれており,3,5-ジメトキシトルエンと合わさると,不快に感じられる香りになることがある(25)25) 大久保直美:花き研究所報告,15,35 (2015).「黄小町」には2-フェニルエタノールも含まれており,成分バランスが変わると紅茶様の香りが感じられることもある.生き物である花の香りの評価の難しいところである.

おわりに

ペチュニアを用いて明らかにされた基礎的な知見は,バラやユリなどの主要花きの香気成分研究に活かされつつある.しかしながら,数多くの品目,品種を有する園芸花きの香りを産業的に活かすためには,ペチュニアのようなモデル植物での研究を深めるだけでなく,品目ごとの香りの特徴を明らかにし,香り発散に与える栽培環境の影響の調査や薬剤などで香りの強弱や持続性を調節するための研究,さらにはその香りの官能評価や機能性などヒトに対する研究も必要である.花の香りの魅力をより多くの人に知ってもらい,花きの需要拡大につなげるためにも,大学や県の研究機関,生産者,民間企業と連携を組み,香りで花き産業に貢献できるような研究開発を進めていきたい.

Reference

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19) K. Nakamura, K. Matsubara, H. Watanabe, H. Kokubun, Y. Ueda, N. Oyama-Okubo, M. Nakayama & T. Ando: Sci. Hortic. (Amsterdam), 108, 61 (2006).

20) N. Oyama-Okubo, T. Haketa, H. Furuichi & S. Iioka: Hort. J., doi: 10.2503/hortj.OKD-090 (2017)

21) N. Oyama-Okubo & T. Tsuji: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 82, 344 (2013).

22) 大久保直美:花き研究所報告,15,25 (2015)

23) N. Oyama-Okubo, M. Nakayama & K. Ichimura: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 80, 190 (2011).

24) 大久保直美:ユリの香りの特徴と香り抑制剤の処理方法 主要産地事例集,http://www.naro.affrc.go.jp/nivfs/research/case_studies_fragrance_of_the_lily.html (2014)

25) 大久保直美:花き研究所報告,15,35 (2015)