Kagaku to Seibutsu 56(5): 307 (2018)
巻頭言
「宝探し」と「謎解き」を楽しむ天然物ケミカルバイオロジー
Published: 2018-04-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
子供の頃,よく読んだ本に冒険小説がある.特に,「トムソーヤの冒険」や「宝島」など「宝探し」を描いた小説は胸をわくわくさせながら時も忘れて読みふけった.当時はまだ宝が埋められている無人島が世界のどこかに存在し,それを探しに行きたいと思っていた.また推理小説は好きな小説のもう一つのジャンルだった.ポーやドイルのミステリ小説から入門し,次第にクイーンやクリスティ,ヴァン・ダイン,カーなどのいわゆる本格派推理小説にどっぷりとはまり「謎解き」を楽しんだ.この子供時代に大好きだった「宝探し」と「謎解き」を,今は小説とは違う形で,天然物ケミカルバイオロジー研究として楽しんでいることをとても幸せなことだと思っている.
私が行っている天然物ケミカルバイオロジー研究の「宝探し」は「物取り」である.「物取り」研究にも2種類ある.一つ目はある生物現象を調節しているホルモンなど「内在性」生体調節物質を対象とした「物取り」研究であり,もう一つは,筆者が行ってきたような,たとえば動物細胞の増殖や細胞応答を制御する化合物を生物種の異なる微生物の二次代謝産物の中から探索する「物取り」研究である.前者は困難を伴うにしても,かならず生体内に存在する物質を追い求める「物取り」研究である.だが後者は違う.微生物が作っているという保証のない化合物を探して行う「物取り」研究である.この「物取り」研究はフレミング博士のペニシリンの発見に端を発し,その後,さまざまな抗生物質の発見として発展した研究領域である.そこには「微生物干渉」という微生物が抗生物質を生産する理論性がまだ存在した.しかし,その後,梅沢浜夫博士によって抗がん物質を微生物培養液から探索する研究が開始されたときから,微生物がなぜそれを作っているかという問いを棚上げしながら,疾患治療薬の開発につながる「物取り」研究が華々しく展開されてきた.この「物取り」研究からは梅沢浜夫博士のブレオマイシン,大村智博士のイベルメクチン,遠藤章博士のスタチンなどの治療薬が見いだされており,またFK506のような免疫抑制剤も開発され,究極の「宝探し」研究として日本のお家芸の一つとなった.
しかし,このような「物取り」研究から治療薬を産み出すことはたやすいことではない.実際,今や多くの製薬企業で天然物スクリーニングによる創薬研究が縮小されている.だが,なにもこのような「物取り」研究は創薬だけが目的ではない.細胞生物学に基づいて構築された天然物スクリーニング→物取りで得られた化合物は,何故その化合物が動物細胞の増殖や細胞応答などを修飾するのか? という「謎解き」研究へと展開することで生命科学に貢献できる.「謎解き」の手始めに行う化合物の標的分子同定には常に困難がつきまとうが,オーミクス解析やインフォマティクス,システム生物学などとの融合によって研究者自身の研究領域を拡大しながら,いきなり細胞応答制御のキーとなるタンパク質にたどり着けるのである.そしてそのタンパク質を足がかりに本格推理小説の「謎解き」研究さながらに細胞応答の制御パスウエイに迫れるのである.
「宝探し」と「謎解き」の天然物ケミカルバイオロジー研究は,ひとつひとつの実験ステップは論理的に進められるべきではあるが,コンセプトとして論理性よりも偶然による飛躍性を志向しており,それゆえに,来たるべきAI時代にも楽しめる研究領域と思える.