Kagaku to Seibutsu 56(5): 331-337 (2018)
解説
血小板産生因子トロンボポエチンの発見と次世代受容体作動薬の開発創薬につなげる発見研究展開のヒント
The Discovery of Thrombopoietin and the Developments of Its Next-Generation Receptor Agonists: Tips for Discovery Research Leading to Pharmaceutical Development
Published: 2018-04-20
ヒトの赤血球,各種の白血球,血小板はいずれも造血幹細胞から増殖・分化して派生する(図1A図1■造血の概観).これらの血球前駆細胞の増殖・分化・成熟は,造血因子(サイトカイン)や,造血組織環境の細胞相互作用(ニッチ)が細胞外要因として作用する.また細胞内ではシグナル伝達系や転写因子が血球細胞の増殖・分化を調節する.さらに細胞内外でマイクロRNAなどの非翻訳RNAが調節系に干渉する.造血因子では,赤血球産生に欠かせないエリスロポエチン(erythropoietin; EPO, 図2A図2■EPO, TPOおよびTPO受容体作動薬の分子構造),白血球の一種である好中球産生を起こす顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte colony-stimulating factor; G-CSF)が発見され,遺伝子組換え製剤がヒト臨床で処方されている.わが国では各々1990年と1991年に承認され,貧血や好中球減少症の治療薬となった.EPOやG-CSFに続いて,血小板産生を担う造血因子トロンボポエチン(Thrombopoietin; TPO, 図2B図2■EPO, TPOおよびTPO受容体作動薬の分子構造)が発見され(コラム参照),創薬と臨床開発において数々の教訓を残した.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
閉鎖血管系をもつ脊椎動物は,血管が破れると失血を防ぐために血小板が凝集して血栓が形成される(一次止血).さらに血小板血栓にフィブリン網が加わり,より強固なフィブリン血栓となる(二次止血).その後,血管内皮が修復されると,プラスミノーゲンアクチベーターが生成するプラスミンが血栓を分解する(線溶系).細胞の中でも血小板は際立って小型で無核の特異な形態をもつ.1842年にAlfred DonnéとWilliam Addisonはそれぞれ,小細胞とフィブリンとが凝集塊を造ることを初めて報告し,1874年にはWilliam Oslerはこのような小細胞が血液を循環していること見いだした.次いで1882年にGiulio Bizzozeroはこの小細胞は外来性ではなく内在性であり,フィブリンとともに血管に接着・凝集して止血することを示した.1900年代初頭にJames Homer Wrightは化学染色を施した骨髄細胞を顕微鏡下で観察し,多核化した大型細胞(巨核球)から伸びた仮足様の構造が断片化して小細胞(plateと記載)が生じることを見いだした.こうして巨核球(megakaryocyte)を前駆細胞とする血小板(platelet)の存在が明らかにされ,巨核球や血小板が骨髄を起源とする血球であることが確定した.骨髄巨核球が特異的な形態変化(胞体突起形成:proplatelet formation,図1A図1■造血の概観)を起こして血小板が産生される分子機序は十分に解明されていない.
ヒトTPOは332アミノ酸残基と糖鎖からなる糖タンパク質分子(図2B図2■EPO, TPOおよびTPO受容体作動薬の分子構造)であり,ヒトTPO遺伝子クローニングの研究過程でラット,マウス,イヌのTPO遺伝子のクローニングも一気に完了した(コラム参照).
(A)ヒトEPO.N-結合型糖鎖3本に加えて,O-結合型糖鎖(図示を省略)が少なくとも1本付加される.(B)ヒトTPO完全長(1, 21)1) T. Kato, A. Matsumoto, K. Ogami, T. Tahara, H. Morita & H. Miyazaki: Stem Cells, 16, 322 (1998).21) T. Kato: “Handbook of Hormones,” ed. by Y. Takei, H. Ando & K. Tsutsui, Elsevier, 2015, p. 314..受容体のMplとの結合領域は2組のジスルフィド結合を含むN末端側領域にあり,O-結合型糖鎖が少なくとも3本付加される.C末端側領域には6本のN-結合型糖鎖と,少なくとも5本のO-結合型糖鎖が付加される(rHuTPOも同一の構造).(C)PEG-rHuPGDF, TPOのN末端側領域のN末端に20 kDのポリエチレングリコール鎖を付加した分子(7, 8)7) D. J. Kuter: Blood, 109, 4607 (2007).8) D. J. Kuter & C. G. Begley: Blood, 100, 3457 (2002)..(D)ロミプロスチム(AMG531).アムジェン社(米国)が創製した皮下注射薬.イムノグロビン(IgG1)定常領域(2~228番目)に,ファージディスプレイでスクリーニングされた14アミノ酸残基(a. a.)のMpl結合ペプチドをタンデム(229~269番目)に並べ,269個のアミノ酸残基からなる融合タンパク質の二量体(分子量59,085)(7, 11)7) D. J. Kuter: Blood, 109, 4607 (2007).11) G. Molineux: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1222, 55 (2011)..(E)エルトロンボパグ(SB497115).グラクソ・スミスクライン社(英国),ノバルティスファーマ社(スイス)が臨床開発した経口低分子製剤(7)7) D. J. Kuter: Blood, 109, 4607 (2007)..他の分子とは異なり,Mplの細胞膜貫通領域と相互作用する.4-αヘリックス・バンドル構造をもつEPO(A)およびTPOのN末端側領域(B, C)の結晶構造デはProtein Data Bankの公開データ(各々のIDは1EER, 1V7M)をProtein Workshop(25)25) J. L. Moreland, A. Gramada, O. V. Buzko, Q. Zhang & P. E. Bourne: BMC Bioinformatics, 6, 21 (2005).で描画した.エルトロンボパグ(E)の構造は米国National Center for Biotechnology Information(NCBI)のPubChem Compound Databaseのデータ(CID=9846180)をPubChem3D(26)26) E. E. Bolton, J. Chen, S. Kim, L. Han, S. He, W. Shi, V. Simonyan, Y. Sun, P. A. Thiessen, J. Wang et al.: J. Cheminform., 3, 32 (2011).で描画した.
TPOによる血小板・巨核球造血の生理調節を考えるうえで重要な翻訳後修飾のポイントは2点ある.一つは糖鎖構造,もう一つは分子切断(truncation)である.ヒトTPOは主に肝臓の肝実質細胞から血液中に分泌される.赤血球造血では,貧血になると腎臓の血液酸素分圧をセンシングして,低酸素誘導因子(HIF)を介するEPOの発現調節がある.しかし末梢血小板数に直接応答するTPOの転写調節は見いだされておらず,肝実質細胞での発現は構成的で一定である(1)1) T. Kato, A. Matsumoto, K. Ogami, T. Tahara, H. Morita & H. Miyazaki: Stem Cells, 16, 322 (1998)..それにもかかわらず血中の遊離型TPO濃度は,血小板数と骨髄巨核球数が変動する病態に伴って変化する.その謎はKuterらによって「スポンジモデル」となって解明されており,血小板や巨核球に発現するTPO受容体のMplにTPOが結合し,血小板数や巨核球数に依存して遊離型TPO量が変動するからである(1)1) T. Kato, A. Matsumoto, K. Ogami, T. Tahara, H. Morita & H. Miyazaki: Stem Cells, 16, 322 (1998)..血小板減少症動物の血液から純化されたTPOは,全長の中ほどで切断されたN末端側の部分長であり,EPOやほかのサイトカイン類と同様に4-αヘリカルバンドル構造(2)2) M. D. Feese, T. Tamada, Y. Kato, Y. Maeda, M. Hirose, Y. Matsukura, H. Shigematsu, T. Muto, A. Matsumoto, H. Watarai et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 1816 (2004).(図2B図2■EPO, TPOおよびTPO受容体作動薬の分子構造)をもつ.この領域があればMplと結合して生物活性を示す.C末端側領域は高度に糖鎖が付加されているため特定の構造を取らない.チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞でヒトTPOを発現すると,SDS電気泳動上の見かけ上の分子量は10万前後にもなる(3)3) T. Kato, A. Oda, Y. Inagaki, H. Ohashi, A. Matsumoto, K. Ozaki, Y. Miyakawa, H. Watarai, K. Fuju, A. Kokubo-Watarai et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 4669 (1997)..N-結合型糖鎖を欠失すると細胞からの分泌が抑制(4)4) T. Muto, M. D. Feese, Y. Shimoda, Y. Kudou, T. Okamoto, T. Ozawa, T. Tahara, H. Ohashi, K. Ogami, T. Kato et al.: J. Biol. Chem., 275, 12090 (2000).され,さらに血中半減期が短縮される.
N-結合型糖鎖を欠失したN末端領域はMplとの親和性が増大して高比活性型になる(3)3) T. Kato, A. Oda, Y. Inagaki, H. Ohashi, A. Matsumoto, K. Ozaki, Y. Miyakawa, H. Watarai, K. Fuju, A. Kokubo-Watarai et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 4669 (1997)..血小板減少症患者血液中にはN末端領域の部分長分子の存在を認めるが,健常人の血中TPOの大部分は全長型である(5)5) A. Matsumoto, T. Tahara, H. Morita, K. Usuki, H. Ohashi, A. Kokubo-Watarai, K. Takahashi, E. Shimizu, H. Tsunakawa, K. Ogami et al.: Thromb. Haemost., 82, 24 (1999)..全長TPOにはトロンビン切断部位(3)3) T. Kato, A. Oda, Y. Inagaki, H. Ohashi, A. Matsumoto, K. Ozaki, Y. Miyakawa, H. Watarai, K. Fuju, A. Kokubo-Watarai et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 4669 (1997).やセリンプロテアーゼの標的になる塩基性二アミノ酸残基部位(RR)があり,分子切断が血小板数調節に関与する可能性がある.
Mplは血小板と巨核球系前駆細胞だけではなく,当初の予想を超えて他血球系譜の未熟細胞や,CD34陽性細胞を含む多能性幹細胞にも発現する.巨核球は核が多倍体化した大型の細胞であり,多数の仮足状の胞体突起に血流のシェアストレスが加わって,数千もの無核の小細胞を血液循環に放出する.これが血小板である.肝臓から分泌されたTPOが骨髄の巨核球系細胞のMplと結合すると,JAK, STAT, MAPキナーゼを含む複数のシグナル伝達経路が活性化し,巨核球のアポトーシスは抑制され,巨核球の数,サイズ,核の倍数性が増加する.この結果,血小板産生が亢進する.不思議なことに成熟巨核球の胞体突起形成は逆に抑制される.本稿では生理活性や臨床応用の詳細な説明は他書(6~8)6) 宮川義隆:臨床血液,50, 1434 (2009).7) D. J. Kuter: Blood, 109, 4607 (2007).8) D. J. Kuter & C. G. Begley: Blood, 100, 3457 (2002).に譲るが,遺伝子組換えTPOを得て精査された結果,当初の予想とは異なる3点の知見があったことは強調しておきたい.1点目は,TPOの標的細胞は巨核球前駆細胞であるため,TPO投与後,直ぐには末梢血小板数は上昇しないことである.つまり緊急の血小板輸血の代替えにはならない.この事実は臨床適応症の選択に影響した.2点目は,TPO投与後の過剰な血小板数増多が血栓形成のリスクを増大させることが考えられたが,精査の結果,TPO単独では血小板凝集を直接増強しないことである.しかしADP,コラーゲンなどのアゴニストが共存すると血小板凝集は増強される(プライミング効果).そして3点目は全く想定外であったが,TPOは血小板産生活性に加えて,Mplを発現する造血幹/前駆細胞の維持・増幅活性をもつことである.
遺伝子組換えTPOは血小板減少症の画期的治療薬になると期待され,1995年から2000年にかけて臨床開発は激しい競争となった.臨床試験に投入された製剤の分子型は2種類あり,一つはCHO細胞株で発現した完全長の糖鎖付加分子rHuTPO(図2B図2■EPO, TPOおよびTPO受容体作動薬の分子構造)であり,20~40時間の循環半減期をもつ.もう一方はN末端側領域の部分長を大腸菌で発現し,これにポリエチレングリコールを共有結させて30~40時間の血中半減期を確保したPEG-rHuMGDF(図2C図2■EPO, TPOおよびTPO受容体作動薬の分子構造)である.2剤ともヒトで血小板増多作用が確認され,広範な臨床開発が進められた(8)8) D. J. Kuter & C. G. Begley: Blood, 100, 3457 (2002)..しかし両剤とも海外臨床試験の被検者にTPOを認識する抗体が出現したのである.PEG-rHuMGDFの試験では,反復投与後のがん,幹細胞移植,白血病の患者665例中4例(0.6%),健常人ボランティアの反復投与では,2回投与の210例中2例(2%)と3回投与の124例中11例(8.9%)で,巨核球の数と倍数性の減少を伴う血小板減少症が発症した.原因はPEG-rHuMGDFと内因性TPOの両方を中和する抗体の出現であった(9)9) J. Li, C. Yang, Y. Xia, A. Bertino, J. Glaspy, M. Roberts & D. J. Kuter: Blood, 98, 3241 (2001)..PEG-rHuMGDFの人工的構造と中和抗体生成の関連は不明である.これらの発症例のうち,3名は貧血と好中球減少症を併発し,造血幹細胞に対するTPOの直接作用も抑制されたことが示唆された.この結果,PEG-rHuMGDFの臨床試験は1998年9月に中止された.一方,rHuTPOの試験では,静脈投与では抗体出現例はなかったが,皮下投与1例で非中和抗体が確認され,rHuTPOの開発も2002年に中止された.かくして全世界で高まった期待は,米国食品医薬品局(FDA)が「nightmare」と表現したほど一気にしぼんだ.rHuTPOは天然型と同一のアミノ酸配列をもつ分子であり,免疫原性の本質は不明である.糖鎖を含む「天然型」と「組換え型」の分子構造の相違の比較も重要であるが,免疫系を標的にするTPOの未知の生理機能や,薬剤投与による人工的な体内分布との関連性などにも着目する必要があろう.
天然の分子構造を含む遺伝子組換えTPO製剤を第一世代とすれば,第一世代の臨床開発中止の直後から第二世代の薬剤開発が勃発した.人工ペプチド,非ペプチド性の低分子化合物,アゴニストモノクローナル抗体などのTPOミメティクス(模倣分子)が続々と登場し.まさに現代創薬の知恵の総覧となった.受容体Mplに結合する薬剤は,TPO受容体作動薬(6, 10)6) 宮川義隆:臨床血液,50, 1434 (2009).10) 宮崎 洋,加藤尚志:トロンポポエチン研究の歴史とクローニング,トロンポポエチンの基礎を知る,池田康夫(編),“トロンボポエチン受容体作動薬のすべて”,先端医学社,2012, p. 10.と総称されている.臨床試験を経て血小板減少症治療薬として承認された医薬(7)7) D. J. Kuter: Blood, 109, 4607 (2007).は,現在2種ある.一つは皮下注射剤ロミプロスチム(7, 11)7) D. J. Kuter: Blood, 109, 4607 (2007).11) G. Molineux: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1222, 55 (2011).(romiplostim;図2D図2■EPO, TPOおよびTPO受容体作動薬の分子構造)であり,米国で2008年,日本では2011年に承認された.もう一つは低分子経口剤エルトロンボパグ(7)7) D. J. Kuter: Blood, 109, 4607 (2007).(eltrombopag, SB-497115;図2E図2■EPO, TPOおよびTPO受容体作動薬の分子構造)であり,米国で2008年,日本では2010年に承認された.両者を創薬の面から比較すると,ペプチドvs.低分子化合物,注射剤vs.経口剤という典型的な対比の構図になる.いずれも第一世代のPEG-rHuMGDFやrHuTPOとは異なりヒトTPOの分子構造を含まず,交差反応する抗体産生例はない(7)7) D. J. Kuter: Blood, 109, 4607 (2007)..血小板減少症はさまざまな疾患に伴うことから,現在も適応拡大が進められている.驚くべきことに最近になって,エルトロンボパグは血小板産生活性を示す投与量以下でも強力なキレーター活性をもつことが報告(12)12) E. Vlachodimitropoulou, Y. L. Chen, M. Garbowski, P. Koonyosying, B. Psaila, M. Sola-Visner, N. Cooper, R. Hider & J. Porter: Blood, (2017).され,全細胞鉄およびフェリチン鉄の減少させることで,輸血による鉄過剰症などの治療への応用が検討されている.
TPOの発見前後に,筆者らは筆舌に尽くし難い研究・開発競争を経験した.その状況は半世紀以上も未解明の課題を抱えていた巨核球・血小板の研究領域の新展開をもたらした.しかしTPOの発見に成功したのは筆者らだけではなく,その科学的現実と企業の都合を考えると,他者が追随しない独創的研究に必要なことは何だろう,という振り返りが必要になった.また,生物学・生命科学における位置づけでは,ほんの一面の知見を得たに過ぎない.なぜならば脊椎動物約6万7千種のうち,ヒトやマウスを含む哺乳類は6千種にすぎず,巨核球・血小板造血やTPO-Mpl系の多様性や普遍性を論じるまでには至らないからである.
実は,血小板すなわち核を失った小細胞をもつ動物は哺乳類に限られる(図1図1■造血の概観).言い換えれば魚類,両生類,爬虫類,鳥類は血小板をもたず,代わりに大型で有核の「栓球(thrombocyte)」が血管を循環する.「栓球」は血栓形成能をもつ血球の総称であり,栓球の中でも“小型かつ無核”の栓球を「血小板」と称する.興味深いことに血小板をもたない動物では,赤血球も有核である.
それでは巨核球と栓球はどのように違うのか? 哺乳類以外の動物には,成熟栓球の前駆細胞である巨核球は存在するのだろうか? 血小板をもたない動物の有核栓球は,なぜ血小板放出能が欠如するのか? こうしたさまざまな視点から始まる魅力的な探求課題は多い(13)13) 谷崎祐太,加藤尚志:巨核球造血の最新知見から血小板産生機構を知る,池田康夫(編),“トロンボポエチン受容体作動薬のすべて”,先端医学社,2012, p. 19..その中には,角度を変えるとヒト臨床の課題と重なるものもある.
TPOの発見以前には,TPOは巨核球分化の最終段階で作用して血小板を放出する因子である,という仮説があった.もしこの仮説が正しければ,血小板をもたない動物はTPOやMplの遺伝子をもたないことになる.しかし遺伝子データベースを検索すると,TPOやMplと相同的配列をもつ遺伝子は,哺乳類に限局されず70種を超える脊椎動物で広汎に共有されている.これらが機能的オルソログとして普遍的な生物機能を共有するのかどうかは不明である.100年前にノーベル医学生理学賞を受賞したクロー博士は,多様な動物種を対象にする比較血液学的な研究アプローチの有用性を説いた(14)14) A. Krogh: Science, 70, 200 (1929)..実際に血液学領域では,既にゼブラフィッシュの造血研究が多くの成果を上げてきた(15)15) S. H. Orkin & L. I. Zon: Cell, 132, 631 (2008)..巨核球・血小板・栓球,TPO-Mpl系を巡る未知の造血制御系や創薬標的,治療標的の発見機会との遭遇を期待して,筆者らは有尾両生類アフリカツメガエル(Xenopus laevis),ネッタイツメガエル(Xenopus tropicalis),小型魚類メダカ(Oryzias latipes)を対象にする造血解析を進めてきた.アフリカツメガエルの肝臓,脾臓,骨髄には造血前駆/幹細胞が存在し,通常は主に肝造血が血球産生を担う(16~19)16) 加藤尚志,前川 峻,永澤和道,奥井武仁,谷崎祐太:臨床血液,57, 925 (2016).17) 加藤尚志:臨床血液,55, 1777 (2014).18) N. Nogawa-Kosaka, T. Sugai, K. Nagasawa, Y. Tanizaki, M. Meguro, Y. Aizawa, S. Maekawa, M. Adachi, R. Kuroki & T. Kato: J. Exp. Biol., 214, 921 (2011).19) T. Okui, Y. Yamamoto, S. Maekawa, K. Nagasawa, Y. Yonezuka, Y. Aizawa & T. Kato: Cell Tissue Res., 353, 153 (2013).(図1B図1■造血の概観).末梢には血小板はなく,有核栓球が循環している.TPO-Mpl系は存在しており,肝臓の細胞をTPO存在下でin vitro培養すると,大型で球形の核が多倍体化した細胞が出現した.つまりTPO-Mpl系の活性化により栓球へ分化する栓球前駆細胞,すなわち“巨核球”が両生類にも存在すると結論した(20)20) Y. Tanizaki, M. Ichisugi, M. Obuchi-Shimoji, T. Ishida-Iwata, A. Tahara-Mogi, M. Meguro-Ishikawa & T. Kato: Sci. Rep., 5, 18519 (2015)..哺乳類と比較すると,魚類や両生類の循環栓球数は血小板数に比較するとはるかに少数である.少数の栓球が担う止血血栓形成の機序の解析を通じて,血栓形成から線溶系活性化に至るまでのパスウエイに新知見がもたらされるかもしれない.また,Mpl陽性の肝臓細胞画分には,ヒトやマウスと同様に造血前駆/幹細胞が含まれることが判明した(Tanizakiら,未発表).両生類では元来,組織再生研究が盛んであるが,両生類の組織幹/前駆細胞の同定により研究展開が大きく変化する可能性がある.
脊椎動物のTPOの相同配列を精査してみたところ,ヒトをはじめとする哺乳類のTPOに見られる高度に糖鎖が付加されるC末端側領域は哺乳類に特有の配列であるとともに,哺乳類以外の動物ではN末端領域に相当する領域が欠失していた.哺乳類においては糖鎖が豊富なC末端領域は,血液循環による内分泌性の運搬などで有利なのかもしれない.
ヒトのEPOとTPOのN末端側領域(受容体結合領域)の相同性は非常に高い(図3図3■TPOとEPOの一次構造の類似性).しかし各々は特異受容体に排他的に結合し,赤血球と血小板の造血への作用は独立する.一方,生物種間でTPOのN末端側領域およびMplの細胞外領域のアミノ酸配列を比較すると,ヒトとアフリカツメガエルではそれぞれ23,22%に過ぎない(図4図4■TPOおよびMplのアミノ酸配列の相同性).ところがアフリカツメガエルのTPO-Mpl系は,ヒトと同様に栓球造血や造血幹/前駆細胞に作用する(20)20) Y. Tanizaki, M. Ichisugi, M. Obuchi-Shimoji, T. Ishida-Iwata, A. Tahara-Mogi, M. Meguro-Ishikawa & T. Kato: Sci. Rep., 5, 18519 (2015)..こうしたことから,TPO-Mpl系の血球系譜特異性と種間相同性の各々の決定要素は,見かけの一次構造の相同性にあるというよりも,“高次構造”にあることを示唆する.つまり種を超えた生体機能分子の相同性や類似性を論じるには,一次構造ではなく,立体構造の比較が必要となる時代が到来したのである.この理解を進めれば,種を超えた普遍的な分子構造要素を採り入れた人工造血因子の設計が可能になるかもしれない.この発想により,現在筆者らは,いくつかの動物のTPOやEPOの立体構造の解析に着手している.
ヒトEPO(図2A図2■EPO, TPOおよびTPO受容体作動薬の分子構造)と,ヒトTPOのN末端側領域(図2B図2■EPO, TPOおよびTPO受容体作動薬の分子構造)のアミノ酸配列の相同性(完全一致)は24%(43/181),類似性は36%(65/181)である.EMBOSS Needle(EMBL-EBI; https://www.ebi.ac.uk/Tools/psa/emboss_needle/)で解析.
2000年までにはさまざまなサイトカインが発見され,免疫,造血系の分子制御や生理調節研究は一気に発展した.EPO, G-CSFを含む組換え医薬の登場は,バイオテクノロジー創薬の輝かしい幕開けとなった.基礎と臨床が真に協調したこれらの研究は,日本人による世界的貢献が多く(21)21) T. Kato: “Handbook of Hormones,” ed. by Y. Takei, H. Ando & K. Tsutsui, Elsevier, 2015, p. 314.,今日の先鋭化した幹細胞科学や再生医療の基盤となっている.最近,カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チームは,マウスでは骨髄巨核球が肺へ移行し,肺で1時間当たり1,000万個以上,すなわち全血液中の血小板の過半数が肺で産生される,と報告した(22)22) E. Lefrancais, G. Ortiz-Munoz, A. Caudrillier, B. Mallavia, F. Liu, D. M. Sayah, E. E. Thornton, M. B. Headley, T. David, S. R. Coughlin et al.: Nature, 544, 105 (2017)..これは,骨髄環境ですべての血球が造られる,という従来の常識から逸脱する発見である.教科書を書き換えるための造血制御の深耕はまだまだ続く.
Reference
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