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化学と生物 Vol.50 (2012) No.2

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巻頭言

他流試合の勧め  /  永井 和夫

Page. 73 - 73 (published date : 2012年2月1日)
冒頭文
リファレンス
日本農芸化学会の名称については,これまでも複数の先生方が巻頭言でも触れておられるように,何度かの議論を経た結果「余名」をもって代えられず,ということで現状に落ち着いている.他方,大学の学科名で農芸化学科という名称は今やほとんどなくなり,生命化学,生物資源,生命工学,応用生物化学,応用生命科学などに替えられているのが実情である.けれど,農芸化学でくくられるこれら学科への高校生の進学希望は,全体の受験生数が減少しているのにもかかわらず,ここ数年少しずつ増えつつある.すなわち,人間にとって有用と考えられる生物や生物が生産する物質について,化学を基礎として取り組むことに興味をもつ高校生は少なくないということである.

今日の話題

小胞体から出芽する輸送小胞に輸送基質が濃縮される仕組み  /  佐藤 健

Page. 74 - 76 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
真核細胞内のオルガネラ間は,主として直径50x{301c}100 nmの「輸送小胞」と称される小さな膜小胞を介した小胞輸送によって盛んに物質のやりとりを行なっている.特に細胞内膜系の半分以上を占める小胞体では,各オルガネラで機能するタンパク質や分泌タンパク質の合成が行なわれるため,細胞内の全タンパク質の実に約30%が小胞体から下流のオルガネラへと送り出されている.そのため,小胞体ではさまざまな機能や構造をもったタンパク質が選別を受けて輸送されていく.輸送小胞は,コートタンパク質複合体が低分子量GTPaseによって制御されながらオルガネラ膜上に集合し,膜を変形させることによって形成される.小胞体からの輸送は,COPII (coat protein complex II) と呼ばれるコートタンパク質と低分子量GTPaseであるSar1によって形成されるCOPII小胞が担っている

核内タンパク質の品質管理機構  /  川向 誠

Page. 76 - 77 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
タンパク質がその機能を発揮するためには適切な立体構造をとることが必要であるが,環境ストレスや熱ショックなどにより異常タンパク質や変性タンパク質が産出されることがある.一方,翻訳時に新しく生産される全タンパク質のうち約30%のものは本来の立体構造をとらない変性タンパク質として生産されるという報告もあり(1),通常状態においても細胞内で変性タンパク質や異常タンパク質が恒常的に生じている可能性がある.このように,細胞内のタンパク質は正常型のものだけではなく,様々なコンフォーメーションをとった分子種が不安定に混在した状態にあると考えられる.

カフェオイルキナ酸は神経細胞保護作用をもつ  /  韓 畯奎, 宮前 友策, 繁森 英幸, 礒田 博子

Page. 77 - 79 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
カフェオイルキナ酸 (caffeoylquinic acid, CQA) は,コーヒー豆から初めて単離された成分である.コーヒー豆の他に,サツマイモ,プロポリス,野菜などに多く含まれていることが知られている.コーヒー酸のカルボキシル基がキナ酸のヒドロキシル基とエステル結合した構造をもつ化合物であるCQAには,カフェオイル基の数や位置に応じて,5-CQA(クロロゲン酸),3,4-di-CQA, 3,5-di-CQA, 4,5-di-CQA, 3,4,5-tri-CQAなどのCQA類縁体が存在する.その生理活性作用としては,抗酸化,抗腫瘍,抗高血糖,抗炎症などが挙げられる.本稿では,筆者らが見いだしたCQAの新しい生理活性作用,神経細胞保護作用や老化促進モデルマウス (senescence-accelerated prone 8 mouse;SAM-P8) の学習・記憶障害の改善効果について紹介する.

合成代謝経路を導入した大腸菌によるイソプロパノール生産  /  猪熊 健太郎, 花井 泰三

Page. 79 - 80 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
低炭素循環型社会実現の観点から,バイオ燃料およびバイオプラスチックなど,バイオマスから生物変換によって得られるバイオアルコールに関心が集まっている.この中でも,すでに実用化レベルに到達しているバイオアルコールであるエタノールから,さらに炭素鎖の長い次世代バイオアルコールの研究が盛んである.イソプロパノールは,エタノールより炭素を1つ多く有した二級アルコールであり,プラスチックとして広く利用されているプロピレンの材料になることから,グリーンケミストリーの観点からも重要な目的生産物となる.これらのことから,イソプロパノールの微生物による生産は重要性を増すと期待できる.

メイラード反応による着色機構  /  渡辺 寛人, 早瀬 文孝

Page. 80 - 82 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
食品の代表的な褐変反応であるメイラード反応がフランスのMaillardにより発見(1)されてから,今年でちょうど100年となる.近年,生体内においてもメイラード反応が進行し,その生成物が糖尿病合併症などの疾患の発症に関与することが明らかとなっており,医学・生物学研究者からの注目を浴びるようになってきている.一方,食品の製造・加工の現場において,メイラード反応に起因する褐変の制御はいまも重要な課題である.しかし,その複雑さゆえ,反応生成物および反応機構の解明は,発見から100年を経た現在もなお十分とはいえない.

脂質成分を利用したグイマツ雑種F1苗木の判別  /  佐藤 真由美

Page. 82 - 85 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
北海道のカラマツ造林において,最大の課題は野鼠害であった.そのため,北海道では野鼠害に強いといわれたグイマツLarix gmeliniiとカラマツL. kaempferiとの種間交雑育種が精力的に進められてきた.グイマツ雑種F1,L. gmelinii×L. kaempferi(以下F1)はグイマツを母樹とし,カラマツを花粉親とした林業用種間雑種であり,成長速度,材質,病虫獣害・気象害に対する抵抗性などの点に優れる.さらに,CO2固定能が高く,環境対策の面からも有望な造林樹種である.環境サミットとして注目されたG8北海道洞爺湖サミットでは,各国首脳がF1を記念植樹している.

解説

植物と微生物の駆動力と膜輸送体  /  浜本 晋, 七谷 圭, 佐藤 陽子, 魚住 信之

Page. 86 - 92 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
生体膜は生体エネルギーの形成と変換の舞台であり,生命維持の中心的な役割を担っている.植物・微生物と動物のイオン環境は異なっている.Na+/K+ポンプをもたない植物・微生物は,膜電位形成の主体となる多様なK+取り込み系を発達させた.植物・微生物のK+とNa+輸送体は,物質輸送・蓄積および生体エネルギー生産の根底を支えている.

バイオ燃料として期待される微細藻類の炭化水素生合成酵素  /  岡田 茂

Page. 93 - 102 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
微細藻類は炭酸固定能の高さなどから,バイオ燃料資源として注目を浴びている.中でもBotryococcus brauniiは大量の液状炭化水素を生産・蓄積するため,重油代替としての利用が期待されている.本藻種が生産するトリテルペン系炭化水素の生成機構はスクアレンの生成機構と似ていると予想されていたが,実際には2つの酵素の組み合わせによりつくられるユニークなものであることが明らかになった.その新奇生合成酵素について紹介する.

代謝反応ネットワーク解析の意義と方法  /  白石 文秀, 岩田 通夫, シユタサ カンスポーン

Page. 103 - 110 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
LC-MSのような高性能質量分析装置の開発および性能向上により,細胞内代謝物濃度の網羅的測定が可能となりつつある.これによりトータルシステムの特性はもとより,サブシステム間の調節機構,相互作用などが明らかになるものと期待される.しかし,1,000種類を超える代謝物濃度の時間変化データ(メタボロームデータ)を効率よく解析するための有効な方法が定まっていない.このため,現在,メタボロームデータから数式モデルをつくり,コンピューターシミュレーションによってシステムの特性を明らかにする手法づくりが世界的に進行中である.ここでは,代謝反応ネットワークの数式モデリングについて解説する.

セミナー室

産業微生物由来のアスパラギン酸  /  福井 啓太, 七谷 圭, 阿部 敬悦

Page. 111 - 118 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
産業微生物において膜を介した物質輸送(基質や前駆体の菌体内へ取り込み,または代謝産物の菌体外へ排出)は,膜輸送体〔取り込み輸送体(インポーター),排出輸送体(エクスポーター),交換輸送体(アンチポーター)〕が担っている.基質および代謝産物の輸送は,菌体内の代謝反応の速度を左右することから,膜輸送体は物質生産の効率に関わる重要な因子である.醤油乳酸菌Tetragenococcus halophilusから単離されたアスパラギン酸:アラニン交換輸送体 (AspT) は,菌体外のアスパラギン酸を取り込み,アスパラギン酸の脱炭酸反応によって生じたアラニンを菌体外に排出する(1).T. halophilus AspTをコードする遺伝子 (aspT) とアスパラギン酸-4-脱炭酸酵素 (AspD) をコードする遺伝子 (aspD) は,aspD→aspTの順で1つのオペロン(aspオペロン)を構成している(1).アスパラギン酸/アラニン交換とアスパラギン酸の脱炭酸により,細胞内のアルカリ化と細胞膜を介して細胞内負(細胞外正)の膜電位の形成が起こり,形成されたproton motive force (pmf) を細胞膜に存在するF1Fo-ATPaseがATPに変換することでエネルギーが生成する

マダニの生存戦略と病原体伝播  /  辻 尚利, 藤崎 幸蔵

Page. 119 - 126 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
マダニは動物やヒトの血液を唯一の栄養源とする.そのため,生存基盤ともいえる宿主からの吸血には哺乳類の生体防御機構を凌ぐ実に様々な応答・制御機構が働いている(図1).たとえば,吸血を有利に進めるために,唾液腺でつくられた抗止血物質が吸血部位の宿主皮下に形成されるBlood pool内に放出されることによって,マダニは満腹になるまで宿主体表に寄生しながら数日間にわたって吸血を続けることができる.また,疾病媒介者(ベクター)として,吸血を介して動物やヒトの病原体を伝播する際には,抗菌ペプチドが,本来の役割であるマダニ自身の生体防御に加えて,伝播する病原体の分化・増殖の制御をも兼務していることが,筆者らの研究によって明らかになってきた.マダニの吸血行動は,このような『吸血調節物質』と,『病原体伝播調節物質』の機能を併せもつ分子により支えられていることが確実になってきた.今回は,こうしたマダニの吸血・病原体伝播調節物質の特徴と多様性について紹介したい.

「化学と生物」文書館

L-ドーパ ― 酵素による生産  /  熊谷 英彦

Page. 127 - 130 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
l-ドーパは,神経伝達物質であるドーパミンや,ホルモンであるアドレナリンなどの前駆体として重要なアミノ酸である.特にパーキンソン病患者の特効薬として利用され,全世界で年間約250トンが生産され,そのうちの約半量は酵素を使う方法で,他は化学合成法で生産されている.l-ドーパの酵素生産法は,日本で生まれ,日本で育ち,いまだに日本でしか実施されていない.

生物コーナー

マウスは求愛の歌を歌う  /  菊水 健史

Page. 131 - 135 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
動物の世界,動物の行動はまだまだ解き明かせない謎に満ち溢れている.たとえば,世界中には様々な形,色,鳴き声をもつ鳥が数多くいる.鳥類の中でも鳴禽類は別名歌鳥類とも呼ばれるほど,そのさえずりが美しく,長年世界各地で愛玩用として繁殖されてきた.身近なものとして,カナリア,ジュウシマツ,ブンチョウなど日本で馴染みの深いものから,フィンチ類など海外で人気のものもある.これらの鳥はその名に示すように,繁殖期になるとオスがメスに向かって歌(さえずり)を歌うことが知られている.これまでの研究から,これら鳴禽類の歌の特徴は,ヒトが話し言葉を学ぶのと似ていることが明らかとなっている.

農芸化学@HighSchool

色変わりバラにおける花色発現  /  石谷 翠里, 大西 由希子, 柿原 優佳, 代田 健太郎

Page. 136 - 137 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
本研究は,平成23年度日本農芸化学会大会(開催地 京都)での「ジュニア農芸化学会」において発表予定であったが,残念ながら東日本大震災によって大会が中止となった.日本農芸化学会和文誌編集委員会によって選定し,掲載することとなった.ある植物においては,咲き始めてから咲き終わるまでに花弁の色が変化する色変わり花というものが存在する.本研究は,その色変わり花の一つであるチャールストンというバラに着目し,その色変わりと紫外線との関係について詳細に調べている.

緊急企画

東日本大震災への大学の対応-4  /  福田 智一

Page. 138 - 140 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
2011年3月11日の午後,東北地方は未曾有の大地震に襲われた.前日,震度5の予兆地震があったことをしっかり記憶している.3月11日の早朝に筆者は盛岡へ出張に向かった.その後,約12時間かけてバスにて仙台へ深夜に戻った.しかし,筆者を夜中に待っていたのは変わり果てた研究室であった.この報告では,筆者らの研究室で生じた体験を記述する.多くの研究室でこれからの災害での被害をできるだけ少なくするための教訓として共有していただければ幸いである.

海外だより

グローバル時代を生き抜く研究者へ  /  杉井 重紀

Page. 141 - 146 (published date : 2012年2月1日)
概要原稿
リファレンス
研究留学を含め,海外留学を目指す日本人が減少しているといわれる.中国や韓国,インドなどから留学を志す人たちが急増しているのと対照的である.筆者の米国留学中は,それに比例するかのようにこれらの国の注目度が高まり,逆に日本の存在感が薄くなっていくのを感じた.日本のこの状況は,グローバル2.0ともいわれるこの時代に逆行しているのは間違いない.そもそも研究の世界は,他に比べても,最も「フラットな世界」が進んでいる業界であると筆者は思う.世界中から一流の人材を集め,研究に多額の投資を行ない,急速に発展を遂げているシンガポールに来て,その思いはますます強くなった.多くの日本人が留学を志さなくなった理由は様々だろうが,その1つに「わざわざ留学する利点が見いだせない」というのがある.ここでは,自分の体験をもとに,留学する3つの意義について紹介したい.ただし,これらは「ただ留学する」だけで得られるものとは限らず,本人の努力(と数々の失敗!)が必要である.その3つとは「英語力」「ネットワーキング」「サバイバル術」である.