セミナー室 / 天然化合物の探索と創製

創薬を志向した天然化合物の探索研究

Vol.52 No.7 Page. 466 - 472 (published date : 2014年7月1日 advanced publication : 2014年6月20日)
齋藤 駿1, 田代 悦1, 井本 正哉1
  1. 慶應義塾大学理工学部生命情報学科

概要原稿

近年,さまざまな疾患の原因分子が明らかになってきたことで,それらを標的にする分子標的治療薬が有効性の高い薬剤として創薬の主流となっている.この分子標的薬の開発では,いかにして新たな薬剤標的分子を探すか,そしていかにして効率良くリード化合物を得るかという点が問題となる.一方,ケミカルバイオロジーは多様な化合物を用いて生体分子の機能を制御し,その生物学的解析から生命現象を解明する学問領域である.したがってケミカルバイオロジー研究では,多彩な機能をもつ小分子化合物を見いだすことが非常に重要であり,そこで見いだした小分子化合物の標的分子が疾患関連分子である場合には疾患治療薬の新たな標的の提唱につながるだけでなく,その小分子化合物自身が分子標的治療薬のリード化合物になる可能性もある.このことから,ケミカルバイオロジーは次世代新薬の開発のための有用な手法として期待されている.さて,ケミカルバイオロジー研究で用いる小分子化合物の有望なスクリーニングソースとしてこれまで,植物や微生物といった「天然物」が広く用いられてきた.しかし,しだいに天然化合物からの医薬品リード化合物探索は合成化合物ライブラリーを用いたスクリーニングへとシフトするようになった.その原因として,天然化合物は 1) 新規化合物の取得確率が低い,2) 活性物質の単離・精製や構造解析に長時間を要する,3) 誘導体合成が困難,などの点が問題視されたからである.その一方で,コンビナトリアル合成技術の進歩とロボット技術の向上により,現在では合成化合物ライブラリーを用いたハイスループットスクリーニングが全盛となっている.ところが,現時点においてコンビナトリアル合成化合物の構造の多様性に限界があり,当初考えられていたほどには誘導体の構造多様性を得られないことが問題点となってきている.天然物由来の小分子化合物の特徴は,複雑な化学構造を有していることであり,単純な化学構造を有している化合物と比較すると,生体内で標的分子に対して特異的に作用しやすいことである.これらのことからスクリーニングソースとして再び構造および生物活性の多様性に富んだ微生物代謝産物に注目が集まってくると思える.また,有用な薬剤シードの開発には,①優れたスクリーニングソースの確保,②優れたスクリーニング系の構築,および③作用機構解析や標的タンパク質同定が,必要不可欠であるが,本稿ではこの一連の過程の各パートでの天然物ケミカルバイオロジーの手法による創薬のストラテジーについて,われわれの取り組みも含めた内外で行われている研究の実例を交えて概説する.

リファレンス

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