Kagaku to Seibutsu 56(5): 353-363 (2018)
解説
植物の通道細胞進化を転写因子から読み解く道管要素と師部要素の分化を制御するマスター転写因子の研究から
Evolution of Conducting Cells in Plants; a Perspective from Key Transcription Factors of Conducting Cell Differentiation: From Recent Studies on Master Regulatory Transcription Factors for the Differentiation of Tracheary Elements and Sieve Element
Published: 2018-04-20
現在陸上で見られる生存圏の確立と繁栄は,古生代中期にあたる4億8千万年前から3億6千万年前の間に起こった,初期の植物による陸上進出に端を発する.陸上化の直後に起こったと考えられる形態と細胞機能の多様化を経て,陸上植物は水や栄養を効率的に運び,全身へと送り届けるための長距離輸送システムとして通導組織を発達させた.一般的に,通導組織の構成要素は,土壌中の水や無機塩類を運ぶ水輸送細胞(water-conducting cell)と,植物自身が作り出した炭水化物やアミノ酸を輸送する栄養輸送細胞(food-conducting cell)である(1~4)1) R. Ligrone, J. G. Duckett & K. S. Renzaglia: Ann. Bot. (Lond.), 109, 851 (2012).2) W. J. Lucas, A. Groover, R. Lichtenberger, K. Furuta, S. R. Yadav, Y. Helariutta, X. Q. He, H. Fukuda, J. Kang, S. M. Brady et al.: J. Integr. Plant Biol., 55, 294 (2013).3) J. A. Raven: Plant Cell Environ., 26, 73 (2003).4) A. J. E. van Bel: Plant Cell Environ., 26, 125 (2003)..水輸送細胞と栄養輸送細胞の輸送効率は,植物の生育や生産能力に直接的に影響を与える重要な要素であり,植物はその進化の過程でさまざまなタイプの通道細胞を作り出してきた.なかでも,最も成功した陸上植物の輸送システムが,現存する維管束植物がもつ,木部と師部から構成される維管束組織である.木部は管状要素,木部繊維,そして柔細胞を含む複合組織であり,水は管状要素が連なってできる仮道管あるいは道管によって輸送される(5~7)5) Myburg AA, Sederoff RR: eLS (2001).6) M. Schuetz, R. Smith & B. Ellis: J. Exp. Bot., 64, 11 (2013).7) J. S. Sperry: Int. J. Plant Sci., 164(S3), S115 (2003)..師部組織もまた,師部要素,伴細胞,師部繊維,および柔細胞からなる複合的な組織である.師部要素は連結して師管を形成し,有機栄養素の輸送を担っている(2, 4)2) W. J. Lucas, A. Groover, R. Lichtenberger, K. Furuta, S. R. Yadav, Y. Helariutta, X. Q. He, H. Fukuda, J. Kang, S. M. Brady et al.: J. Integr. Plant Biol., 55, 294 (2013).4) A. J. E. van Bel: Plant Cell Environ., 26, 125 (2003)..近年のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を中心とした分子遺伝学的研究の進展によって,維管束幹細胞から管状要素と師部要素への分化を制御する転写ネットワークが明らかになりつつある(8~10)8) S. Miyashima, J. Sebastian, J. Y. Lee & Y. Helariutta: EMBO J., 32, 178 (2013).9) K. M. Furuta, E. Hellmann & Y. Helariutta: Annu. Rev. Plant Biol., 65, 607 (2014a).10) B. De Rybel, A. P. Mähönen, Y. Helariutta & D. Weijers: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 17, 30 (2016)..本稿では,管状要素と師部要素の分化制御機構について主に転写因子の視点から最新知見を概説し,植物の通道細胞の進化についてマスター制御転写因子を中心とした視点で論じたい.
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被子植物の水輸送細胞は管状要素と呼ばれ,特殊な肥厚パターンをもつ厚みをもった二次細胞壁(二次壁)によって特徴づけられる.管状要素の二次壁はフェノール性ポリマーであるリグニンが沈着しており,このため,木化(=リグニン化)細胞とも呼ばれている.管状要素の一種である仮道管要素は,維管束植物(シダ植物と種子植物)に広く見られ,細長く両端がとがった細胞である(5, 7)5) Myburg AA, Sederoff RR: eLS (2001).7) J. S. Sperry: Int. J. Plant Sci., 164(S3), S115 (2003).(図1A図1■維管束植物の管状要素と師部要素とその制御転写因子).仮道管同士は壁孔と呼ばれる二次壁に空いた孔を通じてつながっており,これによって水が仮道管をまたいで輸送される.また,最も進化が進んだ植物グループと考えられている被子植物では,道管要素とよばれるタイプの管状要素が優先的である(5, 7)5) Myburg AA, Sederoff RR: eLS (2001).7) J. S. Sperry: Int. J. Plant Sci., 164(S3), S115 (2003).(図1A図1■維管束植物の管状要素と師部要素とその制御転写因子).道管要素は仮道管と比較して細胞が太く短くなっている.道管要素は細胞の末端に形成される穿孔によってつながり,連続したパイプのような構造をとる.このため,道管の水輸送効率は,細胞間をまたいで水が輸送される仮道管に比べて非常に高い(5, 7)5) Myburg AA, Sederoff RR: eLS (2001).7) J. S. Sperry: Int. J. Plant Sci., 164(S3), S115 (2003).(図1A図1■維管束植物の管状要素と師部要素とその制御転写因子).
(A, B)管状要素(A)および師部要素(B)の細胞学的特徴.詳細は本文を参照.(C, D)シロイヌナズナにおける道管要素分化の転写制御(C)および師部要素の転写制御(D).道管要素分化のマスター制御因子VNDは,二次細胞壁形成およびプログラム細胞死関連遺伝子を直接的あるいは間接的に活性化する.VNDの下流には,二次細胞壁形成の鍵転写因子MYBが存在している(C).師部要素分化のマスター制御因子APLは,転写因子NAC45/86を発現上昇を介して,エキソヌクレアーゼドメインタンパク質NAC45/86 DEPENDENT EXONUCLEASE-DOMAIN PROTEIN1(NEN1)の発現を誘導し,核崩壊を活性化する(D).
維管束植物の栄養輸送細胞は師部要素であり,細胞形態としては細長く,師部要素同士が師板と呼ばれる末端の有孔壁を通して連なり,師管を形成している(図1B図1■維管束植物の管状要素と師部要素とその制御転写因子).有機栄養は師板にある大きな孔(師孔と呼ばれる)を通して輸送される(2, 4)2) W. J. Lucas, A. Groover, R. Lichtenberger, K. Furuta, S. R. Yadav, Y. Helariutta, X. Q. He, H. Fukuda, J. Kang, S. M. Brady et al.: J. Integr. Plant Biol., 55, 294 (2013).4) A. J. E. van Bel: Plant Cell Environ., 26, 125 (2003)..師部要素はその分化過程において,自らの核(被子植物の場合に限る)や液胞などのほとんどの細胞内小器官を分解し,最終的には細胞膜に固定された小胞体,ミトコンドリア,色素体のみを残した細胞となる.師部要素は核と多くの細胞小器官を欠くため,師部母細胞から師部要素と同時に生み出される伴細胞の助けなしでは生きることができない.師部要素と伴細胞は原形質連絡を通して連絡しており,積極的に分子をやりとりしていることがわかっている(2)2) W. J. Lucas, A. Groover, R. Lichtenberger, K. Furuta, S. R. Yadav, Y. Helariutta, X. Q. He, H. Fukuda, J. Kang, S. M. Brady et al.: J. Integr. Plant Biol., 55, 294 (2013)..
現存の陸上植物には,さまざまなタイプの水輸送細胞と栄養輸送細胞を見いだすことができる.図2図2■現存植物種で見られる通道組織のバリエーションには,そのうちの代表的なものとして,コケ植物の一部がもつハイドロイド(図2A図2■現存植物種で見られる通道組織のバリエーション)と維管束植物(シダ,裸子,および被子植物)の維管束組織(図2B-E図2■現存植物種で見られる通道組織のバリエーション)の例を示している.化石記録からは,初期の陸上植物と思われる基部陸上植物の化石種は,現存のコケ植物のハイドロイドと類似した凹凸のない細胞壁と孔をもつシンプルな水輸送細胞をもっていたであろうことが示唆されている(1, 2, 11)1) R. Ligrone, J. G. Duckett & K. S. Renzaglia: Ann. Bot. (Lond.), 109, 851 (2012).2) W. J. Lucas, A. Groover, R. Lichtenberger, K. Furuta, S. R. Yadav, Y. Helariutta, X. Q. He, H. Fukuda, J. Kang, S. M. Brady et al.: J. Integr. Plant Biol., 55, 294 (2013).11) R. Ligrone, J. G. Ducket & K. S. Renzaglia: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 355, 795 (2000)..コケ植物のハイドロイドは,一般に後生的細胞壁修飾を受けた細長い死細胞であり,茎や葉脈の中心部に位置することが多い.図2AおよびF図2■現存植物種で見られる通道組織のバリエーションは,モデルコケ植物の一種であるヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens)の茎のハイドロイドを示しているが,ヒメツリガネゴケのハイドロイドは二次的に肥厚した細胞壁をもたず,孔も持たないことがわかっている(11, 12)11) R. Ligrone, J. G. Ducket & K. S. Renzaglia: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 355, 795 (2000).12) B. Xu, M. Ohtani, M. Yamaguchi, K. Toyooka, M. Wakazaki, M. Sato, M. Kubo, Y. Nakano, R. Sano, Y. Hiwatashi et al.: Science, 343, 1505 (2014)..これに対して,数種類の苔類は孔をもつ有孔ハイドロイドを有することが知られており,コケ植物内でのハイドロイドの細胞学的・形態的な多様性が明らかとなっている(11)11) R. Ligrone, J. G. Ducket & K. S. Renzaglia: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 355, 795 (2000)..また,一部のコケ植物(スギゴケ目)は,ハイドロイドに加え,レプトイドと呼ばれる原生師部要素に類似した細胞をもっている(13)13) R. J. Thomas, E. M. Schiele & D. C. Scheirer: Am. J. Bot., 75, 275 (1988)..レプトイドは細胞質の偏り,巨大な液胞の欠如,および細胞端での原形質連絡の頻出などの特徴をもっており,有機栄養が優先的にレプトイドを通して輸送されていることが示唆される(11)11) R. Ligrone, J. G. Ducket & K. S. Renzaglia: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 355, 795 (2000)..