解説

酸性糖鎖ポリシアル酸の新機能の発見とその応用展開反発性と誘因性の場を持つポリシアル酸

New Functions and Applications of an Acidic Glycan, Polysialic Acid: Repulsive and Attractive Fields of Polysialic Acid

Chihiro Sato

佐藤 ちひろ

名古屋大学生物機能開発利用研究センター

Published: 2018-05-20

ポリシアル酸は酸性9炭糖のシアル酸の直鎖状ホモポリマーの総称であり,神経細胞接着分子(NCAM)を時・空間特異的に修飾するがん胎児性抗原として知られている.ポリシアル酸が生み出す排他的空間が細胞–細胞/細胞外マトリックスの接着を抑制することで,脳機能のさまざまな調節を行っていると久しく考えられてきた.近年,ポリシアル酸がこの反接着性の機能だけではなく,生理活性分子を構造特異的に保持する機能をもつことが明らかにされ,親和的な空間を作り出すことにより,さまざまな因子群の機能制御を行っていることが示された.さらに,この構造を作り出す生合成酵素と統合失調症をはじめとする精神疾患との関連性が注目されている.ここでは,近年明らかになってきたポリシアル酸の新しい機能を中心に解説する.

はじめに

シアル酸(Sialic acid, Sia)は2-ケト3-デオキシノノン酸誘導体の総称で,1位のカルボキシル基に起因する負電荷をもつ9炭糖であり(図1A図1■シアル酸の多様性とポリシアル酸構造),主として後口動物での存在が顕著である.シアル酸は5位の置換基がアセトアミド基であるN-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac),ヒドロキシアセトアミド基であるN-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc),水酸基であるデアミノノイラミン酸(Kdn; 2-ケト-3-デオキシ-D-グリセロ-D-ガラクト-ノノン酸)の3大分子種からなり,この基本骨格のほかに,水酸基のアセチル化,硫酸化,メチル化,ラクチル化などの修飾や1位のカルボキシル基と水酸基との間でのラクトン形成や,1位と5位の間でのラクタム形成などによって,現在までに50種類以上のシアル酸分子種の存在が知られており(図1A図1■シアル酸の多様性とポリシアル酸構造),ほかの単糖に比べてきわめて大きな構造多様性をもつ.しかし,その構造多様性の生物学的意義はほとんど解明されていない.一般的に,シアル酸は糖タンパク質や糖脂質において糖鎖の非還元末端部位にモノシアリル基として結合しており,受精,発生,増殖,分化,感染におけるリガンド–受容体および細胞–細胞間相互作用において重要な機能を果たしている(1)1) T. Angata & A. Varki: Chem. Rev., 102, 439 (2002)..特にシアル酸結合レクチン(シグレック)などの認識分子が天然に存在すること,インフルエンザをはじめとする多くのウイルスの感染の足がかりになることからも,認識される分子としてシアル酸の機能的重要性がさらに注目されている.また,シアル酸のde novo生合成を司るUDP-N-アセチルグルコサミン2-エピメラーゼ/N-アセチルマンノサミンキナーゼの遺伝子欠損(KO)マウスが胎生致死であることからも,シアル酸の存在が発生に重要であることが示されている(2)2) M. Schwarzkopf, K. P. Knobeloch, E. Rohde, S. Hinderlich, N. Wiechens, L. Lucka, I. Horak, W. Reutter & R. Horstkorte: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 5267 (2002).

図1■シアル酸の多様性とポリシアル酸構造

A. シアル酸(2-ケト3-デオキシノノン酸誘導体)(Sia)の重合体構造(DP).Sia species. C5のRの違いにより,Neu5Ac, Neu5Gc, Kdnの3大分子種に分けられる.Modifications. 4, 7, 8, 9位の水酸基にアセチル基,ラクチル基,メチル基,硫酸基が結合する.1位との間で,ラクトン化,ラクタム化を起こすこともある.Linkages. シアル酸の重合体構造は,C2の結合位の違いによって立体構造の大きく異なるオリゴ・ポリマーが生合成される.現在は2,4結合,2,5(11ともいう)-結合(Neu5Gcのみ),2,8結合,2,9-結合,2,8/2,9結合が報告されている.DPs. DPの違いにより,モノシアル酸,ジシアル酸,オリゴシアル酸,ポリシアル酸が存在する.これらの名称は特異的抗体と酵素の特異性から定義されている.B. α2,8-結合polyNeu5Ac構造.これまで重合度8から400残基のpolyNeu5Acが知られている.C. polySiaの立体構造.緩やかなヘリックス構造として存在していることが明らかになっている.柔軟性に富むためこのほかにもランダム構造で存在している場合もある.

シアル酸は,ほとんどの場合,上述のようにモノシアリル基として存在するが,まれにその末端シアル酸残基の上にさらにシアル酸の直鎖ポリマーが結合するオリゴ・ポリシアル酸構造(oligo/polySia)として存在する場合がある.このシアル酸重合体においては,構成シアル酸の分子種だけでなく,その結合位(α2,4-, α2,5-, α2,8-, α2,8/9-, α2,9-)および重合度(DP=2~400)の違いにより大きな多様性がある(3)3) C. Sato & K. Kitajima: J. Biochem., 154, 115 (2013).図1A図1■シアル酸の多様性とポリシアル酸構造).しかしoligo/polySiaにおける重合度が生合成的にどのように制御されているのかは,その本来のpolySiaの重合度とともにいまだ明確ではない.Oligo/polySiaの結合位や構成シアル酸による多様性はウニやナマコなど棘皮動物に最も頻繁に見られる一方,脊椎動物脳においては検出されるポリシアル酸構造はすべてα2,8結合polyNeu5Ac構造(これ以降,ポリシアル酸またはpolySiaはα2,8結合polyNeu5Ac構造を示す)(図1B図1■シアル酸の多様性とポリシアル酸構造)のみであり,その進化的な経緯も興味深いが本稿では割愛する.

脊椎動物においてポリシアル酸構造(polySia, PSA)は,胎児期の脳やがん細胞に一過的に発現するがん胎児性抗原として古くから知られており,主に神経細胞接着分子(NCAM)を時・空間特異的に修飾するユニークな酸性多糖である.近年,さまざまな検出方法やプローブの開発,それに伴う新規polySia含有糖タンパク質の発見,polySia生合成酵素のノックアウト(KO)マウスの解析,polySiaに対する種々の分子間相互作用の解析などが進み,polySiaがこれまで考えられてきた以上に多様な機能を果たしていることが示されている.本稿では,主に近年明らかになってきたpolySia鎖の新機能と疾患との関連を中心に解説する.

polySia-NCAM上のpolySia鎖の生合成にかかわる糖転移酵素(ST8SIA2とST8SIA4)とpolySia不全マウスの表現型

脊椎動物脳におけるpolySia鎖の主要な担体タンパク質であるNCAMは,細胞外領域においては5つの免疫グロブリンドメイン(Ig1~5)と2つのフィブロネクチンタイプIIIドメイン(FNIII)からなる(図2A図2■polySia-NCAMの構造とポリシアル酸転移酵素).Igドメインには推定N結合型糖鎖付加部位が6カ所(Asn1~6)ありpolySia鎖はNCAMのIg5ドメイン内の2つのN結合型糖鎖(Asn5, Asn6)上に存在していることが証明されている(図2A図2■polySia-NCAMの構造とポリシアル酸転移酵素).またNCAMには細胞内領域の長さが異なる180 kDa(NCAM180)と140 kDa(NCAM140),またGPIアンカーをもつ120 kDa(NCAM120)の膜結合性NCAM分子や可溶性NCAM(sNCAM)のようなアイソフォームが存在しており,NCAMを介するシグナルや,NCAMの膜における局在の制御に関与している.このすべてのアイソフォームにポリシアル酸化の存在例が報告されている(4)4) U. Rutishauser: Nat. Rev. Neurosci., 9, 26 (2008)..NCAMを修飾するpolySia鎖は2つのポリシアル酸転移酵素(polyST),ST8SIA2(STX, siat8b)とST8SIA4(PST, siat8d)によって担われている(図2A, B図2■polySia-NCAMの構造とポリシアル酸転移酵素).これらのpolySTはNCAMの最初のIg5ドメインの配列とFNIIIドメインの酸性領域を認識し,そのN結合型糖鎖上のα2,3もしくはα2,6結合シアル酸の上に,CMP-Siaを供与体基質として,1残基ずつシアル酸を転移し,最終的に重合度数百のpolySia鎖を生合成していると考えられている.ほかのシアル酸転移酵素を含めた多くの糖転移酵素では特定のタンパク質特異的な糖転移機構は知られておらず,polySTのNCAM特異的なpolySia転移(oligo糖鎖にシアル酸を転移するよりも1,400倍も活性が高い)は注目に値する.この2つの酵素は単独もしくは協調的にNCAMのpolySia鎖を合成しうるが,伸長開始と終結の機構の詳細はなお謎が多い.

図2■polySia-NCAMの構造とポリシアル酸転移酵素

A. polySia-NCAMの模式図.5つのIgドメインと,2つのフィブロネクチンタイプIIIドメインからなる.NCAMは6つのN-結合型糖鎖を持つが,polySia鎖はIg5ドメイン内の2つのN-結合型糖鎖上に存在する.図はN-結合型3本鎖糖鎖上にそれぞれ1本のpolySia鎖(紫のダイアモンドはシアル酸)が存在する場合であるがその詳細は明らかになっていない.また,polySia鎖はゴルジ装置内で,ポリシアル酸転移酵素ST8SIA2とST8SIA4が単独または協調的に働き生合成される.B. ST8SIA2の分子モデリング.ST8SIA3のX線結晶構造(PDB : 5BO9)を鋳型に,MOEでST8SIA2の分子モデリングを行ったもの.SML,シアリルモチーフL. SMS,シアリルモチーフS. SMIII,シアリルモチーフIII. VS,シアリルモチーフVS. PBR,多塩基性領域.PSTD,ポリシアリルトランスフェラーゼドメイン.シアリルモチーフはすべてのシアル酸転移酵素に必須な領域.PBRとPSTDはNCAMのポリシアリル化に重要な領域である.

polySia鎖の機能については,担体タンパク質であるNCAMのKOマウス(5)5) H. Cremer, R. Lange, A. Christoph, M. Plomann, G. Vopper, J. Roes, R. Brown, S. Baldwin, P. Kraemer, S. Scheff et al.: Nature, 367, 455 (1994).やpolySTであるST8Sia2(6)6) K. Angata, J. M. Long, O. Bukalo, W. Lee, A. Dityatev, A. Wynshaw-Boris, M. Schachner, M. Fukuda & J. D. Marth: J. Biol. Chem., 279, 32603 (2004).およびST8Sia4(7)7) M. Eckhardt, O. Bukalo, G. Chazal, L. Wang, C. Goridis, M. Schachner, R. Gerardy-Schahn, H. Cremer & A. Dityatev: J. Neurosci., 20, 5234 (2000).のKOマウスを用いて検討されている.解剖学的にはNCAM欠損において脳重量の減少,嗅球の減少,海馬における苔状線維の異常が見られている.電気生理学的解析では,海馬のCA1, CA3,歯状回における長期増強の障害が観察されている.オープンフィールドテストでは運動量の増加を示すこと,モリス型水迷路において記憶障害が,恐怖条件付け試験では扁桃体や海馬の記憶障害が報告された.そのほかにも,社会行動や養育行動の異常,体内時計の制御不全も観察された.続いてST8Sia2もしくはST8Sia4のいずれか一方の生合成酵素のシングルノックアウト(SKO)マウスが作製されたが,その表現型はNCAM-KOマウスの表現型の一部を包含する比較的穏やかなものであった.ST8Sia2欠損では,海馬における苔状線維の異常,不安様行動の減少,攻撃性の増加,社会行動異常が見られる一方で,ST8Sia4欠損ではCA1におけるLTPの障害,社会行動異常のみが見られた.興味深いことに,それぞれのマウスの脳内において,ポリシアル酸は,ST8Sia2欠損においては45%,ST8Sia4欠損においては5%しか減少していなかった.すなわち,ST8Sia2とST8Sia4の生合成するpolySia鎖の量的違いよりも,構造変化がこのような表現型の違いを生み出している可能性があると考えられるが,これまで用いられてきているpolySia鎖を認識する抗体での染色性は同一であり,その詳細はわかっていなかった.しかし近年われわれはST8SIA2およびST8SIA4が生合成するpolySia鎖が全く異なる性質をもつことを明らかにしており(8)8) A. Mori, M. Hane, Y. Niimi, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 27, 834 (2017).,その違いに基づく機能の詳細なメカニズムが明らかになってくるかもしれない.一方,SKOマウスでは残存polySia鎖による影響が排除できず,脳内のポリシアル酸欠損状態を直接検証するためにST8Sia2とST8Sia4のダブル(D)KOマウスが作製された(9)9) B. Weinhold, R. Seidenfaden, I. Rökle, M. Mülenhoff, F. Schertzinger, S. Conzelmann, J. Marth, R. Gerardy-Schahn & H. Hildebrandt: J. Biol. Chem., 280, 42971 (2005)..その表現型は重篤で,生後すぐ死亡し,その脳は解剖学的にも多数の異常が見られた.このことから,polySia構造(NCAM上だけとは限らないが,90%以上はNCAMである)は,脳の発達や機能にきわめて重要な役割を果たしていることが直接的に証明された.脳においてNCAM以外のpolySia含有担体タンパク質としてSynCAM(CADM1)の存在がNCAM-KOマウスを用いて示されている.しかし,NCAMが存在しない場合においてのみSynCAMにpolySia鎖を入れている可能性も否定できていないため(NCAM存在下ではsynCAM上のpolySiaが染色されない),天然における存在に関しては議論の余地があるが,synCAM(CADM1)には,ST8Sia2と相互作用する酸性領域が特定されており,Ig1ドメインのN型糖鎖がpolyST特にST8Sia2の基質になりうることは証明されている.

ポリシアル酸の機能の分子基盤

polySia鎖はこれまで細胞や組織を用いた解析や,KOマウスを用いた解析により,さまざまな重要な神経機能,神経突起形成,細胞移動,軸索ガイダンス,線維の束化,海馬におけるLTPやLTD,シナプス形成やシナプスの可塑性などにかかわることが報告されてきた(4)4) U. Rutishauser: Nat. Rev. Neurosci., 9, 26 (2008)..polySia鎖が脳において,時・空間特異的に発現することは,神経系の構築や維持,神経回路の形成に必要不可欠であり,ポリシアル酸構造の不全やNCAMの異常な提示は,学習,記憶,行動に影響を与えることがKOマウスの解析から明らかになっている.加えて,ヒトではpolySTやNCAMの一塩基多型(SNP)と精神疾患の関連性も報告されている(10)10) C. Sato, M. Hane & K. Kitajima: Biochim. Biophys. Acta, 1860, 1739 (2016)..以下,これまで明らかになっているポリシアル酸の機能の基盤となる分子メカニズムを紹介する.

1. 反接着作用

polySia鎖は重合度が8~10以上になると伸びたヘリックス構造をとることが示されている(図1C図1■シアル酸の多様性とポリシアル酸構造)が,柔軟なランダムな構造もとりうる.特に,生体においてはpolySia鎖の重合度が8~400にも及ぶ長い直鎖状の構造であり,負電荷を数多くもち,高い水和効果があることから,巨大な排除体積すなわちpolySia-NCAMを中心とした周辺に反発性の空間(repulsive field)を形成する(4)4) U. Rutishauser: Nat. Rev. Neurosci., 9, 26 (2008).図3A図3■polySia-NCAMの機能).NCAMはNCAM同士やほかの接着分子(L1, TAG-1),受容体(FGFR, GFR1),細胞外マットリックス(コラーゲン,ヘパラン硫酸プロテオグリカン,コンドロイチン硫酸プロテオグリカン)とcisおよびtransでホモおよびヘテロフィリックな相互作用をもつが,polySia鎖がNCAMに結合することによって,それらの相互作用の全体を抑制する.したがって,分子間のみならず,細胞と細胞,細胞と細胞外マトリックスとの相互作用を負に制御し,細胞膜に存在する接着分子や,受容体分子の細胞内へのシグナルを一斉に調節することができる.事実,polySia鎖の存在により,細胞膜間が10~15 nm広がることが示されている.このような役割はポリシアル酸の反接着作用と言われており,長年,重要かつ“唯一”の機能の分子基盤として考えられてきた(4)4) U. Rutishauser: Nat. Rev. Neurosci., 9, 26 (2008).

図3■polySia-NCAMの機能

A. 反接着作用.polySia-NCAMは巨大な排除体積をもち,NCAMのホモフィリックおよびヘテロフィリックな結合を阻害し,細胞と細胞・細胞外マトリックスの相互作用を負に制御する.このような空間(灰色)を反発性の場(Repulsive field)と呼ぶ.B. 分子結合性作用.polySia-NCAMは,BDNF, proBDNF, FGF2, DAをはじめとする神経機能や精神機能にかかわる分子と重合度特異的に直接結合する作用があることが近年明らかになった.このような空間を誘因性の場(Attractive field)(橙)と呼ぶ.

2. 神経に作用する生理活性物質の保持と放出機能

われわれは近年,polySia鎖が神経機能や精神活動に深く関与する可溶性の生理活性物質(BDNF,ドーパミン,FGF2など)と直接結合することで,その機能を制御することを見いだしてきた(3)3) C. Sato & K. Kitajima: J. Biochem., 154, 115 (2013).図3B図3■polySia-NCAMの機能).たとえば,BDNFはTrkBやp75NTRを介するシグナルによって記憶や学習の基盤であるニューロンの可塑性などに深くかかわる分子であり,うつ病では血中BDNF濃度が減少することが知られている.これまでNCAM-KOマウスの海馬スライスを用いて,polySia-NCAMの消失が引き起こすLTPの減少がBDNFの添加によって回復することが知られていたがその分子基盤は不明であった(11)11) D. Muller, Z. Djebbara-Hannas, P. Jourdain, L. Vutskits, P. Durbec, G. Rougon & J. Kiss: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97, 4315 (2000)..最近までpolySia鎖は反発性の分子であり,ほかの分子と相互作用することは全く考えられてこなかったが(4)4) U. Rutishauser: Nat. Rev. Neurosci., 9, 26 (2008).,われわれは独自にpolySia鎖が反発性の場だけではなく,分子を誘引しその分子の機能を制御する機能があるという仮説を立て研究を行っており(3)3) C. Sato & K. Kitajima: J. Biochem., 154, 115 (2013).,2008年にpolySia鎖がBDNFと直接結合し,その下流のシグナルの制御にかかわることを世界で初めて証明した(12, 13)12) Y. Kanato, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 18, 1044 (2008).13) Y. Kanato, S. Ono, K. Kitajima & C. Sato: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 2735 (2009)..われわれはその際,BDNF-ポリシアル酸複合体の存在を水平式native-PAGE,ゲルろ過クロマトグラフィー,分子間力測定法などさまざまな生化学的な手法を用いて直接的に明らかにした.その結果,BDNFはその二量体がpolySia鎖に直接結合して複合体を形成すること,BDNFとの結合に必要なpolySiaの最小重合度は12であり,複合体形成にはそれ以上の重合度を必要とすることを明らかにした.この研究はpolySia鎖が機能するためには,特定のpolySia鎖の重合度を必要とすることを初めて示した例であり,polySia鎖の重合度に生物学的な意義があることを証明することとなった.また,polySia鎖はBDNFと相互作用することにより2,500 kDa程度の大きな複合体を形成すること,この複合体は14 molのBDNF分子(二量体)と28 molのポリシアル酸分子(平均重合度43)から形成される超巨大分子であることが推定された.またBDNF以外のニューロトロフィンとpolySia鎖との相互作用解析の結果,結合性はBDNFが最も高く,次いでNT-3, NGFの順であったが,NT-4はきわめて弱かった.このことは,特にC末端側の特定の2-4残基の塩基性アミノ酸の有無によるものである可能性を示しており,今後,結晶構造解析を含めて構造的要因を検討する必要がある.また,受容体を含む三者会合体形成の可能性を明らかにするために,さまざまな組み合わせによる会合体をゲルろ過クロマトグラフィー法で解析した.その結果,このBDNF-polySia複合体はBDNF受容体TrkBやp75NTRと共には三者会合体を形成しないこと,BDNF-polySia複合体中のBDNF分子は容易にBDNF受容体へと移行して受容体との複合体を形成することが明らかになった.この移行はBDNFとポリシアル酸およびBDNF受容体との相互作用の親和性の大小によって説明される.表面プラズモン共鳴(SPR)法で決定したBDNFとポリシアル酸の解離定数は6.4×10−9 Mであるのに対して,p75NTRおよびTrkBのBDNFとの解離定数はそれぞれ10−10および10−12 Mである.したがって,BDNFはpolySia鎖よりもBDNF受容体に対して高い親和性をもつため,BDNF受容体がpolySia鎖の付近に存在する場合には,polySiaと結合しているBDNFは複合体から受容体へと容易に受け渡されると考えられる(図4A図4■polySia-NCAMのRetain and Release機構).またわれわれはBDNFの前駆体であるproBDNFとpolySiaも結合することを明らかにしている(14)14) M. Hane, S. Matsuoka, S. Miyata, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 10, 1112 (2015)..proBDNFは,細胞内プロテアーゼの作用によってBDNFとプロドメインに切断され,BDNFのみが分泌されて受容体に作用すると考えられてきた.しかし,近年,proBDNFが細胞外に分泌された後,tPA/プラスミン系によって成熟型BDNFへとプロセスされ,その細胞外で生成したBDNFが記憶にかかわることが報告されている(15)15) P. T. Pang, H. K. Teng, E. Zaitsev, N. T. Woo, K. Sakata, S. Zhen, K. K. Teng, W. H. Yung, B. L. Hempstead & B. Lu: Science, 306, 487 (2004)..われわれは,polySiaおよびpolySia-NCAMがBDNFだけでなくproBDNFとも結合すること,プロドメインには結合性を一切示さないこと,polySiaに結合したproBDNFはセリンプロテアーゼの切断から保護されることを確認しており,polySiaはproBDNFのtPA/プラスミン系によるプロセスを制御することによって,BDNFの機能発現にかかわると考えている.このような効果にはpolySia鎖以外のグリコサミノグリカン(GAG)などの酸性多糖がかかわることも考えられ,実際に,われわれはさまざまなGAG鎖がBDNFとの結合性を示すことを明らかにしている(13)13) Y. Kanato, S. Ono, K. Kitajima & C. Sato: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 2735 (2009)..しかし,興味深いことにヘパラン硫酸(HS)鎖はproBDNFのプロセッシングを抑制しなかった.今後,polySia鎖とGAG鎖の構造や性質について,相同性および相違性を含めて統合的な理解が課題である.

図4■polySia-NCAMのRetain and Release機構

A. polySia鎖の直接および間接的受け渡し機構.polySia鎖内にある二量体BDNFはTrkBやp75NTRが存在すると,BDNF-polySia複合体からBDNFが受容体へと受け渡される.また,proBDNFはpolySia鎖に結合することで,plasminによるBDNFへのプロセッシングが阻害されている.一方,FGF2はpolySia鎖に結合しているときは単量体であり,かつコンフォメーションが保たれている.ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)が近傍にくると,polySiaに結合していたFGF2はHS鎖に移行し,FGFR-FGF2-HSの三者会合体を作り,シグナルが伝達される.B. ミクログリア(MG)細胞におけるpolySia鎖を介したBDNFの放出機構.MG細胞はLPSなどの刺激により容易に活性化されるが,活性化されるとエキソソームを放出する.そのエキソソーム上にはシアリダーゼが存在し,polySia鎖を切断し,BDNFが放出される.この機構は活性化後15分以内に起こる急速な反応である.

さらにわれわれは,神経伝達物質の一員であるカテコールアミン類がpolySia鎖と結合することも明らかにしてきた(16, 17)16) R. Isomura, K. Kitajima & C. Sato: J. Biol. Chem., 286, 21535 (2011).17) C. Sato, N. Yamakawa & K. Kitajima: “Methods in Enzymology,” Minoru Fukuda eds. in glycomicss, Elsevir Science, vol. 478, pp. 219–232, 2010..これまで多糖と低分子の相互作用はほとんど解析されておらず,神経伝達物質とpolySiaおよびGAG鎖の相互作用についてはフロンタルアフィニティークロマトグラフィー(FAC)を用いて解析した.FACはレクチンと糖鎖との相互作用解析に広く用いられている方法であり,われわれはこの方法を初めて多糖と低分子性化合物との相互作用解析に適用した.その結果,ヒスタミン,アセチルコリン,セロトニン,カテコールアミン(ドーパミン(DA),エピネフリン,ノルエピネフリン)およびその前駆体の中で,polySia鎖はDAを含むカテコールアミン系の神経伝達物質に特異的に結合することが明らかになった.この結合はpolySia鎖に特異的で,diSia鎖とは結合しないことから,単純な静電的相互作用ではなく,カテコール骨格とpolySia鎖の特定の立体構造との特異的相互作用で起こると考えられる.また,polySia鎖とカテコールアミン類の相互作用は,pHによってその解離定数が増減することから,細胞外の微妙なpHの違いによりpolySia鎖の複雑な構造変化によりその結合が制御される可能性がある(17)17) C. Sato, N. Yamakawa & K. Kitajima: “Methods in Enzymology,” Minoru Fukuda eds. in glycomicss, Elsevir Science, vol. 478, pp. 219–232, 2010..一方,神経芽細胞腫を用いてドーパミン受容体を介したAktシグナルに及ぼすpolySia鎖の効果をみたところ,Aktシグナルを大きく変動させることが判明した(16)16) R. Isomura, K. Kitajima & C. Sato: J. Biol. Chem., 286, 21535 (2011)..以上の結果は,ある種のシナプス後膜に存在するpolySia-NCAMは,そのポリシアル酸部分が特定の神経伝達物質と直接相互作用して,その受容体の下流のシグナルを変化させるという新しい機能があることを示しており,きわめて興味深い.

FGFは線維芽細胞に対して増殖活性を示す因子として,脳の抽出物中に見いだされ,現在ヒトにおいて22種類同定されている.なかでもFGF2は,脳の発達や神経幹細胞の増殖の際に特に必要とされる因子であり,そのシグナルは受容体と細胞外マトリックス成分であるHSとの三者複合体の形成によって最大になることが知られている.polySia鎖は成体脳において,海馬や嗅球など神経の再生が盛んな領域に発現しており,さらに幹細胞のマーカーとしても知られていることから細胞の増殖にpolySia鎖とFGF2の相互作用がかかわる可能性がある.いくつかの実験の結果から,in vitro解析でFGF2とpolySiaは直接結合すること,その結合にはBDNFよりも長い重合度17以上のpolySia鎖が必要であること,FGF2単量体がpolySia鎖と結合し,巨大な複合体を形成すること,さらに興味深いことにpolySia-FGF2複合体中のFGF2は受容体が近傍にきても受容体へは移行しないことが明らかになった(18)18) S. Ono, M. Hane, K. Kitajima & C. Sato: J. Biol. Chem., 287, 3710 (2012)..またSPR法を原理とする分子間力測定法を用いた解析によりpolySia鎖とFGF2およびpolySia-NCAMのpolySia鎖とFGF2に対する結合力がそれぞれ測定された.その結果polySia鎖単独ではKD=1.5×10−8 M, polySia-NCAM上のpolySia鎖ではKD=8.3×10−10 M(14)14) M. Hane, S. Matsuoka, S. Miyata, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 10, 1112 (2015).であることがわかった.この結果からもpolySia鎖の単鎖ではなく,polySia-NCAM上のN型糖鎖上のpolySia鎖にFGF2との結合力を強化する構造が含まれていることが示唆される.またこれまで結合が明らかになっていたHS鎖(KD=2.8×10−8 M)やNCAMのタンパク質部分(KD=1.0×10−5 M)よりも結合力は大きい.興味深いことに,FGF2-polySia複合体とFGF2-HS複合体は,FGF2上の会合部位が異なり,複合体の大きさや構造も全く異なる.さらに,FGF2-polySia複合体中のFGF2はFGFRには移行できないが,HSには容易に移行できること,FGF2-HS複合対中のFGF2はpolySia鎖へとは移行しないことから,FGF2のpolySia鎖からHS鎖への受け渡しが行われることが示された(18)18) S. Ono, M. Hane, K. Kitajima & C. Sato: J. Biol. Chem., 287, 3710 (2012).図4B図4■polySia-NCAMのRetain and Release機構,右).実際,培養細胞においてHS依存性のFGF2による増殖はpolySia鎖の発現によって完全に抑制されること,細胞内へのシグナル伝達の速度がpolySia鎖の発現により変化したことからこれまでに提唱されているNCAMが関与するFGF2シグナリング経路には,NCAMを修飾しているpolySia鎖が直接関与する経路も存在することが示された(18)18) S. Ono, M. Hane, K. Kitajima & C. Sato: J. Biol. Chem., 287, 3710 (2012)..また,polySia鎖はFGF2を結合する際に,FGF2の微細な構造を必要とし,FGF2の細胞外プロテアーゼの保護も担っていることからもリザーバーとしての機能を果たしていることが示されている(14)14) M. Hane, S. Matsuoka, S. Miyata, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 10, 1112 (2015).

近年,polySia-NCAMが,シナプス後膜に存在するグルタミン酸受容体であるAMPA受容体とNMDA受容体の機能制御にかかわるという報告がなされている(19)19) O. Senkov, O. Tikhobrazova & A. Dityatev: Int. J. Biochem. Cell Biol., 44, 591 (2012)..NMDA受容体を再構築した脂質二重膜を用いて,polySia-NCAMの共存下,非共存下でグルタミン酸刺激による活動電位を測定したところ,polySia-NCAMは,NMDA受容体のイオン透過を阻害した.一方,AMPA受容体に関しては,polySia-NCAMがその開閉時間を変化させることによって,そのイオン透過を変化させた.すなわち,polySia-NCAMは活性化様式の異なるグルタミン酸受容体に対して,異なる制御をすることにより,海馬におけるシナプス機能にかかわっていることが示唆されている.この場合,NCAM上のpolySia鎖は分子同士の接着に対する反接着作用分子として働くのではなく,これらのグルタミン酸受容体に対してそのイオンチャンネルの開閉を制御する分子として機能することが推定されているがその詳細は明らかになってない.

このようにpolySia-NCAMをもつ細胞においては,細胞膜上のpolySia鎖が占有する領域で,特定の生理活性物質が特異的に保持され,その局所的濃度が調節される.特に新規に見いだされたpolySia鎖の神経機能や精神機能に作用する生理活性物質の保持機能は,ポリシアル酸が神経/脳形成機構だけではなく,神経機能・精神機能の微調節にかかわる因子であることを明確に示している.この新機能はpolySia-NCAM上のpolySia鎖が自身の巨大な排除体積で細胞同士や細胞と細胞外マトリックスとの接着を阻害するというこれまでのpolySia鎖のよく知られてきた「反接着機能」と同時に発揮できるポリシアル酸の新機能として捉えることができる.すなわち,ある一定の空間を保持しつつさまざまな分子を自身で保持するという機能である.さらにpolySia中に保持されている分子の受容体への移行は,それぞれの分子によってそのメカニズムが異なることが明らかにされ(図4A, B図4■polySia-NCAMのRetain and Release機構),上述の少なくとも2つの放出と移行メカニズムが提唱されている.このような,分子の放出メカニズムの違いによって時期あるいは部位特異的な分子の提示を精緻に制御している可能性がある.さらに近年ではミクログリア(MG)細胞株を用いた実験によっていくつかの新しい事実がわかってきた.すなわちMG細胞表面にはpolySia鎖が存在し,MGが炎症刺激を受けるとその構造が急速に消失すること(20)20) M. Sumida, M. Hane, U. Yabe, Y. Shimoda, O. M. Pearce, M. Kiso, T. Miyagi, M. Sawada, A. Varki, K. Kitajima et al.: J. Biol. Chem., 290, 13202 (2015).図4B図4■polySia-NCAMのRetain and Release機構),MG上のpolySia鎖の消失は,エキソソーム,特にエキソソームに存在するシアリダーゼが関与すること,polySiaの消失に伴いBDNFが放出される機構があることがわかった(20)20) M. Sumida, M. Hane, U. Yabe, Y. Shimoda, O. M. Pearce, M. Kiso, T. Miyagi, M. Sawada, A. Varki, K. Kitajima et al.: J. Biol. Chem., 290, 13202 (2015)..このような,細胞表面でダイナミックにpolySia鎖が変動すること,その変動がエキソソーム上のグリコシーダーゼに担われること,すなわちpolySia鎖の重合度の制御にシアリダーゼが関与している可能性がでてきた.それら一連のメカニズムは,分子を一斉に細胞近傍に放出,供給する新機構と考えられ,今後の展開が期待される.

ポリシアル酸と疾患

polySia鎖と相互作用する生理活性物質であるBDNFやDAは,統合失調症にかかわる分子として非常によく知られている.またFGF2は気分障害などにかかわるだけでなく,神経の新生に必須であることが明らかにされている.一方,polySia鎖と統合失調症の関連性に関しては,いくつか間接的な関連性を示す報告がなされている(10)10) C. Sato, M. Hane & K. Kitajima: Biochim. Biophys. Acta, 1860, 1739 (2016)..たとえば,統合失調症患者の死後脳の海馬や前頭前野においてはpolySia鎖の免疫染色性が低いという報告や,患者脳の嗅球の大きさは小さく(NCAM-KOと同様の特徴),また海馬の形成が不全である(ST8Sia2-KOやNCAM-KOと同様の特徴)という報告がある.一方,NCAM-KO, ST8Sia2-KO, ST8Sia4-KOマウスの神経の可塑性,行動などの特徴にも,統合失調症患者といくつかの共通点が存在し,かつ近年ST8Sia2-KOマウスが統合失調症のモデルマウスとなりうるのではないかという報告もなされている(21)21) T. Kröcher, K. Malinovskaja, M. Jürgenson, A. Aonurm-Helm, T. Zharkovskaya, A. Kalda, I. Röckle, M. Schiff, B. Weinhold, R. Gerardy-Schahn et al.: Brain Struct. Funct., 220, 71 (2015)..ヒトにおける遺伝子関連の報告では,ST8SIA2が存在する染色体15q26は,東ケベック族内における統合失調症や双極性うつ障害に関連性があることが示されている.2006年新井らは,ゲノムワイドな解析によりpolySia鎖を生合成する酵素ST8SIA2のプロモーター領域のSNPに日本人の統合失調症との関連性が存在することを報告した(22)22) M. Arai, K. Yamada, T. Toyota, N. Obata, S. Haga, Y. Yoshida, K. Nakamura, Y. Minabe, H. Ujike, I. Sora et al.: Biol. Psychiatry, 59, 652 (2006)..さらにこれまで数多くのST8SIA2遺伝子上のSNPが統合失調症,気分障害,自閉症で報告されてきている(10)10) C. Sato, M. Hane & K. Kitajima: Biochim. Biophys. Acta, 1860, 1739 (2016)..また,われわれは新井らが報告した統合失調症患者から報告されたORFに変異をもつcSNPであるSNP-7(E141K)に着目し,そのin vitroおよびin cellにおける酵素活性,産物(polySia鎖)の解析,分子保持能力の検証を行った(8, 14, 16, 23)8) A. Mori, M. Hane, Y. Niimi, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 27, 834 (2017).14) M. Hane, S. Matsuoka, S. Miyata, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 10, 1112 (2015).16) R. Isomura, K. Kitajima & C. Sato: J. Biol. Chem., 286, 21535 (2011).23) M. Hane, M. Sumida, K. Kitajima & C. Sato: Pure Appl. Chem., 84, 1895 (2012).図5図5■ポリシアル酸転移酵素ST8SIA2の統合失調症患者から見いだされた変異体(SNP-7)の解析).その結果,SNP-7は野生型に比べて活性が劇的に減少すること(16)16) R. Isomura, K. Kitajima & C. Sato: J. Biol. Chem., 286, 21535 (2011).図5A, B図5■ポリシアル酸転移酵素ST8SIA2の統合失調症患者から見いだされた変異体(SNP-7)の解析),産物であるポリシアル酸の量および質(重合度)(図5C図5■ポリシアル酸転移酵素ST8SIA2の統合失調症患者から見いだされた変異体(SNP-7)の解析)が損なわれていること(23)23) M. Hane, M. Sumida, K. Kitajima & C. Sato: Pure Appl. Chem., 84, 1895 (2012).,BDNFやドーパミン,FGF2の保持能力が低下していること(8, 14, 16, 23)8) A. Mori, M. Hane, Y. Niimi, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 27, 834 (2017).14) M. Hane, S. Matsuoka, S. Miyata, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 10, 1112 (2015).16) R. Isomura, K. Kitajima & C. Sato: J. Biol. Chem., 286, 21535 (2011).23) M. Hane, M. Sumida, K. Kitajima & C. Sato: Pure Appl. Chem., 84, 1895 (2012).を明らかにした(図5D図5■ポリシアル酸転移酵素ST8SIA2の統合失調症患者から見いだされた変異体(SNP-7)の解析).また,詳しくは紹介しないが,われわれは近年,精神疾患にかかわるプロモーター領域のSNPおよびイントロンにおけるSNPの解析を行い,6kbp内に存在するイントロンの一塩基置換が,実際polySTの発現量を変化させ,その産物polySia鎖の不全を導いていることを検証している(24)24) M. Hane, K. Kitajima & C. Sato: Biochem. Biophys. Res. Commun., 478, 1123 (2016)..このように近年明らかになったpolySia鎖のBDNF, DA, FGF2のような精神機能や神経機能に積極的に作用する生理活性物質の保持機能の破綻が,さまざまな精神疾患や感情障害を発症する可能性があるのではないかと考えている.加えて,ポリシアル酸の発現量の変動はほかのさまざまな疾患でも報告がある.たとえば,パーキンソン病やアルツハイマー病,神経芽細胞腫,腎芽細胞腫,髄管芽細胞腫,褐色細胞腫,甲状腺髄腫,小細胞肺がん,分泌腺腫瘍などのがんである(3)3) C. Sato & K. Kitajima: J. Biochem., 154, 115 (2013)..これらの患者ではポリシアル酸の発現量が有意に亢進されている.これらのことを総合して鑑みるに,ポリシアル酸の量と質は正常な脳,組織において非常に厳密に制御されており,遺伝的な背景や環境的な要因によってポリシアル酸の量や質が正常な状態から逸脱することは,ポリシアル酸の機能的な変化を引き起こし,その結果として病気の発症のリスクを高めたり,その予後に影響を及ぼしたりすると考えられる(図6図6■疾患とpolySia-NCAMの関係性(仮説)).

図5■ポリシアル酸転移酵素ST8SIA2の統合失調症患者から見いだされた変異体(SNP-7)の解析

A. in vitro活性解析.正常型(WT)と比べて,CMP-Siaを用いてNCAM上にシアル酸を転移する活性は,疾患型(SNP-7)のST8SIA2では,80%程度低下した.B. in cell活性解析.正常型および疾患型のST8SIA2がNCAM上に生合成するpolySia量は90%近く低下した.C. polySia(ST8SIA2の産物)の質と量の解析.それぞれの酵素が生合成するpolySia-NCAM上のoligo/polySia鎖を蛍光標識し,陰イオン交換クロマトグラフィーで,重合度別の定量解析をした.正常型では,最長DPは40程度,疾患型では30程度であり,それぞれのoligo/polySia鎖量も疾患型では減少していた.D. polySia(ST8SIA2の産物)の機能解析.それぞれの酵素が生合成するpolySia-NCAM上のoligo/polySia鎖とFGF2の結合性を表面プラズモン共鳴(SPR)法に基づいて測定した.正常型に比べて,疾患型のpolySia鎖はその結合性が激減していた.cSNPcSNP7.

図6■疾患とpolySia-NCAMの関係性(仮説)

polySia-NCAM上のpolySia鎖の質と量は厳密に制御されている.遺伝的要因や環境要因でpolySia鎖の質と量が制御されているが,その時空間的な制御が損なわれかつその回復が起こらない場合,polySia鎖の機能不全が長引き,その結果病気(特にがんや精神疾患)へのリスクが増加する.

おわりに

PolySia鎖が物理的に細胞間接着を負に制御するという機能は古くから指摘されており,この機能が時・空間特異的に達成されることで,広範囲にわたる脳の構築や神経活動の調整を行うと信じられてきた.一方,polySia鎖の存在は脳に偏っており,そこで機能する学習や記憶,情動に深くかかわる分子群として知られるニューロトロフィン,神経伝達物質,細胞増殖因子がpolySia鎖と特異的に直接結合して神経機能を制御していることも近年新たに明らかになってきている.polySia鎖は静電的相互作用や立体障害によって相互に排斥する「反発性相互作用」の場としての反発的空間(repulsive field)を提示する場合もあれば,特定の神経に作用する生理活性物質と特異的に結合する「誘引的相互作用」の場としての親和的空間(attractive field)を提示する場合もある.ポリシアル酸が細胞表面に作り出す大きさを鑑みると,2つの微小空間「反発的相互作用の場」と「誘引的相互作用の場」を同時に細胞表面に形成している.実際,実験的に反発性の場を定量的に評価する系が開発され,その2つの異なる場を同じ表面で測定することが可能になった(8)8) A. Mori, M. Hane, Y. Niimi, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 27, 834 (2017)..その系で,ST8SIA2およびST8SIA4が生合成したpolySia-NCAMの検証を行ったところ,ST8SIA2が生合成したpolySia-NCAMは反発性の場と誘因性の場を両方提示していることが明らかになったが,ST8SIA4の生合成したpolySia-NCAMは反発性の場を提示しなかった(8)8) A. Mori, M. Hane, Y. Niimi, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 27, 834 (2017)..さらに,これまでは存在しないと考えられていたpolySia-NCAM同士の相互作用も観察された.このような結果は,これまで混沌としていたpolySia鎖の世界に新しい光を当てたと考えられる.今後,細胞表面の微小環境において,微細な制御がなされているpolySia鎖がどのように統合的に細胞や組織の機能の微調整を行っているのか,その分子メカニズムを明らかするためには,polySia鎖含有糖鎖の構造解析,生合成機構の詳細な解析や,その局在様式を含めて丹念に理解していく必要がある.一方,今回明らかになったpolySia鎖の新機能は,その生理活性分子を運ぶ安全な物質(polySiaは免疫寛容物質としても知られている)(3)3) C. Sato & K. Kitajima: J. Biochem., 154, 115 (2013).としての可能性を提示しており,その展開も期待される.

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