セミナー室

海外におけるゲノム編集の規制動向各国はどのような観点からゲノム編集を規制しようとしているのか

Masashi Tachikawa

立川 雅司

名古屋大学大学院環境学研究科

Published: 2018-04-20

近年,ライフサイエンス分野は,CRISPR/Cas9などのゲノム編集の登場により,研究開発熱が著しく高まっており,関連するさまざまな技術(次世代シークエンス技術,オミクス解析技術,情報工学など)とその応用可能性(育種分野や病害虫防除,疾病対策(ジーンドライブ)など)の広がりは,今後のわれわれの生活や常識を大きく変えていく可能性を有している.

本稿では,こうしたゲノム編集に対して諸外国がどのように規制を検討しつつあるかについて概観する.ゲノム編集の規制上の位置づけに関しては,まずは遺伝子組換え生物に関する規制枠組みに照らして判断されることになる.したがって,各国が遺伝子組換え規制のなかで,遺伝子組換え体(GMO)をどのように制度的に「定義」しているか,特に技術に着目して定義しているか(プロセス・ベース),製品に着目して定義しているか(プロダクト・ベース)という点が決定的に重要となる(1)1) 立川雅司:農業と経済,83(2),3月臨時増刊号,17–22(2017)..ゲノム編集などは,GMO規制導入時点では想定されていなかった技術開発であり,既存の法制度と技術開発とのギャップをどのように埋めていくかが課題となっている.以下では,主に欧州,米国,豪州,ニュージーランド,アルゼンチンなどにおける規制の検討状況について述べる.

欧州の動向

ゲノム編集を含めて新しい育種技術(NBT)と呼ばれるのは,もともとEUにおける議論から始まっている.オランダ政府が欧州委員会に対して,シスジェネシスによって育成されたリンゴに関して規制対象になるのか検討依頼を行ったことが発端である.そのほかの技術も含めてEUのGM規制において位置づけが曖昧な技術が複数存在し,これらの技術群を,新しい育種技術(NBT)と命名したのである.

2008年以降,欧州委員会はさまざまな形でNBTについて検討してきた.特に,欧州委員会環境総局のもとで設置された新技術検討ワーキンググループ(NTWG)での技術および規制面での検討,欧州食品安全機関(EFSA)における各技術のリスク評価(2, 3)2) EFSA (European Food Safety Authority): EFSA Journal, 10, 2561 (2012a).3) EFSA (European Food Safety Authority): EFSA Journal, 10, 2943 (2012b).,欧州共同研究センター・将来技術研究所(JRC-IPTS)における研究開発・特許取得動向などの調査(4, 5)4) M. Lusser et al.: New plant breeding techniques: State-of-the-art and prospects for commercial development. JRC Scientific and Technical Reports (2012).5) M. Lusser & E. Rodriguez-Cerezo: Comparative regulatory approaches for new plant breeding techniques. JRC Scientific and Technical Reports (2012).が代表的である.最近では,欧州委員会内の科学助言メカニズム(SAM)を用いて専門家に対して技術間の比較検討を求めた(6)6) High Level Group of Scientific Advisors: New Techniques in Agricultural Biotechnology, Explanatory Note 02, Brussels (2017).

ただし,こうした技術的な検討がなされる一方で,欧州委員会としての規制上の判断は長らく先送りされてきた.2012年にはNTWGの最終レポート(非公表)がとりまとめられ,これに対して加盟国や業界団体などから,各種のコメントやポジション・ペーパーが公表されたたものの,GMOに批判的な団体(GMWatchや有機農業団体など)や欧州議会議員からは,NBTやゲノム編集に対する反対意見が表明されつつあり,政治的イシューになったためと考えられる.

このように欧州委員会からの最終方針の開示に時間がかかっている状況に対して,一部の加盟国では,国内判断として非GMOであると認めるなどの動きもある.以下では主な動きについて概観する.

1. ドイツ

EUにおけるGMOをめぐる政策は,欧州委員会を中心とするEUレベルで一元化されており,特にGMOかどうかの判断や安全性審査に関しては,加盟国レベルで関与する余地は限られている(栽培認可など).しかし,欧州委員会がNBT由来製品に対する規制上の判断を明示しない状況に対して,加盟国が独自の判断を表明する動きが生じつつある.このような変化の発端は,Cibus社*1http://www.cibus.com/technology.phpによるODM(Oligonucleotide directed mutagenesis:商品名:RTDSTM)由来の除草剤耐性ナタネをめぐるものであり,同社の働きかけを背景として,すでにスペイン,フィンランド,スウェーデン,アイルランド,ドイツ,イギリスの6カ国において,この製品が非GMOであるとの判断がなされている.

ドイツでは連邦消費者保護食品安全庁(BVL)が,2015年2月,Cibus社のODM由来の除草剤耐性ナタネを非GMであると判断した(ただし本決定は,欧州委員会が異なる判断を行った場合にはその効力を失うとされた).さらに2017年2月には,BVLは,ODMおよびCRISPR/Cas9による点変異を通じて作出された製品は,従来の突然変異育種と同等であり,したがって非GMOであるとする見解を改めて示した.このODM由来のナタネを巡っては,環境団体が政府の決定に対して提訴した*2http://corporateeurope.org/food-and-agriculture/2016/02/us-company-railroads-eu-decision-making-new-gmという情報もあり,今後,司法の場での判断が注目される.

2. フランス

フランスでは,政府の諮問機関であるバイオテクノロジー高等審議会(HCB)がNBTに関して検討を行っている.同審議会は,科学委員会と経済倫理社会委員会の2委員会で構成されており各委員会は,2016年2月にNBTに関して報告書を公表した*3報告書の英文要約も公表されている.NEW PLANT BREEDING TECHNIQUES: General introduction: First stage of HCB deliberations.科学委員会の見解においては,作出方法ではなく,付加された形質により評価すべき(プロダクト・ベース)とする一方,経済倫理社会委員会では参加者の意見が対立し,論戦の様相を帯びることとなった.報告書のとりまとめに関して,審議会委員が不満を残す結果となったことで,HCBの委員複数名が辞任するという事態に至った*4http://www.euractiv.com/section/agriculture-food/news/french-agricultural-authorisation-body-in-meltdown-over-new-gmos/

その後もHCBにおける検討自体は継続しており,NBT由来製品に対するトレーサビリティや特許,技術成熟度などのテーマが議論され,2017年11月に第2報告書としてその内容がとりまとめられた*5第2報告書に関しては,下記のサイトを参照.http://www.hautconseildesbiotechnologies.fr/fr/avis/avis-hcb-sur-NBT.第2報告書の特徴は,NBT由来の製品に対する評価の観点をフローチャートとして示した点にある(図1図1■フランスHCB提案によるNBT由来製品の規制フロー).NBTを用いて開発した場合,リスク評価を担当する委員会に対して書類を提出し,次のような3ステップで審査を行うことをHCBとして提案した.第1ステップでは,作出された作物の特徴を記した文書を提出し,当該作物がGMOや慣行育種として取り扱うべきかどうかを判断する.提出すべき情報は,導入された変異とその配列情報,外来遺伝子の残存,形質変化,安全性にかかわる情報などである.GMOおよび慣行育種のいずれにも位置づけられない場合には,次の第2ステップとして,表現形質の評価(健康や環境面でのリスクや便益など)を行い,必要に応じて追加的試験や「新規食品」(novel food)としての評価を行うことを提案している.そのうえで第3ステップとして,種子カタログへの登載を行い,もしも新規性などが認められる場合には販売後のモニタリングを行うことを提案している.以上はHCBの提案であり,このまま制度化されるとは限らないものの,慣行育種で育成されたものと比較して,追加的なデータ提出が多様な形で求められている点は留意すべきである.

図1■フランスHCB提案によるNBT由来製品の規制フロー

こうした科学的な検討が行われている一方で,フランス国務院(Conseil d’État,行政訴訟の最高意思決定機関)は,2016年10月欧州司法裁判所に対して法的解釈を求めた.欧州司法裁判所からの判断は,18カ月以内に下されるとされている*6http://www.feednavigator.com/Regulation/France-asks-ECJ-to-decide-if-plants-from-new-breeding-techniques-are-GMOs.具体的には,突然変異誘導技術によって得られた生物がEUの環境放出指令の規制対象であるかどうか,またEU加盟国がNBT由来生物に対して独自に判断を行うことができるかなどについて判断を求めた.欧州司法裁判所からの判断が示されれば,フランスをはじめ,EUにおける規制上の明確化に向けて大きな前進となるであろう.なお,欧州司法裁判所による正式な判断の表明に先立って,同裁判所の法務官より,2018年1月に意見が公表された.この意見には法的拘束力はないものの,注目に値する.主なポイントとしては,組換え核酸分子を利用しないのであれば,規制対象から除外されるとした点が挙げられる.

3. オランダ

オランダ政府は,2017年9月に欧州委員会と加盟国に対して,環境放出指令の改訂案を提案し,新育種技術由来の製品の一部を規制対象から除外することを提案した*7オランダ政府の提案書については下記のサイトを参照.https://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:RuFCginICAcJ:https://www.rijksoverheid.nl/binaries/rijksoverheid/documenten/kamerstukken/2017/09/13/proposal-for-discussion/proposal-for-discussion.pdf.改定案は,環境放出指令の附属書IBに関して,下記のような観点を含めることを提案するものである(以下に該当する場合には指令の規制対象外とする).

  • 1)同一の種もしくは遺伝物質を交換する種以外の種からのDNAが導入されていない.
  • 2)一過的に組換えDNAが用いられた場合であっても,最終製品に残存していない.

なお,この提案ではGMOの定義そのものの変更は意図しておらず,附属書IBのみの改訂を提案するものである.また定期的に規制を見直すことや,規制から除外されていることを証明する責任主体(挙証責任主体)を開発者側に置くことを求めている.

以上,EUでは加盟国による独自の動きも見られつつあるが,最終的には欧州司法裁判所での解釈が提示され,EUレベルでの政策方針が明確になってはじめて,ゲノム編集をはじめとする新たな育種技術に対する産業化が本格的になっていくものとみられる.

米国の動向

1. 大統領府による規制枠組みの見直し

NBTに関する研究開発が最も積極的に行われている米国においては,その規制上の位置づけに関しても,早くから検討されてきた.米国では遺伝子組換え生物に対して,農務省(USDA),環境保護庁(EPA),食品医薬品局(FDA)の3省庁がそれぞれの観点から規制している.3省庁の分担関係は,大統領府科学技術政策局(OSTP)が1986年に定めた「バイオテクノロジー規制の調和的枠組み」に基づいている.ゲノム編集などのNBTが登場したことで,この枠組みの見直しが進められている.

これらの見直しに先駆け,2011年に大統領府は,新技術をめぐる規制の考え方について技術革新を阻害するような過剰規制を行わないよう関係省庁に要請する文書を発出した.その後,2015年7月にOSTPは,「バイオテクノロジー製品の規制システムの近代化」という声明を出し,バイテク規制の見直しを行う意向を明らかにし,省庁間にまたがるバイテクワーキンググループ(BWG)が組織された.大統領令を受けた公聴会の実施(2015~2016年に計3回実施),全米科学アカデミー(NASEM)への検討依頼もなされた.具体的には,「将来のバイテク製品とバイテク規制システム改善の機会」をテーマに検討が依頼され,その成果として,2016年には,ジーンドライブに関する報告書(7)7) NASEM: (National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine): Gene Drives on the Horizon: Advancing Science, Navigating Uncertainty, and Aligning Research with Public Values (2016).,2017年には「将来のバイテク製品」に関する報告書(8)8) NASEM: (National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine): Preparing for Future Products of Biotechnology (2017).が公表された.後者の報告書においては,より複雑な製品が登場することで,これまでの規制上の考え方を適用することが困難になる可能性が指摘され,早期から関係者と協議することが推奨されている.

その後,OSTPからは,「調和的枠組みのアップデート」および「バイテク規制近代化のための国家戦略」の2文書がとりまとめられ公表された.これらの文書は,既存のバイテク政策を洗い直し,今後の検討課題を明らかにしたものであるが,ゲノム編集などの技術を具体的にどのように規制するかという点については具体的に踏み込まず,各省庁の検討に委ねられた形になっている.

2. 農務省などにおける検討状況

USDAによるGMO規制は,植物病害法(PPA)が根拠法となっている.すなわち,GMOが新規作物を規制対象であるかどうかを判断する観点は,当該作物(もしくはその作出過程において用いられている遺伝子など)が,植物病害虫(plant pest)由来と見なされるか否かによる.これまでの一般的なGM作物においては,作出過程におけるアグロバクテリウム法で,植物病害由来のベクターを使用しいていたことから,規制対象とされてきた.しかし,こうした植物病害虫にかかわるベクターなどが用いられていない場合には,規制の対象にならない.実際,USDAは,ゲノム編集を用いた新たな作物に関しては,上記のような植物病害虫に関係するベクターなどが用いられていないため,「規制権限外」との判断を示している(例:CRISPRを用いたマッシュルームなど).規制対象になるかどうかの疑問をもつ開発者に対しては,USDAは「Am I Regulated?」という相談手続きを通じて,開発企業から寄せられた質問に対して個別に回答している.実際,すでに57件ほどについて回答が提示されている(2016年11月時点).詳しくは,USDA-APHISによるRegulated Articles Letters of Inquiryのウェブサイトを参照されたい*8https://www.aphis.usda.gov/aphis/ourfocus/biotechnology/am-i-regulated/Regulated_Article_Letters_of_Inquiry.最近の特筆すべき回答としては,CRISPR/Cas9を用いて作出したマッシュルームとワキシーコーンについて規制対象外と判断したものがある.

このように技術開発の進展と,USDAの規制権限との間にみられるギャップが問題になってきたなかで,2016年2月にUSDAは,規制改訂に向けた環境影響ステートメント(EIS)作成のための手続きを開始することを表明し,2017年1月には規制改訂案を発表した.パブリック・コメントも求められたものの,11月になって本提案は撤回された.提案では,ゲノム編集を巡る規制に関して重要な変更が提案されていたものの,ステークホルダーとの協議をやり直し,再検討を行うことになった.特に今回の提案に対しては,有害雑草規制が二重規制になる可能性があること,GMOからの除外に関する手続きが曖昧であること,科学ベースでの規制になっていないのではないか,などの批判が寄せられたため,USDAとしてさらに検討が不可避と判断したと考えられる.なお,USDA長官は,2018年3月末に声明を出し,植物病害虫にかかわらないものであれば規制対象としないという従来の方針を改めて示した.この声明により,ゲノム編集作物は(植物病害虫リスクを伴わない限り)規制対象外とされることが明確になったものの,実際の運用がどのようになるのかという点については,未知数である.

FDAに関しても,オバマ政権の最後となる2017年1月に次の3つの規制改定案を出した.すなわち,「食用植物におけるゲノム編集利用に関する意見募集」,「動物におけるDNAの意図的改変に関する産業向けガイダンス案」,「蚊に関連した製品に関する産業ガイダンス案」である.それぞれの規制改定案の詳細には立ち入らないが,食用植物(およびその由来食品)に関しては,これまでのFDAの政策(開発者による自主的相談)を継続することが提案されているのに対して,動物へのゲノム編集利用に関しては,これをGM動物として扱うという方針案が提示されている.蚊に関しては,その技術使用目的に照らして規制省庁が異なる点に関して提案した文書である(疾病関連であればFDA,農薬としての使用であればEPA).またFDAでは,今後さまざまなバイテク製品が登場する可能性に対して,規制対応を万全なものとするため,科学技術動向を早期に察知するための組織的活動として「ホライゾン・スキャニング」が導入されている.

以上のように,米国では大統領府,全米科学アカデミー,関係省庁など広範囲にわたって,現行規制に対する再検討が進展している.ただし,これらの改訂は行政規則レベルでの検討であり,根拠法の改訂までは想定されていない.

豪州の動向

豪州では,ニュージーランドと食品安全に関して合同(豪州・ニュージーランド食品基準機関,FSANZ)して,遺伝子組換え食品の安全性評価を行っているものの,環境影響に関しては独立官である遺伝子技術官(Gene Technology Regulator)を設置し,遺伝子技術法(Gene Technology Act)のもとで独自に規制を行っている.

2017年10月に豪州遺伝子技術規制局(OGTR)は,2016年10月に公表した遺伝子技術規制レビュー案に関して,OGTRとしての規制改訂案を提示し,さらに意見を求めた*9http://www.ogtr.gov.au/internet/ogtr/publishing.nsf/Content/reviewregulations-1.2016年のOGTRの規制改訂案では,次のような4つの規制オプションが示された.第1は,現状の規制を変更しない.第2のオプションは,現行規制を改訂し,特定の新技術を規制する.このオプションでは,ODMや種類を問わずSDN(部位特異的ヌクレアーゼ)から派生する生物がすべて規制対象とされる.第3のオプションでは,「テンプレートを使用する技術」を規制対象とする(現行のプロセス・ベース規制を堅持することになる).この場合は,SDN-3はもちろん,テンプレートを用いる限りODMやSDN-2から派生する生物もGMO扱いとなる.第4のオプションは,得られた生物の「特性」に基づき,特定の新技術を規制対象外とする.すなわち,慣行育種や自然突然変異によって得られる生物と区別がつかないような遺伝的変異であれば,そうした生物は規制対象外とするというものである.プロダクト・ベース規制の特徴を有する.ここではSDN-3のみが規制対象になると想定されている.

2017年10月の提案では,上記4つのオプションのうち,オプション3を採用するという提案がなされた.ガイドRNAを用いた修復を行う場合には規制対象となり,結果的にODMを用いた変異導入も規制対象とされることになる.またジーンドライブに関しては,閉鎖系実験の場合も含めてすべての場合を認可制とする案も併せて示された.上記の提案については,パブリック・コメントに付されており,最終決定には,なお時間がかかるものと考えられる.

ここまで,EUと米国,豪州の動向を見てきたが,世界にはゲノム編集由来の生物に対して政策対応を決定した国が数か国存在する.以下では,その例としてニュージーランドとアルゼンチンを取り上げる.

ニュージーランドの動向

GMOの環境安全性に関してニュージーランド(NZ)では,環境保護庁(EPA)が所管し,「有害物質・新生物法」(HSNO Act)のもとで規制を行っている.NZでは,ZFN-1およびTALENを用いて作出した樹木(マツ)の規制上の位置づけを巡って,政府と環境NGOとの間で裁判が行われ,政府敗訴の判決が2014年5月に出された.裁判の経緯に関しては省略するが*10裁判の経緯に関しては,拙稿9)9) 立川雅司:JATAFFジャーナル,2(8): 5(2014).を参照.,判決の主なポイントは,次のようなものである.すなわち,HSNO法においてGMO規制から除外されている技術(化学物質による突然変異誘導技術など)は,当該法の制定時点において,すでに十分な知見と経験が蓄積されているものであると考えられ,またHSNO法の制定目的と予防原則に照らして,このような技術を規制から除外することは妥当だと裁判官は判断した.裏返して言えば,争点となったZFN-1とTALENに関しては,新規の技術であり,まだ十分な知見と経験の蓄積がなされたとは言えず,GMO規制から除外する技術とすることは妥当ではない.要するに,十分なエビデンスが蓄積されていない新技術を規制から除外することは,法律制定の目的に照らして正当化できない,と判事は裁定したのである.NZ政府はこの判決を受け入れ,2016年4月にHSNO規制の改訂について閣議決定した.これにより,1998年7月29日(HSNO規則の発効日)以降の開発技術(ゲノム編集技術を含む)によって作出された生物は,規制対象とされることが明確になった.この規制改訂により,NZは世界ではじめて,ゲノム編集技術に対して明確にGMO規制を適用する国となった.国際的な整合化は一層困難なものとなったのである.

アルゼンチンの動向

上記のNZと対照的な対応をとっているのがアルゼンチンである.同国農牧水産省は,2015年5月にNBT由来作物に関して「事前相談手続き」を定めた(決定173/15)*11Resolution 173/15. なお,本手続きは,作物だけを対象としており,その他の動植物などはこの手続きの対象となっていない..事前相談においては,外来遺伝子がゲノム内に導入・残存しているかという観点から検討がなされる.事前相談は,アルゼンチン農牧水産省が受け付け,その後,バイオセーフティ委員会(CONABIA)に対して検討依頼がなされ規制対象とするかどうかの判断が行われる(外来遺伝子が存在しない場合は規制対象外).

ただし,非GMO扱いであった場合でも,当該作物の特性や新規性が存在し,何らかの追加的措置が必要であると認められる場合には,バイオセーフティ委員会は,関連する政府部局(品種登録部局など)に対してこうした措置に関して検討するよう要請できることになっている.最終的に商品化を許可するかどうかは,こうした政府部局が最終的に判断することになる.またこの事前相談手続きの結果は,非公表である.公表することは,特定の技術を慣行育種と区別することになり,差別的取り扱いをもたらしかねないからである*12とはいえ,他国が異なった規制上の取り扱いを行っていた場合は,貿易上の混乱をもたらしかねないと考えられる..このように外来遺伝子の有無に着目して規制上の判断を行うというアルゼンチンの方式は,イスラエルや隣国チリ,ブラジルなどでも採用されつつあるとみられる.今後どのような形で各国政府が対応を進めていくか,注視する必要がある.

今後の課題

以上,海外諸国におけるゲノム編集の規制検討状況について概観した.アルゼンチンのように早々と行政手続きを導入した国もあるが,まだ多くの国々は規制内容について検討中である.当初は外来遺伝子の有無だけに注意が向けられる傾向が見られたものの,最近の豪州OGTRやフランスHCBの検討内容から示唆されるように,遺伝子改変における鋳型の使用や表現形質における確認など,多角的に評価する動きも見られ,より精緻な評価に向かいつつあるといえる.単なる法令上の定義を超えたリスクベースの規制につながりうる動向と理解することもできよう.

このように各国での検討がなされる一方で,日本はなお明確な方針を明らかにしていない.日本でのゲノム編集由来製品の申請がなされ,規制当局からの判断ケースが蓄積されていくことで,国内対応の方針は明確になっていくものと考えられる.今後は,具体的な申請事例をもとに規制側が判断を下し,その間に得られた知見が蓄積されていくことが必要であろう.

従来のGM規制では想定できない技術が登場し,作物改良や食料生産に応用されていく場合,これらをどのように管理すべきかが改めて問われている.場合によっては,GM以外の関連規制も組み合わせて,重層的に規制の枠組みを構築するなどの対応も必要であろう.こうした状況においては,さまざまな科学的知見(エビデンス)の蓄積をまずは進めることが重要となる.そのうえで,安全性評価,安全性管理(認可やモニタリングなど),表示・情報提供,技術開発,知的財産権,国際的整合化など多角的な視点を考慮しつつ,ガバナンスのあり方を模索していくことが求められる.こうしたガバナンス構築のためには,政府だけでなく,開発者やユーザーも含めた多様なステークホルダーが参画しつつ検討していくことが望ましい.筆者たちが実施した消費者に対するアンケート調査結果からも,ゲノム編集に対しては期待もあるものの,懸念も存在する(10)10) 立川雅司・加藤直子・前田忠彦:フードシステム研究,24, 251(2017)..こんにちゲノム編集に関してはメディアや一般書などでも盛んに取り上げられつつあり,消費者のイメージが形成されつつある.まさに技術応用における正念場を迎えつつあると考えることができよう.

Note

本稿は,農林水産省委託経費「新たな遺伝子組換え生物にも対応できる生物多様性影響評価・管理技術の開発」(GMO-RA)の成果の一部である.

Reference

1) 立川雅司:農業と経済,83(2),3月臨時増刊号,17–22(2017).

2) EFSA (European Food Safety Authority): EFSA Journal, 10, 2561 (2012a).

3) EFSA (European Food Safety Authority): EFSA Journal, 10, 2943 (2012b).

4) M. Lusser et al.: New plant breeding techniques: State-of-the-art and prospects for commercial development. JRC Scientific and Technical Reports (2012).

5) M. Lusser & E. Rodriguez-Cerezo: Comparative regulatory approaches for new plant breeding techniques. JRC Scientific and Technical Reports (2012).

6) High Level Group of Scientific Advisors: New Techniques in Agricultural Biotechnology, Explanatory Note 02, Brussels (2017).

7) NASEM: (National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine): Gene Drives on the Horizon: Advancing Science, Navigating Uncertainty, and Aligning Research with Public Values (2016).

8) NASEM: (National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine): Preparing for Future Products of Biotechnology (2017).

9) 立川雅司:JATAFFジャーナル,2(8): 5(2014).

10) 立川雅司・加藤直子・前田忠彦:フードシステム研究,24, 251(2017).

*1 http://www.cibus.com/technology.php

*2 http://corporateeurope.org/food-and-agriculture/2016/02/us-company-railroads-eu-decision-making-new-gm

*3 報告書の英文要約も公表されている.NEW PLANT BREEDING TECHNIQUES: General introduction: First stage of HCB deliberations

*4 http://www.euractiv.com/section/agriculture-food/news/french-agricultural-authorisation-body-in-meltdown-over-new-gmos/

*5 第2報告書に関しては,下記のサイトを参照.http://www.hautconseildesbiotechnologies.fr/fr/avis/avis-hcb-sur-NBT

*6 http://www.feednavigator.com/Regulation/France-asks-ECJ-to-decide-if-plants-from-new-breeding-techniques-are-GMOs

*7 オランダ政府の提案書については下記のサイトを参照.https://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:RuFCginICAcJ:https://www.rijksoverheid.nl/binaries/rijksoverheid/documenten/kamerstukken/2017/09/13/proposal-for-discussion/proposal-for-discussion.pdf

*8 https://www.aphis.usda.gov/aphis/ourfocus/biotechnology/am-i-regulated/Regulated_Article_Letters_of_Inquiry

*9 http://www.ogtr.gov.au/internet/ogtr/publishing.nsf/Content/reviewregulations-1

*10 裁判の経緯に関しては,拙稿9)9) 立川雅司:JATAFFジャーナル,2(8): 5(2014).を参照.

*11 Resolution 173/15. なお,本手続きは,作物だけを対象としており,その他の動植物などはこの手続きの対象となっていない.

*12 とはいえ,他国が異なった規制上の取り扱いを行っていた場合は,貿易上の混乱をもたらしかねないと考えられる.