解説

生体イメージングによる食シグナルおよび超早期未病の可視化解析生体内のCa2+シグナルを見る

Visualization of Food Signals in Gut and Predisposition of Diseases by Intravital Imaging: Visualization of Ca2+ Signals in the Living Body

Takahiro Adachi

安達 貴弘

東京医科歯科大学難治疾患研究所免疫疾患研究分野

Published: 2018-04-20

カルシウムバイオセンサーYC3.60を細胞系譜特異的に発現するマウスを作製し,生体内で細胞の動態のみならず,活性化まで可視化できる5D(x, y,z, 時間,Ca2+シグナル)生体イメージングを確立した.このシステムを利用し,病態発症前の微細な異常(超早期の未病)の検出系を構築した.さらに,プロバイオティクスや機能性食品の腸管でのシグナリングを可視化し,生体内での食シグナルの新しい評価系を確立した.さまざまな食品成分が腸管上皮にCa2+シグナルを惹起していることが明らかになった.これら技術を組合せ,長寿健康社会を実現するために,食による超早期未病の予防・治療方法(医食同源)の確立が期待される.

はじめに

わが国の健康・医療戦略として閣議決定で“未病産業の創出”をうたっており,厚生労働省でも“健康日本21”と銘打って健康を増進する対策を進めている.さらに消費者庁でも食品機能性表示の規制緩和が行われ,国民の健康食品に対する意識も高まっている.病気をより早期に発見して治療するというコンセプトで,病態発症前の“未病”という言葉が最近は用いられているが,現在のところ明確な定義はなく,その検出方法の確立が課題となっている.増大する医療費削減の面からも,またわれわれの人体への負担も軽減できることから,早期の未病の検出方法の確立,および食による未病の予防・治療方法の開発が望まれている.一旦,病気を発症してしまうとやはり薬に頼らざるを得ないが,病気の発症まで至らない微細な異常(“超早期未病”と本稿では定義する)であれば,食による予防や治療が可能であると考えられる.私はそのような視点から,超早期未病の検出系を開発し,それを食による予防・治療法の構築を目指して,研究を進めている.それらを実現するために,生体内での細胞の状態を詳細に評価できるように,Ca2+シグナリングに着目し,生体内での超早期の未病,食シグナルの可視化システムをマウスモデル系にて構築してきたので,本稿でご紹介したい.

カルシウムバイオセンサー

Ca2+はセカンドメッセンジャーとしてほとんどの細胞で広く使われ,さまざまな情報伝達系に使われており,免疫細胞でのシグナル伝達や神経細胞などでの情報伝達などでもCa2+シグナルが使われる.また,食品成分に応答する味覚受容体やTRP(Transient Receptor Potential)受容体においてもリガンド刺激によりCa2+シグナルが使われることが知られている.図1図1■カルシウムシグナリングに示すように,Ca2+は細胞内のERなどのオルガネラのストアからの放出と,細胞外からの流入により細胞内のCa2+濃度が高くなる.これまでFura2やIndo-1, Fluo-4などの化合物がカルシウム指示薬として使われてきたが,蛍光タンパク質を利用したカルシウムバイオセンサーも開発されている.理化学研究所・宮脇敦史博士らにより開発されたYellow Cameleon 3.60(YC3.60)(1, 2)1) A. Miyawaki, O. Griesbeck, R. Heim & R. Y. Tsien: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 2135 (1999).2) T. Nagai, S. Yamada, T. Tominaga, M. Ichikawa & A. Miyawaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 10554 (2004).はCFPとVenus(YFPの円順列変異体)の2つの蛍光タンパク質の間にカルモジュリンのCa2+結合ドメインとミオシン軽鎖M13ペプチドをもち,Ca2+結合したカルモジュリン複合体とM13ペプチドが相互作用し,CFPとVenusを近接させ,紫レーザーで励起されたCFPの蛍光エネルギーがVenusと共鳴してエネルギー移動(Föster/fluorescence resonance energy transfer; FRET)が起こり,CFPではなくVenusの蛍光が発せられる(図2図2■カルシウムバイオセンサーYC3.60左上).つまり,細胞内Ca2+濃度が低い場合はFRETが起こらず,紫レーザーの励起ではCFPのシアンの蛍光が見られるが,細胞内Ca2+濃度上昇に伴いCFPからVenusへのFRETが起こり,より黄色の蛍光を発するようになる.細胞内Ca2+濃度はYFP/CFPでモニターでき,2つの蛍光タンパク質の蛍光強度の比によって表されるので,呼吸,拍動,蠕動運動,細胞の移動などによる動きのある細胞でも内在性のコントロールがとれるためそれらの影響を補正でき,YC3.60は生体イメージングに適したカルシウムバイオセンサーである.この点がCa2+に依存してGFPの立体構造の再構成による蛍光強度変化によってCa2+を検出するGCaMPなどとは異なる.また,YC3.60と同様にFRETを基盤としたもので,カルモジュンリンの替わりにトロポニンCなどほかのカルシウム結合タンパク質を利用したものも存在する(3)3) S. Direnberger, M. Mues, V. Micale, C. T. Wotjak, S. Dietzel, M. Schubert, A. Scharr, S. Hassan, C. Wahl-Schott, M. Biel et al.: Nat. Commun., 3, 1031 (2012).

図1■カルシウムシグナリング

細胞の形質膜上には各食品成分に対す受容体が存在し,直接あるいは間接的にVDCチャネル,TRPチャネル,CRACチャネル(Orai1/2),小胞体にはIP3受容体,リアノジン受容体のカルシウムチャネルが存在する.GPCR, Gタンパク質共役受容体;VDCチャネル,電位依存性Ca2+チャネル(voltage-dependent calcium channel);TRP,(transient receptor potential); IP3R, IP3受容体;RyR,リアノジン受容体;PMCA,細胞膜Ca2+-ATPase; SOCE,ストア作動性カルシウム流入(store-operated calcium entry);CICR,カルシウム誘発性カルシウム放出(calcium-induced calcium release);SERCA, sarco/endoplasmic reticulum Ca2+-ATPase.

図2■カルシウムバイオセンサーYC3.60

(左上)YC3.60の構造 Ca2+と結合するとコンパクトに構造変化し,CFPとVenusが隣接し,FRETが起こる.(右上)コンディショナルYC3.60発現コンストラクトCre存在下で,ネオマイシン耐性遺伝子が切り出され,YC3.60のタンパク質合成が起きるようになる.(下)細胞系譜特異的および全身性YC3.60発現マウス細胞系譜特異的Cre発現マウスとコンディショナルYC3.60発現マウスを交配することにより,細胞系譜特異的YC3.60発現マウスが得られる.(文献7より一部改変)

5D生体イメージングによるCa2+シグナルの可視化

リンパ球などの免疫細胞は活発に動き回りながら抗原と出会ったり,ほかの細胞と相互作用して血管やリンパ管を介して遠隔臓器に移動する.B細胞の抗原受容体(BCR)を介したシグナル伝達において,Ca2+シグナリングが誘導される(4, 5)4) 安達貴弘:炎症と免疫,24, 67(2016).5) Y. Baba & T. Kurosaki: Curr. Top. Microbiol. Immunol., 393, 143 (2016)..そこでまずは,培養細胞系でYC3.60を用いてBCRを介したCa2+シグナリングの検出感度を検討したところ,これまでのFluo-4などの蛍光プローブと同等に検出できることを確認した(6)6) T. Adachi & T. Tsubata: Biochem. Biophys. Res. Commun., 367, 377 (2008)..その結果を踏まえ,カルシウムバイオセンサーYC3.60を全身性に発現するマウスの作製を試みたが,安定してYC3.60を発現する個体が得られなかったので,図2図2■カルシウムバイオセンサーYC3.60右上のようにバクテリオファージのDNA組換えシステムのCre/LoxPシステムを利用して細胞系譜特異的にYC3.60を発現するコンディショナルトランスジェニックマウスを作製したところ,2系統が得られた(7)7) S. Yoshikawa, T. Usami, J. Kikuta, M. Ishii, T. Sasano, K. Sugiyama, T. Furukawa, E. Nakasho, H. Takayanagi, T. F. Tedder et al.: Sci. Rep., 6, 18738 (2016)..現在は細胞系譜特異的にCreリコンビナーゼを発現するマウスが多種樹立されているので,それらと交配させれば,B細胞やT細胞,あるいは神経特異的にYC3.60を発現するマウスの系統が簡単に得られる(図2図2■カルシウムバイオセンサーYC3.60下).CD19-Creマウスと交配したYC3.60マウスはB細胞のマーカーCD19の発現特異的にCreを発現するので,B細胞特異的にYC3.60を発現する.このマウスを用いて,麻酔下で免疫組織の生体イメージングを行ったところ,脾臓でB細胞の動態のみならず,Ca2+シグナリングも検出できることが証明された.図3図3■B細胞特異的YC3.60発現マウスの生体イメージングのようにCFPとYFPの蛍光強度が逆相関し,FRETが起こっているのがわかる.2光子励起顕微鏡を用いて,小腸パイエル板を観察すると,漿膜側から約200 µmの深さまでの細胞を調べることができ,細胞内Ca2+濃度の高いB細胞は,漿膜側付近,あるいはB細胞濾胞間に存在することが明らかになっている(7)7) S. Yoshikawa, T. Usami, J. Kikuta, M. Ishii, T. Sasano, K. Sugiyama, T. Furukawa, E. Nakasho, H. Takayanagi, T. F. Tedder et al.: Sci. Rep., 6, 18738 (2016)..また頭蓋の骨髄腔に存在するB細胞についても移動しながら複数の細胞と会合し,Ca2+シグナリングを惹起している.このように細胞系譜特異的YC3.60発現マウスでは,生体内を移動する免疫細胞についても,マウス個体レベルの生体イメージングで細胞の動態のみならず,Ca2+シグナリングも検出できることがわかり,5D(x, y, z,時間,Ca2+シグナル)生体イメージング系が確立できた.

超早期未病の検出系

Ca2+シグナリングは非常に感度がいいので,生体内での微細な異常が検出できないか,病態を発症する前の未病の状態をモニターすることができないかを検証した.B細胞の抑制性受容体であるCD22は自己免疫疾患のリスク因子ではあるが,CD22を欠損したマウスは自己抗体も産生せず,ほとんど正常マウスと変わらない.しかし,このCD22欠損マウスにB細胞特異的YC3.60を発現させたマウスでは非免疫の状態で,Ca2+シグナリングが見られるB細胞が約6倍に増えていた(7)7) S. Yoshikawa, T. Usami, J. Kikuta, M. Ishii, T. Sasano, K. Sugiyama, T. Furukawa, E. Nakasho, H. Takayanagi, T. F. Tedder et al.: Sci. Rep., 6, 18738 (2016)..また自己免疫モデルマウスとして知られるlpr/lprマウスはC57BL/6の遺伝背景では老齢になると自己抗体を産生してSLE様の自己免疫疾患を発症するが,若いうちは抗DNA抗体などの自己抗体を産生しない.しかし,この自己抗体を産生しない時期のマウスでも,生体イメージング解析で脾臓B細胞のCa2+シグナリングを起こしている細胞が顕著に増加していることが明らかになった.自己免疫疾患の未病の例だけでなく,アレルギーの未病モデルマウスである通常の10倍以上のIgEを高産生するIgEノックインマウス(8)8) W. Lubben, A. Turqueti-Neves, A. Okhrimenko, C. Stoberl, V. Schmidt, K. Pfeffer, S. Dehnert, S. Wunsche, S. Storsberg, S. Paul et al.: Eur. J. Immunol., 43, 1231 (2013).についても,アレルギーを発症しないが恒常的に細胞内Ca2+濃度の高い細胞が増加しているという結果を得ている(筆者ら,未発表データ).これらのことは,Ca2+シグナリングに着目すれば,病態を発症しない超早期の微細な異常(超早期未病)をも検出できることを示している.より早期の未病を標的にすれば,食による予防・治療がより効率的に行えることが期待される.

食シグナルの生体内でのリアルタイム検出

食物はいろいろな成分が混ざり合い,口腔および消化管内で物理的,化学的,生化学的な変化を受け,腸管を刺激し,栄養素は吸収される.腸管は栄養素・水分の吸収のみならず,外環境と接するため,生体防御としてのバリア機能という重要な役割も担っている.また,腸管には,免疫,神経,内分泌が集中し,腸管センシングにより生体の恒常性を維持する働きをしており,それについてさまざまなことも明らかになってきている.

1. 腸管上皮細胞のセンシング機能

食品と接する腸管上皮細胞は陰窩の腸管上皮幹細胞から分化し,吸収上皮細胞,盃細胞,タフト細胞,Paneth細胞,腸管内分泌細胞,M細胞になり,それぞれが特徴的な機能を果たしている.腸管上皮の大部分は栄養素・水分を吸収する吸収上皮細胞であるが,腸管上皮のうち10%程を占める盃細胞は粘液を分泌して腸管のバリア機能を高めている.Paneth細胞は幹細胞近傍の陰窩に存在し,抗菌ペプチドを分泌して,感染防御を担っている(9)9) T. Ayabe, D. P. Satchell, C. L. Wilson, W. C. Parks, M. E. Selsted & A. J. Ouellette: Nat. Immunol., 1, 113 (2000)..腸管内分泌細胞は腸管上皮の1%しか存在しないが,脂質,タンパク質分解産物,アミノ酸,糖などの刺激により,血中の糖濃度を調節するGLP-1(グルカゴン様ペプチド1),GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)や消化を促進するコレシストキニン,腸管運動を促進するセロトニンなどを分泌している.タフト細胞は蠕虫感染によりサイトカインIL-25を分泌し,2型自然免疫細胞を活性化し,寄生虫の排除に働くことが知られている(10, 11)10) F. Gerbe, E. Sidot, D. J. Smyth, M. Ohmoto, I. Matsumoto, V. Dardalhon, P. Cesses, L. Garnier, M. Pouzolles, B. Brulin et al.: Nature, 529, 226 (2016).11) J. von Moltke, M. Ji, H. E. Liang & R. M. Locksley: Nature, 529, 221 (2016)..またM細胞は小腸でリンパ球や樹状細胞が集積するリンパ組織であるパイエル板の管腔側に局在し,管腔内の抗原の取り込みに寄与している(12)12) H. Ohno: J. Biochem., 159, 151 (2016).

これまでは腸管より調製した上皮細胞を使って,アミノ酸や脂肪酸,糖に対する応答が調べられ,特に腸管内分泌細胞のホルモン分泌機序について,多くの研究がなされてきた.GLP-1はGIPとともに血糖値を下げるインスリンを誘導する消化管ホルモンとしてインクレチンと呼ばれ,2型糖尿病の治療薬として注目されている.初代培養細胞や細胞株を使ってシグナル伝達機構に関する研究もされており,肉,ミルク,野菜,アミノ酸,さらにはクルクミンなどの食品成分によりGLP-1を分泌するとともにCa2+シグナリングも誘導されることが知られている(13, 14)13) R. Pais, F. M. Gribble & F. Reimann: Peptides, 77, 9 (2016).14) M. Takikawa, Y. Kurimoto & T. Tsuda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 435, 165 (2013)..また腸管上皮細胞でTRPV3を刺激したときや(15)15) T. Ueda: Nagoya Med. J., 53, 27 (2013).腸管クロム親和性細胞からのセロトニンの分泌の際(16)16) M. Hirafuji, Y. Satoh & M. Minami: Nippon Yakurigaku Zasshi, 114, 357 (1999).,さらにはATPやカルバコールアミンの刺激でPaneth細胞においてCa2+シグナリングが惹起される(17)17) Y. Satoh, Y. Habara, K. Ono & T. Kanno: Gastroenterology, 108, 1345 (1995).ことが報告されている.最近では脂肪酸受容体としてGタンパク質(GPR40, 41, 43, 120)が同定され,リガンドとの結合によりCa2+シグナリングが誘導されることが明らかになっており(18)18) R. Rasoamanana, N. Darcel, G. Fromentin & D. Tome: Proc. Nutr. Soc., 71, 446 (2012).,食品成分により腸管にCa2+シグナリングによる腸管センシング機構が存在していることが強く示唆されている.味覚受容体も腸管に発現していることが明らかになっており,腸管センシングにかかわっていると考えられている.

しかし,食品が実際に生体内でどのような食シグナルを惹起しているか,直接観察する方法がなかったので,ブラックボックスのままで,これまでよくわからなかった.そこで,樹立したカルシウムバイオセンサーマウスを利用して,消化管での食シグナルを直接リアルタイムで可視化することはできないかと考えた.

2. 腸管上皮でのCa2+シグナリング

全身性にYC3.60を発現するマウスを用いて,麻酔下のマウスに簡単な外科的手術を施し,腸管の一部を開き,腸管上皮に直接,食品成分やプロバイオティクスを投与し,食シグナルをリアルタイムで可視化する実験系を確立した(図4図4■腸管上皮細胞での生体イメージング(上)).口腔,胃での消化を受けていないので,生理的な条件とは異なる点はあるが,純粋な食品成分に対する腸管上皮の応答をCa2+シグナリングを可視化することによりモニターできる.

図3■B細胞特異的YC3.60発現マウスの生体イメージング

脾臓B細胞での経時的なCa2+濃度変化(左).Ca2+濃度(YFP/CFP)が一過性で高くなった細胞(赤)が見られる.蛍光強度およびカルシウム濃度の定量化(右).YC3.60はマウスの動きなどで蛍光強度が変化した場合でも補正でき,カルシウム濃度をモニターできる.(文献7より一部改変)

図4■腸管上皮細胞での生体イメージング

(上)腸管の生体イメージングの概要麻酔下のカルシウムバイオセンサーを全身性に発現するマウスの小腸上皮に食品成分を添加し,細胞内Ca2+濃度(YFP/CFP)変化を共焦点顕微鏡で観察.右は共焦点顕微鏡で取得した小腸管腔側の絨毛の3Dイメージ(YFP/CFP).(中)腸管上皮細胞でのカルシウムシグナル無菌のカルシウムバイオセンサーを全身性に発現するマウスの小腸上皮に各種刺激物を添加し,細胞内Ca2+濃度(YFP/CFP)変化を共焦点顕微鏡で経時的に観察.投与前と投与後のイメージを示している.それぞれのイメージ内左上に細胞内カルシウム濃度の疑似カラーを示す.(一部文献20より)(下)食品成分による腸管上皮のCa2+シグナリングのKinetics模式図.

プロバイオティクスと言われる乳酸菌や納豆菌,あるいはプロポリスなどは免疫系を制御する作用があることが知られており(19)19) 辻 典子,平山和宏,安達貴弘:炎症と免疫,25, 34(2017).,われわれも直接,免疫細胞にCa2+シグナリングを誘導することを見いだしている(20)20) T. Adachi, S. Kakuta, Y. Aihara, T. Kamiya, Y. Watanabe, N. Osakabe, N. Hazato, A. Miyawaki, S. Yoshikawa, T. Usami et al.: Front. Immunol., 7, 601 (2016)..そこで生体イメージングの系を利用して,生きたマウス個体内でプロバイオティクスである納豆菌,乳酸菌が腸管上皮にシグナルを惹起する様子をリアルタイムで可視化した(20)20) T. Adachi, S. Kakuta, Y. Aihara, T. Kamiya, Y. Watanabe, N. Osakabe, N. Hazato, A. Miyawaki, S. Yoshikawa, T. Usami et al.: Front. Immunol., 7, 601 (2016)..納豆菌を投与した場合は,通常のSPF(specific pathogen free)環境で飼育したマウス腸管上皮全体で細胞内Ca2+の穏やかな上昇が見られた.一方,腸内細菌叢がいる状態では刺激が見られなかった乳酸菌についても無菌のカルシウムバイオセンサーマウスを作製し,納豆菌と類似した腸管上皮にCa2+シグナリングを惹起することを見いだした(図4図4■腸管上皮細胞での生体イメージング).これは,SPF環境下のマウスではもともと腸内細菌として乳酸菌をもっており,さらなる刺激による応答が見られなかったと思われる.これらのCa2+濃度変化は菌体成分に対するTLRなどのPRR(Pattern Recognition Receptor)(21)21) M. S. Lee & Y. J. Kim: Annu. Rev. Biochem., 76, 447 (2007).を介したものであると考えられる.

腸管上皮には温度や物理的な刺激に応答するTRP受容体ファミリーのTRPV1やTRPC1などが発現しており,カチオンチャネルとしてリガンドとの結合によりCa2+の流入が起こる.TRPV1のリガンドであるカプサイシンを空腸に投与すると,腸管上皮でのCa2+シグナリングが惹起され(図4図4■腸管上皮細胞での生体イメージング),絨毛の運動が抑制されることが観察された(未発表データ).TRPV1のリガンドであるカプサイシンの腸管への投与により熱生産指標である直腸温度と肩甲骨間褐色脂肪組織温度が上昇すること(22)22) 川端二功:日本調理科学会誌,46, 1 (2013).や,TRPV1は炎症性腸疾患(IBD)や過敏性腸症候群(IBS)などとの関連も報告されており(23, 24)23) A. Akbar, Y. Yiangou, P. Facer, J. R. Walters, P. Anand & S. Ghosh: Gut, 57, 923 (2008).24) E. S. Kimball, N. H. Wallace, C. R. Schneider, M. R. D’Andrea & P. J. Hornby: Neurogastroenterol. Motil., 16, 811 (2004).,腸の生理機能に密接にかかわっていることが示唆されている.また,低温感受性のTRPM8のリガンドであるメントールの刺激により,一過性のCa2+シグナリングが見られ,腸管は低温に対しても敏感に反応している(図4図4■腸管上皮細胞での生体イメージング).そのほか,プロポリスや糖鎖などにより腸管上皮でのCa2+シグナリングが見られる(未発表データ).以上のように,生体内の腸管でさまざまな食品成分と反応してそれぞれ特徴的な応答をしていることが明らかとなり(図4図4■腸管上皮細胞での生体イメージング(下)),今後さらなる腸管センシングの機序解明が待たれる.

3. 腸管神経細胞でのCa2+シグナリング

腸管は脳を除く末梢神経の半数以上が集まっており,第二の脳とも呼ばれている.腸管には平滑筋の蠕動運動にかかわる漿膜側のアウエルバッハ(筋層間)神経叢と,上皮からの分泌にかかわる筋層の内側にあるマイスナー(粘膜下)神経叢があり,上記のTRPV1も神経細胞に発現している.Nestin-Creマウスと交配した神経細胞特異的にYC3.60を発現させたマウスを使って,腸管の神経細胞でのCa2+シグナリングの検出を行った.麻酔下のマウスにおいて腹膜を開き,腸管を露出させ,漿膜側からアウエルバッハ神経叢を観察したところ,無刺激の状態でもCa2+シグナリングが起こっていることが見られた(図5図5■腸管神経細胞でのカルシウムシグナリング).腸管は蠕動運動をしており,平滑筋の運動を制御するために絶えずシグナルが入っていると思われるが,その生理的意義の解明に関してはこれからである.また,カプサイシンによりマイスナー神経叢から絨毛内に伸びる神経細胞において,Ca2+シグナリングが検出された.以上のように,小腸の神経細胞でのCa2+シグナリングもYC3.60発現マウスを使った生体イメージングで検出できることが明らかとなった.食による神経についての影響を詳細に調べれば,その機能の機序についても明らかになると期待される.

図5■腸管神経細胞でのカルシウムシグナリング

(上)アウエルバッハ神経叢Nestin-Creマウスと交配し,神経特異的にYC3.60を発現するマウスの小腸を蛍光顕微鏡で観察した.緑に見えるのが神経.(下)アウエルバッハ神経叢のCa2+イメージング無処理の状態でアウエルバッハ神経叢のCa2+シグナリング(YFP/CFP)を経時的に観察した.

さらに,腸管の平滑筋の収縮・弛緩における運動や血中を流れるリンパ球においてもCa2+シグナルの検出系を確立している.

おわりに

食による恒常性の維持,さらにはそのひずみ(未病)を早期に検出して予防・治療することが病気の発症あるいは重篤化を防ぎ,健全な生活を維持するために重要であることが認識されはじめている.腸内環境の改善や生活習慣病のリスクを低減させるサプリメントやプロバイオティクスも数多く市販されている.しかし,これらの機能性食品をはじめ,食品成分によるシグナル伝達の解析は細胞株や初代培養細胞を使ったものがほとんどで生理条件下での腸管のシグナル応答に関してはまだまだ不明な点が多い.われわれは前述のように,免疫系,神経系,腸管上皮とマウス個体レベルの生体イメージング系を確立してきた.TRPは神経細胞でも上皮でも発現していることや,TLRが免疫細胞のみならず神経でも発現していることを鑑み,免疫–神経–上皮のクロストークがますます重要であることが強く示唆される.腸内細菌叢との共生まで含めた腸管センシング機能を総合的に理解するためにも生理的な条件下での解析は必須である.

腸管上皮は栄養素・水分を吸収する吸収上皮細胞以外にもさまざまな性質の異なる細胞から構成されており,それぞれ少数しか存在しない細胞について詳細に食シグナルの作用機序を生理的条件下で解析する必要があると考えられる.たとえば,死んだ直後のマウスにおいてCa2+シグナルの検出を試みたところ,生きているときと同じ応答が見られないことをしばしば経験している.生体内でのシグナル応答がリアルタイムで可視化できるようになったので,その機序解明が飛躍的に進展することが期待される.食品成分により腸管上皮に誘導されるCa2+シグナリングのKineticsを手掛かりにシグナル経路,Ca2+チャネル,生体への機能を推測することも将来的に情報が蓄積してこれば可能となるであろう.さらにはこれらの知見をもとにして,未病の予防・治療に役立てる研究の開発が今後必要である.これら生体内での食シグナルのリアルタイム評価の研究はまだ始まったばかりであるが,最終的にはヒトの臨床応用を目的として,医食同源による健康長寿社会の実現を目指したい.

Acknowledgments

本研究を終始サポートしていただきました東京医科歯科大学免疫アレルギー教室の烏山 一教授,吉川宗一郎助教,YC3.60を供与していただいた理研・宮脇敦史博士,2光子励起顕微鏡にてデータ取得をご指導いただきました京都大学・松田道行教授,オリンパスの中正英二氏,大阪大学・石井 優教授,菊田順一助教,共同研究をしていただいている芝浦工大・越阪部奈緒美教授,産総研・辻典子上級主任研究員,東京大学・平山和宏准教授,角田 茂准教授,神戸大学・藍原祥子助教,研究室の神谷知憲氏,熊澤利彦氏に心より感謝いたします.

Reference

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