Kagaku to Seibutsu 56(6): 438-444 (2018)
セミナー室
ゲノム編集技術の基本特許と農業分野の社会実装への影響と対策内閣府戦略的イノベーション創造プログラムより
Published: 2018-05-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
近年,海外アカデミアを中心とした複数の主体が,主要国を中心に,次々とゲノム編集技術の基本特許を成立させている.一方,わが国でも,ゲノム編集技術に関し,農業,工業,医療などさまざまな産業応用を目指した国家プロジェクトが進行しているが,基本特許の状況やその対応如何では,わが国における研究開発や成果の社会実装に大きな影響を与える.そこで,本稿では,ゲノム編集技術の基本特許の国際的な動向について解説するとともに,それら基本特許がわが国の農業分野の研究開発に与える影響と対策について考察する.
ゲノム編集技術は,部位特異的にゲノムを改変する画期的な技術であり,なかでもCRISPR-Cas9は,将来,ノーベル賞の受賞技術となることが確実視されている.CRISPR-Cas9は,もともとは古細菌などがもつ獲得免疫機構として見いだされたものであるが,配列認識モジュールとしてガイドRNAを利用し,切断モジュールとしてCas9を利用している.ガイドRNAは,ゲノム上の標的部位のDNA配列と相補的な配列をもつ標的化RNA(crRNAとも呼ばれる)およびCas9との相互作用にかかわるtracrRNAから構成されている.
研究ツールとしてのみならず,そのビジネスツールとしての価値の高さから,誰が,最初にCRISPR-Cas9を発明したのかについて,アカデミアのみならず,特許の世界でも,激しい争いが生じている.そして,その主役は,Jennifer Doudna率いるカリフォルニア大学と,Feng Zhang率いるブロード研究所である.
カリフォルニア大学は,標的化RNAとtracrRNAを介在配列を挟んで結合させた「一分子ガイドRNA」を構成要素とするCRISPR-Cas9系の利用に関して広範な権利範囲を主張をしており,一方,ブロード研究所の特許は,「真核細胞」におけるCRISPR-Cas9系の利用に関して広範な権利範囲を主張をしている.
CRISPR-Cas9系のガイドRNAの形態としては,「一分子ガイドRNA」が用いられることが多く,また,農作物,再生医療,実験動物などへの応用が目指されているゲノム編集成果物の対象は,植物や動物(ヒトを含む)などの「真核細胞」である.したがって,両者の特許は,いずれも極めて大きなビジネス的価値をもつ基本特許と評価できる.
世界に先駆け,米国でいち早く基本特許を成立させたのはブロード研究所(米国特許8,697,359号など,優先日2012年12月12日,共同出願人:マサチューセッツ工科大学)であるが,カリフォルニア大学の出願(米国出願13/842859号,優先日2012年5月25日,共同出願人:ウィーン大学,Emmanuelle Charpenitier)も米国の特許審査過程で特許性が認定されたことから,この両者の間で,いずれが早く発明したのかについての特許紛争が2016年1月に開始された.
この争いにおける発明日の優劣は,「カウント」と呼ばれる発明概念を対象として,両者の証拠に基づいて判断されるが,特許審判部が当初設定したカウントは,「真核細胞」におけるCRISPR-Cas9の使用に関するものであった.これに対して,カリフォルニア大学側は,設定されたカウントでは,発明日に関する自己の最良の証拠の提出が不可能となり不適切であるとして,カウントを「一分子ガイドRNA」の形態のCRISPR-Cas9の使用に変更するよう求めた.
一方,ブロード研究所側は,自己の特許の権利主張が「真核細胞」に限定されており,カリフォルニア大学の特許の内容とはそもそも異なるから,事実上,特許の抵触は存在しないと主張した.ブロード研究所よりも早い出願日をもつカリフォルニア大学の特許にも,当初より,真核細胞へのCRISPR-Cas9の使用可能性に関する記載は存在したが,ブロード研究所は,自己の発明が,カリフォルニア大学の発明に照らして自明でない証拠の一つとして,カリフォルニア大学の主発明者であるJennifer Doudnaの過去の発言などを調査し,当時,真核細胞で機能させることの困難性を語っていたことなどを引用した.そのほか,両者からさまざまな主張と反論がなされたが,2017年2月15日,特許審判部は,ブロード研究所側の主張を認め,特許の抵触は存在しないとの審決を下した.しかしながら,この審決に対して,カルフォルニア大学が裁判所に対して訴訟を提起したことから,現在(本稿執筆時の2017年12月時点)も紛争は続いている.
なお,両者の特許は,日米欧中を含む主要国に出願されているが,ブロード研究所の基本特許群については,欧州でも成立しており,日本でも一部が成立した.成立したブロード研究所の欧州特許群に対しては,次々と異議申し立てがなされており,特許を巡る攻防は,拡大の一途をたどっている.
この両者の争いばかりに注目が集まる中,CRISPR-Cas9の基本特許に関しては,実は,争いをしている両者よりも早く出願(米国出願14/385241号など,優先日2012年3月20日)を行った伏兵,リトアニアのヴィリニュス大学の存在や,両者の間の優先日をもつツールジェン社(米国出願14/438098号など,優先日2012年10月23日)やシグマアルドリッチ社(米国出願14/649777号,優先日2012年12月6日)の存在もある.
これら伏兵の基本特許は,いずれも日米欧中を含む主要国に出願され,一部特許が成立していることから,CRISPR-Cas9の基本特許については,当面の間,複雑かつ流動的な状況が続くと考えられる.最終的に,世界でどのように基本特許の領土分割がなされるかは今後の推移を見守る必要があるが,いずれにしろCRISPR-Cas9の広範な利用を権利範囲とする海外勢の基本特許群が,主要国を中心に世界を覆うことになるに違いない.
これら基本特許の実施権の獲得については,農業分野ではデュポン社(2017年8月31日にダウ・ケミカル社との経営統合が完了し,社名は「ダウ・デュポン」へ.その農業関連会社は,デュポン・パイオニア社)が先行している.デュポン社はヴィリニュス大学の特許の独占実施権に加えて,カリフォルニア大学の特許についても,そのスピンアウトベンチャーであるカリブー・バイオサイエンシス社を介して,クロスライセンスにより農業分野の独占実施権を獲得している(1)1) デュポン社HP:http://www.dupont.com/corporate-functions/media-center/press-releases/dupont-and-caribou-biosciences-announce-strategic-alliance.html.すでにCRISPR-Cas9を利用した最初の農業製品として優良ワキシーコーンを開発し,米国農務省(USDA)から従来の遺伝子組換え作物と同様の規制の対象とはならないとの回答が得られたことから,米国の農業従事者向けに5年以内の商品化を目指すとしている(2)2) デュポン社HP:https://www.pioneer.com/home/site/about/news-media/news-releases/template.CONTENT/guid.1DB8FB71-1117-9A56-E0B6-3EA6F85AAE92.デュポン社には遅れたものの,モンサント社(バイエル社が買収予定:2017年12月現在)も,ブロード研究所から農業分野の非独占実施権を獲得している(3)3) S. Begley: Monsanto licenses CRISPR technology to modify crops—with key restrictions, STAT, https://www.statnews.com/2016/09/22/monsanto-licenses-crispr/, 2016..元となる基本特許が流動的な状況であるにもかかわらず,農業分野の主要海外企業は,実施権を取得してビジネスを加速させている.
CRISPR-Cas9より一世代前のTALENsは,配列認識モジュールとして,TALEタンパク質を利用し,切断モジュールとしてFokIを利用している.CRISPR-Cas9は,RNAとタンパク質の2分子で機能するのに対して,TALENsとZFNsは,配列認識モジュール(TALE)と切断モジュール(FokI)の融合タンパク質として機能する点で異なる.
TALENsについては,マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルクのUlla Bonasら個人(米国特許8,470,973号など,優先日2009年1月12日)と,Daniel Voytasらを発明者とするミネソタ大学(米国特許8,586,363号など,優先日2009年12月10日,共同出願人:アイオワ州立大)がそれぞれ特許を所有している.
両者の特許は,国により多少の広狭があるものの,現在主流となっているTALEドメインにFokIを融合させた形態を含む広範な権利範囲を形成している.Ulla Bonasらは,日米欧中で既に特許を成立させており,ミネソタ大学も米欧中で特許を成立させている.ミネソタ大学の日本出願は,当初の出願は取り下げられたが,その分割出願が審査中である.
特許紛争が生じているCRISPR-Cas9とは対照的に,TALENsについては,基本特許の実施権者間の合意により,その産業応用分野によって特許の領土分割が行われている.主として治療分野(ただし,植物分野の社内および共同研究開発を含む)についてはミネソタ大学側(実施権者であるセレクティス社やその子会社)が,それ以外の分野については,Ulla Bonasら側(実施権者であるサーモフィッシャー・サイエンティフィック社)が,第三者へのサブライセンス権も含めた独占的な実施権を獲得している(4)4) サーモフィッシャー・サイエンティフィック社HP:https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/about-us/news-gallery/press-releases/2014/Cellectis-and-Thermo-Fisher-Scientific-Enter-Into-Agreements-on-TALEN-a-Leading-Gene-Editing-Technology.html.
なお,切断モジュールとして用いられるFokIに関しては,ヘテロ二量体を形成する特定の変異体につき,主としてサンガモ社が特許を所有している(5)5) 米国特許8,034,598号(日本国特許5266210号,欧州特許2027262号,欧州特許2213731号),米国特許8,962,281号など.FokIの形態によっては,サンガモ社の特許にも抵触することになるため留意が必要である.
上記基本特許の存在は,ゲノム編集技術を利用した農業分野の研究開発にどのような影響を与えるであろうか? 特許権者側は,大学や公的研究所などの非営利機関での研究におけるゲノム編集技術の利用については制限しないとの立場をとっている.実際,CRISPR-Cas9やTALENsについては,カリフォルニア大学のJennifer Doudna,ブロード研究所のFeng Zhang,ミネソタ大学のDaniel Voytasを含む多くの研究者が,非営利団体であるアドジーン社を介して,MTA(有体物移転契約)により研究室で作製したプラスミドの無償供与を行っている(6)6) アドジーン社HP:https://www.addgene.org/crispr/, https://www.addgene.org/talen/.また,ブロード研究所,および農業分野におけるヴィリニュス大学とカリフォルニア大学の特許の独占実施権をもつデュポン社も研究上の利用を制限しないとしている(7)7) ブロード研究所HP:https://www.broadinstitute.org/news/dupont-pioneer-and-broad-institute-join-forces-enable-democratic-crispr-licensing-agriculture.よって,事実上,現在,非営利機関においては自由な研究上の利用が担保されていると言えよう.
一方,営利機関では,自ら特許権者などからライセンスを取得しない場合には,リスク管理上,正規リサーチライセンスを受けている企業を利用することが考えられる.上記のとおり基本特許の状況は流動的ではあるが,たとえば,タカラバイオ株式会社は,ブロード研究所からのリサーチライセンスを得て,CRISPR-Cas9に関する受託サービスや製品の提供を行っている(8)8) タカラバイオ社HP:http://catalog.takara-bio.co.jp/jutaku/basic_info.php?unitid=U100007755#anchor03.
産業応用段階では,自己のビジネス上の行為が,上記基本特許の効力範囲となる場合には,原則として,特許権者またはサブライセンス権をもつ実施権者から,コマーシャルライセンスを取得する必要がある.
上記のとおり,TALENsについては,ライセンス交渉窓口は,産業応用分野に応じて定まっているようであるが,CRISPR-Cas9については,いまだ基本特許の領土分割が未確定であり,このことが国内企業のライセンス交渉を躊躇させる一因ともなっている.
とはいえ,疾患領域に応じて,多くの企業に独占ライセンス権が付与されている医療分野とは対照的に,農業分野においては,CRISPR-Cas9の実施権の獲得で先行しているデュポン社は,技術の囲い込みを行う意図はなく,第三者にライセンスを行う場合でも法外なライセンス料を要求しない方針を筆者らとのディスカッションにおいて示している(2016年6月20日に農業・食品産業技術総合研究機構で開催された同社の説明会において,この方針が示された).さらに,最近になり,独占実施権をもつヴィリニュス大学の基本特許およびクロスライセンスを行っているカリフォルニア大学の基本特許のみならず,ブロード研究所の基本特許についても,デュポン社(あるいはブロード研究所)を窓口として,非独占ライセンスの交渉を行うことが可能となった(7)7) ブロード研究所HP:https://www.broadinstitute.org/news/dupont-pioneer-and-broad-institute-join-forces-enable-democratic-crispr-licensing-agriculture.農業分野において,タバコ以外の作物について,幅広くライセンスを行うことを表明していることから,デュポン社は,今後,CRISPR-Cas9を利用したい第三者へのライセンスにおける主要窓口として機能することになろう.実際,われわれのプロジェクトにおいても,農業分野におけるCRISPR-Cas9のライセンスに関して,すでに,複数回にわたり,デュポン社との話し合いの場を設けており,イネ,トマト,ダイズなどへのライセンス可能性について確認している.
ゲノム編集技術を利用して得られた成果物についてビジネスを行う場合には,ゲノム編集技術に関する特許の効力が,その成果物にまで及ぶか否かについても留意する必要がある.仮に,特許の効力が及ぶ場合には,ゲノム編集成果物たる製品を販売などした場合に,侵害品として,差止めや損害賠償の対象となるからである.
あるゲノム編集の基本技術を開発した場合でも,当該ゲノム編集技術を利用して得られる植物を,ゲノム編集部位などを特定せず,単に「ゲノム編集方法により得られる植物」という「物」として広く概念的に権利請求しても,一般に,特許を取得することはできない.日米欧は,このような方法で特定された物の権利請求がされた場合の発明の新規性につき,物を作るための方法自体の新規性を考慮せず,当該方法で得られる可能性がある物という概念の新規性(他の方法でも同様の物が得られる限り新規性を失う)で判断している(9)9) 日米欧三極は,審査段階では,方法の新規性に拘わらず,生産物の新規性で判断する物質同一説を採用する(米国特許審査便覧第2113, 欧州特許庁審査便覧F部第IV章4.12, 日本国特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節5.2.1).したがって,このような権利請求では,ほかの何らかの方法でゲノムに変異が導入された公知の植物が存在する場合,植物自体としては区別できていないとして拒絶されることになる.このため,ゲノム編集技術を利用して得られる植物にまで効力を及ぼしたい場合には,通常,ゲノム編集技術を利用した「方法」の権利請求をして権利化を目指すことになる.
日米欧三極において,「方法」の権利請求に関しては,当該方法を利用して得られた成果物にどの程度効力が及ぶかについては,日米欧三極でその取り扱いが異なる.
たとえば,米国においては,特許された方法によって製造された製品については,当該製品がその後の工程によって著しく変更されたり,当該製品がほかの製品の些細であり,重要でない構成部品にならない限り,効力が及ぶとしている(米国特許法第271条(g)).すなわち,特許された方法により直接得られた生産物(直接生産物)のみならず,それを加工などして得られた生産物(間接生産物)にも一定の範囲で効力が及ぶとしている.
米国とは対照的に,欧州では,対象が方法である場合は,特許によって与えられる保護は,その方法によって直接得られる製品にまで及ぶとしており(欧州特許条約第64条),直接生産物を効力対象としている.
一方,日本においては,まず,生産物にまで効力が及ぶか否かを,権利請求された発明が「物の生産方法」か否かというカテゴリーで区別し,物の生産方法と評価される場合のみ,その方法による生産物にまで効力が及ぶとしている(日本国特許法第2条3項3号).そして,最高裁判所は,生産方法か否かは,“願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである。”としている(最高判H11.7.16平成10年(オ)604号).直接生産物にのみ効力が及ぶのか間接生産物まで及ぶのかは明文上定かではないが,学説上は,間接生産物にまで及ぶとする解釈が有力である(10)10) 吉藤幸遡:“特許法概説[第13版]”p. 438..
日米欧三極における上記解釈に基づけば,たとえば,ゲノム編集技術を利用した方法により得られた優れた形質を有する植物については,製品(植物)が当該方法により直接生じるものであるため,一般に方法特許の効力範囲となるものと考えられる.なお,欧州連合(EU)バイオ指令では,繁殖や増殖させたものにも及ぶとしている(第8条2項).
一方,ゲノム編集技術を利用した方法により得られた優れた形質を有する植物の「加工物」については,どうであろうか.この点については,欧州では,モンサントvsカーギルの判例(11)11) Monsanto Technology LLC v Cargill International SA (2006) EWHC 2864 (Pat) and (2007) EWHC 2257 (Pat), (2008) FSR 7.が参考となろう.本ケースは,モンサント社が除草剤耐性遺伝子組換え大豆の製法クレームを含む特許(欧州特許0546090号/英国特許0546090号)を所有していたが,カーギル社が当該大豆を加工して得た大豆ミールを英国に輸入したため,その侵害を争ったものである.裁判においては,大豆ミールがモンサントの製法から“直接得られる製品”であるかが争われたが,大豆ミールが当該製法により直接得られるものとして何ら記載されていないとして効力が及ばないとされた.モンサント社は,大豆ミールは,除草剤耐性遺伝子組換え大豆の本質的特徴を維持しているとの主張も行ったものの,導入した遺伝子がもはや大豆ミールに機能的に存在していないなどの理由で認められなかった.
遺伝子組換えもゲノム編集も遺伝子を改変するという点で共通していることから,ゲノム編集成果物に当てはめれば,ゲノム編集された遺伝子が機能的に製品に存在しているか否かが,欧州(英国)で言う“直接得られる製品”への該当性を検討するうえで一つの指標となるかもしれない.欧州連合(EU)バイオ指令でも(ただし,製法ではなく製品についての効力を示したものではあるが),遺伝子情報を含む製品の効力について,“その遺伝子情報が含まれ,かつその機能を果たす素材”のすべてに及ぶと規定している(第9条).この観点に立てば,ゲノム編集された遺伝子がもはや機能的に存在しない加工品については,“直接得られる製品”ではないという解釈が可能であろう.同様の解釈は,ゲノム編集により特定の物質の生産能を向上させた植物からの当該物質の「精製物」についても適用可能であろう.
一方,欧州よりも方法特許の効力の射程が広い米国については,医薬分野(中間体の製法特許と最終製品たる医薬との関係)において,製品の基本的用途が変わるように物理的または化学的な特性が変化する場合に特許の効力が及ばないとした判例は存在するが(12)12) Eli Lilly and Co. v. American Cyanamid Co., 82 F.3d 1568 (Fed. Cir. 1996).,ゲノム編集植物の場合にどのように評価されるのかは定かではない.
今後の判例の積み重ねを待つ部分はあるものの,各国基本特許の成立の有無・範囲に加えて,方法クレームの効力の射程を考慮しながら,生産,加工,輸出,販売などのビジネス戦略を練ることは,特許侵害回避のうえで重要である.
ゲノム編集技術の基本特許をもつ海外アカデミアは,設立したベンチャー企業をビジネス拠点として,産業分野別に多くの企業に対してライセンスを行い,莫大な収入を得て,それを次のゲノム編集技術と知財の創出につなげていくという「知的創造サイクル」を機能させている.
これに対して,わが国でも,国産ゲノム編集技術の開発を国を挙げて進めており,CRISPR-Cas9やTALENsについてはすでに強力な応用技術がいくつか開発されている.
CRISPR-Cas9の部位特異的なDNAの切断においては,標的DNAの下流に存在するPAMに対するCas9の認識が必要とされるが,東京大学の濡木 理教授らは,CRISPR-Cas9の結晶構造解析により,Cas9のPAM認識機構の詳細を解明するとともに,Cas9の特定の部位に変異を導入することにより,Cas9が認識可能なPAM配列を広範化することに成功した(13)13) H. Hirano et al.: Cell, 164, 950 (2016)..これによりゲノム上のより多くの部位を標的にゲノム編集を行うことが可能となった.なお,濡木 理教授らによる一連の研究成果を基に,エディジーン社が設立されている.
また,ゲノムの改変にCas9のヌクレアーゼ活性を利用しないシステムも開発されている.神戸大学の西田敬二教授らは,Cas9のヌクレアーゼ活性に代えて,デアミナーゼによる脱アミノ化反応機構を採用するTarget-AIDと呼ばれるシステムを開発した(14)14) K. Nishida, T. Arazoe, N. Yachie, S. Banno, M. Kakimoto, M. Tabata, M. Mochizuki, A. Miyabe, M. Araki, K. Y. Hara et al.: Science, 353, 919 (2016)..Cas9のヌクレアーゼ活性による切断と修復を利用したシステムでは,切断部位周辺に多様な変異が生じやすいが,このシステムによれば,標的DNAにおいて狙った点変異を高効率に導入することができ,高度なゲノム情報の編集が可能となった.なお,西田敬二教授らの研究成果を基に,バイオパレット社が設立されている.
また,TALENsについて,広島大学の山本 卓教授らは,反復ドメインの34アミノ酸における4番目と32番目のアミノ酸に一定の規則性によるバリエーションをもたせたPlatinum TALENsを開発し,切断活性を飛躍的に向上させることに成功している(15)15) T. Sakuma, H. Ochiai, T. Kaneko, T. Mashimo, D. Tokumasu, Y. Sakane, K. Suzuki, T. Miyamoto, N. Sakamoto, S. Matsuura et al.: Sci. Rep., 3, 3379 (2013)..理化学研究所の岡田康志博士らも,同様に,切断活性を飛躍的に向上させたSuper TALENsを開発している.
これらの応用技術については,特許出願も行われており,単にゲノム編集ツールとしての新たな有用性を提示するのみならず,海外基本特許に対してのライセンス交渉ツールとしても貢献するかもしれない.交渉力を強化するためには,国産技術のパテントプールの形成も有効であろう.
また,CRISPR-Cas9やTALENsとは異なる新たなゲノム編集技術も開発されている.植物オルガネラ遺伝子発現に働くPPR(pentatricopeptide repeat)タンパク質はそれぞれが異なる配列に作用するDNAまたはRNA結合タンパク質として働くことが知られているが,九州大学の中村崇裕准教授らは,その核酸認識コードを解読し,新たなゲノム編集ツールとしての開発を進めている(16)16) Y. Yagi, S. Hayashi, K. Kobayashi, T. Hirayama & T. Nakamura: PLOS One, 8, e57286 (2013)..PPRには,TALENsの基本特許の効力は及ばないと解されることから,純国産のゲノム編集基盤技術としての利用に期待が高まっている.なお,中村崇裕准教授らの研究成果を基にエディットフォース社が設立され,農業分野を含む幅広いバイオ産業への応用に向けた開発が行われている(17)17) エディットフォース社HP:http://www.editforce.jp/.
これら優れた国産技術については,すでに植物への応用研究も進められており,特定の種では,すでに目的の形質を有する植物も得られている.
農業分野においては,ゲノム編集技術を使用して,一旦,ゲノム編集植物が作出されれば,産業応用段階では,当該植物を繁殖させて利用すれば足りることから,実施料などの面でCRISPR-Cas9の基本特許の利用に障害がある場合には,仮にゲノム編集の効率が多少低下することがあっても,基本特許に抵触しない国産ゲノム編集技術で対応を行うことも十分に考えられる.また,CRISPR-Cas9との競合により,TALENsやZFNsなどの旧世代ゲノム編集技術やCRISPR-Cpf1などの新たなゲノム編集技術が実施料の面でも手を出しやすいものとなれば,それら技術を利用することも考えられよう.さらに,研究段階でゲノム編集技術を利用して得られた成果物の情報のみを活用しながら,産業応用段階では,同様の成果物を,従来技術(たとえば,イネなど特定の植物では,放射線による変異導入と選抜など)で作成するというオプションも残されている.
ゲノム編集成果物の研究開発においては,技術的な使いやすさは無論であるが,基本特許の状況や国産ゲノム編集技術の開発状況をも考慮しながら,当該成果物の種類に応じて,研究段階および産業応用段階の戦略を練っていく必要がある.
国家プロジェクトの成果であっても,日本版バイドール法(産業技術力強化法第19条)により,特許は原則として研究者の所属する組織が取得して管理することになるが,国として海外勢に対抗していくためには,各組織は国家プロジェクト全体における技術や特許の戦略的位置づけをも考慮しながら対応を行うことが望まれる.各研究者は,所属組織と国家プロジェクトをつなぐ重要な役割を担っており,双方の知財担当者同士の協力も欠かせない.
情報共有,成果物の利用,基本特許への対応などの面で,府省の枠を超えた国家プロジェクト同士の連携も有効である.実際,われわれのプロジェクトでは,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO),国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED),国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)における各ゲノム編集プロジェクトへの情報提供も行っている.
農業分野におけるゲノム編集成果物の社会実装には,基本特許を巡る動向や国産ゲノム編集技術の開発状況のみならず,その規制の在り方などさまざまな問題が影響する.特に,従来の遺伝子組換え作物と同様の規制(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律/カルタへナ法など)の対象となるか否かという問題やゲノム編集成果物に対する消費者意識は,その市場形成を左右し,ひいては企業の研究開発インセンティブに大きな影響を与える.
これら問題をクリアして成功へと導くためには,刻々と変化する諸状況を適確に把握・分析しながら,産官学が知恵を出し合って研究開発,知財,規制を含む総合的な国家戦略を構築し,連携をとって行動に移していくことが不可欠である.
この意味で,現在進行している国家プロジェクトは,海外勢に先を越された基本技術に対して如何に対応し,そして如何にわが国の産業の発展に結びつけていくのかを示す重要なモデルケースとなっている.
Reference
1) デュポン社HP:http://www.dupont.com/corporate-functions/media-center/press-releases/dupont-and-caribou-biosciences-announce-strategic-alliance.html
2) デュポン社HP:https://www.pioneer.com/home/site/about/news-media/news-releases/template.CONTENT/guid.1DB8FB71-1117-9A56-E0B6-3EA6F85AAE92
3) S. Begley: Monsanto licenses CRISPR technology to modify crops—with key restrictions, STAT, https://www.statnews.com/2016/09/22/monsanto-licenses-crispr/, 2016.
4) サーモフィッシャー・サイエンティフィック社HP:https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/about-us/news-gallery/press-releases/2014/Cellectis-and-Thermo-Fisher-Scientific-Enter-Into-Agreements-on-TALEN-a-Leading-Gene-Editing-Technology.html
5) 米国特許8,034,598号(日本国特許5266210号,欧州特許2027262号,欧州特許2213731号),米国特許8,962,281号など
6) アドジーン社HP:https://www.addgene.org/crispr/, https://www.addgene.org/talen/
7) ブロード研究所HP:https://www.broadinstitute.org/news/dupont-pioneer-and-broad-institute-join-forces-enable-democratic-crispr-licensing-agriculture
8) タカラバイオ社HP:http://catalog.takara-bio.co.jp/jutaku/basic_info.php?unitid=U100007755#anchor03
9) 日米欧三極は,審査段階では,方法の新規性に拘わらず,生産物の新規性で判断する物質同一説を採用する(米国特許審査便覧第2113, 欧州特許庁審査便覧F部第IV章4.12, 日本国特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節5.2.1)
10) 吉藤幸遡:“特許法概説[第13版]”p. 438.
11) Monsanto Technology LLC v Cargill International SA (2006) EWHC 2864 (Pat) and (2007) EWHC 2257 (Pat), (2008) FSR 7.
12) Eli Lilly and Co. v. American Cyanamid Co., 82 F.3d 1568 (Fed. Cir. 1996).
13) H. Hirano et al.: Cell, 164, 950 (2016).
16) Y. Yagi, S. Hayashi, K. Kobayashi, T. Hirayama & T. Nakamura: PLOS One, 8, e57286 (2013).
17) エディットフォース社HP:http://www.editforce.jp/