今日の話題

二酸化炭素固定化反応の新手法の開発反応性の低いC(sp3)-H結合の切断を伴う触媒的カルボキシル化

Tsuyoshi Mita

美多

北海道大学大学院薬学研究院

Yoshihiro Sato

佐藤 美洋

北海道大学大学院薬学研究院

Published: 2018-05-20

近年の環境負荷に配慮した有機合成化学の潮流として,高活性な触媒を開発し,反応性の低い基質同士を,廃棄物の副生を極力抑えつつカップリングさせる新手法の開発が精力的に行われている.このような背景のもと,われわれは反応性の低い炭素–水素結合(以下C–H結合と略す)を触媒的に切断し,自然界に大量に存在する二酸化炭素(以下CO2と略す)と反応させ,人類の存続・繁栄に必要な化製品を化学合成すべく研究開発を行っている.CO2は地球上に無尽蔵に存在し,安価で低毒性であることから,石油などの化石資源に代わる魅力的な一炭素資源である.しかし,CO2は直線分子であることに加え,ケテン(R1R2C=C=O)やイソシアネート(R1N=C=O)のように2つのπ結合が直交しておらず,酸素原子の非共有電子対の入ったp軌道がπ結合に流れ込み三中心四電子結合を形成していることが知られている(図1図1■CO2の化学構造およびC(sp3)-H結合の切断).そのため,化学的な安定性に優れ,その安定なπ結合を崩しつつ化学結合を生成させることは容易ではない.

図1■CO2の化学構造およびC(sp3)-H結合の切断

一方で,C–H結合の中でもC(sp3)-H結合は,多くの天然有機化合物に存在する非常に安定な結合で反応性に乏しい(カルボニル基のα水素を除く).結合解離エネルギーが大きいため,強塩基や強酸などの特殊な条件を用いずに切断することは困難である.また,温和な条件下触媒的に切断する場合,sp3炭素原子上の3つの置換基は三次元的に広がり立体障害が大きいことから,C(sp3)-H結合が遷移金属触媒に接近しにくい.仮に,遷移金属触媒により効率良く切断できたとしても,生じるC(sp3)-M種(sp3炭素–金属種)は,金属原子のd軌道からの逆供与が期待できないため安定に存在できない.このようにC(sp3)-H結合の切断過程は速度論的にも熱力学的にも不利であると予想される.そこで,CO2およびC(sp3)-H結合の両者を効率良く活性化可能な高活性な触媒系を新たに構築し,C(sp3)-H結合カルボキシル化を実現すべく研究を開始した.非常に難易度が高くチャレンジングなテーマであったが,本手法が可能となれば,原子効率に優れたCO2固定化反応となると信じ研究を進めた.

先行研究として,C(sp3)-H結合の切断に紫外光を用いる触媒反応が知られていた.村上(1, 2)1) Y. Masuda, N. Ishida & M. Murakami: J. Am. Chem. Soc., 137, 14063 (2015).2) N. Ishida, Y. Masuda, S. Uemoto & M. Murakami: Chem. Eur. J., 22, 6524 (2016).,およびJamison(3)3) H. Seo, M. H. Katcher & T. F. Jamison: Nat. Chem., 9, 453 (2017).らはベンジル位のC(sp3)-H結合を紫外光照射下ラジカル的に切断し,CO2と反応させることに成功している.しかし,高エネルギーの紫外光を用いていることから,より穏和な条件下熱的に進行する触媒反応の開発を目指した.われわれはC(sp3)-H結合の中でも比較的切断されやすいアルケンに隣接したアリル位のC(sp3)-H結合に着目した(図2図2■アリル位C(sp3)-H活性化によるπ-アリル金属種の生成).この結合は,古くよりパラジウム錯体(Pd(II)X2: X=ハロゲンなどの脱離基)存在下で切断され,酸(HX)を発生すると同時にπ-アリルパラジウム種が生成することが知られている(4)4) R. Hüttel, J. Kratzer & M. Bechter: Chem. Ber., 94, 766 (1961)..ただ,π-アリルパラジウムは一般に求電子的であるために求電子剤であるCO2とは反応しない(5)5) M. S. Chen & M. C. White: J. Am. Chem. Soc., 126, 1346 (2004)..そのため,新たな戦略が必要であった.そこで,パラジウムよりも電気陰性度が小さいコバルトを選択することで(炭素–コバルトの電気陰性度の差が大きくなる),生成したアリルコバルト種に求核性が付与され,求電子剤と反応するのではないかと考えた(6)6) H.-F. Klein, M. Helwig & S. Braun: Chem. Ber., 127, 1563 (1994)..また,コバルトは安価で天然に豊富に存在するため入手容易な触媒源であり利便性が高い.したがって,アリル基よりも塩基性の高いアルキル基が置換したコバルト錯体(R′-Co(I): R′=アルキル基)を触媒として用いることで,アルカン(R′-H)を放出しつつπ-アリルコバルト種が生成できると予想した.

図2■アリル位C(sp3)-H活性化によるπ-アリル金属種の生成

アリル位のC(sp3)-H結合を切断するためのアルキルコバルト種として,メチルコバルト種の利用を考えた.メチルコバルトは,市販のAlMe3(トリメチルアルミニウム)とコバルト塩より系中で生成させることとした.アリルベンゼン誘導体1aを用いて,1気圧のCO2雰囲気下,触媒量のCo(acac)2(コバルトビスアセチルアセトナト)とリン配位子(Xantphos: 4,5-ビス(ジフェニルホスフィノ)-9,9-ジメチルキサンテン),およびアルキル化剤としてAlMe3,添加剤としてCsFを加え60°Cで反応を行ったところ,CO2によるC(sp3)-H結合カルボキシル化が効率良く進行した(図3図3■基質展開).この場合,ベンジル位ではなく,アルキル鎖の末端にCO2が導入された化合物2aが71%で得られた(7)7) K. Michigami, T. Mita & Y. Sato: J. Am. Chem. Soc., 139, 6094 (2017)..本触媒的カルボキシル化は,さまざまな置換基を有するアリルベンゼン誘導体(1an)において収率良く進行した.また,フェノール性水酸基(1j),アミド(1k),エステル(1l),およびケトン(1m)などのカルボニル基存在下においてもCO2へのカルボキシル化が選択的に進行し,官能基許容性の極めて高い触媒反応であることがわかった.加えて,アリルベンゼン誘導体のほかにも1,4-ジエン化合物1o–sが本カルボキシル化に適用可能であり,対応する直鎖型生成物2o–sが収率良く得られた.

図3■基質展開

生成物であるβ,γ-不飽和カルボン酸2iは,アルケン部位とカルボン酸部位を併せ持つことから,オキソンとKIを作用させることで,ヨウ素が導入されたアンチ体のγ-ブチロラクトン3iへ,また,ジメチルジオキシランでアルケンをエポキシ化することで,アンチ体のヒドロキシ-γ-ブチロラクトン4iへ導くことができた(図4図4■有用化合物への変換反応の検討).また,カルボン酸をヨウ化メチルでメチルエステル化した後に,AD-mix-βを用いるシャープレスの不斉ジヒドロキシ化,続くラクトン化を行うことで,生物活性天然物に広く見られるシン体の光学活性ヒドロキシ-γ-ブチロラクトン6iへと収率良く誘導することができた.このように,アリルベンセン誘導体から短工程でこれら有用化合物の合成に成功したことは有機合成化学的にたいへん大きな意味をもつ.

図4■有用化合物への変換反応の検討

このようにわれわれは熱的な触媒的C(sp3)-H結合カルボキシル化の開発に成功した.今後の展開としてアリルベンゼンや1,4-ジエン誘導体のみならず,「単純アルケンの末端選択的なカルボキシル化による長鎖脂肪酸の合成」や,「アミンを原料とした窒素原子隣接位C(sp3)-H結合カルボキシル化によるα-アミノ酸の合成」に展開し,本分野のさらなる発展に貢献したい.加えて,空気中に含まれる0.038%のCO2を直接取り込むことができれば,この上ない有用な反応になるのは論を待たない.夢は膨らむばかりである.

Reference

1) Y. Masuda, N. Ishida & M. Murakami: J. Am. Chem. Soc., 137, 14063 (2015).

2) N. Ishida, Y. Masuda, S. Uemoto & M. Murakami: Chem. Eur. J., 22, 6524 (2016).

3) H. Seo, M. H. Katcher & T. F. Jamison: Nat. Chem., 9, 453 (2017).

4) R. Hüttel, J. Kratzer & M. Bechter: Chem. Ber., 94, 766 (1961).

5) M. S. Chen & M. C. White: J. Am. Chem. Soc., 126, 1346 (2004).

6) H.-F. Klein, M. Helwig & S. Braun: Chem. Ber., 127, 1563 (1994).

7) K. Michigami, T. Mita & Y. Sato: J. Am. Chem. Soc., 139, 6094 (2017).