テクノロジーイノベーション

醸造技術の革新による血圧降下ペプチド高含有醤油の開発醤油をさらに愛される調味料にするために

Takeharu Nakahara

仲原 丈晴

キッコーマン株式会社研究開発本部

Riichiro Uchida

内田 理一郎

キッコーマン株式会社研究開発本部

Published: 2018-05-20

はじめに

醤油は,日本をはじめとしたアジアの伝統的な発酵調味料であり,現在では世界中でさまざまな料理に使用されるグローバル調味料となっている.これまで長きにわたり先人たちの知恵によって醤油の品質向上が図られてきた.その製法の概要は以下のとおりである.

製麹工程で麹菌Aspergillus oryzaeまたはA. sojaeが産生した各種酵素の作用によって,諸味中で原料のタンパク質がペプチドやアミノ酸に分解され,デンプンがグルコースなどの糖に分解される.原料の酵素分解がほぼ進行した頃,同時並行的に醤油乳酸菌Tetragenococcus halophilusや醤油酵母Zygosaccharomyces rouxiiなどが発酵し,エタノールや有機酸類,香気成分が生成する.これらが過不足なく,最適なタイミングで行われることが優れた風味の醤油を作るうえで重要である.酵素や微生物の存在が学問的に知られるよりはるか昔から,経験と伝承の積み重ねによってこれらの発酵プロセスが最適化されてきたことに感服するばかりである.

筆者らは,これまでの醤油の品質向上にかかわる取り組みに加えて,醤油の機能性にも着目し,醸造工程における原料タンパク質の酵素分解をコントロールする研究開発を行い,機能性成分(アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチド)を顕著に高含有させる醸造法を確立した.本稿では,醤油の長い歴史の中でイノベーションの一つとなりうる本技術について概説するとともに,これらの研究開発成果を応用して商品化した機能性訴求型の醤油類についても紹介する.

研究開発の背景

1. 高血圧の現況と抗高血圧を目指した機能性食品の開発

多くの疫学研究の結果から,高血圧は脳血管障害,虚血性心疾患,腎疾患などの危険因子となることが示されている(1)1) 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会編:“高血圧治療ガイドライン 2009”,ライフサイエンス出版,2009..日本において高血圧症有病者は約3,970万人,正常高値血圧者は約1,520万人で,その合計は5,490万人にものぼり(2)2) 厚生労働省:“平成18年国民健康・栄養調査報告”, 2009.,国民の健康維持・増進の観点から,高血圧の発症予防あるいは症状改善を図ることが重要な課題となっている.

日本では1980年代以降,食品の三次機能を応用し,積極的な生体調節機能をもたせた食品の研究・開発が盛んになり,従来の一般食品では認められていなかった,健康に寄与する機能性の表示(ヘルスクレーム)を認めた特定保健用食品(トクホ)制度が発足した.2017年12月現在,1,079品目(3)3) 公益財団法人日本健康・栄養食品協会:特定保健用食品:http://www.jhnfa.org/tokuho-0.html, 2017.が許可を得ており,国民が日常の食生活に広く取り入れるまでに浸透している.

このような社会的背景の中で,これまでに「血圧が高めの方に適する」食品として,杜仲茶配糖体,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害ペプチド,γ-アミノ酪酸などを配合したトクホが販売されており,継続的にこれらの食品を摂取することによって,高血圧予防に貢献できることが示されている(4)4) 松井利郎:バイオサイエンスとインダストリー,60,665 (2002)..とりわけACE阻害ペプチドを関与成分とした食品は品目数が多く,その有効性や安全性の高さを示すエビデンスが豊富である(5)5) 国立健康・栄養研究所:健康食品の安全性・有効性情報,https://hfnet.nih.go.jp/contents/sp_health_listA008.html, 2017..ペプチドのACE阻害作用については多くの文献(6)6) 齋藤忠夫:“機能性ペプチドの最新応用技術”,シーエムシー出版,2009, p. 57.によって解説されているため詳細は省略するが,特有のアミノ酸配列を有したペプチドが生体内でアンジオテンシン変換酵素を阻害することによって,昇圧ホルモンであるアンジオテンシンIIの生成が抑制され,降圧作用を発揮することが知られている.

2. 醤油中のペプチドに関する従来の知見

はじめに述べたとおり,本醸造醤油では醤油麹を食塩水で仕込んだ後に,諸味液汁中に遊離した麹菌酵素によって,原料の大豆と小麦のタンパク質が分解され,遊離アミノ酸やペプチドが生成する.半世紀以上にわたり,醤油醸造におけるタンパク質分解機構とペプチドの関係について多くの研究がなされてきた.例えば中台(7)7) 中台忠信:日本醤油研究所雑誌,11,67 (1985).は,醤油麹由来の各種プロテアーゼ・ペプチダーゼを精製し,おのおのの酵素のタンパク質分解に対する寄与を調べ,原料の大豆タンパク質がエンド型プロテアーゼ(主にアルカリプロテアーゼ)によってポリペプチドに分解し,さらに,このポリペプチドのアミノ末端(N末)にアミノペプチダーゼが作用するとともに,カルボキシル末端(C末)にカルボキシペプチダーゼが作用することで,アミノ酸を1残基ずつ遊離していく基本的なモデルを提唱している.そしてポリペプチドがトリペプチドやジペプチドまで短くなると,これらのペプチダーゼによる分解を受けにくくなるため,一部のペプチドが最終製品の醤油にまで残存すると考えられていた.

また,これらの分解機構で補助的に働くペプチダーゼとして,X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ(DPP-IV)が報告されている(8)8) 舘 博:日本醸造協会誌,93,307 (1998)..アミノペプチダーゼによるポリペプチド分解が進行している途中で,Xaa-Pro-配列(Xaaは任意のN末アミノ酸残基を表す)が現れると,その基質特異性から分解が進まなくなることが知られている.ここにDPP-IVが作用して,Xaa-Proジペプチドを遊離することで,残ったポリペプチドのN末から,アミノペプチダーゼによるアミノ酸の遊離が再開することが示された.

実際に,これらの酵素反応の結果生じたペプチドを醤油から単離同定する研究も行われており,1970年代には20種類以上のペプチドが同定または構造推定された報告がある(9)9) S. Oka & K. Nagata: Agric. Biol. Chem., 38, 1185 (1974).

血圧が高めの方に適したペプチド高含有醤油の開発

1. 醤油中のペプチドを増加させる試み

前述のように醤油にペプチドが含まれることは古くから知られていたが,筆者らが研究を開始した当時,個々のペプチドの含有量を明確に示した文献は見当たらなかった.また,それぞれのペプチドが,どの程度のACE阻害活性を示すかも知られていなかった.従来の醤油業界においては,原料のタンパク質をできるだけ効率的に可溶化し,うま味に寄与するグルタミン酸をはじめとした遊離アミノ酸量を増加させることに主眼を置いた製法改良がなされてきたため,ペプチドはその分解過程の中間体とみなされる程度でしかなかった.

筆者らは,高血圧者が増加する社会的背景の中で,醤油が果たせる役割はないかと考えていた.醤油は,塩味や旨味,香りを付与するために世界中で広く用いられており,毎日の食事の味付けに用いられている.醤油に血圧コントロールに資する機能性をもたせることができれば,その機能を無理なく自然に継続摂取することができ,人々の健康維持に貢献できると考えた.そして,従来の醤油醸造の常識とは逆転の発想で,醤油醸造中のペプチドの遊離アミノ酸への分解を抑制し,ペプチドを多く残存させることができれば,血圧降下作用を有するACE阻害ペプチドも増やすことができるのではないか,との着想に至った.当時明らかになっていた大豆ゲノム情報を調べると,主要タンパク質のアミノ酸配列中に,ACE阻害ペプチドとして報告されているペプチドに相当する内部アミノ酸配列が多数見いだされたことも,この着想を後押しした.

ところが実際に試作を開始してみると,多くの壁に直面することとなった.醤油諸味中でのタンパク質分解反応は,麹菌によって生産された多種多様の酵素が同時並行的に働く極めて複雑な系であり,ペプチドの生成/分解に関与する酵素も多数存在する.原料配合や仕込み温度・期間など,現実的に操作可能な条件変更だけでペプチド分解を適切に制御するのは至難の業であった.

そこで,醸造中の諸味に含まれる各種ペプチダーゼの残存活性を経時的に測定する方法を初めて確立し,特定の醸造条件において,ペプチド分解に寄与の大きい主要なペプチダーゼ(ロイシンアミノペプチダーゼIおよびII)が失活することを発見した(10)10) T. Nakahara, H. Yamaguchi & R. Uchida: J. Biosci. Bioeng., 113, 355 (2012)..すなわち,仕込み初期の諸味の温度を高めに保持することによって,諸味中のペプチダーゼが失活し,ペプチドの分解が抑制されることがわかった.

また,ペプチドを残そうとして原料の分解度合いを抑制しすぎると,諸味の圧搾後に回収できる醤油の量が極端に少なくなるため歩留まりが悪化したり,独特の異味が生じたりしたため,ほどよい“塩梅”を探る必要もあった.

これを解決するために醸造試験を幾度となく実施し,試行錯誤を繰り返した結果,以下の2つの方策を採ることで,ペプチド量を増やしつつ,醤油らしいおいしさを有する醤油様調味料(大豆発酵調味液)が製造できることを突き止めた(11)11) T. Nakahara, A. Sano, H. Yamaguchi, K. Sugimoto, H. Chikata, E. Kinoshita & R. Uchida: J. Agric. Food Chem., 58, 821 (2010)..(1)原料配合(大豆と小麦の混合比率)に占める大豆の割合を増やし,ペプチドの原料となるタンパク質量を増やした(大豆のタンパク質量は約35%,小麦のタンパク質量は約10%).(2)仕込み初期の諸味温度を通常の醤油より大幅に高く保持することで諸味中のペプチダーゼを失活させ,さらに,仕込み期間を通常より短縮することでペプチドの分解が進行する前に仕込みを終了させた(図1図1■ペプチド高含有醤油におけるペプチド残存機構の模式図).

図1■ペプチド高含有醤油におけるペプチド残存機構の模式図

一般的な醤油(A)と比較してペプチド高含有醤油(B)では,原料配合に占める大豆の割合が多いため,ペプチドの原料となるタンパク質総量が多い.また,高温仕込みによって,諸味中でのペプチダーゼ活性が失活することと,仕込みを短期間で終了させることによって,ペプチドが遊離アミノ酸に分解されず残存しやすい.

2. 大豆発酵調味液からのACE阻害ペプチドの単離同定と定量

大豆発酵調味液および濃口醤油のACE阻害活性を測定したところ,大豆発酵調味液は濃口醤油より強いACE阻害活性を示したことから,期待どおりACE阻害ペプチドを多く含むと考えられた.そこで,機能性を商品に明示できるトクホの許可を目標とし,血圧降下作用の活性主体となる有効成分(関与成分)の単離同定に取り組んだ.しかしこれも簡単ではなく,多くの苦労をすることとなった.大豆発酵調味液を分取カラムクロマトグラフィーで分画し,得られた画分一つひとつのACE阻害活性を測定し,活性画分を絞り込んだが,大豆発酵調味液には多種多様なペプチドやアミノ酸が含まれるため,得られた一つの活性画分に物性の似たペプチドが複数混在してしまい構造決定ができないことが頻繁に起こった.結局,5 Lの大豆発酵調味液を18 L容積のODSカラムで分画することからスタートし,得られた複数の活性画分を,分離モードの異なる分取HPLCカラムで繰り返し再分画することで,ACE阻害ペプチドの単離精製と構造決定に成功した(11)11) T. Nakahara, A. Sano, H. Yamaguchi, K. Sugimoto, H. Chikata, E. Kinoshita & R. Uchida: J. Agric. Food Chem., 58, 821 (2010).

トクホでは,機能性の根拠として,最終製品に含まれる関与成分の含有量を担保することが必要である.そのために,大豆発酵調味液中のACE阻害ペプチドの定量法を確立した.大豆発酵調味液および濃口醤油に含まれるこれらのペプチドの含有量を表1表1■大豆発酵調味液および濃口醤油中のACE阻害ペプチドとその含有量に示す.大豆発酵調味液は濃口醤油と比較して顕著に高濃度のACE阻害ペプチドを含むことが明らかとなり,その量は濃口醤油と比較して7~33倍であった(11)11) T. Nakahara, A. Sano, H. Yamaguchi, K. Sugimoto, H. Chikata, E. Kinoshita & R. Uchida: J. Agric. Food Chem., 58, 821 (2010)..これらのACE阻害ペプチドは大豆発酵調味液の仕込条件においては残存しやすく,対照的に濃口醤油では分解されやすいと考えられた.一方,興味深いことに濃口醤油中にもこれらのペプチドが微量に含まれていることから,醤油の長い歴史の中で人々がこれらの成分を摂取してきたと推測することができ,食経験が豊富な成分であることが示唆された.

なお,本研究は,醤油や醤油様調味料からACE阻害ペプチドの同定だけでなく定量までを行った初めての報告となり,当該論文はその後も多く引用された.

表1■大豆発酵調味液および濃口醤油中のACE阻害ペプチドとその含有量
ACE阻害 ペプチドACE阻害活性 (IC50, μM含有量(µg/mL)
大豆発酵調味液濃口醤油
Ala-Trp1091
Gly-Trp30251
Ala-Tyr48434
Ser-Tyr671003
Gly-Tyr9713619
Ala-Phe190454

3. 血圧が高めの人を対象とした連続摂取試験

さらに本研究では,各ペプチドの血圧降下作用への寄与率の算出,消化酵素に対する耐性試験,消化吸収性の評価,アルドステロン抑制試験などを行い,大豆発酵調味液の作用メカニズムを解明した(12)12) T. Nakahara, K. Sugimoto, A. Sano, H. Yamaguchi, H. Katayama & R. Uchida: J. Food Sci., 76, H201 (2011)..また,各種の試験によって安全性も確認した.紙面の関係でこれらの詳細は省略する.

ここまで述べたような研究結果を踏まえ,製品の開発を進めた.醤油は調味料であるため,健康に関する機能だけでなくおいしさを付与するという機能も重要である.そこで,大豆発酵調味液を減塩醤油に配合し,だしなどで味を調えた大豆ペプチド高含有減塩醤油を開発し,通常の減塩醤油と遜色ないおいしさを実現した.1日摂取目安量を8 mLと設定し,この中に代表的なACE阻害ペプチドであるGly-Tyrが430 µg, Ser-Tyrが250 µg含有されるよう設計した.

これを試験食品として用い,正常高値血圧者および未治療のI度高血圧者(軽症高血圧者,収縮期血圧140~159 mmHgまたは拡張期血圧90~99 mmHg)を対象に,無作為化二重盲検並行群間比較法による12週間の連続摂取試験を実施した.その結果,大豆ペプチド高含有醤油摂取群では摂取4週後から摂取終了2週後まで継続して収縮期血圧の有意な低下が認められ,摂取開始時と比較して収縮期血圧値が7.6 mmHg低下した(13)13) 内田理一郎,仲原丈晴,花田洋一,福原育夫,竹原 功,矢野夕幾:薬理と治療,36,837(2008),訂正 薬理と治療,39,1063 (2011).図2図2■大豆ペプチド高含有醤油(大豆発酵調味液配合)の正常高値血圧者およびI度高血圧者に対する血圧降下作用).また,対照食品摂取群との群間比較でも,収縮期血圧において摂取8週後から摂取終了2週後まで継続して有意な低値を示した.

図2■大豆ペプチド高含有醤油(大豆発酵調味液配合)の正常高値血圧者およびI度高血圧者に対する血圧降下作用

○:対照食品(減塩醤油)摂取群,■:大豆ペプチド高含有醤油(大豆発酵調味液配合)摂取群.対照食品=64名,被験食品=68名.* p<0.05, ** p<0.01(摂取開始時との比較),#p<0.05, ##p<0.01(対照群との比較).

このことから,大豆発酵調味液を配合した大豆ペプチド高含有醤油は,血圧が高めの人に対して血圧降下作用を発揮することが確認できた.なお,正常血圧者や,高血圧薬服薬者が摂取しても,過度の降圧などの有害事象が起こらないことも確認している(14)14) 国立健康・栄養研究所:健康食品の安全性・有効性情報,http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail2557.html, 2017.

4. トクホとしての実用化と機能性表示食品への展開

本技術を実生産規模へスケールアップする際にも,多くの技術的課題があった.例えば,麹や諸味中の微生物や酵素の働きを毎ロット一定に管理することや,実生産規模で醸造したものが研究スケールのものと同等性を有することを示す必要もあった.これらの課題を克服するうえで,ACE阻害ペプチドを分解するペプチダーゼの活性測定法や,夾雑物質に影響されないACE阻害活性測定法,血圧降下作用に寄与の高い指標ペプチドの定量法などを研究段階で確立していたことが大いに役に立った.そして,社内関係部門が一丸となって装置改良や温度・撹拌制御の最適化などを行い,安定的な実生産体制を整えることができた.

これらの研究結果を基に,2008年にトクホ表示許可申請を行った.各段階での厳格な審査の末,有効性と安全性が認められ,2013年に醤油類で初の「血圧が気になる方」向けのトクホ表示許可を取得し,商品を発売した(商品名「まめちから大豆ペプチドしょうゆ」).商品の発売から4年ほどが経過し,テレビ番組や新聞などの媒体で取り上げられる機会もあり,世間の醤油への関心を高めることにも幾分貢献できたかもしれない.

さらに近年,機能性食品を取り巻く環境が変化を続ける中,トクホとは異なる形で食品への機能性表示を可能にする制度を求める声が高まり,2015年に機能性表示食品制度が施行された(15)15) 湯田直樹:健康・栄養食品研究,16, 1 (2017)..機能性表示食品制度においては,表示しようとする機能性の科学的根拠として機能性関与成分の有効性に関する妥当性の高い研究レビュー(システマティックレビュー)を示すことにより,個別の最終製品を用いたヒト臨床試験を行わなくとも届出が可能となっている.筆者らもこの制度に則り,トクホ申請の際の試験結果をレビューに用いることにより,機能性表示食品の届出を行い,2017年9月にボトル容器を採用した新商品を発売した(商品名「大豆ペプチド減塩しょうゆ(だし入り)」).

これらの商品は,おいしさの面でも通常の減塩醤油に匹敵する品質を実現したことにより,普段の食生活の中で通常の醤油と置き換えて無理なく用いることができる.日本においては,収縮期血圧水準が2 mmHg低下すれば,脳卒中死亡率が6.4%減少すると推計されている(16)16) 健康日本21企画討論会:計画算定検討会報告書「健康日本21」(21世紀における国民健康づくり運動について),2000..高血圧は日本だけでなく海外においても問題となっており,今後,本技術を展開することによって,世界の人々の食生活と健康増進にも貢献できると期待される.

おわりに

醤油は長い歴史を有する伝統的な調味料であるが,本研究以前には,血圧上昇を抑制する機能性を明確に示した醤油は開発されていなかった.醤油を人が通常の使用法で無理なく摂取して明確に健康機能性を発揮させるためは,多くの課題があったからである.例えば,(1)機能性飲料などと異なり一日あたりの摂取量が少ないため,有効成分を高濃度に含有するか,低濃度でも作用の強い成分が必要となる.(2)機能性成分の多くは苦味や異味を有するため,含有量が多いと調味料としてのおいしさに悪影響を及ぼす場合がある.(3)長期にわたって常温で保管されるため,成分が減衰しやすく,また,溶解度が低い成分は沈殿してしまう.—などが挙げられる.

これに対し筆者らは,従来の常識にとらわれない革新的な醸造方法を発明したことによってACE阻害ペプチドの含量を増加させた醤油様調味料の大豆発酵調味液,ならびに減塩醤油に大豆発酵調味液を配合した大豆ペプチド高含有醤油を開発し,上述のような課題を解決することができた.

醤油醸造は経験・伝承の積み重ねと,先人たちの優れた研究開発によって品質や生産効率が向上してきた面があるが,本研究を通じて,その奥にはまだ多くの未解明な点があり,無限の可能性が秘められていることを実感した.今後も,醤油が世界中の人々から今以上に愛される調味料となるよう,挑戦を続けていきたい.

Acknowledgments

2016年度農芸化学技術賞へのご推薦をいただきました東京大学の西山 真先生に深謝申し上げます.また,この賞はキッコーマン株式会社が賛助会員として受賞したものです.筆者以外に本研究・開発に携わった多くの社内関係者がおり,その尽力のうえに成しえたものであることを申し添えます.

Reference

1) 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会編:“高血圧治療ガイドライン 2009”,ライフサイエンス出版,2009.

2) 厚生労働省:“平成18年国民健康・栄養調査報告”, 2009.

3) 公益財団法人日本健康・栄養食品協会:特定保健用食品:http://www.jhnfa.org/tokuho-0.html, 2017.

4) 松井利郎:バイオサイエンスとインダストリー,60,665 (2002).

5) 国立健康・栄養研究所:健康食品の安全性・有効性情報,https://hfnet.nih.go.jp/contents/sp_health_listA008.html, 2017.

6) 齋藤忠夫:“機能性ペプチドの最新応用技術”,シーエムシー出版,2009, p. 57.

7) 中台忠信:日本醤油研究所雑誌,11,67 (1985).

8) 舘 博:日本醸造協会誌,93,307 (1998).

9) S. Oka & K. Nagata: Agric. Biol. Chem., 38, 1185 (1974).

10) T. Nakahara, H. Yamaguchi & R. Uchida: J. Biosci. Bioeng., 113, 355 (2012).

11) T. Nakahara, A. Sano, H. Yamaguchi, K. Sugimoto, H. Chikata, E. Kinoshita & R. Uchida: J. Agric. Food Chem., 58, 821 (2010).

12) T. Nakahara, K. Sugimoto, A. Sano, H. Yamaguchi, H. Katayama & R. Uchida: J. Food Sci., 76, H201 (2011).

13) 内田理一郎,仲原丈晴,花田洋一,福原育夫,竹原 功,矢野夕幾:薬理と治療,36,837(2008),訂正 薬理と治療,39,1063 (2011).

14) 国立健康・栄養研究所:健康食品の安全性・有効性情報,http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail2557.html, 2017.

15) 湯田直樹:健康・栄養食品研究,16, 1 (2017).

16) 健康日本21企画討論会:計画算定検討会報告書「健康日本21」(21世紀における国民健康づくり運動について),2000.