Kagaku to Seibutsu 56(5): 324-330 (2018)
解説
老化制御研究の最前線老化指標の探索
Frontier of Aging Regulation Research: Search for Aging Index
Published: 2018-04-20
2016年に報告された日本人の「平均寿命」は,女性87.14歳,男性80.98歳であり,女性はやがて90歳にまですぐに手が届きそうな勢いである.その一方で,自立した生活を送れる期間,すなわち「健康寿命」は,平均寿命より男性は約9年,女性は約12年も短いのが現状である.これは支援や介護を必要とする期間が,われわれの人生の最後に平均で9~12年もあるかもしれないことを示している.短いようで長い人生,いつまでも元気に過ごすためには,健康寿命をできるだけ平均寿命に近づける必要がある.本稿では,健康寿命を延ばすための最近の老化制御研究や老化指標の探索研究について,われわれの研究成果を交えながら解説する.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
ヒトは性成熟期以降,加齢に伴い細胞や組織の機能が低下し,やがて死に至る.混同しやすい言葉だが,「加齢」と「老化」の意味は異なる(図1図1■加齢と老化の違い).加齢とはヒトが生まれてから死ぬまでの時間経過,すなわち暦年齢を示す.ヒトは生まれてから時間の経過に従い,1歳,2歳と誰もが同じ速度で加齢が進む.そのため,同一出生日の友人に途中で年齢が引き離されることはない.一方,老化とは性成熟期以降(ヒトの場合はおおむね20~30歳以降),すべてのヒトに起こりうる加齢に伴う生理機能の低下である.生理機能の低下速度は,すべてのヒトで同じではない.なぜなら,老化の進行には,遺伝的要因や生活環境要因が複雑に絡み合って影響しているためである.双子の調査から,誕生してから死ぬまでの期間,すなわち「寿命(最長寿命)」に対する遺伝子の寄与率は約25~30%と言われている(1)1) A. M. Herskind, M. McGue, N. V. Holm, T. I. Sorensen, B. Harvald & J. W. Vaupel: Hum. Genet., 97, 319 (1996)..残りの70~75%は,後天的な要因が大きく占めることから,老化の速度を自分自身でコントロール(制御)することは可能である.すなわち,生活環境要因を可能な限り良くすれば,老化の速度を遅らせることができる.しかし,老化そのものを止めたり,逆戻り(若返り)させたりすることはできない.また,老化と病気も混同されやすいが,老化は決して病気ではない.もし,老化を病気として捉えると20~30歳以降のヒトは,すべて病人になってしまう.
老化の速度は,個人個人でバラバラである.例え,同じ年齢でも老化の速度が速い人もいれば,遅い人もいる.また,老化の進行程度,すなわち老化度のばらつき幅(個人差)は,年齢が増すにつれて次第に拡がってゆく.もし,老化度を正確に測定でき,年齢ごとの平均を求めることができれば,自分の老化度が実年齢よりも進行しているのか,それとも平均以下であるため,実年齢よりも若いと言えるのかなどを評価できる.いつまでも若いままでありたいと思うのが,男女共通の願いである.そのため,自分の老化度を知ることは,それ以降の老化速度を遅らせる自助努力にもつながる.しかし,老化度を測定するための確実な老化指標は,まだ見つかっていない.簡易的には,皮膚の色艶やシワの有無,体格などの外見的な容姿から,相手の実年齢を大雑把には推測できる.しかし,その人の内面的(生理的)な老化度については,外見からは推測できない.また,外見的な老化度がどれだけ正しいのか,科学的にも評価できない.しかし,老化を客観的に評価するためには,当然何らかの老化指標が必要である.では,何が老化指標になりうるのか.ヒトでの主要臓器の加齢変化から老化指標を考えてみたい.
男性の心臓重量は,20歳代では300 g前後,80歳以降も300 g前後であり,加齢により心臓重量はあまり変わらない(2)2) 吉村昌雄,古谷昭雄,小西 聡,佐野嘉則,巽 信二,山口眞由,野田裕司,杉山静征:近畿大学医学雑誌,19, 297 (1994)..一方,女性の心臓重量は20歳代では250 g前後であり,50歳代では300 g前後と漸増する.また,80歳以降は300 g前後であることから,50歳以降,加齢により変わらない.組織学的に高齢者の心臓にはリポフスチン(細胞質のリソソーム内に不飽和脂肪酸の過酸化により形成される不溶性色素)やアミロイド(特定の構造をもつ不溶性の線維状タンパク質)を含む心筋細胞が多数認められる.また,心臓を取り巻く冠状動脈の硬化も強まり,弁膜も肥厚,硬化する.さらに,加齢に伴い全身の動脈硬化も進行する.
肺機能は,加齢に伴い低下する.また,高齢者では,免疫機能も低下しているため,若齢者で減少した結核がよく認められる.形態学的な特徴として,高齢者の肺には肺胞の拡張を伴う肺胞径の拡大が認められる(3)3) 佐藤 匡,瀬山邦明,石神昭人,丸山直記:THE LUNG-perspectives, 15, 155 (2007)..しかし,肺胞壁の破壊は認められない.この状態の肺を「老人肺」と呼ぶ.
近年,高齢期に発症しやすい肺の重篤な病気である慢性閉塞性肺疾患(COPD)が大きな社会問題になっている.COPDは,気道および肺実質の慢性的炎症の結果,可逆性の乏しい気流閉塞を生じる慢性呼吸器疾患であり,永続的な肺胞壁の破壊と肺胞径の拡大が同時に見られる.2015年,厚生労働省の統計によるとCOPDによる死亡順位は,全体で10位であった.しかし,COPDの根本的な予防・治療薬は,まだ開発されていない.そのため,不治の病である.
胃の粘膜上皮は,加齢に伴い萎縮し,腸上皮化生の程度や頻度が増加する.腸上皮化生とは,胃の粘膜上皮が腸の粘膜に似た上皮に変化する現象であり,胃がんのリスクが高まる.
男性の肝臓重量は,30歳代で約1.5 kgであり,それ以降は減少し,80歳以降では約1 kgである(2)2) 吉村昌雄,古谷昭雄,小西 聡,佐野嘉則,巽 信二,山口眞由,野田裕司,杉山静征:近畿大学医学雑誌,19, 297 (1994)..一方,女性の肝臓重量は,40歳代で約1.2 kgであり,80歳以降では約1 kgにまで減少する.男女でのこれら肝臓重量の減少は,肝細胞数の減少による.肝臓は,ほかの臓器に比べて予備能の大きい臓器である.そのため,アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)などの一般的な肝機能障害の程度を評価する検査値は,若年者と変わらず,見かけ上は,加齢による肝機能低下がないように思えてしまう.しかし,高齢者の肝臓では,薬物代謝能力が若年者に比べて落ちていることからも,全体的な肝機能は加齢に伴い低下すると考えられる(4)4) 日本老年医学会/日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物治療の安全性に関する研究研究班:高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015, メジカルビュー社,2015.
高齢者の膵臓の特徴としては,腺房細胞の脱落と線維化および脂肪浸潤が認められることが多い.
男性の腎臓重量は,30歳代で最高値の約320 g前後である(2)2) 吉村昌雄,古谷昭雄,小西 聡,佐野嘉則,巽 信二,山口眞由,野田裕司,杉山静征:近畿大学医学雑誌,19, 297 (1994)..それ以降は減少し,80歳以降では240 g前後である.一方,女性の腎臓重量は,40歳代で最高値の280 g前後であり,80歳以降では210 g前後にまで減少する.腎機能の指標である糸球体濾過値(GFR)と腎血漿流量(RPF)は,加齢に伴い低下する.組織学的には,加齢に伴い腎臓の糸球体数が減少し,糸球体の約30%が硝子化する.また,血管が出入りする糸球体の血管極では,輸入動脈と輸出動脈とが直接連結する頻度が加齢により増加する.腎臓も肝臓と同様に予備能の大きな臓器である.しかし,加齢に伴い少しずつ糸球体が減少し,腎臓の働きが悪くなる.やがて,予備能の閾値を超すとタンパク尿が現れ,慢性腎臓病(CKD)を発症する.
骨組織像では,加齢に伴い骨量の減少が認められる.高齢者に多く発症する骨粗鬆症は,進行した骨吸収により,骨の構築構造が脆弱化した状態である.また,骨粗鬆症は,閉経期後の女性に多発することから,エストロゲン分泌量の低下との関連も指摘される.
大脳皮質や小脳皮質の神経細胞は,加齢に伴い減少する.さらに,脳が萎縮を起こし,脳重量も減少する.これらの加齢変化に合わせて,短期的な記憶や運動能力が減弱する.極端な認知機能の低下や脳萎縮は,アルツハイマー病など認知症の症状であるが,老化による退行的変化と疾患との境界は,曖昧である.
前述のように,加齢に伴いヒトの主要な臓器では,さまざまな退行的変化が認められる.われわれは,新しい老化指標を見いだすため,加齢に伴い減少または増加するタンパク質をラットの肝臓からプロテオーム解析により探索した.そして,1992年に加齢に伴い肝臓で減少するタンパク質として加齢指標タンパク質30(SMP30/Senescence Marker Protein-30)を発見した(5, 6)5) T. Fujita, K. Uchida & N. Maruyama: Biochim. Biophys. Acta, 1116, 122 (1992).6) T. Fujita, T. Shirasawa, K. Uchida & N. Maruyama: Biochim. Biophys. Acta, 1132, 297 (1992)..当時,加齢により増減するタンパク質は,多く見つかった.しかし,そのほとんどのタンパク質は,ホルモンによる影響を受けており,雌雄で異なる増減傾向を示した.たとえば,雄では加齢により減少または増加するが,雌では変わらない.または,その逆である.ホルモンにより影響を受けるタンパク質は,老化指標にはなりにくい.SMP30は,ホルモンの影響を受けず,雌雄共に加齢で減少した.さらに,SMP30の加齢に伴う減少は,肝臓以外に腎臓や肺でも認められた(7, 8)7) T. Fujita, T. Shirasawa, K. Uchida & N. Maruyama: Mech. Ageing Dev., 87, 219 (1996).8) T. Mori, A. Ishigami, K. Seyama, R. Onai, S. Kubo, K. Shimizu, N. Maruyama & Y. Fukuchi: Pathol. Int., 54, 167 (2004)..ヒトでも同様にSMP30が減少するかは,まだ明らかではない.
SMP30は,肝臓可溶性タンパク質の約1%も存在する.しかし,これだけ多量に存在するタンパク質であるにもかかわらず,からだの中での役割や機能は長い間はっきりしなかった.われわれは,SMP30を合成できない究極のSMP30減少動物であるSMP30ノックアウトマウスを作出できれば,その役割や機能をはっきりさせることができると考えた.そして,遺伝子操作によりSMP30ノックアウトマウスを作出した(9)9) A. Ishigami, T. Fujita, S. Handa, T. Shirasawa, H. Koseki, T. Kitamura, N. Enomoto, N. Sato, T. Shimosawa & N. Maruyama: Am. J. Pathol., 161, 1273 (2002)..しかし,このマウスは正常に生まれ,外見上は野生型マウスと何ら変わりがなかった.興味深いことに,SMP30ノックアウトマウスは,約6カ月で半数(50%)のマウスが死亡した(10)10) A. Ishigami, Y. Kondo, R. Nanba, T. Ohsawa, S. Handa, S. Kubo, M. Akita & N. Maruyama: Biochem. Biophys. Res. Commun., 315, 575 (2004)..死亡時の病理所見は,ガンや疾患などは一切認められず,臓器全体が萎縮するヒトの老衰に似た症状そのものであった.一方,野生型マウスは,約24カ月で半数のマウスが死亡した.単純に計算するとSMP30ノックアウトマウスの寿命は,野生型マウスの4分の1に短縮したことになる.
今までに世界中で多くのノックアウトマウスが作出されてきた.そして,そのいくつかのマウスは,早期に死亡した.しかし,その死亡原因は,特定の臓器疾患や全身性の代謝異常がほとんどであった.前述のように,老化は病気ではない.したがって,作出したノックアウトマウスが早期に病気になり,死亡したからといって,そのマウスの老化が加速したとはいえない.われわれが作出したSMP30ノックアウトマウスは,死亡時に病理解剖を行っている.しかし,特定の臓器疾患は認められなかった.このことから,SMP30の欠損は,老化の進行と密接な関係にあると考えた.
1980年代にヒトゲノムプロジェクトが発足して以来,多種多様な生物の遺伝子が明らかになった.われわれは,米国立バイオテクノロジー情報センター(NCBI)の遺伝子データベースを用いた検索から,SMP30が藍藻(藍色細菌とも呼ばれる細菌の一種)にある酵素,グルコノラクトナーゼのアミノ酸配列と非常によく似ていることを発見した.われわれは,SMP30が高等生物でのグルコノラクトナーゼそのものではないかと考えて,グルコノラクトナーゼ活性をもつか否かを検討した.すなわち,ラットの肝臓からSMP30を精製し,グルコノラクトナーゼ活性を測定した.その結果,SMP30に酵素活性が認められた.また,逆にグルコノラクトナーゼ活性を指標にしてラットの肝臓から精製したタンパク質のアミノ酸配列を決定したところ,SMP30と同一であった.さらに,大腸菌で発現させたSMP30組換えタンパク質も,確かにグルコノラクトナーゼ活性をもっていた.このように,SMP30は間違いなく高等生物でのグルコノラクトナーゼそのものであることが証明された(11)11) Y. Kondo, Y. Inai, Y. Sato, S. Handa, S. Kubo, K. Shimokado, S. Goto, M. Nishikimi, N. Maruyama & A. Ishigami: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 5723 (2006)..
哺乳類において,グルコノラクトナーゼはビタミンC合成経路の最後から2番目に位置する酵素であり,L-グロン酸をL-グロノ-γ-ラクトンへとラクトン化する(図2図2■ビタミンC合成経路).その生成物は,次に酸化されてビタミンC(L-アスコルビン酸)へと変換される.当時,多くのビタミンC研究者がさまざまな動物種からグルコノラクトナーゼの精製や同定を試みていた.しかし,誰も同定までに至らなかった.このとき,われわれは,SMP30が哺乳類でのグルコノラクトナーゼであることを証明したのと同時に,世界で初めてビタミンC合成経路の未同定であった酵素,グルコノラクトナーゼの同定に至った.
ヒト,霊長類,モルモットは,ビタミンC合成経路の最後に位置する酵素,L-グロノラクトン酸化酵素に遺伝子変異があるため,体内でビタミンCを合成できない(図2図2■ビタミンC合成経路).しかし,マウスはL-グロノラクトン酸化酵素に遺伝子変異がないため,体内でビタミンCを合成できる.SMP30(グルコノラクトナーゼ)は,L-グロノラクトン酸化酵素の一つ手前に位置する酵素である.したがって,SMP30ノックアウトマウスは,ビタミンCを合成できないはずである.検証するため,ビタミンCを全く含まない餌と飲み水を与えて飼育したところ,SMP30ノックアウトマウスは体重が減少し,コラーゲン繊維の構築不全による骨密度の低下,大腿骨の骨折,壊血病性念珠(肋軟骨形成異常)などの典型的なビタミンC欠乏症である壊血病の症状が認められた(11)11) Y. Kondo, Y. Inai, Y. Sato, S. Handa, S. Kubo, K. Shimokado, S. Goto, M. Nishikimi, N. Maruyama & A. Ishigami: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 5723 (2006)..また,SMP30ノックアウトマウスは,生後176日目までにすべて死亡した.死亡時のSMP30ノックアウトマウスの肝臓や腎臓,血液中のビタミンC含量は野生型マウスの1.6%以下と著しく低かった.これらの結果から,SMP30ノックアウトマウスは,ヒトと同様に体内でビタミンCを合成できないことが明らかになった.
壊血病で死んだからといって,ビタミンC欠乏が老化を加速したとは言えない.なぜなら,壊血病は病気であって,老化は病気ではないからである.われわれは,SMP30がグルコノラクトナーゼであることを明らかにする以前から,SMP30ノックアウトマウスの寿命が野生型マウスの4分の1に短縮していることを明らかにしていた(10)10) A. Ishigami, Y. Kondo, R. Nanba, T. Ohsawa, S. Handa, S. Kubo, M. Akita & N. Maruyama: Biochem. Biophys. Res. Commun., 315, 575 (2004)..しかし,このときは,餌の中にごく少量のビタミンCが含まれていたため,壊血病にはならなかった.概算で,マウスが1日に必要とするビタミンC量の僅か約2.5%しか摂取できていなかった計算になる.そして,ビタミンCの不足状態が長く続いたために寿命が4分の1に短縮した,すなわち老化が加速したと考えられる.このように,ビタミンCの長期的な不足により寿命が短くなる(図3図3■ビタミンCの長期的な不足により寿命が短縮).では,逆にビタミンCを多量に摂取すればわれわれの寿命を延ばすことが可能であるのか.当然に湧き起こる疑問である.しかし,この疑問の答えは,まだ得られていない.
寿命の延長効果がある老化介入方法として,カロリー制限がよく知られる.カロリー制限は,多くの生物種で寿命を延ばし,加齢疾患の発症を遅らせる.しかし,サルやヒトなどの霊長類でもその効果が期待できるかは長い間,論争になっていた.1980年代後半に米国のウィスコンシン大学と米国国立老化研究所において,アカゲザルを用いた2つのカロリー制限の研究が開始された.そして,ウィスコンシン大学からは2009年と2014年に「カロリー制限には寿命の延長効果がある」と報告された(12, 13)12) R. J. Colman, R. M. Anderson, S. C. Johnson, E. K. Kastman, K. J. Kosmatka, T. M. Beasley, D. B. Allison, C. Cruzen, H. A. Simmons, J. W. Kemnitz et al.: Science, 325, 201 (2009).13) R. J. Colman, T. M. Beasley, J. W. Kemnitz, S. C. Johnson, R. Weindruch & R. M. Anderson: Nat. Commun., 5, 3557 (2014)..しかし,米国国立老化研究所からは2012年に「カロリー制限には有意な寿命延長効果を見いだせなかった」と報告された(14)14) J. A. Mattison, G. S. Roth, T. M. Beasley, E. M. Tilmont, A. M. Handy, R. L. Herbert, D. L. Longo, D. B. Allison, J. E. Young, M. Bryant et al.: Nature, 489, 318 (2012)..どうしてこのような食い違いが生じたのか.その原因を明らかにするため,ウィスコンシン大学と米国国立老化研究所はお互いのデータを持ち寄り,共同で統計チームを編成して,サルの生存率,体重変化,食物摂取量,加齢性疾患の罹患率など,縦断的データの比較を試みた.その結果,寿命延長効果の矛盾が生じた要因として,ウィスコンシン大学のカロリー制限研究では,カロリー制限により体重の減少,肥満の減少,食餌量の減少が認められ,それが寿命の延長につながったのではないかと考えられた.一方,米国国立老化研究所のカロリー制限研究で採用したサルの体重は,ウィスコンシン大学のカロリー制限研究に採用したサルの体重よりも元々少なく,ウィスコンシン大学のカロリー制限を実施したサルとほとんど同じであった.カロリー制限による体重減少が寿命延長効果をもたらす一つの要因であったのかもしれない.また,アカゲザルは,ヒトと同様に年齢が増すにつれて,がんや心臓病などの疾患が多くなる.そのため,両施設では,獣医が半年ごとにサルの健康状態を診察して,サルコペニア,骨粗しょう症,関節炎,憩室炎,白内障,持続性心雑音,がん,糖尿病,心臓病などの加齢性疾患の有無を診断した.そして,加齢性疾患と診断された年齢をもとに罹患率曲線を作成した.統計解析の結果,ウィスコンシン大学のカロリー制限研究では,カロリー制限を実施したサルに比べてコントロールのサルは,およそ2.7倍も加齢性疾患が多く認められた.また,米国国立老化研究所のカロリー制限研究でも,カロリー制限を実施したサルに比べてコントロールのサルでは,およそ2倍も加齢性疾患が多く認められた.がんの罹患率も両施設共にカロリー制限を実施したサルの方がコントロールのサルに比べて低かった.このように,カロリー制限は,加齢性疾患の罹患率を引き下げると考えられる.これらの解析結果をもとに,ウィスコンシン大学と米国国立老化研究所は共著で2017年に「カロリー制限は,アカゲザルの健康長寿に効果がある」と報告した(15)15) J. A. Mattison, R. J. Colman, T. M. Beasley, D. B. Allison, J. W. Kemnitz, G. S. Roth, D. K. Ingram, R. Weindruch, R. de Cabo & R. M. Anderson: Nat. Commun., 8, 14063 (2017)..健康寿命とは,日常生活に制限のない期間である.したがって,アカゲザルでの研究結果をヒトに外挿すると,「ヒトのカロリー制限は,最長寿命ではなく,健康寿命の延伸に効果がある」ことになる.
内閣府の平成29年版高齢社会白書より,わが国における65歳以上の高齢者人口は,2042年にピークを迎え,その後は減少に転じる.一方,65歳以上の人口が総人口に占める割合,すなわち高齢化率は,2036年に33.3%となり,3人に1人が65歳以上の高齢者となる.そして,2065年には高齢化率が38.4%に達し,国民の2.6人に1人が65歳以上の高齢者となる.同年,75歳以上の人口割合は,25.5%となり,4人に1人が75歳以上の高齢者になると推計されている.このように,日本の高齢化社会は,少なくとも今後50年は続くことになる.日本での高齢化社会の一番の問題点は,健康寿命と平均寿命(0歳時における平均余命)との乖離である.2010(平成22)年の健康寿命は,女性が73.62年,男性が70.42年であった.また,平均寿命は,女性が86.30年,男性が79.55年であり,平均寿命と健康寿命の差は,女性が12.68年,男性が9.13年であった.一方,2013(平成25)年の日本人の平均寿命と健康寿命の差は,女性が12.40年,男性が9.02年であり,3年の間に女性が0.28年,男性が0.11年と僅かに縮まっただけである.平均寿命と健康寿命の差が今後も縮まらなければ,われわれは,人生の最後に平均で9~12年も他人の手助けを借りることを余儀なくされる.短いようで長い人生,いつまでも元気に過ごすためには,健康寿命をできるだけ平均寿命に近づける必要がある.
厚生労働省の平成28年「国民健康・栄養調査」により,日本での65歳以上の高齢者に占める低栄養傾向(BMI≦20 kg/m2)の割合は,男性が12.8%,女性が22.0%であり,高齢者の低栄養がうかがえる(図4図4■低栄養傾向の者(BMI≦20 kg/m2)の割合の年次推移(65歳以上)(平成18~28年)).また,低栄養傾向の割合をこの10年間で見ると,男性は横ばいであるが,女性は有意に増加している.また,性・年齢階級別にみると,男女とも85歳以上に占める低栄養傾向の割合が最も高かった(図5図5■低栄養傾向の者(BMI≦20 kg/m2)の割合(65歳以上,性・年齢階級別,全国補正値)).先に,アカゲザルを用いたカロリー制限研究により「カロリー制限は,アカゲザルの健康長寿に効果がある」と述べた.しかし,原著論文の中にも「カロリー制限の開始時期や食餌成分によりカロリー制限の有益な効果が異なる」とはっきり記載されている.日本人では,成長期以降,中年期までは,サルと同様にカロリー制限の実施により,生活習慣病の発症を抑え,健康寿命の延伸につながるかもしれない.しかし,高齢期にカロリー制限を実施すると,逆に低栄養に陥り,生理機能や免疫機能が低下して,健康寿命や平均寿命を短縮しかねない.日本全国7地域で40歳以上の男女約35万人を平均12.5年間にわたり追跡調査を行った結果,BMIの低い人(14.0~18.9)は,標準値の人(23.0~24.9)に比べて,男性で1.64倍,女性で1.55倍も死亡リスクが高まることが報告されている(16)16) S. Sasazuki, M. Inoue, I. Tsuji, Y. Sugawara, A. Tamakoshi, K. Matsuo, K. Wakai, C. Nagata, K. Tanaka, T. Mizoue et al.; Research Group for the Development and Evaluation of Cancer Prevention Strategies in Japan: J. Epidemiol., 21, 417 (2011)..
低栄養傾向の判断基準の一つは,BMIであるが,毎年の健康診断で測定する血液中のアルブミン値でも判断できる.アルブミン値が4.0 g/dLを下回ると低栄養傾向の可能性がある.アルブミンは,肝臓で多く作られるタンパク質であり,体内のアミノ酸量を反映すると考えられている.東京都健康長寿医療センター研究所が群馬県の草津町で実施した高齢者健診の受診者,男女1,620人を対象に調査(2002~2012年)した結果,アルブミン値の低い人(4.0 g/dL以下)は,アルブミン値の高い人(4.5 g/dL以上)に比べて,男性で3.47倍,女性でも2.76倍,要介護状態になるリスクが高まることが報告されている.
低栄養による死亡,介護リスクの増加を避けるためには,高齢期に不足しがちなタンパク質やビタミン,ミネラルを毎日の食事から十分に摂取する必要がある.しかし,加齢に伴い一度に食べられる食事量が減る場合もある.その場合には,サプリメントや栄養補助食品を併用することが望ましい.食と健康は,一体である.健康寿命を延ばす方法は,バランスの取れた食事から始まる.
Reference
2) 吉村昌雄,古谷昭雄,小西 聡,佐野嘉則,巽 信二,山口眞由,野田裕司,杉山静征:近畿大学医学雑誌,19, 297 (1994).
3) 佐藤 匡,瀬山邦明,石神昭人,丸山直記:THE LUNG-perspectives, 15, 155 (2007).
4) 日本老年医学会/日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物治療の安全性に関する研究研究班:高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015, メジカルビュー社,2015
5) T. Fujita, K. Uchida & N. Maruyama: Biochim. Biophys. Acta, 1116, 122 (1992).
6) T. Fujita, T. Shirasawa, K. Uchida & N. Maruyama: Biochim. Biophys. Acta, 1132, 297 (1992).
7) T. Fujita, T. Shirasawa, K. Uchida & N. Maruyama: Mech. Ageing Dev., 87, 219 (1996).