Kagaku to Seibutsu 56(6): 388-394 (2018)
解説
アブシシン酸受容体を制御する人工分子植物のストレス耐性を化学的に調節する
Artificial Molecules Controlling Abscisic Acid Receptors: Chemical Control of Plant Stress Tolerance
Published: 2018-05-20
アブシシン酸(ABA)は種子休眠や耐乾燥性・耐塩性などの環境ストレス応答に必須の植物ホルモンである.その生理作用を誘導するコアシグナル経路は細胞質受容体PYLを起点としているが,多くの植物でPYL遺伝子が多重に重複しているため,個々のサブタイプの機能や植物の非生物的ストレス応答における役割を遺伝学的に探求あるいは調節することは難しく,化合物による選択的あるいは非選択的な制御技術の開発が望まれている.これまでに,化合物スクリーニングならびにABAの構造改変によって,PYLの機能を正あるいは負に制御する化合物が見いだされているので,本稿で紹介する.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
植物ホルモンの一つであるアブシシン酸(abscisic acid; ABA)は,ワタの実の落果を促進する物質として,またカエデの芽の休眠にかかわる成長阻害物質として1960年代に単離,構造決定された(1~5)1) K. Ohkuma, J. L. Lyon, F. T. Addicott & O. E. Smith: Science, 142, 1592 (1963).2) K. Ohkuma, F. T. Addicott, O. E. Smith & W. E. Thiessen: Tetrahedron Lett., 6, 2529 (1965).3) J. W. Cornforth, B. V. Milborrow & G. Ryback: Nature, 206, 715 (1965).4) P. F. Wareing, C. F. Eagles & P. M. Robinson: “Natural inhibitors as dormancy agents,” In Regulators Naturels de la Croissance Vegetale, J. P. Nitsch ed., Cent. Nat. Rech. Sci. Paris, 1964.5) F. T. Addicott, J. L. Lyon, K. Ohkuma, W. E. Thiessen, H. R. Carns, O. E. Smith, J. W. Cornforth, B. V. Milborrow, G. Ryback & P. F. Wareing: Science, 159, 1493 (1968)..ABAの主要な役割は,非生物的なストレス下において,植物の成長を一時的に休止させるとともにストレス耐性を付与して生命を維持することである.ABAを処理すると発芽や成長が阻害されるが,ABA内生量やABA感受性が極端に低下すると,成長は促進されるよりもむしろ阻害されることのほうが多い.植物は常に何らかのストレスを環境から受けているため,ストレス耐性の欠如が健全な生育を損なうと考えられる.
このようにABAは植物の生命維持に必須の物質であるが,その効果が強く出すぎる環境下では,種子発芽や花粉の形成不良,気孔閉鎖による光合成阻害,病傷害抵抗性の低下などを引き起こすため,農作物の生産という観点から見ると,その作用は必ずしも良いことばかりではない.遺伝子組換え技術によってABAの内生量を下げることは可能だが,こうした植物はストレスに弱く生育不良を起こしてしまう.このような遺伝子組換えではなく化合物を使って,必要なときに必要な強度でABAの機能を調節するほうが望ましい.正負いずれの方向であっても,ABA応答を制御する低分子は,化学ツールとして有用であるだけでなく,乾燥耐性を増強したり発芽不良や不稔を改善する植物成長調節剤としての活用も期待できる.ABA応答を低分子で制御することは,ABA応答にかかわるタンパク質の機能を制御することとほぼ同義である.標的となるタンパク質は,生合成および代謝酵素,輸送担体(トランスポーター),ならびに受容体とシグナル伝達因子である.これらのうち,本稿ではABA受容体に焦点を絞り,その機能を調節可能な人工分子の探索と創出の現状について解説する.
2006年から2009年末までの4年間で5種類ものABA受容体(として機能するとされるタンパク質)が報告されたが,現時点でコンセンサスが得られているのは2009年に報告されたPYR/PYL/RCARタンパク質だけである.このタンパク質は2つの研究グループによって,それぞれ異なる手法を用いてモデル植物のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)から見いだされ,14種類からなる遺伝子ファミリーを形成していることが明らかにされた.これらを,MaらはRCAR1(REGULATORY COMPONENT OF ABA RECEPTOR 1)~RACR14, ParkらはPYR1(PYRABACTIN RESISTANCE 1)およびPYL1(PYR1-Like 1)~PYL13と命名した(6, 7)6) Y. Ma, I. Szostkiewicz, A. Korte, D. Moes, Y. Yang, A. Christmann & E. Grill: Science, 324, 1064 (2009).7) S. Y. Park, P. Fung, N. Nishimura, D. R. Jensen, H. Fujii, Y. Zhao, S. Lumba, J. Santiago, A. Rodrigues, T. F. Chow et al.: Science, 324, 1068 (2009)..ファミリーの表記はPYR/PYL/RCAR, PYR/PYL, PYL,あるいはRCARなど論文によって異なっているが,本稿ではPYLを用いる.
ParkらがPYLを同定した経緯は本稿の内容ともかかわってくるので,少し説明しておく.彼らを成功に導いた鍵はpyrabactin(図1図1■PYLのアゴニストとアンタゴニストの名称と化学構造)という人工の種子発芽阻害物質であり,ABA非感受性ではなくpyrabactin耐性を指標にして原因遺伝子を探索したことが功を奏した.ABA非感受性の種子からABA受容体の原因遺伝子を同定するのが極めて困難であることは,遺伝子が同定された後から振り返れば容易に理解できる.PYL遺伝子は14種類あり,かつ機能重複しているため,1つや2つのPYL遺伝子が変異していたとしても,ABA非感受性にはならないからである.一方,pyrabactinは,これも後からわかったことであるが,PYR1にのみABAに匹敵する親和性を示してこれを活性化する(PYL1にも結合するが弱い.またPYL2にも結合するが活性化ではなく不活性化する(8)8) K. Melcher, Y. Xu, L.-M. Ng, X. E. Zhou, F.-F. Soon, V. Chinnusamy, K. M. Suino-Powell, A. Kovach, F. S. Tham, S. R. Cutler et al.: Nat. Struct. Mol. Biol., 17, 1102 (2010).).そのため,PYR1ただ一つの遺伝子が変異した種子であってもpyrabactin耐性を示す.
PYL, PYL–ABA複合体,ならびにPYL–ABA–PP2C複合体の結晶構造に基づくと,ABAはPYLのペプチド鎖間の疎水性相互作用を仲介することで,PYLがPP2Cと結合できるようにPYLの配座を変化させる(9)9) J. J. Weiner, F. C. Peterson, B. F. Volkman & S. R. Cutler: Curr. Opin. Plant Biol., 13, 495 (2010).(図2図2■低分子によるABA受容体PYLの制御機構).PYLの役割は,ABA応答の負の制御因子であるPP2Cと結合してその機能を阻害し,PP2Cによって不活性化されていたSnRK2を開放することである(SnRK2はタンパク質リン酸化酵素で,ABA応答の正の制御因子として下流の転写因子やイオンチャネルを活性化する)(10)10) S. R. Cutler, P. L. Rodriguez, R. R. Finkelstein & S. R. Abrams: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 651 (2010)..PYLには2つの安定配座があり,ABAが結合していないときには,リガンドポケット入口に位置するループ構造(ゲート)が開いたゲートオープン型配座に平衡が傾いている.ABAがPYLのリガンドポケットに結合するとゲートが閉じる.ABAの側鎖カルボキシレート基はPYLリガンドポケット奥に延びているリシン側鎖εアンモニウム基と塩橋を形成して固定され,ABAの疎水的な部位がゲート閉鎖を誘導する.
ABAなどアゴニストがPYLに結合すると,PYLのゲートが閉じる.PYL–ABA複合体には外に通じる2つのトンネルがあり,その出口はPP2Cと相互作用する領域にある.特に4′トンネルには,PP2CのTrp残基側鎖インドール環が差し込まれ,ABAの4′位カルボニル酸素と水を介した水素結合を形成するとともに,トンネル内のPhe側鎖フェニル基とπ–π相互作用して複合体を安定化する.筆者らが創出したアンタゴニストもPYLをゲートクローズド型に誘導するが,3′または4′トンネルから置換基が付きだし,これがPYL–PP2C間の相互作用を妨害する.
ゲート閉鎖によってABAがPYLに完全に包み込まれた後,PP2Cがゲートを含む領域に結合する.ABAはPYLリガンドポケットにほぼすき間なく収まっており,せいぜいメチル基をあと一つ付け加える程度の空間的余裕しかない.PYL–ABA複合体のABAの3′位と4′位近辺にはそれぞれ外に通じる小さなトンネルがあるため(図2図2■低分子によるABA受容体PYLの制御機構),これらの部位にはより長い置換基の導入が可能である.しかし,2つのトンネルの出口はいずれもPP2Cとの接触面に存在するため,せいぜいブチル基程度の長さが限界である.つまり,ABAのどの部位であれ,ブチル基よりも長い置換基を導入してしまうと,安定なPYL–PP2C複合体の形成を誘導する能力が失われてしまうことになる.これは,PYL同定以前に得られていたABA構造活性相関の知見ともおおむね一致している.
なお,いくつかのPYL(PYR1, PYL1~PYL3)はゲートオープン型配座のときに二量体を形成しており,ABAの結合に伴ってゲートクローズド型の単量体になる.ABAに対する結合親和性はこれら二量体型PYLの方が他のPYL(単量体型PYL)よりも低いが,その生理的意義についてはよくわかっていない.
既知受容体の人工リガンドを探索する理由はさまざまである.複数のサブタイプが存在する場合には,サブタイプ選択性をもつリガンドを入手できれば,これを用いてサブタイプの役割を追求できる.人工リガンドは内生リガンドよりも安価に入手できたり,構造修飾も容易かもしれない.内生リガンドと同じ代謝を受けないのであれば,効果がより持続するかもしれない.受容体を正ではなく負に制御することも可能かもしれない.これまでに報告された人工のPYLリガンドは,化合物スクリーニングによって見いだされた非ABAアナログ型とPYL結晶構造に基づいて設計されたABAアナログ型の2種類に大別される(図1図1■PYLのアゴニストとアンタゴニストの名称と化学構造).
2013年にOkamotoらは,PYL–PP2C間相互作用を誘導する化合物を酵母ツーハイブリッド法を用いて57,000化合物からスクリーニングし,主として二量体型のPYLサブタイプに結合してABA活性を誘導するquinabactinを見いだした(11)11) M. Okamoto, F. C. Peterson, A. Defries, S.-Y. Park, A. Endo, E. Nambara, B. F. Volkman & S. R. Cutler: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 12132 (2013)..同じ時期にCaoらも,PP2Cの一つであるHAB1とPYR1との分子間相互作用を検出する系(AlphaScreen)を用いて12,000化合物からquinabactin(CaoらはAM1と呼称)を見いだしている(12)12) M. Cao, X. Liu, Y. Zhang, X. Xue, X. E. Zhou, K. Melcher, P. Gao, F. Wang, L. Zeng, Y. Zhao et al.: Cell Res., 23, 1043 (2013)..Quinabactin/AM1はpyrabactinと同様にスルホンアミド基を分子中央にもつ化合物である.両者ともスルホンアミド基がヒンジのような役割を果たし,2つに折り畳まれてPYLに結合する(図3図3■PYL–PYLリガンド複合体の結晶構造).ABAの場合は,側鎖末端のカルボキシレート基がPYLのLys側鎖εアンモニウム基と塩橋を形成することでPYLに固定されるが,quinabactin/AM1とPYLの間にはそのような強い相互作用は存在しておらず,代わりにスルホンアミド基が水を介して間接的に水素結合している.折り畳まれて向かい合った2つの疎水性部位が,ABAの側鎖と環部の疎水性部位をそれぞれ模倣し,ABAと同様の機構でゲート閉鎖を誘導する.また,quinabactin/AM1の環部カルボニル基はABAの環部カルボニル基とほぼ同じ位置を占めており,PP2CのTrp側鎖インドール環と水を介して水素結合する.Quinabactin/AM1がABAを模倣できるのは,二量体型のPYL(PYR1, PYL1~PYL3)とPYL5およびPYL7だけであるが,この選択性の構造的要因についてはよくわかっていない.塩橋によって強く固定されるABAとは異なり,quinabactin/AM1は弱い相互作用の集積によってPYLに結合するため,形が僅かに合わないだけでも親和性が大きく低下するのかもしれない.
Quinabactinは2つに折り畳まれた形でABAを模倣している.AS6の3′-S-ヘキシル基は3′トンネルを,PANMeの4′-O-トリルプロピニル基は3′または4′トンネルをくぐり抜けて外に突きだしている.いずれの場合も,PYLはゲートクローズド型になっている.
Quinabactin/AM1を構造改変して,選択性や親和性を向上させる研究も行われている.Vaidiyaらは,quinabactin/AM1の環部カルボニル基をシアノ基で置換したcyanabactinを2017年に報告した(13)13) A. S. Vaidya, F. C. Peterson, D. Yarmolinsky, E. Merilo, I. Verstraeten, S.-Y. Park, D. Elzinga, A. Kaundal, J. Helander, J. Lozano-Juste et al.: ACS Chem. Biol., 12, 2842 (2017)..Cyanabactinはquinabactin/AM1よりもサブタイプ選択性が高く,特にPYR1とPYL1を強く活性化する.またCaoらも,quinabactin/AM1の芳香環にフッ素原子を導入した化合物AMFsを報告している(14)14) M.-J. Cao, Y.-L. Zhang, X. Liu, H. Huang, X. E. Zhou, W.-L. Wang, A. Zeng, C.-Z. Zhao, T. Si, J. Du et al.: Nat. Commun., 8, 1183 (2017)..AMFsはAM1と同様のサブタイプ選択性を示すが,より低濃度でPYL–PP2C複合体を誘導し,PP2C活性を阻害する.
Parkらは,野生型のPYLには結合せず,変異を導入したPYR1にのみ結合してABA応答を誘導する化合物mandipropamidを既知農薬から見いだしている(15)15) S.-Y. Park, F. C. Peterson, A. Mosquna, J. Yao, B. F. Volkman & S. R. Cutler: Nature, 520, 545 (2015)..Mandipropamidを使えば,ほかの植物には影響を与えず,変異PYR1をもつ植物に対してのみ乾燥耐性を付与することが可能になる.
以上はABAと同様に作用するPYLアゴニストであるが,PYLと相互作用しながらもPYL–PP2C間相互作用は誘導しない化合物(PYLアンタゴニスト)もスクリーニングによって見いだされている.Itoらは,24,275化合物からPYR1と相互作用する化合物をスクリーニングし,PYR1–ABAによるPP2Cの阻害を抑制する化合物RK460を2015年に報告した(16)16) T. Ito, Y. Kondoh, K. Yoshida, T. Umezawa, T. Shimizu, K. Shinozaki & H. Osada: ChemBioChem, 16, 2471 (2015)..しかし,RK460は植物体内で容易に分解してしまうようだ.さらに2017年にYeらは,ABAによるシロイヌナズナ種子発芽阻害を抑制する化合物を12,000化合物からスクリーニングし,AA1を見いだした(17)17) Y. Ye, L. Zhou, X. Liu, H. Liu, D. Li, M. Cao, H. Chen, L. Xu, J.-K. Zhu & Y. Zhao: Plant Physiol., 173, 2356 (2017)..この化合物は,試験していないPYL13を除くすべてのシロイヌナズナPYLの機能を抑制し,植物に対してもABA生物活性を効果的に抑制すると報告されている.しかしながら,筆者らが追試したところ,少なくともシロイヌナズナに対してはタンパク質レベルでも植物個体レベルでも再現性を得ることができなかった.
ABA生物活性の弱いpyrabactinが主にPYR1だけを強く活性化したように,ABA生物活性の弱いABAアナログもサブタイプ選択性を有する可能性がある.筆者らは,ゲート閉鎖を誘導するのに必要な疎水性官能基を一つ欠いている6-nor-ABAと7′-nor-ABAが,3~5種類のPYLサブタイプだけを活性化することを明らかにした(18)18) J. Takeuchi, T. Ohnishi, M. Okamoto & Y. Todoroki: Bioorg. Med. Chem. Lett., 25, 3507 (2015)..PYL同定以前に合成されたABAアナログのなかには,サブタイプ選択性を有するものがほかにも存在すると思われる.
さらに筆者らは,PYL–ABAおよびPYL–ABA–PP2C複合体の結晶構造に基づいて,ABAに適切な置換基を導入することで,PYLをゲートクローズド型配座に誘導しつつもPP2Cとの複合体形成を阻害するPYLリガンドを創出した(19, 20)19) J. Takeuchi, M. Okamoto, T. Akiyama, T. Muto, S. Yajima, M. Sue, M. Seo, Y. Kanno, T. Kamo, A. Endo et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 477 (2014).20) J. Takeuchi, T. Ohnishi, M. Okamoto & Y. Todoroki: Org. Biomol. Chem., 13, 4278 (2015)..なお,一般的に,アンタゴニストとは受容体の活性型配座と不活性型配座の両方に結合して両者間の平衡には影響を与えないリガンドとして定義されているが,本稿では筆者らが創出したタイプのPYLリガンドも便宜上PYLアンタゴニストと呼ぶことにする.
先に述べたように,ABAはPYLにすっぽりと包み込まれてしまうが,ABAの3′位と4′位近辺には外に通じる小さなトンネルがあり,その出口はPP2Cとの接触面に存在する(図2図2■低分子によるABA受容体PYLの制御機構).したがって,ここから置換基を外に突き出すようなリガンドはPYLを活性型配座に導きながらもPP2Cとの相互作用を妨害してPYLの機能を阻害すると考えられる.そこで,まずはじめに3′位近辺のトンネル(3′トンネル)に着目し,次に4′位近辺のそれ(4′トンネル)に着目して,ぞれぞれPYLアンタゴニストを設計した.
3′トンネルは,疎水性アミノ酸側鎖に囲まれたシンプルな短い構造であるため,シンプルな直鎖アルキルをそのままABAの3′位に導入すれば,アルキル鎖がうまくトンネルをくぐり抜けそうに思われた.合成の都合から,接続部に硫黄原子を用いてチオエーテルの形でアルキル鎖を導入し,この化合物をASn(nはアルキル基の炭素数)と命名しAS2~AS12まで11種類を合成した(19)19) J. Takeuchi, M. Okamoto, T. Akiyama, T. Muto, S. Yajima, M. Sue, M. Seo, Y. Kanno, T. Kamo, A. Endo et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 477 (2014)..分子モデルを用いた事前の解析により,AS4を境にしてアゴニストとアンタゴニストに分かれると予想していたが,実際にそのとおりになった.AS6に絞ってその機能を詳細に調べたところ,AS6はABAよりも少しだけ強くPYLに結合し,試験したすべてのPYLサブタイプ(PYR1, PYL1~PYL6, PYL8~PYL12)のABAを介したPP2C阻害活性を顕著に抑制した.植物に外からABAを与えた場合だけでなく,植物にストレスを与えて内生ABA量を増加させた場合でも,AS6はABA応答性遺伝子の発現量を抑えたり,蒸散を促進することがわかった.PYR1–AS6複合体の結晶構造の解析にも成功し,AS6は確かにPYLをゲートクローズド型配座に誘導し,そのアルキル鎖を3′位側トンネルから外に突きだしていることが明らかになった(図3図3■PYL–PYLリガンド複合体の結晶構造).加えて,アルキル鎖の短いAS2が,quinabactin/AM1に似たサブタイプ選択性をもつPYLアゴニストであることも明らかにしたが,選択性の要因についてはよくわかっていない.筆者らはさらに,ASnの3′位アルキル鎖の一部を固定することによって,受容体結合時の配座自由度の低下によるエネルギー損失(エントロピー損失)の低減を狙ったPAOnを創出した(20)20) J. Takeuchi, T. Ohnishi, M. Okamoto & Y. Todoroki: Org. Biomol. Chem., 13, 4278 (2015)..PAOnの機能はASnと同様にアルキル鎖の長さに依存して変化し,PAO1はAS2と同様のサブタイプ選択性をもつPYLアゴニスト,PAO4はAS6よりも強くPYLに結合するPYLアンタゴニストとして機能することを明らかにした.
筆者らは最近,4′トンネルを標的にしたPYLアンタゴニストの創出にも成功した(21)21) J. Takeuchi, N. Mimura, M. Okamoto, S. Yajima, M. Sue, T. Akiyama, K. Monda, K. Iba, T. Ohnishi & Y. Todoroki: ACS Chem. Biol., 13, in press..PYL–ABA–PP2C複合体において,4′トンネルに差し込まれたPP2CのTrp側鎖インドール環は,トンネルを形成しているPYLのPhe側鎖ベンゼン環と相対してπ–π相互作用するとともに,水分子を介してABAの4′位カルボニル酸素と水素結合を形成する(図2図2■低分子によるABA受容体PYLの制御機構).インドール環–水–カルボニル酸素をつなげたような側鎖をABAに付加すれば,PP2CのTrp側鎖がトンネルに侵入するのを妨害できるとともに,PYL–ABA間には存在しない新たな相互作用を付与することができると考え,ABAの4′位カルボニル基を還元してヒドロキシ基とし,これに三重結合を介してベンゼン環を結合させた一連の化合物PAN(PYL antagonist)を設計・合成した.ベンゼン環のパラ位にメチル基をもつPANMeに絞ってその機能を紹介すると,この化合物はPYL–ABAによるPP2C阻害を完全に抑制し,PYLに対する解離定数はABAのそれの約1/10と,目論見どおりABAやAS6よりも高いPYL親和性をもつ.PANMeは,ABAによるシロイヌナズナ種子発芽阻害をAS6よりも強く抑制し,二次休眠の症状が出る高温条件下でのシロイヌナズナ種子の発芽不良を著しく回復した.PYR1–PANMeの結晶構造解析と複合体形成の熱力学的解析から,PANMeの4′位側鎖は4′トンネルに固定されずに3′トンネル方向と4′トンネル方向の間で揺らいでおり,これがPYR1のアミノ酸側鎖の揺らぎも増大させていることが示唆された.お互いの動きを束縛し合うようなタイトな相互作用ではなく,局所的な揺らぎを増大させるような相互作用であっても複合体の安定化につながることはたいへん興味深い.
植物のABA応答が主としてPYLタンパク質を介して行われているのは間違いなさそうである.しかしながら,多くの植物でPYL遺伝子が多重に重複している理由についても,またそれぞれの遺伝子の役割の違いについてもよくわかっていない.これらを解明するのに,サブタイプ選択性の高いアゴニストやアンタゴニストが役立つに違いない.本稿では述べなかったが,人工リガンドの効き方が植物種によって大きく異なることがわかってきた.たとえば,シロイヌナズナとイネでは,PYLの構造に特に大きな違いは認められないにもかかわらず,またタンパク質レベルでもリガンドの親和性や機能に大きな違いが認められないにもかかわらず,植物個体に対するリガンドの効果が著しく異なるケースが存在する.これが単に植物体内での代謝の違いによるのでなければ,pyrabactinを用いた研究がABA受容体遺伝子を明らかにしたように,さまざまな特性をもつ人工リガンドを活用することで,ABA応答に関する新たな知見が得られ,植物の環境応答をより深いレベルで理解できるようになるかもしれない.化合物を用いたABA受容体の人工制御技術の進展と,これを活用した研究の可能性に期待したい.
Reference
1) K. Ohkuma, J. L. Lyon, F. T. Addicott & O. E. Smith: Science, 142, 1592 (1963).
2) K. Ohkuma, F. T. Addicott, O. E. Smith & W. E. Thiessen: Tetrahedron Lett., 6, 2529 (1965).
3) J. W. Cornforth, B. V. Milborrow & G. Ryback: Nature, 206, 715 (1965).
4) P. F. Wareing, C. F. Eagles & P. M. Robinson: “Natural inhibitors as dormancy agents,” In Regulators Naturels de la Croissance Vegetale, J. P. Nitsch ed., Cent. Nat. Rech. Sci. Paris, 1964.
6) Y. Ma, I. Szostkiewicz, A. Korte, D. Moes, Y. Yang, A. Christmann & E. Grill: Science, 324, 1064 (2009).
7) S. Y. Park, P. Fung, N. Nishimura, D. R. Jensen, H. Fujii, Y. Zhao, S. Lumba, J. Santiago, A. Rodrigues, T. F. Chow et al.: Science, 324, 1068 (2009).
18) J. Takeuchi, T. Ohnishi, M. Okamoto & Y. Todoroki: Bioorg. Med. Chem. Lett., 25, 3507 (2015).
20) J. Takeuchi, T. Ohnishi, M. Okamoto & Y. Todoroki: Org. Biomol. Chem., 13, 4278 (2015).
21) J. Takeuchi, N. Mimura, M. Okamoto, S. Yajima, M. Sue, T. Akiyama, K. Monda, K. Iba, T. Ohnishi & Y. Todoroki: ACS Chem. Biol., 13, in press.