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バリンの欠乏により体内の造血幹細胞が減少し放射線を照射することなく骨髄移植が可能となる細胞ごとに異なるアミノ酸要求性

Hiroshi Watarai

渡会 浩志

東京大学医科学研究所幹細胞セロミクス分野

Published: 2018-04-20

アミノ酸はタンパク質を構成する成分として存在し,一部の特殊な場合を除き20種類が結合して成り立っている.動物が体内で合成できないアミノ酸をその種の必須アミノ酸と呼び,食事などによって摂取することによって補っている.

ヒトおよびマウスでは,トリプトファン(Trp),リシン(Lys),メチオニン(Met),フェニルアラニン(Phe),トレオニン(Thr),バリン(Val),ロイシン(Leu),イソロイシン(Ile),ヒスチジン(His)の9種類が完全必須アミノ酸として,生体内で合成することができるものの食事などで補う必要のあるアルギニン(Arg),システイン(Cys),チロシン(Tyr)の3種類が準必須アミノ酸として位置づけられている.世界保健機関(WHO)では,成人向けに一日の推奨される摂取量も決められている(表1表1■必須アミノ酸の成人向け1日当たり推奨摂取量(mg/kg)).当然ながら,健康を維持するためには推奨摂取量以上のアミノ酸(あるいは由来するタンパク質)を摂取する必要がある.3歳以上の子供向けでは成人向け摂取量より10~20%ほど多くなり,0歳児では成人向け摂取量より150%ほど高くなる.FAO/WHO/UNU(2007年).“PROTEIN AND AMINO ACID REQUIREMENTS IN HUMAN NUTRITION”より引用.

表1■必須アミノ酸の成人向け1日当たり推奨摂取量(mg/kg)
IleLeuLysMet+CysPhe+TyrThrTrpValHis
20393010.4+4.1251542610

ここで疑問となるのは,多細胞からなる我々の体の個々の細胞はすべて同じ割合の(必須・準必須)アミノ酸を必要としているのかという点である.この点に関してこれまで詳細な解析は行われてこなかったが,組織局在性や各々の役割が異なることから細胞ごとに異なる代謝プログラムが用いられると考えられる.特に組織幹細胞は自己複製能と多分化能を併せ持つ細胞の集団であり,組織の発生や恒常性維持の要として機能する.幹細胞性を規定する転写因子や,幹細胞を維持する微小器官であるニッチからのシグナルは,自己複製,非対称分裂,静止状態維持,分化,遊走,ホーミングなど,それ特有の生物現象を執り行うため,独自の代謝特性や分子機構がある.

造血幹細胞は骨髄ニッチに存在し,赤血球・白血球・血小板などあらゆる血液系・免疫系の細胞に分化し得る能力と自己複製によって一生涯に渡って供給しうる能力を有する.面白いことに血清と比較して骨髄に含まれる遊離のアミノ酸の量は100倍以上も多く,またアミノ酸の割合も異なっており,末梢血とは全く異なる骨髄特有のアミノ酸の環境が存在することが明らかにされた(1)1) Y. Taya, Y. Ota, A. C. Wilkinson, A. Kanazawa, H. Watarai, M. Kasai, H. Nakauchi & S. Yamazaki: Science, 354, 1152 (2016)..また,マウスの造血幹細胞が高濃度に存在する画分を幹細胞因子(Stem Cell Factor; SCF)およびトロンボポエチン(Thrombopoietin; TPO)の存在下1種類のアミノ酸のみを除いた無血清培養液で1週間にわたり培養した(2)2) H. Ema, Y. Morita, S. Yamazaki, A. Matsubara, J. Seita, Y. Tadokoro, H. Kondo, H. Takano & H. Nakauchi: Nat. Protoc., 1, 2979 (2006).結果,CysあるいはValを含まない培養液において造血幹細胞の増殖は有意に阻害された(1)1) Y. Taya, Y. Ota, A. C. Wilkinson, A. Kanazawa, H. Watarai, M. Kasai, H. Nakauchi & S. Yamazaki: Science, 354, 1152 (2016)..造血前駆細胞の画分に対し同様に解析したところ,CysあるいはLysを含まない培養液において増殖は抑制されたが,Valを含まない培養液において増殖は強く抑制されなかった.培養した造血幹細胞を競合する細胞とともに致死量の放射線を照射したマウスへ移植し長期的なドナーキメリズムを評価したところ,CysあるいはValを含まない培養液で培養した造血幹細胞は生着しなかった.Cysはマウスおよびヒトにとって非必須アミノ酸であるが,グルタチオンなど抗酸化物質の合成に重要である.抗酸化物質であるn-アセチルシステインの添加によりCysを含まない培養液において造血幹細胞の増殖は抑制されなくなったため,Cysの効果は抗酸化作用によるものと考えられた.一方,Valの抑制効果はn-アセチルシステインの添加では解除されなかった.

生体においてValの欠乏が造血に及ぼす影響について調べるため,Valを含まない飼料で4週間にわたり飼育したマウスの末梢血における白血球あるいは赤血球の数は有意に低下した.in vitroと同様に,骨髄における造血幹細胞の画分(3)3) M. J. Kiel, O. H. Yilmaz, T. Iwashita, O. H. Yilmaz, C. Terhorst & S. J. Morrison: Cell, 121, 1109 (2005).が著明に低下していたが,この画分の細胞周期を解析したところG0期の細胞は対照と変わらなかった.そのほかの血液細胞については,骨髄のB220 B細胞,骨髄球性共通前駆細胞,リンパ球性共通前駆細胞が減少していたが,CD3 T細胞,顆粒球–マクロファージ前駆細胞,巨核球–赤芽球前駆細胞に差はなかった.これらのことから,Valの欠乏は造血幹細胞に対して特異的に作用するとともに,多くの異なる血球細胞の分化の段階に対しても効果を示すと考えられた.また,in vivoにおいてValの欠乏の影響が造血幹細胞に高い特異性のあることを示す根拠の一つとして,Val欠乏飼料で飼育したマウスにおいて血小板の数は減少しないことが挙げられる.骨髄において自己複製能をもつ巨核球系に限定した前駆細胞の画分はVal欠乏マウスにおいても維持されており,結果的に血小板数が保たれていると考えられる.これら造血幹細胞や前駆細胞,血球系細胞は,リフィーディング効果に注意しながら,段階的に通常飼料に戻すことで,速やかな回復が認められた.

造血幹細胞の能力を利用して,正常な造血が困難となる疾患(白血病,再生不良性貧血など)の患者に対して,提供者(ドナー)の造血幹細胞を移植して正常な血液を作る造血幹細胞移植が行われており,そのための骨髄バンクの整備も進められている.

臨床における造血幹細胞移植は,通常その前処置として放射線治療や抗がん剤の投与によって骨髄抑制を行う.しかしながら,前処置による急性期の臓器障害のため移植治療の適応となる患者の数は限られる.特に若年層においては二次性発がん,成長障害,内分泌障害など晩期の障害も問題になっている(4)4) B. Gyurkocza & B. M. Sandmaier: Blood, 124, 344 (2014).

Valの欠乏は造血幹細胞に対して特異的に作用することから,前処置としてVal欠乏食による造血幹細胞移植が可能であれば,侵襲性およびリスクの少ない新しい移植法の開発につながる可能性がある.Valを含まない飼料で3週間にわたり飼育したのち造血幹細胞を移植し,リフィーディング症候群を予防するため2週間かけて徐々に通常の飼料にもどした.対照となるマウスにおいて造血幹細胞は全く生着しなかったが,Val欠乏飼料で飼育したほとんどすべてのマウスにおいては3カ月以上にわたり末梢血に骨髄球系・T細胞系・B細胞系の3系統が出現し,2次移植においてもドナーの細胞は維持された.また,Val欠乏飼料で飼育したマウスは生殖の機能が保たれており,発育の障害も認められず長期にわたり生存した(1)1) Y. Taya, Y. Ota, A. C. Wilkinson, A. Kanazawa, H. Watarai, M. Kasai, H. Nakauchi & S. Yamazaki: Science, 354, 1152 (2016)..放射線照射なしに飼料を変えるだけでドナーの細胞に置換できる結果は,画期的であり驚きである.

ヒトの造血細胞においては,in vitroにおいてValとLeu要求性があることが確認され,極めて重度な複合型免疫不全を呈するNOGマウス(5)5) M. Ito, H. Hiramatsu, K. Kobayashi, K. Suzue, M. Kawahata, K. Hioki, Y. Ueyama, Y. Koyanagi, K. Sugamura, K. Tsuji et al.: Blood, 100, 3175 (2002).にヒトの骨髄細胞を移植してヒトの造血を再構築したマウスにおいてもVal欠乏飼料によってヒト造血前駆細胞が減少することから,Valはヒトにおいても造血の維持に欠くことのできないアミノ酸であることが示唆された(1)1) Y. Taya, Y. Ota, A. C. Wilkinson, A. Kanazawa, H. Watarai, M. Kasai, H. Nakauchi & S. Yamazaki: Science, 354, 1152 (2016).

造血幹細胞維持にアミノ酸のバランスが非常に重要であることが初めて示され,必須アミノ酸の概念を覆した.しかしながら,なぜ造血幹細胞においてValのみが重要であるかは依然として不明であり,メタボロームや代謝フラックスなどさらなる研究成果が待たれる.また,骨髄ニッチによる造血幹細胞維持と同様の概念が白血病幹細胞においても提唱されている.マウスの白血病細胞株がVal欠乏に感受性でCaspase-3の活性化を伴うアポトーシスが誘導されるという報告(6)6) K. Ohtawa, T. Ueno, K. Mitsui, Y. Kodera, M. Hiroto, A. Matsushima, H. Nishimura & Y. Inada: Leukemia, 12, 1651 (1998).,間葉系間質細胞がシスチンの代謝を制御することにより慢性リンパ性白血病細胞においてグルタチオンを増加させ生存および薬剤耐性に寄与するという報告(7)7) W. Zhang, D. Trachootham, J. Liu, G. Chen, H. Pelicano, C. Garcia-Prieto, W. Lu, J. A. Burger, C. M. Croce, W. Plunkett et al.: Nat. Cell Biol., 14, 276 (2012).がある.もしValの欠乏した環境が造血幹細胞と同様に白血病(幹)細胞など悪性腫瘍においても効果を示すのであれば,アミノ酸の制御は移植の前処置やがんの分野においても新しい治療法となるかもしれない.

Reference

1) Y. Taya, Y. Ota, A. C. Wilkinson, A. Kanazawa, H. Watarai, M. Kasai, H. Nakauchi & S. Yamazaki: Science, 354, 1152 (2016).

2) H. Ema, Y. Morita, S. Yamazaki, A. Matsubara, J. Seita, Y. Tadokoro, H. Kondo, H. Takano & H. Nakauchi: Nat. Protoc., 1, 2979 (2006).

3) M. J. Kiel, O. H. Yilmaz, T. Iwashita, O. H. Yilmaz, C. Terhorst & S. J. Morrison: Cell, 121, 1109 (2005).

4) B. Gyurkocza & B. M. Sandmaier: Blood, 124, 344 (2014).

5) M. Ito, H. Hiramatsu, K. Kobayashi, K. Suzue, M. Kawahata, K. Hioki, Y. Ueyama, Y. Koyanagi, K. Sugamura, K. Tsuji et al.: Blood, 100, 3175 (2002).

6) K. Ohtawa, T. Ueno, K. Mitsui, Y. Kodera, M. Hiroto, A. Matsushima, H. Nishimura & Y. Inada: Leukemia, 12, 1651 (1998).

7) W. Zhang, D. Trachootham, J. Liu, G. Chen, H. Pelicano, C. Garcia-Prieto, W. Lu, J. A. Burger, C. M. Croce, W. Plunkett et al.: Nat. Cell Biol., 14, 276 (2012).