今日の話題

ありふれたアミノ酸が植物病害を抑える!?アミノ酸による植物のパワーアップ

Shigemi Seo

瀬尾 茂美

農業・食品産業技術総合研究機構生物機能利用研究部門

Kazuhiro Nakaho

中保 一浩

農業・食品産業技術総合研究機構野菜花き研究部門

Published: 2018-05-20

植物もわれわれ人間同様,病気になる.植物の場合,生理機能が低下したり形態が損なわれたりするなどして健全ではない状態のことを「病気」と言う.病気を引き起こす細菌や糸状菌,ウイルスなどは病原体と呼ばれる.病気によって害を被った状態のことを病害と言う.病原体は植物の表面や体内,土壌,水中など植物を取り巻くあらゆる環境中に生息しており,発生する部位も葉,茎,花,根などさまざまである.植物の病気の半分以上は土壌中の病原体で起こると言われている.土壌中の病原体は消毒剤や薬剤の及ばない土壌深層にも生存することから植物の土壌病害は一般的に防除が困難である.そのなかでも植物病原細菌Ralstonia solanacearumで引き起こされる青枯病はトマトやナス,ピーマン,ジャガイモ,ショウガなど多くの作物に被害をもたらす(1, 2)1) A. C. Hayward: Annu. Rev. Phytopathol., 29, 65 (1991).2) Patrice Champoiseau: Ralstonia solanacearum, http://plantpath.ifas.ufl.edu/rsol/index.html, 2011..青枯病菌は根の傷や自然開口部から侵入して茎に移行し導管で増え,水分通導機能が低下することなどによって葉や茎が緑色を保持したまま(病名の由来となっている)枯れてしまう(図1図1■トマトに発生した青枯病).青枯病は夏季の高温時に発生しやすく,近年は温暖化の影響などもあり高冷地や寒冷地での被害も見られるようになった.トマト青枯病の防除対策としてクロルピクリンなどの土壌くん蒸剤や接ぎ木栽培が広く利用されている.しかしながら,青枯病菌は圃場の深層部にも分布するため土壌くん蒸剤の消毒効果が及ばないことや管理作業のハサミなどにより穂木へ直接感染し被害が発生することが問題となっており,生産現場で新しい防除技術の開発が強く望まれている.

図1■トマトに発生した青枯病

そこで筆者らは,トマト青枯病に有効な農薬の開発に資するべく「生理活性物質の宝庫」である天然資源からリード化合物(農薬開発の出発点となる化合物のこと)候補の探索を行った.さまざまな材料を調べたところ,酵母抽出液に発病を抑える効果を見つけた.分析の結果,その有効成分はアミノ酸の一種,ヒスチジンであった(図2図2■ヒスチジンによる青枯病発病抑制効果).一般にアミノ酸は光学異性体と呼ばれる鏡を挟んで対になる2つの形があり,片方をL体,もう片方をD体と呼んで区別している.ヒスチジンのL体とD体を使って調べたところ,トマト青枯病を抑える効果はL体のみに認められ,D体にはそのような効果がなかった(3)3) S. Seo, K. Nakaho, S. W. Hong, H. Takahashi, H. Shigemori & I. Mitsuhara: Plant Cell Physiol., 57, 1932 (2016)..われわれ人間も含めた生物のタンパク質を構成するアミノ酸のほとんどはL体である.なぜL体のヒスチジンにだけ発病を抑える効果があるのかは現在のところ不明だが,トマトはL体とD体の違いを正確に認識していることを示唆する.さらに興味深いことに,アルギニンやリシンなどのほかのアミノ酸も同様の発病抑制効果があるのがわかった.アミノ酸はどうやってトマト青枯病を抑えているのか? アミノ酸自体には青枯病菌を直接殺す効果はなかったことから,植物側の反応を調べたところ,アミノ酸を与えたトマトではエチレン(植物ホルモンの一種でストレス応答にも重要な役割を演じることが知られている)の生産が増えるなどして病気に打ち勝つ力(病害抵抗性)が高まっていることがわかった.このことから,アミノ酸によるトマト青枯病の発病抑制には植物の病害抵抗性が大きく寄与していると考えられた.アミノ酸による病害抵抗性増強の事例は他病害に対しても見られ,グルタミン酸などを与えたイネではいもち病(植物病原糸状菌であるいもち病菌で引き起こされる病気)に対して強くなることが示されている.このイネいもち病のケースではエチレンよりむしろサリチル酸(植物ホルモン様物質の1種)が関与することが示されている(4)4) N. Kadotani, A. Akagi, H. Takatsuji, T. Miwa & D. Igarashi: BMC Plant Biol., 16, 60 (2016)..双子葉植物と単子葉植物ではアミノ酸に対する生理応答が異なることを示唆しており,植物のアミノ酸認識機構やアミノ酸代謝を考えるうえで興味深い.

図2■ヒスチジンによる青枯病発病抑制効果

L-ヒスチジン(右)もしくは水(左)を施用したトマトに青枯病菌を接種後7日目の様子.

このように,病原菌を直接殺さずに植物が本来有する病害抵抗性を高める物質のことを病害抵抗性誘導物質と呼ぶ.病害抵抗性誘導物質は,農業現場で問題となっている薬剤耐性菌が出ないと言われており,環境保全型病害防除技術として着目されている.国内ではオリゼメートなど数種類の病害抵抗性誘導剤が上市されているが,対象となる病害はイネいもち病などに限られている.アミノ酸はそのような病害抵抗性誘導剤の素材として利用できる可能性があり,実現できればトマト青枯病などに効く新しい剤の開発につながると期待される.アミノ酸という身近に存在するありふれた物質が植物の病気を抑えることがわかったことは意外であった.私たちの周りをよく探せば「お宝」が見つかるかもしれない.

本稿で紹介した筆者らの研究の一部は,内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」(管理法人:生研支援センター)によって実施された.

Reference

1) A. C. Hayward: Annu. Rev. Phytopathol., 29, 65 (1991).

2) Patrice Champoiseau: Ralstonia solanacearum, http://plantpath.ifas.ufl.edu/rsol/index.html, 2011.

3) S. Seo, K. Nakaho, S. W. Hong, H. Takahashi, H. Shigemori & I. Mitsuhara: Plant Cell Physiol., 57, 1932 (2016).

4) N. Kadotani, A. Akagi, H. Takatsuji, T. Miwa & D. Igarashi: BMC Plant Biol., 16, 60 (2016).